116話「結晶速攻」
「…………」
クリスタルが見事に削られ一本のトンネルのような道を作っていた。そのトンネルの先にいるのは初めて見るクリスタルと人が融合した生物、魔暴ではなく魔人でもないそうわかったのはその人物がバーゲルドライン先輩のに姿をとっていたからだ。
しかし彼女の氷のような美しさを誇った金髪も華麗な姿をすでにクリスタルの侵食の餌食となり、体からは無惨にもいくつもクリスタルが突出していた。だが、侵食という言葉を私は使ったのにも関わらず融合、それこそ共存という言葉でも言い当てることができる様子に、私自身形容できない混乱を感じていた。
そしてそれは周りの仲間達も同じであった。
「……バーゲルドライン、なぜこんなところに?」
「──ノーブル退がれ。」
「ワルツ!」
「奴はグランドリアじゃない…!」
心配するフォース先輩を強く言うのはワルツ先輩だった。彼女は険しい表情をしながら堂々とした態度で油断の様子を見せずにただひたすらにバーゲルドライン先輩を見ていた。
私と同じく、様子のおかしい彼女に違和感を持つ者だ、だが私と違って明確な敵意をあらわにしている。
「……存外、早い気づきだったようね。」
バーゲルドライン先輩の姿をとった怪物はそう口にしてゆっくりとクリスタルに溢れた地面へと降り立った。その瞳から冷徹な眼差しが消えないように私たちの警戒心が一気に引き上がったのを肌で感じる。
「グランドリア…!」
「バーゲルドラインでもないの、私は─────」
次の言葉が続くよりも先に行動を起こしたのは怪物であった。彼女は手を掲げてそこから鋭い槍とはお粗末なクリスタルの縦長い結晶体をすぐにでも生成し、そしてその棘先をこちらに向けたまま鋭く投擲した。
「ッ」
反応したのは警戒心がいちばん高かったワルツ先輩だった。明確な敵対行為、明確殺意を感じ取りとっさに体が動いたのだろう。まだどこか期待していた私と違って。
しかしワルツ先輩は先ほど自身でもわかっている通りこの攻撃には明確な対応策がなかった。再び腕を犠牲にして帳消しにできたとしても怪物が再び攻撃を打ち込んだ時、再生が間に合うかどうかは怪しかった。そんな緊迫した中だった。
「あら、でしたらあなたはどちら様になるのでしょうか───?」
炎の壁が下から湧き上がり私たちと怪物の間に境を作る。同時に投擲されていたクリスタルの槍はその圧力に耐えきれないのがバラバラに溶けて消え失せた。
行動を起こしたのはクリスだった、その指先から放たれた魔術はどんな攻撃も防御よりも早く、私たちの中にあった不安と混乱を打ち消したのだ。
「教えていただけませんか?先輩?」
「……ナリタ・クリス。」
防御行動に腹が立ったのか、怪物は目を細くしながら心底嫌う目でクリスを見た。その視線はこの場にいる誰よりも向けられており、もし自分に向けていられたのなら正直身の毛がよだつほどであった。けれどもクリスもクリスで大胆不敵な態度を何も崩さずなんなら食ってかかる気を態度で見せていた。
「お久しぶりです、元気にしていたでしょうか?まぁ元気でしょうね。かつての味方を攻撃するほどの心持ちであれば、」
「……同情でもして欲しかったの?」
ハッと笑い飛ばしながら口にする怪物に対してクリスもクスクスと笑いながらこう放つ。
「いいえ、醜いなと。」
そうクリスが口走った瞬間、結界を覆うクリスタル達が一斉に活性化し出し、それらは怪物の意思を代弁し手足となるように迫ってきた。無論結界によって内部侵攻は防がれるものの角張ったその形状からは予想がつかないほどのしなやかさ、まるで樹木の根のような動きで結界の外側を圧迫していき、私の体にかかる負担は一気に重くなった。
「っ!!」
「プラノード!?」
結界の負担はそのまま私の魔術神経とマナの消費に還元される。ただでさえ意地ですらかなりの消耗を起こすと言うのに、ここからさらに苛烈な攻撃が全方位から飛んでくれば維持ですら困難になってくる。そう弱音が吐きそうなところだった。
クリスが炎魔術でそのクリスタルを一掃し焼き尽くす。目の前で起こる業火に私も思わず口元を塞ぎ、クリスの怒りがこもった一撃を感じた。
「ふ!!!」
そしてそんな炎の嵐を突っ切る形で怪物は私たちの結界の中へと侵入し真っ先にクリスを狙い、その首元へとクリスタルの剣を突き立てる。が、それを先読みしていたクリスは先んじて結界から離脱し、上空へしつこくおってくる怪物の行動も予測してから炎の鎖によって相手の動きを一時的に封じていた。
「っ!!」
「戦い方が単調でございましてよ。」
弾ける閃光が二人の間で起こると吹き飛ばされたのは怪物の方であった。遥か向こう側でクリスタルの針山が雪崩を起こしバリバリものすごい音を立てながら割れていった。
「ラナさん、今のうちに砦へ。彼女の相手は私がします。」
「───クリス!」
一人では無理だと言おうとした時だった。クリスは私の方など見てもおらずただ向こう側に弾き飛ばした怪物の動向だけを気にしていた、その目は戦闘状態の無慈悲な彼女のものだ。
「……大事な人に刃を向けられて黙っていられるほど私も人手なしでないので。早く言ってくださりませんか!!」
「───わかった!!フォース先輩、ワルツ先輩!」
「クリス、負けるんじゃないんだぞ!」
「………!」
フォース先輩とワルツ先輩の激励を後に、私たち三人は砦の方へと走り出した。先ほどの攻撃によってかなり消耗してしまったがワルツ先輩が今背負っている装置を設置して起動するまでの時間は維持できると言う見込みはすでにあった。
私たちが砦に走っていくまでに激しい戦いが背後で行われていた。時に熱く、時に凍りつくような寒さが空気と共に運ばれてくるもの私たちはそれを気にするほどの余裕もなく砦へと駆け込んでいた。心の中にあるのはこれからやるべき手順とクリスへの祈りだけであった。
装置を運び終え砦の中心部へと辿り着いた私たちはあらかじめクリスから指示を受けていた通りに設置、そして細かい手順などを経て、装置の軌道に成功したのだった。
まるで生命が脈動するかのような重厚な音が二、三回なったところで装置からは神力をまとった光が一気に放出されその場を照らす。その頃には私の術式は完全に解除しておりまさに間一髪のところだった。装置から放たれる光はクリスタルによって埋もれ崩壊していた砦中へと広がり、その場に宿っていた緑色の石たちを残らず排除していった。
それを追うように私たちは屋上へと向かい、クリスと怪物の戦いを探った。ちょうど光が砦から完全に溢れ出したところ、クリスと怪物の戦いは終わっていた。
「クリスの、勝ち!」
「さすがだ。」
「………」
屋上からそう見守る私たち、クリスが鋭い魔術の一撃を放ち怪物を追い払うとすぐさま、飛び立ってこちらの方へと帰ってきた。
「ふぅ、時間稼ぎは成功ですね。」
「クリス……その、お疲れ様。」
「いいえ、私もいい経験をさせていただきました。」
戦いが終わった私たちが改めて感じたのは勝利による高揚感というよりも疑問と不快感が混じった複雑な空気と心情だった。
「───あれは、なんだんだ。クリスタルとバーゲルドラインが、なぜ。」
「彼女はバーゲルドラインではありませんでしたよ。」
押し黙る私たちの中フォース先輩の何気ない一言にクリスがこう返す。
「彼女の名前はクリスタル・レディ。ふざけた名前ですが、私たちの敵です。」
「それ。」
「彼女の口から聞きましたから、いずれ私たちを殺すと。」
『─────』
まるで凍りついたような心だった。かつての戦友が敵となるという予想外の事態にただ現実を受け入れるべきなのかそれとも失望し切るべきなのかどちらとも取れない行動の中。
そう口にするクリスだった私たちと同じように辛い顔をしていた。




