14
あたしの名前はミラ。
貴族様の通う学院に先月から通い始めたの。
と言ってもあたしは貴族じゃないわ。
そこらの街にいるパン屋の小娘。それがちょっと前までのあたし。
それがどうしてこんな立派な召し物を着て、立派な身分の方々に囲まれて学生生活を送っているのかって?
正直あたしが一番知りたい。
「へぇ、あなたが秘術持ちの平民なのね」
誰にも見つからないよう気配を消して学院の廊下を歩いていると、声を掛けられる。
思わず零れそうになる溜息を飲み込んで、笑顔を浮かべて振り返る。
ぎこちない笑み? そんなの大目に見て欲しい。こっちとら生まれも育ちも由緒正しいパン屋の娘なんだから。
「ご、ゴキゲンヨウ」
「ふん。話しかけないでくれる」
話しかけたのはそっちだろっ!
なんて言葉は心の内にしっかり押し込んで、笑みを浮かべたまま相手を観察する。
こうして絡んでくるお嬢様たちはこのひと月で数えらえないほどだ。
なんなのお貴族様はそんなに平民が珍しいのか。
あたしだって好きでこんなところにいるわけじゃないっての。
「秘術と言って星光神教の人間だちは騙せても私は騙されませんからね」
そう言い捨てて名前も知らないご令嬢さんは去っていく。
「はぁー」
姿が見えなくなったところで溜息をつく。
半年前、あたしの住む村に大勢の星光神教の司祭さんたちがやってきた。違いはわからないけれどその中には司教さんもいたらしく、村長なんかはずっと額を地面にこすりつけていた。
よっぽど偉い人だったのね。
その人たち曰く、あたしは秘術を持っているらしい。
秘術ってなに?
それがあたしの素直な感想だった。聞くところによると極稀に特別な力を授かった人がいるらしい。その力を秘術と呼んでいるのだとか。
それを教えてくれた司教さんはあたしの手を握って、彼の持つ秘術を使ってくれた。
あれは驚きだったわ。万年荒れて、あかぎれていた手が一瞬にして赤ん坊のようなツルツルな手になったのだ。
「私は癒しの秘術を持っています。あなたにもこのような秘術があります」
「は、はぁ」
あの時、あたしも間抜けな返事をしたもんだけれどしょうがない。
十五年生きてきたけれど、今まで自分にそんな特別な力があるなんて実感したこともない。
「あ、あの誰かと勘違いしているのでは? あたしそんな秘術とか言われても」
「いいえ。それはあなたがまだ自分の秘術に気づいていないだけです。予言の秘術を持つ方が教会の関係者にいましてね。その方の予言で確かにあなたが秘術を持っていると」
なんだそりゃ、ってのが感想。
そこからはもうまさしくあっという間の出来事だったわ。
本来、秘術が芽生えるのは選ばれた血統の持ち主のみ。つまりは貴族だとか王族だとかそういう貴い方々ね。
ってことはもしかしてご先祖様って貴族⁉ 村中驚きに包まれたわ。上手くもないが不味くもない固いパンを作るしか芸のない両親に貴族の血が流れているかもしれないんだからね。
けどそんなことは一切なかった。村で一番高齢のお婆に聞いてもそんな話は聞いたことない、と一蹴。
司教さんも「身分など我々が勝手に生み出したもので、女神さまの加護には関係がないのですよ」となぜだか嬉しそうに説教を始める始末。
そうして村総出で女神さまの加護だ! とお祭り、大宴会。次の日には王都へ戻る司教さんたちとともにあたしは家族と離れ王都へ向かうことになった。
意味わかんない。
あたしはこの後、どこかの貴族さまの家に養子として迎えられ、星光神教教会で働くことになるらしい。
貴族の子女にはある程度の教養が必要とかで、数カ月教会の司祭さんたちに読み書きを教えられてこの学院に放り込まれたわけ。
「……家に帰りたい」
学院で唯一くつろげる中庭に到着して腰を下ろす。
高貴な方々はこんな場所ではなく、お洒落なサロンで会話に華を咲かせているようだ。いつ来てもここはあたしだけ。だというのにこの日は先客がいた。
一度も話したことはないけれど、その姿は見たことがある。
入学したころは流石貴族さまみんな美しいわ。
なんて驚いたけれど、一目彼女を見た瞬間にすべてが色褪せて見えてしまった。
家柄も良いらしく、いつ見かけても色々な子たちが彼女には一歩引いていた。
というか、家柄云々よりもこんなに綺麗な子を前にしたら恐れ多くて敬ってしまう。
「おひとりの時間を邪魔してごめんなさいね。ええっと、まだ家名はないのでしたよね。ミラと呼んでも?」
「は、はひ、どのようにでも」
思わず声が裏返ってしまう。
遠くから見ていたのとは違う。すごい破壊力だ。美の破壊力。
いつもは突っかかってきてうざいなって思うだけのご令嬢たちは、こんな美しい人を前にしても取り乱すことなく喋れるのか。少しは尊敬してしまうかも。
「ふふっ、そんなに緊張しないで。そうね。他の方がいるところだと邪魔されてしまうから二人で話したかったの。私、あなたとお友達になりたいの」
「ふぇ! そ、そそんな。あたしなんかそんな」
「いいえ。そんな、なんてことはないわ。ミラ。あなたは特別な女の子なんですもの」
笑顔の彼女は教会に飾られている女神さまの絵みたいに綺麗。
というか彼女が女神さまなのでは?
存在自体が秘術なんじゃない?
「どうぞ、私のことはレアと呼んでくれると嬉しいわ」
その後のことは覚えていない。
覚えていないけれど、翌日からこの中庭でレアとあたしは一緒に過ごすようになった。
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