131話「作戦第一段階」
「さて、見えましたわね。」
私クリスは先ほど決定した作戦の第一段階を確実に進めるために浄化術式を展開しながらD3エリアへと足を踏み入れていた。足元が元の大地に触れると同時に周囲のクリスタルが一時的に除去される。
「!」
その下には朽ち果てた剣が突き刺さっていた。どれも先ほどではクリスタルに埋もれて見えなかったものだ、死体はそこにはなく。ただただ侵食され朽ちた剣だけがまるでそこに勝っていたもの達の指標のように打ち立てられていた。
「……そうです。ここには、たしかにいたのですものね。」
生きることに必死であると、重要なことを忘れてしまう。かつて私もこの辺りの丘から下にいる魔暴を一網打尽にしたことを思い出す。その時には後ろには父がいて、そのもっと後ろには何千を超える兵士たちがいた。全員、顔も名前もようやく覚えてきた頃だった。
「……」
私はそこから少し歩き、わざわざあの災いの種であるベルギクルゼの姿が見える位置まで来た。見たことある戦場の光景は今や違う形で広がっている。全てあの大花が起こした出来事だ、深緑のクリスタルは大地へと広がっていき、大勢の兵士たちの体にまとわりついた時にはその身はすでに内側から突き破るように生え、そして目の前の群生の一部と化してしまっていた。この群生は何千の兵士たちの亡骸がその下に眠っていると考えると心が痛くなって仕方がない。
(けれど、いないのでしょうね。)
ここまで歩いてきた道には武器の軌跡はあっても人の軌跡はなかった。きっとあのクリスタルと同体してしまったのだろうと悲惨な結末をそっと目を閉じながら感じた。さらに救えなかったもの達に対しての哀悼が強くなる。
「ですが、ご安心ください。私達はやり遂げますから。」
今もクリスタルに眠るもの達に聞こえているかわからないような宣誓を行った。そして私の足はそっと地面を離れ魔術による滞空へと切り替わる。今や魔術で空を飛ぶことは当たり前となっている。私も同時にいくつもの魔術を操り、そしてそれを合わせることによって超強力な一撃を放つことは容易くなった。だがそれだけではあの花を落とすことはできない。だから一世一代の力を放つのだ。
「魔術秘宝────爵炎天下。発動。」
首にかけられたネックレスの中心部にそっと触れ、言葉を唱えるとそれは真っ赤に光り輝き私が放つ炎の色のようにボウボウと鮮やかなものへと変わっていく。
私がここへきた任務は作戦の第一段階をこなすため、すなわちあのベルギクルゼと呼ばれた大花を一撃で葬り去るためである。あの花がいる限り私たちの攻略は難航を極める、だからこそ私が一撃で葬らなければいけないことになった。幸いなことにクラスタさんの魔術秘宝──略戦展勝のおかげでいつもの7割増しの力が出せている、これと私個人の魔術秘宝を合わせて使えばあの大花ですら耐え切ることはできない。文字通り全てを焼き尽くす一撃だからだ。
「では、参らせていただきます。」
両腕に巻きつけられた無数の魔術式が一斉に起動する。私の魔術秘宝の効果は単純明快、重ねがけする際の魔術式に制限がなくなり重ねた数に比例する威力上昇が指数関数的な上昇幅になるということ。私の腕には約1000個の固有術式が内蔵されている。数ミリ単位で刻まれた一つ一つの円が一斉に自転を始め逆三角形を形成するように私の両手の中心へと収束していく。
「熱いですね。」
術式自体が熱を持っていたとしてもそれは小数点ほどの熱量だ。しかしそれも1000を超えればその分だけの熱量が溢れ出てくる。おかげで私の腕にはたちまち汗が吹き出し、腕は軽く焼かれているように痛くなっている。しかしこの大地の下に眠る大勢を一瞬の煉獄によって弔えるのならばと考えた時耐え切れないほどではない、有無も言わさず苦痛の時すらなく、ただただ差し迫る恐怖と絶望に打ちひしがれた同胞達のことを思えば尚更耐え切れないことではないのです。
「私たちの仲間のために、燃え朽ちなさい───メギドラグナロクルス!!!」
赤、橙、黄、青、水、緑。撃ち放った魔術は空間内の全てを焼き払い。そこに含まれるクリスタルの残滓すらこの世に残さぬほどだった、火の粉に触れれば燃えるのではなくそんな隙すら与えないほどの消滅現象が巻き起こった。水滴の形をしたような熱体がぐわんと曲がり次々の色を変え、世界へとこぼれ落ちようとする。それは間違いなく神の炎に等しいほどの衝撃だった。
「────────!」
光が目前で点滅した後、全てを焼き払う波動が私の元まで辿り着こうとしていた。すぐさま魔術結界と氷結魔術をフルに展開する対反動用の術式を展開すると、体に一気に負荷がのしかかってきた。私が放った魔術は暴音を奏で同じ魔術によって形成された術式を構築を上回る速度で消滅し始めていた。
(こ、れはっ!!)
威力の想定を完全に上回るものだった。あらかじめ頭の中で計算をしていたものをそれを何倍をも上回る数値を体現した衝撃が両腕にそして地面へとビリビリ伝わる。炎がプラズマを発して私の肉体を遠隔で攻撃しているのかと錯覚するほどのものだった。腕に集中的のしかかる負荷がさらに増して下手をすれば骨というより大事な肉体の芯が消しとばされてしまうほどの危機感を持った。
「っはああああああ!!!!」
悲鳴か、それとも怒りの声か。それらを上げながら全身に力を入れ直して頭の中でいくつもの術式を思い浮かべるだけ思い浮かべて工程をすっ飛ばした無詠唱、魔術を立て続けに展開する。頭の中にある術式だけでは足りないと気づいた時にはすぐに手を変え品を変えとするように術式を瞬時に組み立て始めていた。同時発動と重ねがけに制限がないので、防御術式もいくらでも重ねられる。けれども目の前の光でいっぱいになる私のはなった一撃は止まることを知らず、ついに私は集中のために目を瞑り、ただただ全ての神経を防御に費やした。
そうしてしばらく経った時、自分が無意味に術式を展開しているのだと気づいた。目を開けるとそこには光一面の光景はなく。私が重ねた先から壊されていった術式の残滓と真っ直ぐに伸びたまま震え続ける両腕があった。
「っぁ。」
腕を曲げようとするとまるで曲がることがおかしいことのように痛みが反動として送られてくる。それもこれも少し無理をして曲げさえしてしまえば慣れるものなのだ。だから足に力を入れて休む暇なく私が放った魔術の後を確認した。目的は達成しているのかどうか確認するために。
「これは────。」
圧巻の一言の後に、自分の姿勢をいつだって崩さない時の癖が口元へと浮かぶ。私は得意になっていた、目の前には更地が広がっていた。そこにある全ては消滅してあるのは果てしないまでの砂漠地帯。全ての存在が砂に期して、そこにはクリスタルも大花の一つすらなかった。私は自分ではなった魔術につくづく恐怖するしかありませんでした。
「っふふ……そうでした。合図を!」
私は人差し指を天へと突き出し、そこからあらかじめ仕掛けていた術式を発動して火の玉を打ち上げる。ヒューっと音を立てて上がったそれはある地点までいくと落下するかのような兆しを見せ、バーーンっと大きな音を立てて広がった。大きな光に分散した火は空中で完全に消え、それは花火と呼ばれるものとなった。
「届くといいですね。私の弔い。」
<──|||──>
「魔人王様、ベルギクルゼがやられました。」
眩い光が数秒続いた後、この城から見える一つの花が消え去っていた。おそらくは人類が起こした何かの力の類なのだろうと冷静に分析する。ベルギクルゼは私たちの守りを担当している部分であった、あの花から生み出される魔暴は強く物量で奴らを落とし倒せればと考えていたがそれも無駄になってしまった。ベルギクルゼがいなければクリスタルは自然に崩壊していく、ここからは人類の厄介な反抗が始まることなのだろうと予測する。
「……ラングレースリインド。
「は。」
「………全軍出陣せよ。」
「魔人王様?」
「聞こえなかったか?自らの手で奴らを潰せ。奴らは余の愉悦を満たすもの達だ。」
「…………承知いたしました。
そう笑う魔人王の姿に私は正直嫌気がさしていた。かの者に抱くのは忠誠心ではなく、野心の標的なのだから。




