第11話「神の一声」
「あ……」
ドアを開けると、そこには八重代さんがいた。
手にはシャンプーやら、洗顔やらの入ったかごを持っていた。
「あ、こんばんは」
「八重代さん、ちょっとだけいいですか」
焦燥感の中、俺は急いでいるかもしれない八重代さんを引き留めた。
「はい。大丈夫ですよ」
そう笑って足を止めてくれた。
「俺、新曲作ったんです」
そういうと、八重代さんの微笑んでいた顔がいっきに変わった。
驚いて口を開いたまま、俺の顔を一点に見て固まった。
「名前が〝虚偽記憶〟なんです……」
「嘘……」
俺の思っている恐怖と疑問を、八重代さんも少し感じたのだろう。
すぐにスマホを取り出して、俺の新曲を流し始めた。
「全く……同じ」
全く同じ……
俺の心は無意識に体の震えを誘発した。
つまり、俺の思っていた以上に、事の重大さが背景にあるということだ。
「八重代さん……もう一度、話を聞いていいですか」
「う、うん……」
八重代さんを部屋に入れて、今度は冷静な頭で、しっかりと聞く耳を立てた。
「えっと……日記を書いて私も整理したんだけど、まずは私たちは何度も死んでるってことと、その都度何かの影響で生き返ってるってこと。それで本来は記憶が残ることはあり得ないのに、今回に限って私に記憶が残ってるってこと……そんなところだと思います」
そうだな……そんな感じなんだろうな
「でも俺は記憶が残っていない状態であるということですよね」
「うん。なのに、全く同じ曲を、同じ日にあげてるんです」
「日にちまで……?」
「うん」
その場合、偶然にしては出来すぎている。まるで定められた未来の道を、体が勝手に動いているみたいだ。
「何回か聞いてて、鼻歌で歌えるほどだったんです。忘れるわけありません」
そうか……曲聞いてるって言ってたもんな……
「そこは大丈夫です。信じてます」
「よかったです」
いちいちこうやってすべてを確認していては時間の無駄だ。
「とりあえず、俺は今、完全に進むべき未来を勝手に決められて、そのレールに沿って動いているということになりますよね」
そういうと、八重代さんは口を開けて俯いた。まるで、何か嫌な事に気づいたかのようだ。
「あ、あの……今日から……その……」
口をあわあわさせて、手の動きもぎこちなくて、挙動不審になった。
「えっと……」
段々とその綺麗な瞳から雫があふれてきている。
「落ち着きましょう」
俺がそう言って手を伸ばすと、八重代さんはその手を絡ませるように握った。
冷たくて、温かくて、柔らかくて、か弱い。
何かを言いかけて唇を噛み、一呼吸を挟んだ八重代さんは、俺の手を痛いほど強く握って顔を上げた。
「私と――付き合い、ませんか」
「……はい?」
八重代さんは真っすぐ俺の瞳を見つめて、喉を鳴らし、涙をこぼし、握る手の力をさらに強めた。
「な、なんでですか?」
今ある謎があるから生きているだけで、俺はまだ死ぬことをやめようとなんて思っていない。
ここで変な情を築くとこもしたくはない。
「夜船さんがまた私を置いて死んじゃうからです!」
八重代さんはそう痛々しく叫ぶ。
「寂しかったんです……。依存してることは分かってます……。でも、それで生きられるなら、いいじゃないですか……!」
依存……
「なのにお金がなくなったからって橋から飛び降りて……私の手元に残ったのは後悔といじめの痛みだけ……そんなの……辛いですよ……」
痛い……
この顔は、もう見るつもりなんてなかった。
どこにも行かないでと、泣いて懇願する顔。
俺がまた壊れる音がする。
――やめろ……やめろ、やめろ、やめろ、
「やめろ……!!」
気づけば叫びながら部屋を飛び出していた。
胸がずきずきと痛む。
足が重くて、誰かに足首を掴まれているような感覚がする。
後ろに引っ張られる。
ふらふらと足がもつれて、転んでは壁にぶつかって、体の重心が分からなくなる。
視界が真っ黒で、動機がして、走馬灯のように元カノの姿が映し出されて、あのナイフのような無知な俺が笑顔を向ける。
――助けたいんだろ?
黙れ……何も知らないくせに!!
がむしゃらに走っていた俺は、いつの間にか車道に飛び込んでいた。
誰かの叫び声で視界がクリアになった俺の最後の光景は、金属の塊が俺に向かって突進してきている光景だった。
あ……もう、殺してくれ……
そう願って、俺は全身の力を抜いた。
目が覚めた。
いつも通りの白色の空間が目に入ってくる。
俺の顔を覗くように少女が頭の上に立っていた。
「過去一早いじゃん……」
しれっと頭を軽く蹴られた。
ああ……記憶が気持ち悪い……
何度経験しても、この記憶の矛盾に耐えられない。
「なあ……なんで、八重代さんの記憶残したんだよ……」
弱弱しい声で喋ると、少女は人差し指を合わせて、もじもじとしながら座った。
「ここで起きてくれないと、記憶に干渉できないの忘れてた……みたいな」
俺は初めて殺気を覚えた。
「お前、」
悪口を吐こうとすると、目の前にまた八重代さんが降ってきた。
「冬那~……」
眠っている八重代さんのもとに駆け寄る少女に拳を入れようとも思ったが、八重代さんの告白を聞いたばかりで、目の前に居られると眠っていても色々と意識をしてしまう。
これ……どうすりゃいいんだよ……
いつもよりだいぶ距離を取って、背を向けて座った。
今は起こしたくも、話したくもない。
ここに帰ってきたとき、八重代さんはまず何について考えるのだろう。
俺は元カノの話を少ししている。一番最初の時に元カノが重たくて、背負いきれなかったなんて楽観的に言ってしまっている。生き返るなんて思ってなかったからだ。
でもそれより、その気持ちをここにいる八重代さんは分かっている。それなら、どう言ってくるのだろう。
彼女は確実に人の気持ちを読める人だ。俺の嫌な気持ちも察することは出来るし、少しうれしいと思っている気持ちも理解するはず。
ああ、くそっ……!
元はと言えば、あのバカな神がしっかりと記憶を消去してくれさえしたらよかった話だ。
苛立ちが隠せず、後ろを振り向くと、ちょうど八重代さんが起き上がっていた。
もういい……
苛立ちを言葉に乗せて神に言おうと口を開いた瞬間、八重代さんが少女の頬を叩いた。
え……
「なんで……なんで、記憶なんて残したんですか!!」
いきなり頬を叩かれたからか、少女は頬を手で押さえて固まった。
「苦しかった……何も伝わらない夜船さんの顔、見られなかった……なんで、なんで!!」
少女の肩を鷲塚んで、泣き叫ぶ。
「冬那、」
「なんで、記憶消したの……なんで、記憶残したの……せめてどっちか片方に寄せてよ!!」
そう八重代さんが叫んだ時、空気が止まり静寂に変わった。
少女の目つきが鋭いものへと変わり、それに合わせて、真っ白の空間が全て禍々しいほど赤黒く、真っ暗な空間に染まっていく。
「〝黙れ〟」
少女の放った声は、この世界の全ての動きを遮断したかのようだった。
心臓の動きが止まって、息が詰まり、少女の声だけが頭の中で木霊する。
まるで生命を維持するために必要な、DNAに書かれている生物的本能をくすぐるかのような声。
それに逆らえば命というもの全てが失われてしまうような直感。
死んでいるのに、心臓にナイフを突き立てられているかのような痛みの実感。
重くまとわりついて、じわじわと体に蝕むような死の触感。
すべてが纏わりついた生と死を扱う神にふさわしし声だった。
「すみません……」
八重代さんも同じように感じたのか、土下座して震える声で、委縮したように謝罪した。
少しすると、また周りが真っ白な空間に変わった。
まるで神の怒りが沈んだかのように。
「私にとってはどうでもいい。完全に記憶をなくす。いいな?」
「はい」
「うん! じゃ、還すねー」
その時俺たちは実感した。
俺たちは神様の遊び道具でしかないのだと――
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