第23話「離したくない」
新曲も発表して、また時間がだいぶ経過した。
もう冬那とは十数キロ以内なら離れられるようになった。
そのため、冬那は会社に戻ると定職に就き、俺も近くの店でバイトを始めた。
距離は離れるが、帰れば冬那がいる。これだけで俺は幸せを感じる。
でも言うとするなら、俺たちが一体どこまでの好きさを昔に持っていて、どんな情報を互いに握れていたのか。そこだろうか。
別に気にしないで生きることも出来る。ただ、自分の知らない相手がいるのは嫌になる。
そして、やっぱり県をまたぐくらいの距離を離れられない原因もしっかりと追究したいところだ。
ちょっと話をしてみるか……でも、疲れてるかな
今頃、冬那は家に帰ってくるなりベッドに向かって、俺が夕飯を作ったと言ったらゆっくりと時間をかけてやってきては笑顔で喋ってまたベッドに向かう。
俺がベッドに寝転がると、いつも通り顔も見せないで背中をくっつけてくる。
本当にこんな感じで、きっと久しぶりの社会というものに疲れを感じているのだろう。
元々は俺も冬那も、このくそみたいな世界、社会に疲れた身だ。
でも、冬那はなんで死にたかったのだろう。
俺は絶対に触れなくてはいけない部分を忘れていたようだ。
「聞こう……」
「何をです?」
「あーひとりごとです」
つい言葉を出していたようだ。
はず……
家に着くと、既に電気がついていた。
今日はもう帰ってきてるのか
都合がいいと、リビングに向かうとソファーに横になって泣いている冬那さんがいた。
え……
「どうしたの」
「ただいま」よりも先に、俺は冬那に駆け寄った。
一体……
「なんでもないよ……」
「なんでもあるでしょ」
「ない……」
そう言って冬那は姿勢を変えて、俺に背を向けた。
んー……
「冬那、俺に頼っていいよ」
そう言っても冬那は言葉を喋らない。
返ってくるのはただ鼻を啜る音と、無音だけ。
「ごめん」
放っておくことが出来なかった俺は冬那を抱きかかえた。
「え……」
「だめ。話を聞くまでは絶対に俺隣にいるから」
何とも言えない表情を浮かべて、頭を少し俺に寄せる冬那はとても弱弱しく映った。
「何があったの」
ベッドに降ろすと、冬那は重たい口を動かした。
「……会社、ほんとは行きたくない」
そういうと俺が怒るとでも思ったのか……?
そんな単純な話な気がしないと感じ、もう少し深堀することにした。
「それは、どういった経緯でそう思ったの?」
口を開けて何かを言おうとしながらしぼめて、言おうとしてはいるのだろうが何かが邪魔をしているみたいだ。
「大丈夫。俺は否定しないよ」
「違う……」
「違う?」
この案件に久しぶりに心が変な感覚を覚えた。
ここで本能的に止めなければ遠くに行ってしまう気がした。
これは……
冬那の周りに、白い花が見える。
きっと幻覚だ。でもしっかりと供花のように痛いほど白く美しい花が見える。
まさか……!
「冬那、死のうとなんて思ってないよね」
強気に喋ると、この最悪な結末が当たっていたのか、冬那は音を立てながら息を吸って表情を固めた。
「あ……ごめん。責めてない。責めてないからね」
冬那は少しずつまた涙を浮かべ始めた。
あー……
「違う。ごめん。大丈夫だから。話だけ、話だけしてみない?」
優しく涙を拭うと、冬那は俯きつつ頷いた。
「ありがとう」
離したくない気持ちが先走って、俺は冬那を抱きしめた。
温かいのに、冷たくて、とげとげしい気がした。
「ゆっくりでいいよ。いつまでも待つから」
そういうと安心してくれたのか、頷きながら涙を拭きつつ口を開いた。
「会社でね……昔からずっと、いじめられてるの」
いじめ……
「前の会社は全員から目を付けられて、今の会社だとセクハラまがいも、パワハラまがいも、軽く死ねって言われたり……私がいるから上手くいかないって言われて……」
なん……だよ、それ
胸糞悪い話に、居ても立っても居られないほどに腹が煮えたぎる音が聞こえる。
「みんな冬那の魅力に気づいてないだけだよ」
「うん……」
「パワハラとかセクハラは労基にちゃんと伝えて、いじめを受けるなら俺はもう冬那をこの家から出さない」
「え……」
「目離したら、冬那はどうせ会社に行くでしょ」
図星だったようで冬那諦めた顔で笑った。
「……うん」
「絶対にだめだから。俺、絶対に離さないからね」
もう冬那を見て供花なんて連想したくない。
「だから、もう休んでいいよ。よく頑張ってきたね。本当にえらいよ」
「……うん」
冬那はまた泣き始めてしまった。
でも、その涙には温度があったと思う。
安堵から来る表情を浮かべていたから。
「今日は、冬那の食べたいもの食べに行こう」
「……いいの?」
「いいよ。何件行く?」
「そんなに行かないよ」
そう言って笑う冬那に、俺は微笑みかけた。
とてもきれいだ。
とてもかわいい。
絶対に離したくない。この世界から消させない。
俺の生きる理由は冬那がこの世界にいるからだ。俺が最後までしっかりと守りたい。
この笑顔を、脆くて柔らかいこの人を。
冬那が会社を辞めて、また数日が過ぎた。
冬那はすっかり笑顔になる時間が増えて、今も鼻歌交じりに昼ごはんを作ってくれている。
あまり見ないポニーテールで、頭を揺らしながら、俺がギターを弾いたらそのリズムに合わせて体を動かして、とても機嫌がいいように見える。
子供かよ……
そんな冬那に笑いが出てきながら、俺は新曲を作り続ける。
このまま生きていけるならそれでいい。
誰も悲しまない世界。
俺の夢は少しだけ、実現できたのかもしれない。
よしっ……
「冬那、何作ってんの」
「んー、内緒」
「また?」
「ふふっ、うん」
ああ……幸せだな
夜、今日は一人で寝たいらしい。
まあこの頃ずっと一緒に寝ていたし、別に俺はどちらでもいい。
というか、いつも冬那からこっちにやってくるから俺に拒否権なんてないわけだ。
でも一人のベッドは随分と久しぶりで、やけに大きく感じる。
変な気分だなー……
ぼーっとしながら天井を眺めていると、冬那の方から大きな音が聞こえてきた。
何してんだ……
きっと転んだりでもしたんだろう。
おっちょこちょいだな……
転げている様を思い浮かべて、微笑みながら目を瞑っていた。
翌朝、いつもなら起きてくる時間でも冬那は起きてこなかった。
夜更かししたのか?
なんて疑問を持ちながら、朝ごはんを作ってしまったから起こしに部屋へ向かうと、やけに重たい空気を感じた。同時に嫌に静かな違和感が頭に最悪なストーリー展開を思い浮かべさせた。
まさか……な
ドアを開けると、そこにはベッドに寝ている冬那がいた。
なんだよ……
でも、よく見ると何か壁のかけらのようなものと、紐が見えた。
そして、その紐は冬那の首にかかっていた。
は……
「おい冬那……?」
すぐに息をチェックしたが、冬那はすでに息をしていなかった。
なんで……昨日はあんなに……
ご飯を作るときに鼻歌でリズムに乗っていた冬那が頭から離れない。
なんで、なんで……なんで?
――待ってよ
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