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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第3話「私の名前は――」

 白髪の女性と会いたくないなんてそんな杞憂もそこまで心配いらなかった。女性は次の日からぱったりと顔を見せなくなった。

 正直助かったとしか言いようがない。

 あのまま連絡先交換などの方に話が展開されて行ってしまえば、俺は完全にまたこの世界との繋がりができてしまう。

 それだけは嫌だ。

 この世界ではもう淡白な関係で、淡白な会話と、淡白な表情と、淡白な行動しかしたくない。

 誰かの心に触れるとか、間違ってもそんなことはもうしたくないんだ。

 重苦しい体をベッドから降ろすと、スマホから通知が鳴った。

 またか……

 それは作曲活動をしていた頃に使っていたSNSアカウントへの、新曲を促す言葉たちだった。

 もう数か月と作曲活動はしていない。疲れてしまったから。どうせ何をしても、人は変わらない生き物だって知ったから。


 ――もう、いいんだよ


 やることもなく、食糧と飲み物を求めて外に出た。

 辺りはもう薄暗い。一つ、また一つと街の街灯が灯され、溶け残った雪が照らされる。

 さむ……

 もうここらで簡単に死なせてはくれないだろうか。凍死でも、通り魔でもなんだっていい。死ねるならなんでも本望だ。

 無の感情で歩いているとちゃらついた少年少女が集まるコンビニを発見した。

 まあ……もうあそこでいいか

 たばこの煙が自動ドアの方まで飛んで、入ろうとするとくっさい匂いが鼻につく。

「いらっしゃっせー」

 よく聞きなれた入店音。見慣れた配置。見慣れたコンビニ店員の制服。

 酒でも買って帰ろう……

 程よく温かい温度が眠気を呼び起こす。瞼が重くて、視界がぼやけて、思考も全く動かない。

 まずい……波がきたか。さっさと買って出よう

 完全に動けなくなる前に、素早くお酒とおつまみを買ってネカフェに戻った。

 SNSを見ると売れているアーティストのライブ情報、新曲情報、何十万といいねがついている何気ない一言ばかり。

 ふざけんなよ……

 『大阪にやって来ました!』なんてコメント。それに何十万と群がる理由が全く分からない。

 俺や一般人がやるときは見られる回数すらないというのに、何が楽しいんだ。

 ――やってらんねぇよ……

 悪態を吐きながらスマホの電源を落とすと同時に扉がノックされた。

 あ……?

 苛立ちが隠せず、出るのも億劫で布団に包まった。

 するともう一度ノックされた。

 なんだよ……もう

 舌打ちを我慢して扉を開けると、そこには白髪の女性が立っていた。

 もう来ないと思ったらまた来てたのかよ……

 俺の杞憂はまた再開してしまった。

「どうされました……?」

 溜息をこらえて聞くと、女性は軽く会釈した。

「あの……布団って、ないんでしょうか」

「受付に聞いたらわかりますよ」

「その……受付に人がいなくて」

 あー……まあ、ちょっとなら大丈夫か

 俺は部屋を出て掛布団のある場所まで案内した。

「わざわざすみません」

「まあ、最初分かりにくいですからね。それじゃあ」

「あ、はい」

 部屋に戻った俺は、何も考えないように酒を飲みきったらすぐに寝た。


 変な時間に寝たせいか早朝に目が覚めた。

「はぁー……」

 今日も今日とて、溜息で生活が始まるのはいかがなものか。

 ちょっと早いけど……洗顔だけしにいくか

 洗顔道具を持ってシャワールームに向かうと、そこにはもう人の姿があった。

「あ、おはようございます」

 そこに居たのはファンデーションを頬につけている最中の白髪の女性だった。

「おはようございます」

 早くね……?

 まだ世界は眠っているというのに、なぜこんなにも早い時間からこの人は活動しているんだろうか。

 服装を見ると、びしっと決めたスーツの姿をしていた。

 あー……仕事か

「お早いですね」

 女性は淡々と慣れた手つきで化粧をこなしながら、こちらを向く。

 その様子に、俺は不覚にも〝かわいそう〟だなんて思ってしまった。

「まあ、あの後すぐに寝たんで……」

「そうだったんですね。あ、ちょっとだけ曲のボリューム下げた方がいいですよね」

 曲……?

 確かに耳をすませば曲らしい音が聞こえてきた。

 あー……?

「それ、なんて曲ですか」

「気になります?」

「いや、気になるというか、聞きすぎたというか……」

 その曲は俺の作った曲だった。

「私、一回記憶なくなってて。お母さんが言うにはこの曲をよく聞いてたって言うんです」

 女性のまさかの爆弾発言に、俺はまた胸がざわついた。

「そうだったんですね……」

 心情がぐらつく。〝かわいそう〟という言葉が喉で突っかかる。滑稽だ。

「あ、でもでも、そんなに気にしないでください。今も充分、楽しいですから」

 何でもない顔で微笑む女性に、俺は心が痛んだ。

 でもまさか視聴者だったのか……

「聞きすぎたって、この曲お好きなんですか?」

「あー……そんな感じです」

 素性をあかすのは、面倒なことになる筆頭の行為だろう。今は黙っておくのが正解だ。

「でも確かに、歌詞はとてもいいなって思います」

 ――どこらへんが

 危うく口にするところだった。

 危ないな……別の会話に切り替えないと

「わかります。これからお仕事ですか?」

「ああ……そうなんです」

 女性はどこか定まらない目でそう答えた。その目に俺は既視感があった。

 絶望、感嘆、落胆。怒りを通り越した後に現れるような目だ。

 俺は知っている。この目は、俺のいつもの目だ。

「あ、洗顔しますよね。また邪魔してすみません」

 女性はその目を隠すように、頭を下げた。

 こりゃ、いつこっち側の住人になるか分かんないな……

「いえ」

 女性に「生きろ」という一縷の望みをかけつつ、俺は対角線上に位置する洗面台で顔を洗った。




 近くの高層ビル……ここから二キロ先か……

 夕日が街を赤く染める。まるで街全体が血に染まったようだ。

 欲望と言う血に飢えた、さがに捕らわれた生命体がうじゃうじゃと動く。その醜さはさながら化け物のよう。

 手招きをしては骨まで喰い殺し、その骨を使って犬をおびき寄せ、その犬に今度は別のターゲットを狙わせたり、可愛さでだましたり。

 なんでこの世界はこうも醜悪なものばかりなのだろうか。

 不埒なやからが酒を飲み、豪遊に浸って落ちぶれて、まじめに努力するものは報われるだとかほざくやつらも、また才能を持った人間ばかりで、どこかに一つは才能を持っているとか、普遍的なものしか持っていないやつが神に縋る。

 醜い。実に醜い。

 こんな世界で生きろという神様の頭のねじは、馬鹿みたいに錆びたねじか、本来いらない場所なのに、ねじ頭が潰れていて外せないかのどっちかなのだろう。

 耳を塞いで、目を閉じて、口を閉じて感覚を遮断する。無と言うものは実に幸福にしてくれるセロトニンだ。

 これだけあればいい。無さえあれば俺はそれでいい。

 

 さあ、飛び降りようか……

 高層ビルの屋上。施錠が甘かったのですぐに扉を壊すことができた。

 そうだな……上からの滑稽な景色をみんなにも見せて上げようか

 記念撮影として、屋上から見た下の景色をSNSにアップして、俺はスマホを半分にへし折った。

「あれ、開いてる……」

 は……?

 いざ飛ぼうと思っていたのに、そこにまた白髪の女性が現れた。

 清々しい気持ちで両手を広げて風を感じていたのに、これじゃあ雰囲気がぶち壊されて台無しだし、気づかれたから通報されてしまう。

 女性は何を喋るでもなく、腕をさすりながらこちらに歩いてきた。

「屋上、寒いですよ」

 ……何しに来たんだ

「てか、同じ会社の人だったんですね。知らなかったです。どこの部署の人なんですか? って……同じ会社内なら、私、嫌われてますよね……」

 女性は悲しそうにビルのふちに立った。横顔から見えるその目は、あの虚ろで定まらない目だった。

 いじめ……か

「私もたまに、ここで訓練してるんです」

「訓練?」

「はい。度胸試しと言いますか」

 そう言ってこちらを向いた女性の目には微かに涙が浮かんでいた。

 その様が俺の心をひどく強く締め付ける。

「私って、みんなから嫌われてるじゃないですか。だから、いつかここで死んでやろうとか思ってて」

 その言葉に、俺は感化された。俺と同じように、死ぬことを目指している人だ。

 いつこっちの住人になるか分からないと言ったが、もうすでに女性はこちら側の人間だったようだ。それなら一層、都合がいい。

 何の気の迷いもなく、女性を止めることもない。また、女性が俺を止めることもない。

「なら、一緒に飛び降りますか」

「え?」

「俺も、あなたが来なかったらここ飛び降りてましたから」

「え、そうなんですか?」

「はい」

 女性は初めて口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。

「それじゃあ、一緒にこの会社の人たちに迷惑かけちゃいますか?」

 女性は嬉々とした声を上げた。それが俺の心を快楽へと変えた。

「そうしましょう」

 夕日が嫌に眩しくて、風が強くて髪が強制的にオールバックになる。

「ちなみに俺、ここの会社の人じゃないんですけど、いじめがあるってことなら役に立ちますね」

「……ありがとう。じゃあ、せーので逝こうか」

「はい」

 そして奇妙な声二つ。

 俺らは隕石のようにビルから飛び降りた。

 この高さは流石に助かるはずがない。何回も生きていた自分でも、さすがに死ねるだろう。

「お名前聞いても?」

「今?」

「遅すぎますね」

 女性は微笑んだ。

 まあ……もう死ぬしな。教えてもいいか

「奏斗です」

「奏斗、いい名前ですね」

 ビルから飛び降りているというのに、俺には全くと言っていいほど恐怖する心がない。

 それは、こういう行動に慣れているからか。この人が隣にいるからなのか。

 まあ、どちらでもいいか……

「そちらは?」


「私の名前は――」


 女性が名前を言う寸前、視界が全て真っ黒に変わっていた。

※この作品は他サイトでも掲載しています。

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