119話「今度こそは意地を」
成田天馬という名前はいつのまにかナリタテンマへと変わっていた。それは人命でありそれは称号であり、それは勝利の象徴であり、それは歴史的偉業者であり、名詞、動詞、形容詞、様々な活用方法がこの世界で浸透してきた。誰もその裏側の未熟な存在を考えずに。
勇者を辞めて俺に与えられたのはハッピーエンドの休息でもなく、ただの仕事の毎日だった、魔王が倒されたことによって喜ぶ人たちが次に不安を残したのは王様だった。この世界ではまだ女王様なんて立場が認められない以上。
俺はカテナと結婚する以外に方法はなかった、生きていたいと強く願うことをしなければクリンタルのような淡い希望を抱く絶望的な道を進まざる終えなかっただろう。そんなのはごめんだった。
そうして王様になって人に求められたことをし続けて、やって、殺して、戦って、獣人族と戦って、旧友と再会して、少しは気が楽になるのかと思ったらそうはあんまりならなかった。
「………。」
俺とカテナの関係はその頃には冷め切っていた。カテナはもともと俺のことを好いてくれていたみたいだけど、俺は鈍感で、そんなことより自分と民達のことばかり考えて、その後心に余裕が生まれて会話を試みようとした時でさえ。
「すみません。先にお休みになっております。」
そう言ってカテナは俺よりも早く眠りについた。その姿に誰よりも罪悪感を抱いのは俺だ。俺が不器用なせいで彼女を傷つけてしまった、本来愛があって生まれるはずの子供を、それを民達が望むからというクソすぎる理由にしたのも俺なのだ。
そんな経緯があってからか、そんな愚かでバカな過去があってからか、生まれてきてくれたクリスは俺のことを嫌いになってくれた。生まれた時から反抗期な子供の相手には少し手を焼くことはあった、ことあるごとに城の一部を破壊したり学校に行かせてもそこで壊したり、もうなんというか落ち着くなんて言葉が似合わない子なばかり思っていた。
(それも見当違いだったはずだ。)
クリスが俺を嫌いになるのは当たり前だ。だからこれ以上何も言わない、だけれどもそんな決意をした俺は以外にも寂しがりやでゼルが消えた時も、また俺の前から姿を消す人が増えたと思い悩む日々だった。そんな地獄を走り切ってそしてまた現れたのは戦争という地獄、慣れていたせいか勇者の頃よりはマシ、でも辛いは辛い。自分の命令で死ぬ仲間のことを思うとさらに辛い。
(でもこれくらいやり遂げないと、そうだよな。みんな。)
「報告!」
ほんの少しの余韻に浸りながら俺は部屋全体に聞き渡るほどの声で命令を告げた。一番手の空いている兵士が体を一直線に立てて俺の前へ出てくる。
「ハ!現時点で各防衛ラインの維持には成功しております。加えて敵の数も減りつつある状況です。」
「よし。」
目の前の戦に集中し始めると、少し気が楽になる他のことを考えるスペースがなくなるからだ、余計なことを考えずに自分のことを考えずに、どう戦いに勝つだけを考えればいいのだ。
(戦況は今の所優勢だ。だが、これで果たして終わってくれるか。)
こういう上手くいきすぎているときこそ不自然に違和感が湧いて出てくるものだ、こっちが相手より格上な要素は限りなく少ない、対して相手は自分たちよりも多い、そして自分たちよりも単体としての能力は強い、地道な集団戦をやるよりも一騎当千のエースを攻撃に出し、守りは他の最低限で行う。これが今のところ最適解であることは学べた、だからこそ俺は誰よりも切り札のみんなを信じなければならないのだ。
「伝令!!敵軍にさらなる増援!!第一戦力のおよそ5倍の戦力です。」
思っていたら予想通りの伝令が飛んできた。敵が攻めてくる以上、こちらの戦力をある程度定めた上で攻めにくる。戦慣れしているこちらからしたら常套手段だ、もうこれだけで慌ててはいけない。
「慌てるな、全体に少し後方へ下がるように言え、私たちが慌てたら前線の彼等が、誰を信じる。」
「ハ!」
敵を一網打尽にする策はあまり考えていない。だが先ほどクリスからいい報告を受けていたことを思い出した。あの子の作戦は今まで何度も窮地を脱した記憶がある、おかげでこっちはすぐに気づくこともできたし、新発明を見てみたいという気持ちになるのだ。
「クリスのアレは後何分かかる!?」
「は?」
「何分かかると言っている!クリスの報告は聞いているんだろうな?」
「それはハイ!もちろんです。ですが正確な時間などは!」
「ハッキリ言え!わからないなら聞いてくるんだ!」
「は、ハ!」
連絡員の一人が慌てた様子で階段を駆け降りていった。戻ってくるには少し時間がある。そんな折を見つけたのかゼルがゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。
「ずいぶん余裕がない声だな。」
「そうか?そうか…だったか。」
「あぁ、昔に戻ったみたいだぞ。」
それはいいことなんだよな?と聞こうとした時走ってくる音共に先ほどの兵士が汗を額に入ってきた。
「さ、3分かかると。」
クリスから口強く言われたのだろう。息が切れているだけではなく心も伝えただけで限界のように感じられた。だがそれやりも限界なのは今戦っている戦士達なのだ。
「1分だ!前線に負担をかけるわけにはいかない、手が空いているものを総動員しろ!ここの防衛は後回しでもいい!」
「………!、しかし王よ。」
周りにいた観測員達が自分にも矢が立っていると思ってか、ここまできて言い訳を並べようとしていた。皆誰もが戦場で不安を抱えるものだとわかっている、それは卑怯ではなくありえざる可能性を懸念してでの言い草だ。だから責めはできない。けれども。
「前線に出て戦っているのは彼らだ。彼らがやられれば私たちが今度はやられる版になる。もどかしと、申し訳ないと思うのなら割いてみせろ!」
『───ハ!!!』
兵士たちの数人は最低限のメンバーだけを残してその場から離れていった。
「私も手伝うよ。」
「いやゼルが出る幕じゃない……下がってていてくれ。」
「……そうか。」
ゼルの手は今回は借りたくなかった自分という人間が誰にも頼らず、そして絶対的な自信と経験を使ってどこまで甘えずにやれるか信じたくなったのだ。もはや後戻りなんかはできない、だからこそここで自分を戒めなければ、ここで自分の自信をつけなければこの先命のやり取りを介した戦いなんてできないからだ。
(だから、今はただ勝利を望むしかない。)




