112話「竜はいつだって例外」
成田天馬が兵にすぐに呼んでくるように言ったあと俺たちは互いに目を合わせて少し考えていた。あと数十秒もしないうちにここにエルザードが来るが、そもそもエルザードがここに来ることがおかしいことなのだとそれはもうここでは当たり前だった。
「お前のところの竜がなんで俺のところに?」
「さぁ、わかるのはエルザードが生半可な理由を持ち帰っていないってことだ。」
「それはどういう……」
成田天馬の疑問はもっともであったがエルザードという生物をよく知っている俺からすれば彼女の行動はある程度絞られる。あれはたしかに自由人のような装いをいつもしているがここぞというときは誰よりも真面目に行動するタイプである。だからこそ普段とは縁もなく、ましてや嫌っている成田天馬に声をかけに行くなどよほどのことがないとないのだ。
「お連れしましました。」
「よぉ!」
兵の隣に小さい少女が手を上げながら揚々と挨拶をする。その姿に兵も困惑しながら待っていたため成田天馬はすぐに下がっていいとその場の空気に合わない兵士をテントの外へと追い出した。エルザードはゆっくりとした歩調で向かってくるがなんだか顔は浮かない様子。
「やれやれ、我が挨拶をしただけでこれか。」
「しっかり返して欲しかったか?」
「当たり前じゃ!!挨拶の大切を知らんとはお主はここ数年で1番反抗的になったのではないか?」
腕を組みながら不貞腐れたような顔をするエルザードいつもと変わらない態度に少し違和感を抱きつつも俺は単刀直入に物事を聞こうと思った。が、
「聖刻竜エルザード、どうしてここに?」
それよりも先に成田天馬が口を開いた。彼とエルザードとの間に起こった出来事を考えると、それは少し地雷を踏むような危うさがあったが流石にふざけている場合ではないとエルザードも顔を真面目にして向かい合った。
「まずは冥福を祈らせてもらう。先の戦いでは大勢の兵士が死んだ。こんなことを言うのは無粋じゃが、守れなかったことを許してもらいたい。」
「……!」
「エルザード、」
「我はお主らとは価値観も見方も違う。じゃが強いものが弱いものを守るという信条がある以上は、これがいい加減な我の謝罪と受け取るが良い。」
顔を顰めるエルザード、今の状況じゃこの話題は少し禁句にも近かったため成田天馬は黙ったままだ。エルザードに対して睨みを効かせるわけでも落ち込む姿を見せるわけでもなくまるでどこか遠くの何かを考えるかのような瞳でただただ物語っている。
「……それで、なんのようだ。」
「そうじゃったな、実はお前たちに朗報を届けにきたつもりじゃ。」
エルザードは腕をそっと差し出して竜腕化して肥大化した竜の手からそっと緑色に輝くクリスタルを表した。今にして思えば不自然だった、エルザードは人の姿を気に入っているため戦闘時以外は基本的に本来の特徴を表面に出したりしない、だというのに今の彼女は戦闘形態で全くそれを解くつもりはないようだった。
「それは……っ!?」
「そうクリスタルじゃ、先の戦いでは多くの同胞を飲み込んだ。この世の怪物が作り出した厄物じゃ。」
「平気、なのか?」
エルザードの手の中にあるクリスタルは俺たちが見た侵食現象を起こさずただただエルザードのでの中で眠っているように見えた。
「あぁ。それも伝えにきたからの。今このクリスタルは休眠状態でもなく無論活性状態じゃ、少しこの場に落としでもしたらそこから溢れかえってあっという間にここら一帯を埋め尽くすことになるじゃろうな。」
「ではなぜ、クリスタルを持っている。」
「先の戦いで違和感があった、他のものはクリスタルに意も簡単に飲み込まれたのじゃが我の場合は肌にくっつく以外には特に何も起こらずなんならまるでテープを剥がすかのように簡単に引き剥がせた。なぜ我なのかと少し仮説を立てた、我には竜力がある。」
竜力、竜が保有する固有のエネルギーを指す言葉であり、その性質は魔法のアーキタイプ、現代ではエルザードのみが保有しているロストエネルギーである。エルザードという竜種がある程度解明されてはいるもののその竜力に関連した相関系図はいまだに未知の部分が多い。
「つまり竜力があればクリスタルの侵食を受けないのか?」
「……それだけじゃないじゃろうな。ゼル。神力をだしてみよ。」
「あぁ。」
「ほれっ。」
エルザードは神力をまとった俺を見るなりクリスタルを放り投げてくる。俺は思わず地面に触れるわけにはいかないのでそれをキャッチするとクリスタルは少し音を立てて振動するだけで何も起こらない、それどころか神力に対して変な拒絶反応を起こしているみたいで自分の手の中で小刻みに動いている。
「靁!?」
「いや、大丈夫だ。なんともない。」
「やはりな、我の竜力、そしてお主らの神力はどちらかといえば近しい関係にあるようじゃの。クリスタルがそれに触れている間はほとんど動きはせぬ、まるで嫌がっているように。」
「なら、神力と竜力二つの力に対してクリスタルは無力ということか?」
「完全にそうでもないじゃろう、我がとってきたのは破片に過ぎん。本命ならば多少は抵抗してくるかもしれんじゃが、少なくとも効いているというのは確かであろう。」
その時ふと先の撤退戦のことを思い出した。あの時ほとんど気にはしていなかったが確かに俺の槍、シルバードを使った攻撃は迫り来るクリスタルを粉々に破壊していた、そのお陰で娘のラナを守れていたと言っても過言ではない。
「……。」
「天馬、すぐに神力を実践投入した方がいい、今まで防御に使った分を攻撃に。」
「……だがそれを扱うのは今じゃ俺とお前だけだ。実験サンプルとしてここを離れてみろ、その隙に抑えられない量で対処できない。」
「何も装備に転用するわけじゃない、術式化すればいいんだ。お前にその手で1番得意な奴がいるだろう?」
「まさか、クリスに?」
「あぁ、彼女なら神力を使った攻撃魔術式を新たに作り出すことだってできるはずだ。それにこの間見かけたが付与術式が得意な奴がいたな。それで広めれば。」
「……。」
俺の言葉があっても成田天馬は難しい顔をしたまま返事をしない。その決定力のなさにどこか違和感を覚える。
「あやつは怖いんじゃよ。お主がまた神の座に登るのが。」
「は?」
「この世から宗教という概念を無くしたのは、ゼル・プラノードを再び神の座に引き上げさせないための行動なんじゃろう?」
「なんだそれ………。」
「人がお前を求めたら、お前は神になるんだろ?」
「──否定はしない、けどそれ以上にゼル・プラノードには守りたい存在がある、たとえそれでこの世の全てを救えたとしてももう今世はあの座に戻ることはしない。」
成田天馬は根本的に神という性質を履き違えている。そもそも俺はなりたくて神様になったわけではない、求められているから責任を果たそうとするから神になったのだ。そしていつだって世界を築いてきたのはこの時代の生物たちである。俺は神でしか対処できない時に現れるだけのあくまで執行代行者なのだ。人の形をとっているのも元の名残であるだけ、でもこいつにとっては最後の友達ですらどこかにいってしまうのを酷く恐れているように見える。
「成田天馬、いつまで恐れているつもりだ。勇王が聞いて呆れるぞ。」
「……こっちの気も知らずよく言ってくれる!」
「当たり前だ、俺は神でも王でも勇者でもなくもうただの一般人なんだからな!」
同調を求めて欲しい声だろう。でも俺からすればここで自分の身分をはっきりさせなくてはならない、俺はもう何にも囚われてはいないし何にも囚われるつもりはない、娘と妻のためにただただ戦うだけの一人の人間だ。
「……っ」
「だそうじゃぞナリタテンマよ。それに我からすれば特別性のなくなった神力は余計に神なんかとは呼ばれなくなるじゃろうな。」
「………そうか、」
成田天馬はそう一言呟いてまた思い悩む。心の瀬ありがつかないことを一斉に言った自信はあったのであとはこいつがどういう判断を下すのかをただただ見守るだけなのだ。
「わかった、それがこの逆境を跳ね返せるのなら!」
ナリタテンマは決断した。先ほどまでの弱々しい顔を捨てて再び作られたが目を身につけた、だがその仮面の裏にある瞳には確かに強い力がこもっていると俺とエルザードはわかっていた。




