06
もっと生きたかった。
そう言って兄は死んだ。
俺たち狼獣人の氏族はヒト族の土地とヒト族が言うところの未開の地、その境界となる山中を縄張りにしていた。
数こそ少ないが、俺たちは獣人の中でも高い統率力と戦闘力を有していた為、獣人種で作られた氏族の中でも中心的な存在だった。
そんな俺たち狼獣人の氏族がヒト族によって滅ぼされたのは、俺が初めての狩りを行った日だった。
生まれて三年が経つと狼獣人の子供は一人で狩りを行う。
それまでは庇護される存在だが、狩りを行うことで初めて群れの一員として認められるのだ。
「ザジはお爺様によく似ている。きっと将来は氏族の長となれるさ。さぁ、頑張っておいで」
兄のガギは俺に祖父のような立派なヒト狼になれと語っていた。
祖父は俺が産まれる直前に老衰で死んでしまった。
しかし大人たちは、それこそ他氏族の獣人たちも祖父をすごい狼獣人だったと称えていた。
「俺が氏族の長になってみんなを守ってやる」
幼い俺はそんなことをいつも言っていた。
その度にガギや周囲の大人たちは嬉しそうに笑っていた。
きっと人生で一番幸せな時間だった。
初めて狩った獲物はグ・ファンだった。後にレアから教えてもらったがヒト族では魔猪と呼んでいる魔物で、ヒト族の冒険者でも上級レベルでないと単独討伐は難しいらしい。
もちろん狼獣人でもヒト族ほどではないが、狩るのは難しい獲物だ。
ましてや初めての狩りでグ・ファンを狩った奴はいない。
俺はガギや大人たちの賞賛の声を想像して、早く帰ろうと集落を目指していた。
「――っ。――!」
異変はすぐに察した。
鉄と血の匂い。そして木々が焼ける匂い。
争う声。悲鳴。怒号。
俺は獲物を投げ捨て、集落へと急いだ。
近づくほどに臭いは強くなる。
同時に胸の鼓動が早まる。まるで警鐘を鳴らすようだった。
見るな。逃げろ。
そう本能が告げる。
しかし俺は長になる男だ。だから逃げはしない。そう自分を叱咤して草木を掻き分け、山中を疾走した。
「ああああぁぁ」
その光景にうめき声が漏れた。
建物は燃やされ、道端には同胞の死骸が散らばっている。
斬られ、刺され、殴打され、討ち捨てられている。
濃い血の匂いが漂っている。
「ザ、ジ」
「兄さんっ!」
呆然と立ち尽くしていると、足首を掴まれた。その手は兄のガギだった。
鈍器で殴られたのか顔の半分が潰れた果実のようになっていた。両足は膝から下が存在していない。
「逃げろ、ザ、ジ」
掠れ声で俺の名を呼ぶガギだったもの。
「俺の、ぶんも、生き、ろ」
「兄さん」
「もっと、生きた、か、った」
残った左目が何かを託すように俺を見つめる。
ゴッ。
大きな音と同時に目の前が白く光り、後頭部に大きな衝撃が走った。
「おい、一匹くらいは生け捕りにしろよ」
「大丈夫だ、このくらいじゃこいつら死なねぇから。こいつでいいだろ。餓鬼の方が商品としてはいいだろ」
「そうだな。とにかく縛ってマズルの旦那のところにもってこうぜ」
薄れていく意識の中で、俺はヒト族の兵隊たちに連れていかれた。
後に知ったが、彼らは俺たちの氏族が住んでいる山と隣接した領地に住む貴族の抱える兵隊たちだった。
領内の星光神教教会と領主の間でなんらかのやり取りがあったらしい。
説明されても俺にはよくわからなかった。
ただ同胞たちは、兄はヒト族の身勝手な理由で虐殺された。
「なんだその反抗的な目はっ!」
鞭が体を打つ。
俺を捕らえた兵士たちはマズルという名前の商人へ、俺を売り渡した。
「まぁ、いい。出荷するまでにしっかり調教してやる。すぐに従順な愛玩動物へ変えてやるさ」
ヒト族はよくわからない。
亜人種のほとんどは群れを率いるボスとそれ以外という区分しかない。ヒト族は違うらしい。オウサマとかコウテイとかいう奴らがボスのように存在して、他にもたくさんの身分が存在する。
しかし、星光神教とかいうヒト族の神はヒトとは平等である、と教えているらしい。
その教えに従うのなら、多くの身分を失くせばいいのではないか、と思うがそうはいかないらしい。
けれど群れのボスである神の言うことには従わなくてはならない。
奴隷制度は大陸すべての国で廃止された。
「こいつ雄っすよ?」
「そっちの方が捗るってお客も多いんだよ。特に獣人種の子供は高値がつくんだ」
「うへぇ」
亜人種はヒトではないから奴隷として扱っていいそうだ。
俺もそんな商品のひとつになったらしい。奴隷とは違うと男たちは言っていたがどう違うのかは知らない。
荷馬車に揺られ運ばれる。
足枷がきつくて足首に血がにじんでいる。
普段の俺ならこんな枷ぐらい外せるが、今は無理だ。
ヒト族くらいたやすく裂ける爪は初日にすべて剥がされた。鎖だって噛み切れる牙も抜かれた。何度も鞭を打たれた腕は感覚もない。食事も食べていないからか、何も考えられない。
死んでしまいたい。
あぁ、死ぬのか。
そう思う瞬間は何度もあった。
その度にガギのことが頭によぎる。
生きなければならない。
家族や仲間たちは無残な姿しかもう思い出せない。
俺は生きなくちゃいけない。
でないときっとすべてが奪われてしまうから。
そしていつの日か俺は奪われたものを取り返す。
わかっている。
俺の奪われたものはもう取り返せない。
永遠に奪われたままだ。
読んでいただきありがとうございます。
日曜日の私よ、なぜルメールを忘れていた。こういうのは時間とともに後悔が押し寄せますね、、
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