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ある日、俺は死後の世界で君を知った  作者: 為世 斐文


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第24話「過去の傷アト」

 第二十四話「昔の傷アト」



 不思議な感覚がする。

 昨日までそこにいた冬那がいない冷たくて静寂なマンションに、賑やかな家具たち。

「こんにちは」

 片づけを手伝いにやってきてくれた冬那の友達の笑い声が、俺の心を強く苦しめる。

 嫌に静かな家、キレイに整った部屋、白い花がよく似合う冬那。

 やけに綺麗で、背景では黒い何かがうごめていて、謎の白い空間に一人、無音を聞いている感覚。

 溜息一つでさえも、耳をつんざく音となる。

「そんなことあったよねー」

「あったねー」

 ネガティブを必死に押し殺そうとしている人の笑い声は、もううんざりだ。

 彼女の生前の笑っている顔が浮かぶ。

 少しずつ歩みだしたこの期間はなんだったんだろうか。俺が悪いのか? 俺が何かしてしまったか? 

「嫌な事なんて、君がいたから忘れられたのに……」

 力なく冬那が入った棺桶を叩いた。

 また笑ってくれる気がした。大きく手を振って、子供の様に笑ってくれる気がした。

 でも、返ってくるのは静かに眠る現実だけだった。

 それを見て俺は、


 ――生きる気力をなくした




 何か暑苦しくて目が覚めた。

 いつも通り、神様に起こされたのかと思ったが、今回は冬那が俺の体の上で顔を伏せているようだった。

「冬那……」

「奏斗くん……」

 顔を上げた冬那は泣いていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 死後だけで、知れる君の顔と、君との思い出が、心に突き刺さっていく。

 俺も一発、神様に拳を入れたい気持ちが生まれてくる。

 でも、今回は辺りに神様が見当たらなかった。

「あいつは……?」

 俺が憎々しく聞くと、冬那が何とも言えない顔を作った。

 まさか……

「なんか言っちゃった……?」

 冬那は静かに頷いた。

 あー……そうか、じゃあ、本当に死ぬことになるのか……

 そんな俯瞰的な気持ちで現状を見ていると、冬那はまたぽろぽろと涙を流した。

 泣き顔で顔がくしゃくしゃで、本当に子どものようだ。

「大丈夫だよ……本来、お互い死ぬつもりだったんだからさ。未練なんて今更ないよ」

「……あ」

「死後の世界(ここ)で冬那を知れてよかったよ……俺は」

 冬那は首を振って俺を抱きしめた。

「違うの……」

「違う?」

 冬那は一層強く抱きしめて来た。

「――記憶を完全に消去するって」

 は……

 冬那の言葉を飲み込めないまま、無音を聞いていると目の前が真っ暗になった。

 なっ……

「冬那!!」

 そう叫んではみたが、俺は何者かの手に目を閉ざされた。

 嫌に冷たくて、痛くて、何を喋っても届かない。得体のしれない物質のような手だった。

 冬那が神様に土下座をしたときみたいに、逆らってはいけないと直感的に感じる手だった。




 ん……

「あ、奏斗。おはよー」

 ああ……頭いてぇ……

「おはよう……」

 なんか、変な夢? 見てたような……

 頭にぼんやりと白い長いものが浮かぶ。

「どうしたの?」

 またこいつは……

「そんなにひっつくなって」

「いいじゃん」

「んー……」

「私、そんなにキタナイ……?」

「いや……いいよ」

「ふふっ……うれし」

 相変わらず重すぎる……でも、俺どうしてたんだっけ……

 記憶に謎のモザイクがかかった空間があるような、もともとあった記憶を何か白色で全て塗り替えられたような、とても不愉快で変な気分がする。

「今日もギター弾くの?」

「ああ……まあな」

 スマホで日時を確認すると、今日はライブ曲の練習の日だった。

「前も言ったけど、今日はライブ曲の練習行くから」

「うん……いいよ。一人で待っとくから」

「おう……まあ、コンビニとか寄らずにすぐに帰るから」

「うふふっ、うん。そうやって、奏斗は――私だけ見ててね」

 はぁ……

「ん」

 束縛の激しい彼女を振り切って、少し早めに家を出た。

 今日も今日とて、ダサいやつらしかいない。

 髪型も、ファッションセンスも、やってることも、全てがだせぇんだよな……

 周りのレベルの低さに反吐を吐きながら、スタジオまでやってきた。

「うい」

「おう奏斗」

「今日は脱獄できたみたいだな」

「おう。なんか、いつもより甘かったわ」

「そりゃご苦労なこった」

「鈴さん顔はいいのにメンヘラとかもったいねーよな」

「そこがまたいいんだよ」

「お前はどうせ乳がデカけりゃ誰でもいいんだろ」

「んなことねぇよ」


 ――こいつらも所詮、ダセー連中だな……


 数か月も経てば、俺はバンドを抜けた。

 別に悪いやつらじゃない。ただたった一つ、“ダサすぎた”。

「ねえ奏斗、私のためにバンドやめてきてくれたの?」

「違うよ」

「じゃあなに……? あの人たちもダサかったの?」

「ああ」

「そうなんだ。でも、これからはもっと奏斗に触れていられるんだね」

「まあ」

「……最近さ、冷たくない?」

「いや、そんなことないよ」

「何……もしかして他の女? バンドやめたのも、それが原因? ねえ、奏斗? ねえ、答えて? 私何かした? 私可愛くない? 私使えない? いいよ、奏斗なら何だってするよ? 奏斗が言うなら喜んで死んであげる。だから見捨てないでよ……。その女私よりかわいいの? ねえ、ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえねえねえ」


 ――うるせぇ……


 バンドを抜けて数週間が過ぎた。

 俺は一人で曲を作り上げてウェブに投稿した。

 何回聞いてもカッコいい曲だ。どうせすぐに人気になる。

「奏斗……私って、この世界にいるのかな……」

 またきた……

「いるよ」

「そんな上辺だけの言葉で慰めないでよ……どうせ、奏斗も私のこと馬鹿にしてるんでしょ? 気持ち悪いって、脳みそ腐ってるって、汚いって、醜いって、いらない子だって思ってるんでしょ……」

「そんな訳ないだろ」

「そう……」


 ――めんどくせぇ……


 動画を上げて早一か月、俺の曲は全くと言っていいほど再生されなかった。

 多少評価はあったし、最初はこんなもんと言えなくもないほどではある。

 だけど、これはもっと上に値する曲だ。こんなところで評価が止まっていいわけがない。

「なんでだよ……!」

 有名な人があげる曲はものの一時間で数十万回も再生される。

 一か月経った俺の数十倍もの数を一時間で成し遂げる。

 くそ……くそ……くそ……! くそダセェくせに……!


 ――許せねぇ……!


 それから何本か曲を上げた。

 でもどれも数千からいっても二、三万回再生止まり。高評価の数は一桁から二桁。

 ある程度曲として完成されているから見られている。または、サムネがいいから見られているだけで、俺と言う存在を誰一人として評価しない。

 ざけんなよ……

「ねえ、奏斗……」

「なに?」

「死にたい」

 ……は?

「殺して。奏斗の手で、首を強く握りしめて、大好きだって言いながら」

 鈴は俺の手を持って、首に押し当てて来た。

「嫌だけど」

「なんで? 死なせてよ。もう苦しいのは嫌なの。せめて奏斗の手で、奏斗に抱きしめられながら、幸福な気持ちで死にたい」

「いや……なんで死にたいの」

「辛いから」

 はぁ……

「話聞くかから、とりあえずこの手を離して」

「やだ」

「じゃあ握っとくから」

「分かった」

 鈴は嬉しそうにリスカの痕を俺の腕に擦りながら、笑った。

 俺もこの空気感に吞まれてしまいそうだ。


 ――死にたい……か




 それから一か月も経たないうちに鈴はこの世から亡くなった。

 俺は救いたいで付き合い始めたのに、結局何もしてあげられなかった。

 出来たのは死を助長することだけ。

 俺がもっとちゃんとしてれば、鈴を救えたのだろうか。

 久しぶりに見るバンド仲間たちは、みんなシャキッとした格好をして、会社に勤めていると話していた。

 ダサい。けど、正直うらやましい。

 上司の犬になんてなりたくないけど、それでも必要とされるプラットフォームがあるのは、どれだけ楽な事だろう。

 鈴が居なくなって汚さに拍車をかけたマンションから、俺は立ち退き交渉をされ、結局マンションを出た。

 行く充てもない。友達なんて呼べる人はいないし、今更バンド仲間にSOSを出せるわけもない。


 ――俺が一番、ダセェやつかよ……


 俺も鈴の“アト”を追うように首を吊ろうとしたが、ばかばかしくてやめた。

 手数も少ない金を握り、ネカフェに泊る毎日。

 深夜帯のコンビニバイトに入って、スタジオで作曲の編集をして、ろくに飯も食わずに倒れるように眠りにつく。

 「この世界が憎い」この言葉だけをずっと考えて。


 ――もう、いいや……


 投げやりの気分で、俺は橋から飛び降りた。

 耳元で鈴が笑っている気がした。

 ふっ……ダッセ俺……


※この作品は他サイトでも掲載しています。

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