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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第26話「いらない」

※暴力描写があります。苦手な方は注意してください。

「お世話になりました」

 数週間もすれば俺を見捨てた親が病院までやってきていた。

 久しぶりに見る両親は昔と何ら変わらず、いつも通りに厳格そうで、話の通じなさそうな人たちだった。

「お前、病院に何度も迷惑をかけたってな」

 まあ、自ずとこういう話になってしまうのも仕方のないことだ。

「それで?」

「お前、少しは反省したらどうだ? お前は結局、何も成し遂げられなかった。音楽も上手くいってない。生活も上手くいってない。あげくに人を救えるだのなんだのぬかしておきながら、結局他人に迷惑をかけてばかりで、生きている意味をなしていない。お前は本当に馬鹿だな」

 父親の、俺を否定する言葉も数年前にとっくに聞き飽きている。でも、この状況で言われるなら、俺も別に反論はしない。

 ただ、その怒りがどういったものかを俺は知っているからこそ、反発する言葉を、行動をとらざるを得ない。

 所詮、人はみんな正当化されないと生きていられない生き物だ。

「ストレスを発散したいなら、昔みたいに殴ればいいだろ」

 何かに急かされるように歩く父親に小言をぶつけると、父親は溜息を吐いて俺の首を掴み、力を入れた。

「お前は黙っていればいいんだよ。どうせ何もできないバカなんだからな。」

「あなた、道でそういうのはやめなさい」

 母親の言葉に舌打ちをして、より一層俺の首を絞める力を強めては突き放すように手を離す。

 いてぇな……くそ野郎が……

「お前は俺の言うことだけ聞いておけばいいんだよ。分かったか?」

 最悪だ。

 これからは親の奴隷としてこき使われる日々を送らないといけなくなってしまった。

 はぁ……

「誰がお前の言うことを聞くか……結局負け犬の奴隷のくせに」

「お前……!」

 父親は開けた道路だと言うのに、そんな周りの情報なんてどうでもいいかのように、そして昔のように俺を殴った。

 ひどく重く、鋭く、大木を壊すほどの力を込めた怒りの拳。

 俺の腹を強く押し上げて、俺は背中が猫背になるほどの衝撃を食らった。

 不意に空気が抜けていき、咳が出る。

「もういっぺん言ってみろ。なあ、言ってみろや!!」

 道路に手をついてふさぎ込む俺の横腹に、今度は固い革靴で蹴り上げられ地面に横たわった。

 痛い。久しぶりの痛さだ。

 くそだりぃ……

 だから俺は逃げ出したかったんだ。

 自分が成功しているわけでもない道を、俺が歩みたいはずもない。

 会社を立ち上げて、世界一を目指すなんて言っておきながら、やっていることはほぼ大手にも届かない中小企業に頭を下げる毎日。

 俺のアルバイトのお金も、母親のパートのお金も、全て父親の会社経営のために使われて、結局は伸びることもないくせに、頭を上げた瞬間に終わってしまうほどの会社のくせに、俺が全て正しいと学びもしない。

 そんな家を出ていかないわけがない。

 隠し持っていったお金と、奨学金で大学に入って逃げた。

 独りで生きて、俺が父親に生き方の証明をしたかったというわけではない。本当に音楽を好きになって、音楽で食うと決断したからだ。

 それも父親よりは上手くいっていた。

 なのに、どんどん父親の面影が俺にも生まれて辛かった。こんなにも努力しているのに、認めてくれないことが許せなかった。

 父親のようになりたくはなかったんだ。

 だから、目の前で鼻息荒く俺にストレスをぶつけるだけの、この怪物には俺は物理的にも、精神的にも近づきたくなんてなかったんだ。

 くそっ……

 痛みが激しく、体を動かせない。

「おい、なんか言ってみろよ!!」

 再度、俺は横腹を蹴られた。

 嫌だ……嫌だ……

「な、なにしてるんですか!」

 腹を抱えて悶えていると、俺の肩をしゃがみこんで触る誰かが現れた。

「夜船さん……何かあったんですか?」

 どうやら、あの白髪の女性だったようだ。

 だめだ……

「その男に近づかないでください……」

 痛みを我慢して、ほぼ聞こえない途切れ途切れの声を出すと、白髪の女性は俺の腹に手を当てて、父親を睨んだ。

「いくら何でも、手を出すのは違うんじゃないですか」

 そう言われた父親は何を血迷ったか、また昔のようにその否定的な言葉に怒り、今度は母親に手を上げた。

「ちょっと、何してるんですか!」

 立ち上がろうとした女性の手を掴んで座らせた。

 この状況の父親は、もう時間が空かないと止まらない。

 急いで息を整え、俺は有無を言わせずに白髪の女性を父親から遠ざけるように手を引っ張った。

 後ろでは母親が殴られる鈍い音が鳴り響き、声にならない悲鳴が頭をつんざく。

「ど、どういうことですか……」

「俺の父親は……昔からああなんですよ。もう逃げるしか道がないんです」

「つまり……虐待」

「そうです。だから、会いたくなんてなかったんですよ……」

「警察に」

「無理です。母親が虐待されることを望んでいる頭のおかしい人間なので……」

 複雑な家庭環境を話すと、白髪の女性は顔を曇らせた。

「そうなんですね……」

「見つけちゃってごめんなさいとか、聞きたくないんでいいです」

 先に杭を打つと、女性は頷いた。

「これから、どうするんですか」

「いつもと変わらないですよ」

「というと……どこかに当てはあるんですか?」

「ネカフェです」

「え」

 女性は驚いたのか足を止めた。

「そこで驚きます?」

「あいや……その、私もネカフェで暮らしていたので」

 あー……なるほど。と言うか喋りすぎか……

 死にたいからこそ、誰かと情を築くのは嫌だ。

 でも、この女性を前にしたとき、そんな考えが一気に抜け落ちていってしまう。頭の片隅にも浮かんでこない。

 不思議な人だな……

「お金とかちゃんとあるんですか?」

 女性は歩きながら俺の顔を覗いた。

「ないですよ。残金はほぼゼロ円です」

「え……じゃあ、今日はネカフェには泊まれないんじゃないですか?」

「野宿ですね」

「だめですよ!」

 いや……そう言われても……

「今日だけ、お金を工面するので」

「そっちの方がだめです」

 カバンから財布を取り出す女性の手をカバンに戻したが、女性は懲りずにまた財布を取り出した。

「私は殴られずに済みました。助けられたんです。その礼金として払います」

「義理がないです」

「あります。助けてもらったので、そのお礼としてお金を選んだんです」

 そう言って一万円を俺に向けた。

 はぁ……

「受け取りません」

「嫌です。受け取ってくれるまで、付いてきます」

 もういいや……

「命を助けてしまったからって、憐れみをもって俺にお金を工面しようとか考えないでもらっていいですか」

「え……」

「少なくとも、俺にはそういう風にしか映ってないので、はっきり言って迷惑です」

「そういうつもりじゃ」

「なかったとしても、当人が見えてしまった時点でそうなってるんですよ」

 きっぱり言い切ると、女性は渋々お金を財布に戻した。

「あと、俺が助けたんじゃなくて、あなたが巻き込まれてしまっただけです」

「そうですよね……すみません」

 分かればいい……

 しょぼくれた女性と別れて、一文無しの俺はとりあえずそこらの公園に向かって彷徨い歩いた。

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