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転生したら悪役令嬢でしたが、慈愛の聖女として世界平和を目指します  作者: 目黒市
一章 侍女ニーナ・サントス

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04

「ザジ本当によろしいのですか?」

「ああ、俺はあんたに助けられた。助けられなければ死んでいた。だから俺の命はあんたに預ける」

「そんなことはありません。私が助けずともきっとあなたは生きたはずです」


 快復したザジはクーリユ公爵家で働くことを望んだ。正確にはレアお嬢様の下で働くことを望んだ。


「ねぇニーナ。お願いしていることはどのくらいでできそうかしら?」

「少し時間がかかりそうです。どうにも記憶が曖昧で。申し訳ありません」

「いいのよ。急かしたようになってごめんなさい。ゆっくりでいいですからね」


 わたしはお嬢様からの依頼で、シナリオを可能な限り書き起こしている。

 前世で読んだ小説の中のひとつで、すでにわたしもニーナとして十七年生きてきた。

 どうしてもはっきりとは思い出せず筆が進まない。

 それに。


「私の顔に何かついてますか?」

「い、いいえ」


 それになぜだかこの仕事をしていいものか悩んでしまっている自分がいるのだ。

 レアお嬢様はわたしと同じニホン人だったという前世を持っている。それにこの一年お嬢様付きの侍女として行動を共にするなかで、優しい人だということもわかった。

 ザジのことだってそうだ。

 わたしやレアお嬢様は前世の、ニホン人だった頃の記憶があるからか亜人に対しての差別意識は低い。そもそも星光神教に対する信仰心だって低い。

 それでもわたしはあの時、実際に亜人種を目にして嫌悪感を抱いていた。

 言い訳ではないけれど、きっとそれが当然なのだ。

 差別意識は自己の中からは生まれない。周囲の環境、社会が生み出す。中学時代、クラスで無視されている子がいた。誰もが空気のように扱っていた。どうしてみんなが彼女をそう扱ったのかは知らない。きっとその理由を知っている子はいないのかもしれない。なのに誰も、誰ひとりとして彼女に声をかけるものはいなかった。


 なのにレアお嬢様は違った。

 この人は周囲の空気、社会の在り方というものに流されない。

 初めて出会った亜人種のザジにも真っ先に駆け寄った。その行動のどこにも迷いはなかった。

 もちろんそれだけではない。

 レアお嬢様は屋敷の使用人、出入りの商人、他の貴族令息、令嬢相手でも態度を変えない。

 以前のわたしはそんなレアお嬢様をとても好ましく感じていた。


 けれど、気づいてしまった。

 そんな人がいるはずない。

 特にこの人は私と同じニホン人だったのだ。

 現代ニホン、あの世界に生きていて。

 社会的偏見、忌避感、そういったものを何も抱かないようなレアお嬢様は異常だ。


 無垢な笑顔で世界の平和を願うお嬢様に、わたしは恐怖を感じ始めていた。


 だから、予言足りえる物語のシナリオをすべてお嬢さまに教えていいのか? わたしは悩みはじめていた。


 嫌な予感がずっと胸の隅に刺さり続けていた。

 しかしいつまでも書けません、とは言っていられない。それに結局は根拠なんてないわたしの考えすぎかもしれない。

 中盤、レア・クーリユが退場するまでを書き終えた。


「あら、そこまで書けたのね」


 そのことをお嬢様に伝えると、ぱっとその顔に華が咲く。


「楽しみにしていたの。読ませてもらってもいいかしら」

「はい。そのために書いたのですから」

「ふふっ、そうよね。そうだ。お父様が隣国の大使とお会いした時に貰った茶葉があるわよね。それを飲みながら読ませてもらおうかしら」

「かしこまりました」

「そうそう、ニーナの分もね。一緒に飲みましょう。とても美味しいのよ。これはこの世界に転生してきて良かったことのひとつ」


 ふたり分の紅茶を用意する。

 お嬢様はわたしが書いたシナリオを読みふけっている。


「うーん。いくつか無理のある展開がありますが、それはニーナが思い出せなかった部分ですか?」


 そう言うとお嬢様はいくつかのシナリオ上の展開を指摘する。

 首を横に振ってこたえる。


「いいえ。そのままです。あくまで主人公のシンデレラストーリーと、第二王子とのラブロマンスを楽しむ物語なのでご都合主義といいますか。あくまでそういうストーリーとしか」

「なるほど、そういうものなのですね」


 少しの間をおいて。


「ですが、それは好都合ですね」

「好都合?」

「えぇ、私が今指摘した展開はとても重要なものです。おそらくですがこの世界は基本的に小説の展開通り進行するでしょう。まだ明言はされていませんが、王家からお父様に内々で婚約の打診があったようです」

「えっ?」

「獣人とは耳がいいようですね」

「なるほど」


 ザジが盗み聞きしたらしい。


「そして星光神教の聖人認定も先月教会から使者が公爵邸にきましたね」

「えぇ、わたしも立ち会ったので覚えています。高圧的な方々でした」

「ふふっ、そんなことを言ってはいけないわ。彼らは神の使者なのですから。どれもニーナが教えてくれた通り進んだ。もちろんその通りではないこともあった」

「ザジですね」

「えぇ、ザジと私、レアが知り合いだったという描写はなされていないのでしょう?」

「はい。ありませんでした」

「けれど、ニーナ。知り合いではない、と明言はされていないでしょう?」

「そ、そうですね。ですがそれが」

「大事なことよ。物語通りこの世界の出来事は進んでいる。つまりザジが巻き込まれたあの事故も物語の中では存在した出来事ということ。けれど、あのまま私たちが助けなければザジは死んでいたわ」


 たしかに致命傷ではないにしろ、あんな衰弱した状態で放置されていれば遅かれ早かれ死んでいた。


「きっと私が助けずとも誰かが助けていたのよ」

「ザジをですか? その、言ってはなんですけれど、亜人差別はとても強いものです。そんな亜人をわざわざ助ける人がいたということですか?」

「そうよ。理由まではわからないわ。わからないけれど褒められた理由ではないでしょうね。なぜなら後にザジはヒト族へ強い恨みを持っているのですから」

「ですがそんなこと小説には書かれていませんでしたよ」

「そこなのよ。書かれていないから起きえないではなく、書かれていないからどのようにでもなる、ということ」


 なんとなくお嬢様の言いたいことはわかった。

 目的地は決まっているが、そこまでの行き方は決まっていないからこちらで自由に動くことができる、ということだ。


「ですけれど、結局書かれていることを変えることはできませんよね?」

「そうね。おそらく私は何らかの理由で主人公と対立することになり、婚約破棄を申し渡されて、捕らえられる」

「お嬢様がそうなる未来なんてまったく想像できません」


 見た目こそ挿絵のレア・クーリユの面影こそあるが、その中身はまったく違う。

 意外とよくある転生悪役令嬢モノみたいに、まったく違うシナリオになるんじゃないか、と思ってしまう。


「私もそうならなければいいなって思うわ。けれど確信は持てない。だから準備をしなくては」

「どうするおつもりですか? いくら行間の部分は自由にできてもシナリオの流れ自体変更できなければ意味がありません」

「考えて欲しいの。例えば、『ニーナはレアの話を聞きながら紅茶を口に運んだ。すっかり紅茶は冷えてしまっていた』という確定事項があったとするわ」


 わたしはお嬢様の言うように、口をつけるのを忘れていた紅茶を一口飲んだ。


「あなたが紅茶を飲むことがシナリオとして確定していたとする。違うわね。『冷めた紅茶』を飲むことが確定していた」

「そうですね。せっかくの茶葉なのに申し訳ありません」

「けれど、その紅茶が、どのような紅茶であるかは明言されていないわ」


 お嬢さまの意味するところがわからず首をかしげる。


「そうね。少し説明が難しいのだけれど、私が主人公と対立する、という結果さえ守られればその過程はどのような形でも構わないのではないか、ということ。シナリオ通りならば私は主人公に嫉妬をしたがために対立していくようだけれど、そこはあくまで過程。そうではなくて主人公が私に嫉妬をして対立したとしても、それは同じ結果でしょう?」

「確かにそうですが」

「過程が変われば、同じ結果であってもその結果が意味するところは大きく変わるのよ。そうでしょうニーナ」

「……っ」


 返事をしようとしたけれど、言葉が出ない。

 痛い。

 体の内から捻じれるような痛みが響く。


「あなたが教えてくれたのよニーナ。レアは悪役令嬢で侍女をとっかえひっかえしていた。確か理由は癇癪を起してだったわね」

「ぐぅうう」


 椅子に座っていられず床に倒れ込む。

 そんなわたしをお嬢様は笑みを浮かべて見下ろしている。


「本来の過程は癇癪。そして結果は侍女が長続きしない」


 声が出ない。助けを呼ぼうと力を振り絞ると、口から大量の血が噴き出す。

 痛い。


「そして私はその理由を書き換えてみたの。過程は病死。結果は侍女が長続きしない。ほら、出来上がり。同じ結果でも私と物語のレアとでは大きく違う」

「あぁ、があ、っうう」


 どうして。

 どうして。


「ごめんなさいね。ニーナ。でも不満はないわよね? だって一度は死んでるんだもの。あなたはええっと」


 日の光は雲に隠れる。

 お嬢様のブロンドヘアーを照らす光は消えて、その顔に影がかかる。ルビーのようなその瞳が薄暗く光る。


「十七年だったわね。十七年新たな生を満喫できたのだもの。よかったわねニーナ」


 怖い。

 この人はなんなの。


「あぁ、そうだったわ。あなたとはたくさんお話したのに、自己紹介をお互いできなかったわね」


 お嬢様は椅子を降りると、綺麗な所作でカテーシーをした。


「レア・クーリユよ。年齢は八つ。クーリユ公爵家の長女」


 優しい、心地よい響きを持った声。

 けれど、今のわたしにはそれが毒のように痛みを持って響く。


「前世の名前はニシザキミヤコ」


 名前を聞いた瞬間。朧気だった前世の記憶が洪水のように脳内に溢れかえる。

 いや、走馬灯なのかもしれない。

 ニシザキミヤコ。

 あぁ、知っている。

 その名前をわたしは知っている。


「どうぞよろしくね。ねぇ、ニーナ。あなたのお名前は?」


 意識が薄らいでいく。

 痛みはもうない。

 ただどうしようもなく体が重い。

 わたしの名前は……。


「ふふっ、おやすみなさい」

 読んでいただきありがとうございます

 ニーナの前世の名前はセタ ヒカリです。死因は交通事故。彼女の前世は物語になんら関係はありません。そして彼女がこの先の物語に登場することもありません。


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