142話「参戦」
「王剣!!!」
魔力を纏った大質量の一撃が敵の数百体を巻き込んで焼失させた。けれども圧倒的な数の暴力がまるで肉の壁を形成するが如くすぐに後方からわらわらと現れ出している。
「っ……限界か!」
魔術秘宝を使い切ってもなお殲滅できない物量が目の前には広がっていた。いつぞやで見た対戦の時の比じゃない物量さに流石に苦しい言葉が漏れてしまう。周りの戦っている仲間たちの姿を見てみれば全員骨が折れていたりひどい出血をしていたりと瀕死に近づいている。
無尽蔵の体力で戦っていたワルツであっても物量があまりにも多すぎて殴り飛ばすより先に殴り飛ばされることが多く、その結果魔術回路がオーバーヒートして、マナもほとんど切れ切れになっている。万全な回復が使えない彼女はもはや敵にとっては脅威ではない。かくいう自分も王剣を振り回して撃ち続けてはいるが消耗が大きい技なためガス欠に近づいている。
見合ったリターンがあっても、敵の数がやはり異常なほど多い。個人的にもう10万体くらい倒しているはずなのだが終わる兆しが見えない。
「やっぱり、後押しが弱すぎる!!」
言い訳である。もう自分の身に神性が宿っておらず、勇者の剣の時のように敵を一度に数千単位で葬る技を連発できない自分にイラついているんだ。ゼルも、周りのみんなももう力が途切れ途切れでいつ死んでもおかしくない戦場で今までどんな逆境も乗り越えて来た自分が何もできないという現実に、抵抗して見せようとしている。
「………でも、まだだ。」
絶望的な状況なのに自分は笑っていた。いや呆れていたのかもしれない。こんな状況なのに、無理だとわかっているのにそれでも立ち上がる自分の体に、自分の意思自体に。
思えば今まで絶望的な状況なんて多くあった、その度に仲間が死んだり仲間に倒されたり、自分は思えば全然常勝不敗じゃなかった、1人の人間としてこの世界の余所者として戦い続けて戦って戦って、心が休まる瞬間なんて、仲間と娘と妻と関わった時くらいだった。
そんなやりがい搾取みたいな現実でよく折れずにここまで来た。なぜここまで来れたのか不思議なくらいに。
「いや、そんなの決まっているよな……決まってるはずだ!」
そう自分の願いというのはどんなに時間が経っても変わらない。俺はずっと誰かを救いたくて戦って来た、倒れている人がいたら起こすのは当たり前で、傷ついた人がいたら手当するのは当たり前で、そんな誰かが誰かを救う姿にずっと憧れてそんな自分になれた今でも、それを為すことを、それをやることを止められない。
勇者としてではなく、成田天馬としての願い。
(そうだったらきっと。)
アイツも喜んでくれるはずだと、脳内にもう死んだ初恋の相手が浮かんだ。あれから自分は泥臭く生きて来て本当に誇れる生き方は何もできてこなかったけど、唯一自分の夢だけは裏切らなかった。夢を捨てて魔王のように誰かを殺す側に回らなかった、それくらいは誰かに褒めてもらいたいと思った。
「なら、最後まで──死ぬその時まで貫き通す!」
自分はこの戦いで負けるかもしれない、死ぬかもしれない。死んだら全て終わりだ、自分が抱えていた夢も自分が抱えていた望みも、自分が抱えて来た経験も全てこの体から離れていく。
だけれども、靁にもできたことを俺ができないなんて道理はない。
「また、ゼルに。呆れられるかもな……────いやならいいか!!」
ゼルがまた目が覚めた時に俺の武勇伝を聞いて呆れてくれるのならそれはそれでいい気がして来た。今までだってそうやって呆れる俺の姿を見てなんだかんだで嬉しそうにしていたのはアイツだ、なら最後で呆れさせてやろうと心の底から思えるようになる。
「見ていろよ、これが成田天馬だって────」
俺は剣を杖のようにして立ち上がりそっと大地から引き抜いた。勇者の剣と違ってそれほどいい出来でもない剣だから俺の数回にわたる王剣によってほとんど消耗してしまっていることが刃の部分からわかる、けどどんな武器も使いこなすのが戦士のいいところだ。
だから俺は刃こぼれしていたってその剣をしっかりと握って限界の味方の一歩先に体を出して死ぬ覚悟で挑もうとするんだ。
「───見せてやる!!!!」
「そう、ならせめて少し後ろに下がってなさいッ!!」
「っ?!」
声に従って体を止めてみれば、背後から眩い光と共にとてつもない神性を纏ったエネルギーの一撃が放たれる。魔暴の群れに着弾したその一撃は一度収束したかのように思えたがすぐにまた光を放ち、戦場に巨大な光柱を顕現させその空間にいる魔暴を全て消失させた。
「!」
そして風圧共に紅の一閃が顔を横切り魔暴の群れへと向かっていった。その一撃は幾何学的な曲線を放ちながら魔暴の心臓を一列に穿っていき、通り過ぎた後には魔暴の形をした灰しか残っていなかった。
「あ、れは……っ」
見覚えがあった。その一撃には助けられた記憶よりも怯えた記憶の方が多かった気がする、その銃弾に撃ち抜かれた生物は必ず絶命する。だからこそ死が身近でありながら、生きるために争い続けるしかなかったあの戦場では特に異質であった。
「待った……なにがっ」
振り向こうと首が回った時だった。肩にそっと触れた手に気がついてそこから遅れてくるように懐かしい顔が隣についてくる。
「久しぶりね……元気してた?」
心強い顔が目の前に現れた。
「────」
息が止まった。さっきまで勇者の自分を思い出して無理な体を引きずろうとしていた、その動機が今目の前に現れた。顔が近い、けれどもそんなことを気にするよりも先に懐かしさと苦しさが迫って来た。
「……………夏?」
「──アンタも、本気で固まる時があるのね。」
やってやったかのような顔をしつつ、夏も俺のことに驚いている様子だった。彼女はあの時の姿と一ミリも変わっていない魔術ローブを着ていた、背は俺が抜かしてしまったけれど、最後に顔合わせをしたあの時と同じように。
冷たくなってぐちゃぐちゃになってしまった死体とは比べ物にならないくらい懐かしくて可愛い顔をしていた。
「ちょっ!?」
気がついたら俺は夏のことを抱きしめていた。体が一歩二歩と進んで耐えきれないように抱きしめていた。あまりの突然の行為に夏も本気で驚いた声を出していた、何より自分自身がよくもまぁこんなことをしたのだと思った。
「…ごめんっ」
「はぁッ」
「お前を───守れなかったっ」
「……!」
言葉も同じように感情だと間に吐き出されていた。気づけば泣きそうな声に様変わりしていた。その時ようやく自分は感じた、俺は未熟な頃の自分が守れなかったこの人にずっと謝りたかったんだと、いい思い出もなさ悲しみも喜びもそんなのを置いておいてずっと心の中にあるのは懺悔だった。あの時の魔王に向かうべく任されてくれた彼女は最後にはこの世界に帰ってこなかった。それが永遠と心残りだったのだ。
「な、泣くんじゃないわよ……全く!!今は戦闘中でしょ!!」
「あぁ、そうだった。ごめん。」
「き、切り替え早っ。」
「嘘泣きじゃない、ただ流石に俺も歳とったんだよ。」
涙を軽く拭ける自分自身にも驚く、夏の言葉や周りの騒がしさがいつのまにか俺の衝撃と感動をどこかに連れ去っていた。その姿に夏はとことん驚いたような顔をしていた、昔の自分はそんなにも泣き虫だったのか?っとすら疑ってしまうほどに。
「なら、歳とったアンタの力見せてもらうわ!」
「あぁ、技術は上がってるんだ。力押しのお前なんかにすぐに追いついてやる!」
「いってくれるじゃないのっ!!」
<──|||──>
「夏ちゃんよかったね……」
「………。」
2人の感動の再会を側から見るのは、銃とハープの武器を持った勇者たちであった。その姿は生前の全盛期、もしくは身も姿も大きく変わる前である、その記憶は武器に宿るものであるからして辛いことも自身の最後の瞬間でさえ覚えているが、こうして仮初の命と共に現界し共に戦える現実に彼女はとても喜んでいる様子であった。だが彼の方はというととてもバツが悪そうに戦っていた。
「内村くん……はそうは思わない?」
「………思うよ、でも───僕は加害者だから。」
唇を噛むように語る青年になんとも言えない彼女。彼女自身事実から見れば彼の被害者である、記憶は命を終えたその時までとなっているが自分がどうなってしまったかはゼルの中に武器人格として統合された時に共有済みであるため、本人は他人だけど自分のことを言われているような気持ちなのだ。
「気にしてるよね、」
「音風さんは気にしてないの?」
「私は──辛いこともあったけど、でも今こうしていられるから。」
「そんなんじゃ、罪は消えないよ。忘れるだけなんて、罪が消える理由にならない。」
「じゃあ内村くんは罪滅ぼしをしに来たの?」
「うん。せめて呼ばれたからには少しだけでもって、こんなのでなんとかなるわけじゃないことはわかっている。だから自己満足なんだよ。」
「私は内村くんに会うために、来たつもりだよ。」
「………なんでそこまでして。」
青年は大きな一撃を目の前の魔暴にぶつけると、すぐに背中を彼女に合わせる。その最後の声は隠しているつもりではあったもののとても動揺していた。
「だって友達とまたこうして会えるから。私たちは確かに武器に宿ったただの偽物かもしれないけど、それでもこの思いは多分本当だから。」
「───フ、君らしいや。」
青年はそう切って、再び銃声を鳴らして魔暴を一掃する。そしてそんな魔暴の叫び声と空気を切り裂く銃声の中で小さく口にした。
「これが終わったら謝らせて欲しい。」
「うん。私も話したいことあるからっ!」
彼女はハープを鳴らしながら癒しと切り裂くような空気の波動で敵を蹴散らす。仲間を守りながら同時に攻撃を行うのが本来の彼女である、その身振りは女神のように美しく軽やかなものではあるが傍を離れない罪人が常にその隙を埋めていた。




