148話「生きるという約束」
悪雲が限りなく止んで、紫電が空を鳴らさなくなった時本能が何かを叫んだ気がした。どこまでも続くような嫌な予感はなくなって代わりに安心感がもたらされるはずの世界で、私はただ1人知りもしないはずのことを知っていて、それが何を指し示すかもなんとなくわかっていた。
私の左薬指に嵌められた指輪はただの誓いの証ではない。私たちの種族では指輪を通して相手との確かなつながりを感じる一つの探知装置のようなものなのだ、だからつけているときは相手のことがわかる。どんなことを思っているのか、どんな状態にいるのか、だから尚更かけ出さずにはいられなかった。
「……はぁ、ハァ!!」
作業をしていた手をそのまま下ろし、最前線に向けてただただ走り続ける。私はエルザードやラナと違ってすごく強いわけじゃない、だからこの拠点でただ1人家族の帰りを友達と待つようなことをしていた。どうか勝てますようにとかそんな願いを込めていたけど、心の底では指輪から伝わる意思を整理するのが精一杯だった。
そして、虚勢を張っていたその心が限りなく無に近づいているとこのとき初めて理解してようやく走り出すことができた。
(また、貴方はそうやって───!)
また優しい嘘だ。また優しい嘘だ。貴方は私のために嘘だってなんだってつく。それが私の負担にならないのならいくらでも自分を偽ったりする。
でもまだわかってない。私が嫌なのは、私が本当に心配するのはそうやって嘘をつかれたときだってことを。だからそれをいち早く伝えるために私は激しい道を進み続けた。
「っぁ!!!」
焦っていたせいで足を踏み外して大きく転倒した。体が鋭い岩岩によって打ち付けられたり傷つけられたりする感覚を覚える。頑強な方のこの肉体も油断を抱えてしまえばあっという間にボロボロになる。それでも私は立ち上がるしかなかった、立ち上がらなければ消えそうな灯火を持つ大切な人が一生消えてしまう気がしたから。
走って走って走って走って走って走って。
大きな丘を跳躍で乗り越えて、ただ真っ直ぐに走り続けて、ようやく戦場の手前にいる、その人の姿を見つけた。地面に寝かされて、死んだように全く動かなくなったその体に一度は絶望を抱いたけれど、それ以上にまだ希望があるというのも指輪を通して伝わっていた。
「ゼルっっ!!!」
「ぁ!ラナさんのお母様っ!」
私をそう呼ぶ声は一度見たことがある召喚術を使う少女の声だった。少女も治癒の術をかけながらゼルの命を繋ぎ止めていた。この子がいなかったらまずゼルはもっと早く死んでいたかもしれない、そう考えるとなんと言っていいのかと思ってしまうのだがそれ以上に今の私は、まだ安心できないゼルの姿に感情がめちゃくちゃになっていた。
「ゼル───────起きて、おきてよ!」
指輪は確かに彼が生きていると知らせてくれる。けどその炎が次の瞬間には無くなりそうだというのも、なんとなくわかるのだ。だから私は必死に声をかけ続ける。もう一度私のために起きて欲しいと、もう一度私のために目覚めて欲しいと。
手を握って祈って涙を流して、言葉を紡いで。
それでも彼は動きもしなかった、呼吸による胸の動きさえなく、指輪が伝えてくれるものは偽りかもしれないと疑心暗鬼になりかけた、抑えていた涙がまた溢れ出して今度こそ大泣きしてしまいそうなときだった。
「────っ、」
握っていた手がふっと軽やかに動き私の瞳にある涙の雫を振りとった。腕から顔へと私の視線が映ると同刻ほどでゼルの片目がゆっくりと開く、先ほどまで動いてすらいなかった心臓の動きも確かなものとして脈動していることに気がつく。
「ゼ、、」
「……間に合ったな。ただいま、」
「ぁ─────ぅっ。」
なんて答えればいいかわからなかった。どんどんと息がしっかり吹き返してきたゼルの姿に嬉しさ以外の何も感じられなかった、ただ目の前の現実に最大の感謝とそしてあの時の悲しみをもう一度味合わずに済んだこの現実に、安堵した。
「────おかえり、なさい。」
広がった彼の両手を自分の頬へと持っていく、少しずつ取り戻していく彼の熱を確かに感じながら私は涙を流し続けた。それが恥のようにたとえ見えたとしても。




