146話「終息:王魔」
「!」
いったいどれほどの魔暴を叩きのめした後だったか、一呼吸入れて再び力を込めた一撃を目の前の群れに放とうとした瞬間、違和感を感じた、形容できない違和感だった。そしてそれが善であるものだということも同時に感じられた。
「動きが止まっている?」
魔暴達の動きが一斉に止まった。まるで時で求められたかのような現象だった。魔暴達はまるで石化してしまったかのように生物的な脈動をしなければ本当にそのさっきの時間から動かなくなった。それが幸か不幸か、理性が察知するよりも先に魔暴達は戦場に流れる一つの風にのって砂のように溶けて消えていった。
「………勝ったのか?」
そう口にした時には目の前の魔暴の群れは消えて無くなっていたとても呆気ない様子であったが、幻でもないとわかると俺は疲労がどっと押し寄せたかのようにその場に手をついて倒れた。
「天馬!」
「いや、すまない。疲れただけだ。」
俺のすぐ隣にいた夏は心配そうな声をあげて、慌てるように駆け寄ってきた。誰かにこんなにも心配されたのは懐かしくて久しぶりだだからか辛い体、辛い精神だというのに不意に笑顔にさせられた。
「な、おかしい?」
「おかしくない。逆に、思った通りに接してくれて嬉しいくらいだよ。」
「っ、アンタそぐそういう……。」
夏が不機嫌な表情を出した時、その内心どこか嬉しそうにも見えた。彼女の腕を借りながらゆっくりと立ち上がると辺りを見回した。周りにいる仲間達は五体満足、もっとも俺と同じくらい疲労困憊で中には血だらけになっている奴もいるが命が尽きていないのはまず確かであった。スワードが全速力で救護に当たっている姿は幾たびも戦終わりにみた光景だった。
「終わったのか。」
「そうね。終わったわ。」
「は、本当に実感が湧かない。勝ったんだよな?」
「勝ったわよ。もしかして苦戦勝じゃなきゃ喜べなくなった?」
「いや、どうだろう。でもそれは嫌だな。仲間が死んで俺だけが生き残って勝つなんて、ほんと笑えないから。」
「………悪かったわ。」
「え?」
「アンタを1人にさせたことよ、私がもっと上手くやっていたらもっといい結果になっていれば、せめて命あってアンタの隣に建てたかもしれないって。」
「─────ぷっ、あぁははははは!!!」
「ちょ、こっちは本気なんだけど!!」
俺の大笑いに夏が真っ赤になりそうな顔で堪える。それは恥じているのかそれとも怒り成分が多いのか見ただけで、聞いただけでなんとなくわかってしまう。その懐かしいやりとりが本当に懐かしすぎてなんだか涙が出そうになった。
「すぎた過去が、何か言ってるって!」
「はぁぁぁ!!!」
「なんだよ、だって────!」
「そうだけど、私のこの気持ちは本当なのよ!アンタを1人ぼっちにして、悲しい思いまでさせて、それに……それがたまらなく嫌なのよ!!」
「っえ」
「───っいや、今のじゃない。間違えた、違うって、だから………そんな真面目な顔するんじゃないわよ。」
夏が何かに気づいたように顔を隠した。耳まで真っ赤なのはきっと怒っているからじゃない。一方通行的な感情かと思っていたそれは、なんと相手も抱いていた。こっちの恋心が完全に割れてしまった時の心情なんて恥ずかしくて答えられない。そう、夏は今そういう状況なんだ。
「………なんだよ、もっと早く言えばよかった。」
「な、なにが?」
「お前を───好きだったってこと。」
「──────ぇ、は。」
調子を取り戻そうとした夏に唐突に告げたらまたさっきみたいな顔に戻る。ここにいる彼女はきっと俺の知っている彼女じゃない、だからこの言葉も無意味かもしれないと少し後悔した。でもその後悔も夏の恥ずかしそうな顔を見れただけで百点満点の気持ちになった。
「嘘─────じゃあ。」
「ま、そういうことだ。その、なんだろう。うん。」
「…………………っ。」
俺たちの間に沈黙が流れる。そう次になんで言えばいいのか考えている暇なく、夏の体は少しずつ薄れていっていた、光の粒子が一つ一つまるで構成していた体から抜けていくように空へと。
「夏!」
「時間よ、、そもそも私なんて魔法で呼ばれただけの存在だし。当たり前よね、魂が入っていないんだから、それに維持費もかかるし。」
「……魂って、入ってるだろ。そんなの。」
「かもね、でもきっと本当の私じゃない。諦めるしかないわね、ここまできても。過去にケジメをつけるのが私にできてようやくってことに。」
「……そんな。」
「ほら、落ち込むんじゃないわよ。ってさっき気まずい会話してたのにね。」
「うん、まぁ………」
「でも、よかったわ。」
「うん。」
「アンタと話せる会話がそういうもっと平和みたいなものであって、なんだか互いにバカしあって学校でつまらない授業を聞いて、帰り道では三人で帰ってたあの頃みたいに。」
「ここに、ゼルがいないことが悔やまれるな。」
「………私は、アンタと2人っきりでよかったわよ。」
「そっか。俺も。」
夏との距離が物理的に近くなる。手を伸ばせば触れられる距離だっていうのに、俺の手は伸びなかった。もう足元が完全に消えている夏の姿に悲しくなっている。
「本当に、最後に言い残すことある?」
「ある。百パーある。」
「そう、私も。」
消えゆく夏の体はもう腹部を超えていた。ゆっくりとけれども着実に上まで消えてきている。次の言葉が正真正銘最後になることを理解した上で俺はこの世で1番早い判断を下して、それを思いののった言葉にした。
「夏、ずっと好きだった。」
「………私も、アンタのことが好きだった。太陽みたいに、どんな時もあきらめないアンタが1番好きだったわ!」
「──────」
本を読まない俺はそんな詩的な夏の言葉に唖然としてしまった。そのせいで彼女の笑顔を最後に光は空へと飛び立ってしまった。もうここには彼女はいなかった、さっきまで見ていた光景が夢幻だと世界が俺に突きつけてきたみたいに。
「さようなら、俺の初恋。」
生前では決して言えなかった。最後のお別れの言葉を今は泣き残響につぶやいた。




