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「……婚約」
「はい。お相手はクーリユ公爵のご令嬢レア嬢です」
「クーリユ公爵? ミジュラ国ではなく国内の貴族ですか」
「私は陛下からの言葉を伝えているだけです。それ以上のことは何も」
文官はそれだけ言うと退出していった。
唐突に告げられた僕の婚約。
ミジュラ国を支配するための婿入りではなく、国内貴族との婚姻とは驚きだ。
それが国内でも屈指の力を持つクーリユ家なのだから尚更。
しかしその名前は王家からしたら目の上のたんこぶと言ったところ。
数十年前に造反の心あり、と処分されたフィッツロイ公爵家という名家があった。その後はそのフィッツロイ公爵の暴走を未然に防いだレッドメイン侯爵家が国内でも強い力を握る。レッドメイン家は古くから王家に忠誠を誓う一族でそこからの数年は王家が強権を振るえていた。
それも数年のこと。
当時のレッドメイン侯爵が早々に隠居し、次代に引き継がれるとレッドメイン家は貴族界での力を失ってしまう。それに合わせて台頭したのがクーリユ家。当時のクーリユ公爵は星光神教の助力を得てその発言権を強めていった。
そして今や国内どころか他国の大使も挨拶に伺うほどの家格となっている。
王家に対して明確な敵意を持っていたかつてのフィッツロイ家とも違い、そして忠誠心を持っていたレッドメイン家とも違う。
クーリユ家は権力と威光は別ものだ、と考えているのでしょう。
威光としての王と星光神教。
そして権力は自分たちが握る。
「つまり王家は僕が次代のクーリユ公爵となることを望んでいるんだね」
王家集権を目指す陛下や兄さまにとってクーリユ家は邪魔以外の何でもない。
「しかも顔合わせはクーリユ公爵邸にて、ですか」
文官から渡された書類に目を通して溜息がもれる。
僕の前途はあまりいい道とは言えないようです。
クーリエ家としては王家という威光とのつながりが欲しい。けれどクーリエ家の持つ権力までは渡したくない。
王家としてはクーリエ家に次代の王との近親という威光は与える。その代わりに持っている権力はこちらが欲しい。
そのせめぎ合いがまさしく行われているようだ。
臣籍降下するとは言え、いまだ僕は王族。その王族に顔合わせの挨拶はお前がこい、とクーリユ家は言っているということ。そしてその言葉が通るほどクーリユ家は国内で力があるということ。
果たして僕は陛下たちの願いをかなえてあげることができるだろうか。
それに婚約者であるレア嬢については悪い噂しか聞かない。
母であるクーリユ夫人によく似た美しい顔立ちであるという評判も掻き消えるほどの、我儘令嬢。デビュタントの場ではまるで王族かのような傍若無人ぶり、しかし時のクーリユ家に口を出せる人もいない。父であるクーリユ公爵もレア嬢には甘く、その我儘を肯定するものだから手に負えない。
邸内でも癇癪を度々起こして侍女の入れ替わりも激しいと聞いている。
さらに気になる噂もある。
獣人の奴隷を購入した、という噂。
大陸では星光神教の活動もあってヒト族の奴隷はすべての国で禁止されている。けれど、獣人を含む亜人種に関してはその限りではない。
亜人種は罪の姿であり、その姿は罰である。
星光神教のその教えは大陸全土に広がり、亜人種への嫌悪は星光神教の発展と比例するように高まっている。
獣人の奴隷。
胸の奥にあるその痛みをそっと閉じ込めて、僕は改めて自分に待ち受ける試練を思い溜息を吐き出した。
「本日はよくおこしくださいました。アスラン殿下」
「あ、あぁ」
そして顔合わせの当日。
現れたレア嬢を見て僕は思わず呆気にとられてしまった。
「本来であればこちらが出向くべきところです。それを父の」
レア嬢は瞳を伏せて口を閉ざす。
「いいえ、あなたが気にすることではありません。どちらにも思惑があるのでしょう」
「ふふっ、そう言っていただけると心が軽くなります」
「あなたは噂に聞くのとどうやら違うようですね」
「そのようなことはありません。私は我儘ばかりで父や母を困らせてばかりです」
そう言ってその白い頬を朱に染めて、微笑む姿はとても愛らしく思わず伸ばしかけた手を戻す。
「殿下?」
「僕のことはアスランでかまいません。ですのであなたのこともレアと呼んでよろしいですか?」
「えぇ、アスラン様」
どうやら危惧していたひとつは単なる噂に過ぎなかったようだ。
おそらくは彼女に嫉妬した誰か、もしくはクーリユ家に含むところのある家が流した噂なのだろうか。
それに僕を見る彼女の瞳の内には、兄さまたちのような嫌悪の色はなかった。
「僕は本当のところレアがどんな令嬢なのか考えていました」
「それは……あまりいい意味ではなさそうですね」
「そうですね。この婚約の目的をレアは知っていますか?」
「それは」
「大丈夫ですよ。怒らないし、誰にも言いません」
そう促すとレアは僕が考えていたのと同じ予想を告げてくれた。むしろレアの考えは僕よりも仔細で、感心してしまうほどだった。
「私の想像でしたので違ったら申し訳ありません」
「いいえ。僕も同じ考えです」
ほっとしたようにレアが微笑む。
「それを踏まえた上で僕は悩んでいるんです」
「誰の為になる夫婦となるか、ですね?」
「レアは話が早くて助かります。僕は王家の利となるようクーリユ家を乗っ取るか、それともクーリユ家についてより強固となる権力に縋るか」
「アスラン様は……いいえアスラン殿下はどうなさりたいのです?」
「僕?」
「えぇ、そうです。今の殿下が示した選択肢はすべて誰かにとっての選択肢です。私のお父様、もしくは国王陛下。アスラン殿下の選択ではありません」
「どちらを選ぶのかは僕の選択ではないのですか?」
「違います。それは決定権でしかありません。殿下の選択肢がありません。殿下は何を望みますか?」
「僕の望み」
国をよい未来へ。
きっと陛下や兄さまの願いはそうなのでしょう。それがどのような形、誰にとっての、は色々とあるのでしょう。けれど王族とはそういうもの。
僕もそう願う。けれど、それが僕の願いかと言えば正確には違うと心の底で否定があがる。
「すみませんでした。差し出がましいことを言ったかもしれません。これはあくまで婚約、結婚するにしろ、しないにしろ時間はあります。それまで殿下の願いが何か、それを考えられたらいいのではないですか?」
「君は」
「私ですか?」
「君は僕の選択であれば協力してくれるのですか?」
「はい。私は」
レアの手が僕の手を包み込む。ひんやりとした冷たい指先、それなのに触れられた僕の手はその熱を高めていく。
「アスラン様の選択を受け入れます」
「ありがとう」
僕の選択。
それはとても難しい問題。
なのに、なぜだか僕の心はこれまでにないほど期待に高鳴っている。
レア。
君はとても不思議な人だ。
レアとなら、僕はずっと疼いているこの胸の痛みを癒すことができそうに思えてしまう。
噂のような人物とは違う。
そうだ。
あのことだって噂に過ぎないかもしれない。
「ところでひとつ、レアに聞きたいことがあるのですけれどいいですか?」
「えぇ、私に答えられることでしたらなんでも」
「君が獣人の奴隷を買ったという噂があるんだけれどそれは本当?」
「はい。本当ですよ」
ほら、やっぱり噂に過ぎなかったようだ。
……えっ?
「ごめん。聞き間違えたかもしれません。レアは獣人の」
「はい。とてもよく働いてくれていますよ」
読んでいただきありがとうございます。
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