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転生したら悪役令嬢でしたが、慈愛の聖女として世界平和を目指します  作者: 目黒市
エピローグ

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「講義は以上だ」


 班命祇教授はチャイムが鳴るより数分早く講義を終える。

 

「先生、質問よろしいでしょうか」


 このように質問にくる生徒のためだ。


「なんでしょう。ええっと」

「前大陸歴学を専攻しているムリョウです」

「はいはい。ムリョウくん、それで質問とは」

「先生の著作を読んだことがあるのですが、ニラグ騎士団によるアリストリア王国占領から、ニラグ聖国の建国、そこから巻き起こる大陸全土を巻き込む大戦は慈愛の聖女レアの陰謀だと」


 ムリョウ学生の質問にまたか、と班命祇は溜息をつく。

 必ず新学期になると彼のようにこのことを聞きに来る学生がいる。

 班命祇が聖女レアの伝承に疑念を抱き、前大陸歴で起きた出来事はかの聖女の策謀だったのではないか、と発表した時からこの手の質問者は絶えなかった。

 誰もがこぞって班命祇を否定しようとした。彼の説を検証するのではなく否定することを前提とした言葉を投げかけてくる。


「聖女レアは大陸大戦で混乱する世の中に平穏をもたらして、数世紀にも及ぶ平和な世界をもたらした。それがこの世界の定説だね」

「はい。大陸書庫の最下層レベル教育でもそのように教えられました」


 全五層からなる大陸書庫。大陸全土に約百以上の書庫が建設され、それぞれ年齢、学力レベルに応じて立ち入れる階層が決まっている。

 聖女レアにまつわる伝承は最下層ですでに学べる内容だ。


「大陸書庫は、すべて聖女レアがその晩年に十三の使徒に託した知識の書庫」

「そうだね。聖女レアは自身の死後のことを考えてのことだろう、というのが一般的な見解だ」

「先生の見解は?」


 ムリョウの試すような目に班命祇は少々の苛立ちを覚える。


「人類へ委ねたんだ」


 知識とは財産だと班命祇は考えている。

 前大陸歴や後大陸歴たる今の世でも知識は世界を動かした。権力者は知識を独占しようとまでした。

 聖女レアはその治世で、前大陸歴において人類が積み上げたすべての知識を焼却した。

 知識は人を発展に、権力に、果ての争いに導くと考えたのだ。


「知識を得た後の世の人類が、その知識をもってして発展を望むのか」

「それとも知識を秘匿し、平和な世の継続を望むのか。ですよね?」


 ムリョウの答えに班命祇は頷く。

 どうやら面白半分での質問者たちとは違うようだ、とここにきて班命祇は襟を正す。


「あぁ、その通りだ。聖女レアは自身の作り上げた平和な世を継続するか、今の平和よりも発展を望むのか選択を託したんだ」

「なるほど先生は良い人なのですね」


 どこか小馬鹿にしたようなムリョウの態度。


「どういう意味だね」

「先生の見解、とてもいい線だと思いますよ。前大陸歴における聖女レアの策謀。僕は大賛成です。けど、その詰めが甘い。僕は聖女レアという人物は破綻者だと考えています」


 班命祇の反応を待つようにムリョウが口を閉ざす。

 確かに班命祇は前大陸中期に起きた大陸大戦、それは聖女レアの暗躍によって起こった出来事と考えていた。

 ニラグ騎士団の成立、その後のニラグ聖王国建国から始まる星光神教とニラグ聖教の宗教戦争。その宗教戦争は大陸全土に引火し大陸戦争が起こる。

 その戦争で荒れる民衆を束ねたのが聖女レアだった。

 聖女レアの教えに導かれた民衆が各国で蜂起。民衆による既存の政権の否定。身分制度は完全に崩壊した。

 社会制度は完全に失われた。大陸全土を混乱が覆うかに見えたが待っていたのは聖女レアによる新たな治世だった。

 聖女レアは現人神となり、女神の名代として現世の生命を統治した。


「破綻者? 確かに私の説であれば彼女の策謀により大陸中で血が流れた。しかしその後訪れた平和な世界は事実だ。彼女は人類だけではない亜人種を含め命あるものを救おうとした。それは確かな事実だ。それを君は破綻者だと?」


 言葉を継げば継ぐほど、語気が強くなる。

 相手はただの学生だ。

 大陸書庫の中レベルをようやく閲覧できるようになった子供。そんな子供を相手に意地を張ってどうする。班命祇はそれでも否定せずにはいられない。

 聖女レアは策謀深き人だ。

 それでも彼女は自分たちを愛していた。


「先生は本当にロマンチストですね。ですが僕はそう思えない。聖女レアが平和をもたらしたのは事実でしょう。僕も認めます。えぇ、それは事実。大陸大戦後、三百年に及ぶ争いのない平和な世界が実現しました」

「そうだ。聖女レアによる輝かしい統治だ」


 班命祇は聖女レアを信奉する。

 なぜこの世界に生きる誰もが聖女レアの本当のすばらしさを知らないのか。

 後大陸歴の人々は聖女レアをただの大陸大戦を納めた指導者としか評価しない。終戦後の平和は偶々の産物としか評価しない。

 それが班命祇は苛立たしかった。

 平和は彼女の功績の産物ではない。彼女は初めから平和を目指し行動していたのだ。

 そしてこの世界に残る大陸書庫の数々は、彼女亡き後を生きる人々が困らないように残した彼女の愛だ。


「輝かしい、ですか。僕にはそうは思えません。言うなれば聖女レアの齎した三百年の平和は暗黒時代です」

「暗黒だと、貴様」

「暗黒ですよ先生。聖女レアは我々のカーストを人間からヒトという動物まで押し下げたんです。さしずめ聖女レアはヒトという家畜を飼育する牧場主、といったところでしょうか。三百年に及ぶ長い時間、その時間の中でヒトは何も為さなかったし、何も為せなかった。まさしく暗黒期です。聖女レアは平和な世の中を目指したのではなく、人間をヒトという動物に貶めることが目的だったんですよ」

「平和が目的ではなく、人間性への冒涜が聖女レアの目的であっただと?」

「そうです。まさしくその通りです。いやぁ、流石は班命祇教授です。なぜ教授ほどのヒトが」ムリョウはヒトという言葉に意味を込める。「大陸書庫の中階層で司書をしているのか不思議ですよ」

「嫌味はいい。しかし聖女レアは自身の死後も考えて私たちにこの大陸書庫を残しているではないか」


 班命祇の反論にムリョウは周囲を見渡す。


「知の殿堂。人類の財産。それが大陸全土に百以上存在する大陸書庫。素晴らしいですよね。望めば身分問わずその知識を閲覧し、班命祇教授のような方の講義を受けることができる。一定以上の知識を有した者は次の階層へと進むことができる。まさしく今世の社会はこの大陸書庫を中心に発展を遂げました」

「君の言葉を借りるのは癪ではあるが、聖女レアがヒトという動物の飼育員だったか。この大陸書庫はまさしく自身亡き後の世の中でヒトが道に迷わないように知識を残したのじゃないか?」

「そうとも言えますね。ですが僕は違います。だってそうでしょう?」


 ムリョウは班命祇を嘲るように笑い言葉をつづける。


「知識はヒトを人間たらしめ、そして平和と程遠い争いの世へと導きます。現に大陸書庫を巡ってその所有権を主張する団体同士の争いが起きていますよね?」

「そ、それは」


 班命祇は言葉を詰まらせる。

 それは大陸書庫の司書たちでも上層階到達者のみに許された情報だ。


「なぜ僕が知っているか疑問ですか。正確に言えば僕は知りません。ただそうだろうな、と思えただけです。いいですか班命祇先生。聖女レアは僕たちヒトの前に知識という、そうですね、いわば知識という禁断の果実を残したんです」

「禁断の果実、か」

「えぇ、えぇ、そうです。禁断の果実。それを食べることでヒトは楽園を追われる。恒久平和で、格差、差別、争いもない世界を追われたのです。悪意としか言えないと思えませんか? 聖女レアはまさしく悪魔ですね」

「あくま?」


 聞きなれない言葉に班命祇は聞き返すが、それを無視してムリョウは続ける。


「彼女はいつから、いつから僕たちに絶望していたのでしょうね。おそらくは彼女も自分のその絶望には気づいていなかったのではないですか? だからこそ彼女は破綻者なのです。人間を徹底的に辱め、そして自身の死後も人間の愚かしさを嘲笑っている」


 班命祇は何も言えなかった。


「先生、この先世界にはいくつかの集団がこの大陸書庫を中心に興るはずです。そしてその集団を円滑に動かすための身分が生まれる。搾取するものと搾取されるものの構図を生み出す。それは国家という体を為し、他所の書庫をめぐる争いが起きるのでしょう」

「前大陸と同じか」

「そうです。前大陸史と同じなんです。どうでしょう? 僕たち人間は前大陸史で聖女レアがしたように社会文明を捨て去って、争いの無い平和な世界を目指せるのですかね」


 ムリョウの言葉は大陸書庫内、その無数の蔵書の中に吸い込まれていく。

 


 読んでいただきありがとうございます。

 お話はこれでいったん終了です。

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