第25話「また」
もう何回目だ。
俺は何度も落ちていく体で、目の前に来る地面を見て来た。
なのに、俺はまたこの嫌に白く無臭な病室に寝かされている。
もういいって……
この前に管を抜こうとして目を付けられたのか、俺を見張る人がいるし、自由というものがない。
自由を目指したら目指しただけ自由を奪われていく。
もう、この目も耳も鼻も口も、何もかもぐちゃぐちゃに壊れてくれないだろうか。
見たくない、聞きたくない、嗅ぎたくない、喋りたくない。何も感じていたくない。
一層のこと、棺桶にでもずっとこもっていたい。
昔の外国では死んでもいないのに、棺桶に入れて土に埋めたと言う。
俺も死人だと間違えてくれないだろうか。
もう、誰か俺を溶かしてくれ……
鈴が死んだことでついてくる友達からの軽蔑の目と、親御さんからの憤怒の表情。バンド仲間の憐れむ声と手。ネットからの誹謗中傷。“俺”を求めている人間など誰もいない。
親なんてほら見たことかと、俺を嘲笑する。
なんで自由に手を伸ばすと、下から俺の足を掴んでくるのか俺には理解できない。
耳を塞いでもずっと聞こえてくる。
感嘆する声とそれを見ものに笑う甲高い声。
その中に、いつも鈴が俺に苦痛を与えてくる。
――死なせないよ?
鈴を助けてあげられなかったから? それで俺はこれほどまで苦痛を味わなければならないのか?
馬鹿げている。
俺が一番、この世界に感嘆したい。
それを聞いているお前らが、なんでもっと苦しめてくるのか理解できない。
ダッセェんだよ……!!
もう苦しみたくない。だから誰からも見られずに死ねる方法を模索した。
凍死……
確かに雪山にやってくる人なんてたかが知れている人数だ。
「頼んだぞ……」
そうして俺は、一面白銀の世界が広がる静かな山奥で静かに横になった。
もう、このまま俺という悲劇を形に残して……俺が悲劇の物語として語られればいいんだ……第一人者になってやる。そんなことできたら、
「かっけーな……」
心に鋭く突き刺さる笑みを浮かべ、誰もいないのにどこかに手を伸ばした。
雪しかねぇよ……
自分の謎の行動にツッコミながら目を瞑った。
数十分くらい経っただろうか。俺はまだ、死ぬということに至っていない感覚がしている。
凍死が楽だって聞いたのに……まったく楽じゃないな
ただひたすらに寒いだけで、雪に触れる部分はかじかんで痛みを感じる。
今更これを終える考えは持ち合わせるわけもないが、もっと他にいい死に方があるというなら喜んでお受けしよう。
長い……
予想ではすぐにぱったりと逝けると思っていたが、数十分経ってもまだ逝けない。
最悪だ……
もっと死にやすくしようと、俺は服を全て脱いだ。
さっきよりも直に雪の冷たさが伝わってくる。
筋肉が収縮して、肌が固まって、吐く息が真っ白で、頭がキーンッと痛くなる。
これならちょっとは早く逝けそうだな……
静寂を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
「起きてください……!」
誰かの声が聞こえてくる。
「今、助けを呼んでますから!! 意識をはっきりもって!!」
また叫び声が聞こえてくる。
死ぬときまで、俺は誰かの叫び声を聞かなければならないというのだろうか。
ざけんなよ……!
「うるせぇ……!!」
心の叫びを声に出すと、一気に体が動かないという状況に脳が違和感の警鐘を鳴らした。
あ……?
俺は今確実に目を閉じて眠ったはずだ。
つまり、普通に考えれば俺は今凍死しているはずで、声が出るはずも、体があるという意識があるはずもない。
なん……
「よかった。まだ意識がありますね……。あと三十分後にはヘリが来ます。とにかく、私の体温で温めますが、許してください」
誰か女性の声がはっきりと聞こえてくる。
なんで死ねないんだよ……!
「放っておいてくれ……」
さっきよりも力なく喋ったが、目を開けられなくて体は存在していると認知しているのに、触られている感覚などは何もなくて、ただ真っ黒な空間に一人でいるみたいで気分が悪くなってくる。
孤独感が俺の心を焦らせる。
脳が勝手に生を願望している。
違う……! これが正しい、このまま死ねばいいんだ!
「冷たっ……」
また女性の声が聞こえてきた。
何が起きているというのだろうか。
意味が分かんねぇ……!
何の情報も処理できない。
前は五感が全てなくなればいいと思ったのに、今だけは全てが欲しい。それを願っている自分がいると認知してしまって苦しくなってくる。
「しっかりしてください!! まだ意識はありますか!!」
何も喋らないからだろうか、女性はまた叫び声を上げた。
「あるよ……」
「よかったです」
さっきの声は聞こえてなかったのか、今回の声は聞き取れたようで安心したような声を出した。
もう、いいよ……また生存するんだろ……
半ばあきらめた俺は、成す術もなくされるがまま、運命に従った。
気が付けば俺はまた病室に居た。
心が真っ黒なのに、置かれている部屋は真っ白で気持ち悪い。
俺を救った人もまた、あの雪山で偶然遭難した人だったらしい。
白色で腰付近まで伸びた髪が特徴的な人だった。
もはや雪女だったらよかったのにと、俺はそう本気で考えている。
「夜船さん、起きられたんですね」
白髪の女性は俺を救って義理を感じているのか、軽傷で済んでいるからと俺の病室にたまにやってくる。
「調子はどうですか?」
「……大丈夫です」
俺は顔も合わせず、ただ憎んでいた。
この人が居なければ俺は今頃、誰にも見られずに死んでいられたのだろう。
運がない。この一言に尽きる。
退院したら今度こそ……
「いい加減、お医者さんと話をしたらどうですか?」
はぁ……
この女性は俺が人生に飽き飽きしていることを認知しておきながら、生を扱う医者との話をちゃんとしろと言ってくる。
「一応、伝言として夜船さんの親御さんが、退院した後は面倒を見ると言っているそうですよ」
「は?」
「聞きましたよ。もう何回も死のうとしてこの病院にお世話になっているって」
はぁ……親か
流石に、もう看過してくれはしないようだ。親も、医者も。
世界はずっと俺という腫物を看過しているくせに。
「私とだけ話をしてくれるのは、私が夜船さんを助けたからですか?」
「まあ……」
俺にもあまり理解はできていない。
「私も、実を言うと死にたいと考えている人間です」
「え……」
「だからと言って、あなたを助けないわけにもいきませんでした。ごめんなさいというつもりもありません」
まあ……な
俺もこの女性を憎んではいても責め立てることはできない。
それは何の意味もなさないからだろう。
「私はこれから、あなたがどうなろうと応援してますし、応援しません。末永く生きてほしいとも言いませんし、死ねとも言いません。ただ、もし生きているならまたどこかで会いましょう。それだけで生きられるなら、私もまだ頑張ろうと思います」
女性からの提案に、俺は深く考えず適当に頷いて承諾しておいた。
「では」
不思議と、あの女性と喋り続けていると俺の気持ちは何の悪の心を生み出さない。
出てくるのはただ、静かで穏やかでほのかに包み込まれているような感覚。不思議と頭の片隅に残るような人だ。
また……か
外の景色を眺めながら、俺はまた目を瞑った。
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