111話「勇王と一般人」
「ラナ、無事でよかった。本当に。」
「お母様、わかっていますから、そのそろそろ離してください……」
母と再会して無事にお互いここまで生き延びてこられたことはよくわかったものの、それでも母は人前だというのに私のことを抱きしめたまま話してくれない状態がもう数十分と続いていた、伝えたいことも不安であったこともほとんどなくなったというのにこれなのだから正直困ったなと感じてしまう。
「あ、あの、エルザードおばあちゃんはところで?」
「あぁ、エルザードならさっきすこし出ていったよ。」
「出ていった?」
話を変えるとタイミングで母から体を話しおばあちゃんの行方を聞く。母は何も不思議に思わずそう聞くものだから、なんだか私は少し変な予感がしていた。五体満足であることは母の反応を見れば一目瞭然であるのだが何やら、それとは違う感じが私の中で燻っていた。
「……なにか変だと思いませんか?」
「そう?」
「だってエルザードおばあちゃんですよ?」
「うん、うーん。言われてみればね。」
そう返事をしたのはエルフルだった。この中でエルザードおばあちゃんと1番長い時間を過ごしたエルフルがそういうのだから私の予感はほとんど確信へと変わっていく。エルザードおばあちゃんは時と場合をわきまえて行動できるタイプだ、もちろんいつものおちゃらけな態度もそうだけどそれとは別に真面目な時は誰よりもそれを重く受け止めて行動できると私は知っているはずだ。
そんな彼女がこんな全体がまとめきっていない事態に単独行動をするのだろうか?
「ラナは何か不安?」
「不安というか、エルザードおばあちゃんの行方が気になるというか。」
「うーん、でもエルザードならなんやかんやで戻ってくると思うよ。だって竜だから。」
「お母様、竜も油断すればやられるんじゃ。」
「そうだけどエルザードは結構タフだからね。ラナが思っているより。」
「そうですか、」
お母様の言葉は信頼の上でのものだとすぐにわかる。昔冒険者としておばあちゃんと一緒にさまざまな場所を旅したその口がいうのだから間違いではないと思うが、それでも心配したいという気持ちが先行するのは単に私が心配性なのかこんな時だから心の整理がつかない未熟なのかのにたくなのだろうと思うことにした。
<──|||──>
「お連れいたしました。」
「ご苦労さがってよい。」
「ハッ!」
見事な敬礼をした軍人はテントの入り口布を潜って外に出ていった。足音が遠ざかっていくのを耳で感じながら俺は思い悩む戦友と対面する、テントで一人寂しく椅子に座りながらの姿はなんとも見るに耐えない。
「らしくない顔をする。」
「──らしいだろ。」
「そうか、そうだな。」
改めてこいつが身も心も国王なのを忘れて昔馴染みの挨拶で言ってしまったことを後悔した。こんな事態なのに軽口を叩ける俺はやはり一人の大人としての自覚がまだ足りていないのだなとつくづく感じる。
「それで話しというのは?」
「これからどうするべきだと思う?」
「戦力を再集結させて、体制を立て直しながらまた長期戦だな。それしかないはずだ。」
「……当たり前のことを言うんだな。」
「靁と同じにしないでくれ。私だって、お前が思ってくれているより大人になってしまったんだよ。」
と口で入ってみたものの感性の話をすればまだまだだ、昔ながらの責任の強さと無理に動こうとしない成田天馬という人物に気を利かせてそう言っているだけでもし無謀な作戦を本人が望んでいるのなら、それこそ相応の答えを出せるのだ。だが成田天馬は国王となってかなり弱い。
「はぁ、そうか。」
「……喜ぶ答えは嫌いか?」
「いいや、慣れてしまっているだけだ。」
「それは嫌いってやつだろう……。」
目元に手を置いてまるで疲れたサラリーマンの姿を撮っている成田天馬を見ていると、相当精神に来ていることがわかる。どうせ俺をここに呼び出したのだって心の整理をつけたいからの一心だというのが丸わかりだ、そういうのはカテナだとかかつての雨宮夏なんかに頼むべきことだろうに。
「……そうか、その手もあるのか。」
「なんだ?」
「いや独り言だよ。もしかしたら、まぁ最悪のケースでお前にとっての最善になるかもなと。」
「?」
「わからなくていい、サプライズは好きだろ?」
「誕生日パーティーみたいに明るいくらいがな。暗いサプライズは……ため息しか出なくなったよ。」
「お疲れ様だな。」
ねぎらいの言葉をかけても話は延長線だ。ただこいつにとっては非日常から日常への引き戻しが必要なのだと俺は思っている。馬鹿みたいに毎秒ため息をついて息を吸うことすら億劫になりそうなこの精神患者を戻すにはこんなたわいもない話が1番だ。それこそ飛んで喜ぶほどの朗報がないとポテンシャルなんて保てない。
そう思えば成田天馬という人間の単純さは永久不滅のようにも思える。
「………なぁ、なんでこんなに重いんだろうな。」
「それは、お前が勇者から王様になったからだ。」
「思えば勇者になっていた頃は何でもかんでも人を率いて鼓舞して、一員のような一体感と共に敵に突撃していったっけ、作戦を考えるのが今と比べて、いや同じくらい大変だったかもな。ベクトルは全然違うんだけど。」全体をまとめ上げるというか、責任を負う者の頭になったからかもな。王様って、そうだろ?」
「でも俺たちの知っている王様はもうダメだったけどな。」
「じゃあ狂えってか?」
「まさかお前は世界基準で見ても立派な王様をやっている。決して神輿に乗ってわけもわからず書かれた文字を読んでいる、あの元いた世界の政治家より何倍もな。」
「それは、日本に限った話だったんじゃないっけ?」
「あぁ。保守性と島国がそうさせているだけで、鎖国なんてのも、他国からの侵略がもっと文明レベルで早かったら俺たちはみんな英語を喋って焼肉パーティを休日のトムとかいう友人としていたかもな。」
「そりゃちょっと、羨ましいや。もうそんな軽い気持ちで夕食を食べれなくなってたから。」
「娘でも妻でもなんでも誘ってやればいいじゃないか、お前はフランクの方だろ?」
「出身じゃないし。なんなら冒険王って呼ばれているほど遊び人でもない。中途半端なんだよ。家族関係も王族関係も。」
「そんなのにこだわっちゃってるから……もし次、この戦いが終わって少し時間ができたら古い友人を誘ってちょっと夕食でもするか?酒場で。」
「いいな、それぇ。勇者なのに俺酒場に行ったことが指で数えるくらいしかないんだ。昔やったドット絵のゲームの中じゃ情報集めとかそういうのは全部自分なのに、いざ現実は───ピースフルだったよ。」
「冒険者になるか?」
「無理だ。クリスのやつは絶対王座を引き継がないから、せめて誰かに押し付けるかカテナともう一人作るかくらいは……やっぱやめよう。」
下世話な話になると途端に口を塞ぐのは青年時代のこいつからは考えられない思考回路である。正直なところ私も他人の家の事情に首を突っ込むのは勘弁なのだがこういうくだらない話でも花を探さなければメンタルケアにならないと肌で感じた以上やらなければならないのは友人として辛い。
「美人を妻に持ってんのに。」
「下世話な話しないでくれよ。仲睦まじいお前は子宝に恵まれてもおかしくないだろ?」
「種族差がな。混血が生まれにくいって知ってるだろ?」
「そうか、辛いな。」
「俺は一人娘で良かったよ……」
正直な話、体が持たないのだ。
「それってどういう、あぁ。忘れてくれ今の質問。」
「あぁ、それでどうだ?カウンセリングは?」
「結構良かったよ。なんだか自分が兵器や器じゃなくて、一人の人間だってことがよくわかる。本当に相談に乗るのは上手いな、」
「ゼルの経験値のおかげだよ、靁だったらこうはいかなかった、だろ?」
「確かに。」
支離滅裂で寄り道しては元に戻らない感じの会話であったがその混沌性が忙しさを生み出して、成田天馬の心をうまく癒せていたのだと思うと幸いだ。雑談に建設的な話を持ち込んだらそれはもう仕事であるから。
「失礼致します!」
「……どうした?」
「実はエルザードを名乗る竜が王に話があると騒ぎ立てておりまして。」
エルザードという名が出た瞬間、俺たちの中にあった若干の穏やかなムードは一瞬にして消えた。
「エルザードが?」
互いに顔を見合わせながらなんだがそれとない変化の予感を感じ取った。




