125話「極光」
私の策を認めてくださった魔人王様は、すぐさま空へと極光を放った。レギンスンとプラザインを囮に使った一網打尽作戦、優秀な手駒と道化師を生贄に捧げなければならない作戦ではあったが、私の読み通り魔人王様はこれを承諾した。
(魔人王様が望んでいるのは完全勝利、それは私たち矮小な魔人が死ぬことによって成し遂げられないわけではない。我々魔人族などどうでもよく、魔人王様だけが生き残っていれば完全勝利なのだ。)
やはりこのお方はつくづく王に相応しい身だと戦慄しかねない。それこそ私という存在も不要であればいつでも切り捨てられてしまうだろう。ですがそれが先頭でなければ何問題なし。
まだ生きてられるという事実にホッとする自分がいるものなのだ。
「ラングレースリインド、此度の貴様の策は素晴らしいであろうな。これで奴らが終わる可能性が出てくるのだから。」
「ハ。」
「可能性か。魔人王、お前これで終わるとか思ってない様だな。」
「クランクドライン?何を言っているのですか??魔人王様が放った極光は完璧です。熱と絶え間ない渦、そしてそれらが複雑的に絡み合ったこれこそは、奴らを蹂躙し塵一つ残さないはずですが?」
「それは甘い考えって奴だ。ラングレースリインド、これは魔人王が言ったとおり可能性にすぎない。策略家名乗るのならもうすこし選挙区を見ることを心がけたほうがいいだろう!」
「なにを!」
甘い考えだと?それはクランクドラインの方であり魔人王さまはあくまで星の数ほどの確率を見逃さなかっただけであり、この男の様に大々的誇張はしていない。そもそも天下の魔人王の一撃を防げるものなどあの人間人間たちにはいないのだから。
そう自分を納得させて私は再び極光を見た。すでに囮に引っかかった獲物が空を覆い尽くす絶望に浸っている頃だった。結果はもう直ぐわかる。
(ふ、所詮はこの程度なのですよ……クランクドライン、貴方は戦いしか知らぬ男。わかりかねるのです!)
<──|||──>
「─────」
空を覆い尽くす黒光は目前まで迫ってきた。両肩から崩れ落ちてしまいそうな重力が私の体へと流れてくる。そのまま押さえつけられる様に膝を崩し、従える様な体制になる。それこそ大空の巨星に首を垂れる様に、自分が無力だということを思い知らされる様に。
(ここまで、なのかな。)
限界を知り、上限を知り、そうして打ち砕かれた様な気分だった。どこまでも負けずどこまでも走ってそうして父の背中を見続けた私なのに、最後の最後には懺悔の様な言葉しか捻り出せない。目の奥にあるのは大勢の人たち、お世話になった人たち、その人たちの顔がまるでページをめくるみたいに流れていって、そして最後に思ったのは。
(死にたく、ないっ。)
死への恐怖へとなれていったと思っていた私だが最後にこんなことを思うなんて。情けないだろう、哀れだろう、今まで死んできた人間の遺志を継ごうと戦ってきたのになんと不甲斐ないのか、私は所詮最後まで弱い人だったのかもしれない。
「………さて、ここら辺だな。」
「あぁちょうど真上だ。押し返すにはちょうどいい。」
「!?」
私は落としていた首を持ち上げて自分の近くで止まった二人の人影を確認した。1人はナリタテンマ、もう1人は父の姿だった。2人は後方で指揮をとっていたはずだ、なぜこんな場所になぜこんなところに来る必要がある。この巨星が落とされれば私たちはたちまち蒸発して消えて無くなる。兵士たちと一緒にこの場からすぐに逃げた方が命のためになるはずなのに。
「────っ」
声が出せなかった。体へとのしかかる重力は私に声を出す余裕すらなくしていた。だがこんな絶望的な状況であってもナリタテンマと父はまるでなんともないように立って目の前の星と見合っている。まるでここから何かをするかの様に。
「靁頼む。」
「───いいだろう。」
父がそっと手をあげるとその体からは神力が溢れんばかりに放出される。その神秘的な父の姿に私は目が丸くなった、そしてここから先何をしようかを、2人が何をするのかをなんとなく、本当になんとなくであるが察した。
「神の残滓たるゼル・プラノードが命じる、今一度その剣に宿る信仰、その剣に宿る決意と遺志を解き放ち、契約の刻を超えその全てを終えることを告げる。」
父が人が変わった様に機械的な喋り方へと移り、そしてナリタテンマが掲げる剣がより光を増していくのが見えていく、私の体はさらに付け加えられた重力によって体が地面へと押さえつけられてしまうがそれでも首とこの目だけは彼らの行うことを見ていた。
「承った。剣の勇者、ナリタテンマはこの一世一代の力を使い果たそう。そして誇り高き彼らと同じく人の立場となるのだ!───プロヴィデンス・フォースッ!!!」
ナリタテンマのみに纏われている王の外飾が悉く生まれ変わり変わって出てきたのは純白の鎧と肖像でしか目にしたことがない勇者の姿だった。王でもなく、勇王でもなく、勇者としての身なりであり、ナリタテンマが長らく眠らせていた最初で最後の姿なのだと理解した。
光り輝くその身は剣先へと移り込む。武器が鍛え直され新しい姿に生まれ変わるように勇者の剣はその神聖を今にも解き放とうと溢れんばかりになっていた。
ナリタテンマはゆっくりと勇者の剣を巨星へと向ける。巨星であり極光であり暗黒の大技を穿つのは勇者が持つことが許される剣、今は過ぎ去りし過去の栄光を再び呼び覚まし勇者として最後の役割を果たそうと、彼は剣を奮った。
「勇神光力剣──────!!」
光を放出させた剣はその刀身を何千と先へと伸ばし尽くし、大空の果てを越え、ついには巨星を超えることになった。光の刃は暗黒へと切り込むとその全ては失われたように見えた。圧倒的な暗闇の中で光など刹那的なものなのだ。だがそれどもナリタテンマは諦めるどころか剣に、肉体にのしかかる全てを振り切って渾身の一振りを終えた。
パキンっと音と共に構築されていた光が俺たような音がした。それと同時にナリタテンマの勇者の剣は地面へとついた。空の西から東へ剣の軌跡は向けられるはずだったが、そこには何もない。ナリタテンマの起こしたことは無意味のように思われた。だが実際の世界に描写される英雄は、誰よりも情けなくて、誰よりも偉大なことをしているのだ。それが常人に見えるかどうかは定かではなく。
現にナリタテンマは。
「切った……」
体にのしかかっていた重圧が嘘のように消えて、口が自然と動き始めた。頭上の巨星はいまだにそのハリボテの姿を保ち続けているがその根幹につながるものは確かに光の剣によって切断されたのだ。
核を破壊された巨星極光はすでに息をしていない。間も無くしてはいとなるように消えていった。ボロボロと、地面に落ちるかとも思われたかけら達は自己分解していったように何事もなく消えていった。そして巨星が消え去ったのちに残ったものは。
「───」
陽光だった。この悪雲しかただよわない世界に陽光が刺していた。何日振りの太陽の光なのだろうか、私は思わず目を細め、煩わしいように直射日光を避けようとした。しかしその一瞬目で見ることができた光景はきっと今まで見たどんな奇跡よりも暖かく、輝かしいものだった。たとえそれが次の瞬間には閉ざされてしまうものでも、神話の中だけに存在していた存在が顔を見せたかのように私は感じた。
「これで、終わりか。あっけなかったな。」
「そうでもない、お前は最後の最後まで勇者を貫き通した。だから最後に残るのはもう神の時代じゃなくなる。」
「あぁ、やっと終えられるんだよ。靁。もう、ここの世界にいるのは神様でもなんでもない、ただの人だ。誰にも信仰されず、誰にも求められず、誰かの上に立つこともない。やっと人の時代が始まるんだ。───でも、疲れたな。」
「今は休んでいろ。勇王ナリタテンマ、お前はその役割を全うして、正しく人として眠れるんだ、長い継承と呪いによって人に求められるいずれの存在は終わりだ。」
父がそう告げた時ナリタテンマは静かな寝息をたてながら眠りについた。その姿は役目を終え、力尽きた勇者そのものだった。地面を突き立て支柱としている剣には、もう神の残滓さえ残っていない。ただの人となっていた。
<──|||──>
「───」
バカな、ありえない。そう思った。魔人王さまが放った極光は矮小な人間が生み出す輝光程度によって真っ二つに切り裂かれ、たったそれだけで全てを断ち切ってしまっていた。呉さんもいいところだった、私が完全に信頼していた魔人王は不完全であると、そう思い知らされたような衝撃だった。
「ハッハッハッハ!!どうだ、見たかラングレースリインド!貴様の策はあの矮小かつ、非力な人間どもに淘汰されたぞ、傑作だな!」
「!!魔人王様の御前だぞ!」
高笑いする魔人族クランクドラインは敵なしの風格をあらわにし、遠回しに魔人王様を侮辱した。私の作った策を了承したのは魔人王様である、しかし提案したのは私である。この王のロジックを考えれば使えない従者を一人殺すのはたわいもないことなのだろう。
「ラングレースリインド、」
「っハ!」
「見たか、今のを。」
「……は。」
「あれが我らの対峙する人類という種族である。二度はない、貴様もあれをみくびっておけば殺される。この魔人王てずから敵と認めた相手に加減をするでないぞ。」
「っ!肝に銘じておきます。」
クランクドラインの態度は正直言って不快だった。しかしどんな事態でも最悪の想定をしておく、思えば私らしからぬ傲慢さだったと思い知らされるほどだった。魔人王様が言い放った次はないという圧は私の全身の細胞を揺らすのに十分だったといえる。
(人類、人類め。)
しかし私の面を汚した代償を払わせなけらばならない。その怒りだけはどうしても抑えることはできなかった。人類は私の策で必ず抹殺してみせると怒りの覚悟を身の奥に隠すことにした。




