表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/15

第十話 昨日の宇宙

 星図を覚えるだけなら、一日もかからなかった。


 主要航路。


 補給可能な惑星。


 帝国軍の検問所。


 海賊が出没する宙域。


 過去十年分の事故記録。


 ライトが端末に表示したものを、キッドはすべて頭へ入れた。


「ここからアルダ星系までの最短航路は?」


「第三航路を七十八万キロ。赤色巨星の重力圏に入る前に右へ十一度。その後、第五中継点を通る」


「燃料を節約するなら?」


「惑星ヴェトラの重力を使う。到着は九時間遅くなるけど、燃料消費を十二パーセント減らせる」


「海賊を避けるなら?」


「第四航路」


「帝国の検問に引っかかる」


「なら、航路の外を通る」


「そこには磁気嵐がある」


「発生周期は三十七日。今日は周期から外れてる」


 キッドが答えるたび、ライトの笑みが深くなった。


「完璧だな」


「ああ」


「よし。じゃあ、飛んでみよう」


     ◇


 小型艇は、四人の船へ搭載されている連絡艇だった。


 二人乗り。


 惑星への降下や、短距離の偵察に使われる。


 キッドが操縦席へ座ると、足が操縦桿の下へわずかに届かなかった。


 ライトが座席を前へ動かす。


「まずは発進。手順は覚えてる?」


「見た」


「それは聞いてない」


「覚えてる」


 主電源。


 生命維持装置。


 推進器。


 航法装置。


 接続部の解除。


 キッドは教えられた順番どおり、装置を起動した。


 操作に迷いはない。


 小型艇が母船から離れる。


 眼前に、無数の星が広がった。


「進路、前方の標識灯」


 ライトが指示する。


 キッドは操縦桿を倒した。


 機体が急に加速する。


 身体が座席へ押しつけられた。


「少し強いな」


「同じだけ倒した」


「何と同じ?」


「お前が昨日やってた」


「あの時は荷物を積んでた」


 キッドは操縦桿を戻す。


 今度は戻しすぎた。


 推力が急に落ち、身体が前へ引かれる。


「船の重さが違えば、同じ操作でも動きは変わる」


「先に言え」


「操縦桿を倒す前に考えよう」


 ライトは笑っている。


 キッドは腹が立った。


 もう一度、ゆっくり操縦桿を倒す。


 小型艇が前へ進んだ。


 今度は揺れない。


「そう。それくらい」


「簡単だ」


「その台詞は、着陸してから言おう」


     ◇


 初日の操縦は、散々だった。


 加速が強すぎる。


 旋回が遅い。


 止まる位置を間違える。


 障害物は避けられても、避けた後の姿勢が崩れる。


 キッドはライトの操作をすべて覚えていた。


 だが、同じようには飛べなかった。


「どうしてだ」


 母船へ戻った後、キッドは操縦席に座ったまま尋ねた。


「同じように動かした」


「同じじゃなかったよ」


「動きは合ってた」


「操縦桿の動きだけはね」


 ライトは計器盤を軽く叩いた。


「あの時と今日じゃ、船の重さが違う。燃料の量も違う。風も重力も違う」


「宇宙に風はない」


「場所によってはある。恒星風、噴出物、磁場の流れ。目に見えないだけだ」


「計器を見れば分かる」


「計器に出る頃には遅いこともある」


 ライトは座席の背へ身体を預けた。


「キッド。お前は、昨日の俺を飛ばそうとしてる」


「昨日?」


「俺が昨日やったことを、今日そのまま繰り返してる。でも昨日の宇宙と、今日の宇宙は違う」


 ライトは正面窓を指さした。


「星図は昨日の宇宙だ。今の宇宙は窓の外にある」


 キッドは窓を見た。


 星の位置は、星図と変わらないように見えた。


 だが、近くを漂う小さな岩は動いている。


 母船も動いている。


 小型艇の燃料は減っている。


 自分の身体も、昨日とは違う。


「覚えたものは役に立たないのか」


「そんなことはない」


 ライトは笑った。


「昨日を知らなきゃ、今日がどう変わったか分からないだろ」


     ◇


 それから、キッドは何度も小型艇へ乗った。


 発進。


 加速。


 減速。


 旋回。


 着陸。


 最初は、計器だけを見た。


 次に、窓の外を見るようになった。


 その次は、船体の音を聞いた。


 推進器が唸る高さ。


 床から伝わる振動。


 操縦桿へ返ってくるわずかな重さ。


 ライトは、それらを言葉で教えなかった。


「今、左の推進器が少し弱い」


「計器には出てない」


「音が低い」


「正解」


「どうして教えなかった」


「自分で気づいた方が覚えるだろ?」


「俺は言われても覚える」


「そうだったな」


 別の日。


 ライトは小型艇の貨物室へ、重りを積んだ。


 そのことをキッドには告げなかった。


 発進直後、機体が左へ傾く。


 キッドは操縦桿を切り、姿勢を戻した。


「荷物を積んだな」


「どうして分かった?」


「重心が後ろにずれてる。それと左が重い」


「どれくらい?」


「百二十……いや、百三十キロ」


「百二十八」


 ライトは口笛を吹く。


「惜しい」


「次は当てる」


「当てるために操縦してるんじゃないぞ」


 操縦を始めて一か月。


 キッドは小型艇を真っすぐ飛ばせるようになった。


 二か月後には、母船の周囲を一人で回れるようになった。


 三か月後には、ライトが隣に座っていれば惑星へ降りられるようになった。


 ただし、着陸は苦手だった。


 地面へ降りる直前になると、キッドは地形と速度と角度を正確に合わせようとした。


 すべてを正しくしようとする。


 そのせいで、判断が遅れる。


「もっと早く機首を上げろ!」


「まだ角度が合ってない」


「地面は待ってくれないぞ!」


 小型艇が跳ねる。


 地面へ一度接触し、再び浮き、二度目でようやく止まった。


 機体が激しく揺れた。


 ライトは座席の背へ頭をぶつけていた。


「着陸した」


「これを着陸と呼ぶなら、墜落も半分くらい着陸だな」


「壊れてない」


「俺の首が壊れかけた」


     ◇


 その日、二人は辺境惑星から母船へ戻る途中だった。


 小型艇の貨物室には、ベンゾーが買い付けた医薬品が積まれている。


 操縦はキッド。


 ライトは隣で、眠そうに欠伸をしていた。


「母船まで、あと十二分」


「うん」


「進路に障害物はない」


「本当に?」


 キッドは窓の外を見る。


 小さな岩塊がいくつか浮かんでいる。


 どれも進路から外れている。


 計器にも異常はない。


「ない」


「なら問題ないな」


 その直後、小型艇がわずかに揺れた。


 計器の一つが点滅する。


「磁場が乱れてる」


「どこから?」


「分からない」


 星図に磁気嵐の記録はない。


 発生周期からも外れている。


 それでも、船体へ伝わる振動が変わっていた。


 キッドは操縦桿を握る。


 右手から、わずかな抵抗を感じる。


「右へ引かれてる」


「どうする?」


「進路を左へずらす」


「それで?」


「分からない」


「分からないなら、見る」


 ライトは何もしない。


 窓の外を見る。


 遠くに漂っていた細かな金属片が、同じ方向へ流れている。


 右下。


 その先に、大きな船骸が浮かんでいた。


 船内に残された重力発生器が、壊れたまま動いている。


 星図には載っていない。


 昨日までは、そこになかった船だ。


「船骸に引かれてる」


「そうだな」


 キッドは推力を上げた。


 だが、真っすぐ離れようとはしなかった。


 船骸の引く力に合わせ、機首を斜めへ向ける。


 重力へ逆らうのではなく、その周囲を回るように飛ぶ。


 小型艇が加速した。


 船骸の脇を回り込み、引力を使って前方へ飛び出す。


 機体の振動が収まった。


 母船が正面に見える。


「今のは?」


 キッドが尋ねた。


「今のは何だ?」


「正しかったのか」


「帰れたんだから正解でいいだろ」


「操縦は、正解が決まってないのか」


「決まってたら、端末にやらせるよ」


 ライトは大きく伸びをした。


「その時、その場所、その船で、無事に着く方法を選ぶ。それが操縦だ」


「昨日と同じように飛ばなくていい」


「昨日と同じ宇宙じゃないからな」


 母船の格納庫が開く。


 キッドは速度を落とした。


 格納庫の幅。


 小型艇の角度。


 母船の速度。


 すべて見える。


 だが、すべてを完璧に合わせようとはしなかった。


 今の船の動きを感じる。


 操縦桿を少しだけ倒す。


 小型艇は一度も跳ねることなく、格納庫の床へ降りた。


 静かな着陸だった。


 ライトが隣で拍手する。


「初めてまともに降りたな」


「前も降りた」


「あれは落ちたんだ」


 格納庫の扉が閉まる。


 キッドは操縦桿から手を離した。


 星図は忘れない。


 昨日見た船の動きも、ライトの操縦も。


 すべて頭に残っている。


 だが、それを繰り返すだけでは足りない。


 覚えた昨日と、目の前の今日。


 その違いを見つける。


 そこに航路がある。


「次は一人で飛ぶ」


「まだ早い」


「できる」


「その台詞を言ううちは早いな」


「どうして」


 ライトは席を立ち、キッドの黒髪を乱した。


「本当に飛べる奴は、飛べるかじゃなく、帰ってこられるかを考えるからさ」


 キッドはその言葉も覚えた。


 今度は、意味まで忘れないように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ