110話「残酷な戦局」
ベルギクルゼの攻撃のクリスタル侵略現象によって私たちは撤退を余儀なくされた。お父様に連れられながら後ろから迫り来るくりすたるからにげににげて辿り着いた先はエリアB3とかなりの後方だった。その地点付近まで行った時にはクリスタルの侵食はほとんどなくまるで伸ばしていたロープがちぎれたかのようにスピードも遅くなったのだ。
だがそれは生き残った私たちがこれまで血を流しながら築き上げてきた大部分を捨てる現実を忘れさせられるわけではなかった。
「報告いたします。まだ正確な数は確認していませんが、今回の作戦に参加していた我が兵力の7割が損失、軍全体の6割にあたります。」
ナリタテンマが慌ただしく指揮をとりながら聞こえてきたのはその報告だった。その場にいた上級兵か冒険者のほとんどは聞こえてしまっただろう。もちろん私も聞こえていた、だからこそ深い絶望に叩き落とされたのだ。
「7割……っ。」
「自分を責めるな、大人しくしていなさい。」
そう私を宥めるのは父だった。回復魔法を使える父は私の体を少しでも早く治そうと術をかけていてくれたのだ、父の心配はもっともであるけれども。
「ですが、ですが!」
私は何を言いたいのかわからないまま声を静かに上げた。決して涙は出してはいけない、けれども心にあるのは撤退の時の味方の悲鳴、そして争い続けて戦い続けた先に待っていた地獄の現実なのだ。それに心が少し折れそうになってしまう。
「引き合いに出すつもりはない、でも覚えておいておくんだ。私が勇者だった頃、周りに味方はいなかった。気づけば私たち勇者しか戦うものなんか残っていなかったんだ。」
「………お父様、」
「厳しいことを言うが、これを乗り越えても私たちは戦わなくてはいけない。私たちという戦う存在が辞めた時、それは戦えないものたちを見殺しにすることになるんだから。」
「………それ、でも!」
「あぁ、だから今はゆっくりおやすみ。」
父の理屈的な物言いに反抗する気持ちが湧いてくる、いくらそれがわかっていたとしても自分の感情をとことんまで押し込めるほど私は戦士になりきっていなかったのだ。けれどもそれすらもわかっている父はそっと私の頭を撫でながら抱きしめてくれる、その優しさに涙が出そうになるがグッと堪えたまま只今は呼吸と心を落ち着かせる。
「ありがとうございます。」
「あぁ悪いな。我ながら恥ずかしいことをしたと思っている、ラナも私よりもお母さんの抱擁のほうがいいだろう?」
「いいえ、そんなことはありません。」
「本当に?」
「もちろんです!」
「そ、そうかぁ。」
父は不思議なことを聞く。確かに年頃の娘というのは父との関係をとにもかくにも忌み嫌うような姿勢がどこかテンプレート的ではあるが、私からすればそんなものは絵物語にしか過ぎず、大切な存在ならばぞんざいに扱うことはそれこそおかしいのである。
そう考えている時だった。すぐに違和感に気づいたのは自分の耳だった甲冑特有の金属同士が擦れるような音、それが複数回複数人父の背後から聞こえた時だった。
「……ゼル・プラノード様ですね。」
「私になにか?」
「王がお呼びでございます。」
「わかった、向かう……ラナ。他のひと、母さんたちの様子を見てきなさい。」
「はいお父様も。また、」
父と子の関係を一瞬にして断ち切り一人ずつの目的のために再び動き出す。家族の前で弱みを見せてしまうのは私の弱点だが、それだからといって切り替えまで下手くそなのであればそれは今までの自分を徹底的に否定したくなる。汚名返上というわけではないが、これでも私は戦士なのである。
父と離れてからは知人を見つけるために少し歩いていった。私と違って余裕のない人たちが大勢いたため道中ではその手伝いをしながら言われた通り母を探した。母のことだからエルザードおばあちゃんと共にきっと戻ってきている、はずだとそう信じながら私は歩き続ける。
元々大規模な拠点であったB3の駐屯地は歩いて回るだけでも少し大変だった、この異世界に戦時中だというのにこれだけ立派な要塞が建てられたのは紛れもなく現代の魔術進歩の影響なのだろう。私が今まで見てきた現世のどの砦よりも立派な作りになっている。
「なんとか生きてて良かったよ。」
「こっちのセリフだ。俺は運良くワルツ隊長に助けられて、この通り。でもあの人が1番心配だ、」
「なんでさ?」
「いやな、隊長。帰ってくる時にクリスタルに腕を取り込まれてそこから侵食されそうになったんだけどよく、腕をすぐに切り落としてそれでもクリスタルがしつこくて、ここに戻ってくるまで何本も腕を切り落としてや再生してを繰り返してたんだよ。いつもは化け物ぶりに怖くなるくらいだけど、ありゃ酷いもんだよ心配する。」
二人の兵士の話し声に聞いたことある名前がよぎると私の体はすぐに方向を変えていた。二人の兵士からワルツ先輩の話を聞き、いる場所へとすぐに向かった。あの地獄を生き延びているだろうという確信はそれとなくあったものの最前線にいた先輩はどうなっているのであるかという個人的意思の名の元に、私は様子を見にいった。
「すぐに包帯をもってこい。なんでもいいから折れた木でも持ってきてすぐに骨折の支えにしろ。内臓が出ているなら回復魔術や魔法以外にもポーションなどの緊急治療が必要だ。余裕があるものはリスト化しろ。」
現場指揮を行いながら自身も医療者として活動しているいつもの先輩の姿があった。服装は血だらけだが本人のなんともなさからあれは返り血の類だなとすぐわかったものの、それでも少し話がしたくて前に出た。
「だれだ……?プラノードか!」
「ご無事で。」
「すまないが、30秒しか手が離せない。」
「大丈夫です。様子を見にきただけですから、ワルツ先輩はなんともなくて良かったです。」
「私はな。」
「クリスタルに腕をと聞きましたが。」
「心配いらない。だが私の腕ごとサンプルとして持ち帰ることは叶わなかった、未練がましいがな。」
「……そんなことを。」
普通なら思いつかない発想だった。ワルツ先輩は確かに超人的な回復能力と身体能力を兼ね備えているが、クリスタルをサンプルとして次の技術的に使えるかどうかを考えるなど、私にはできなかった。それがどれほど異常であっても、私は圧巻の言葉しか出ない。
「…時間だ。プラノード、私に構うよりも自分と他のもののために時間を割け、今はそれが先決だ。」
「はい。」
私はその場を後にして再び母を探すために歩き始めた。最初は広いから見つからないと思い込んでいた私だが数十分も歩き回って母の姿はどこにもおらず、人に話を聞こうにもだれも知らないとくびを振って答える。最悪な想像が心のどこかに生まれてきた時、私はそれこそいけないと思いながら少し広いところに出た。
「…お母様は。」
「あれラナ!」
「エルフル…!」
エルフルが私を見つけた時、私もすぐにエルフルを見つけた。彼?彼女?の青々しく透き通った水のような肌は遠くからでもよく目立っていた。どんな時でも元気を体現しているその人物は周りの目を気にすることなく私に近づいてきた。
「よかった!無事で!!」
「そっちこそ、エルフルもよく無事で。」
「えっへん、僕はエルザードおばあちゃんに引っ張ってもらっていたから!」
「そう。ねぇ、お母様を知らない?」
「知ってるよ!そうだよ!ラナを見つけるために来たんだから!ミィーナすごく心配しているよ!」
「……わかった!」
エルフル私を案内するようについてくるようジェスチャーをし、私はそれについていく。エルフルのいうように母が無事であることはわかっていてもこの目で見るまでは私自身の心のざわめきを抑えられるものでなかった。
「ミィーナ!ラナいたよー!」
「───ラナ!!」
「お母様!」
互いに目があった瞬間、真っ先に早かったのは母の方だった。元々スピードは私よりも上であることは知っていたがそれでも戦闘の時にしか出さないようなジャンプダッシュを真正面から受け止めるのはかなりの衝撃があった。けれども私はそれが母の愛情の分であることは、母の力強い抱擁で何よりも感じ取ることができた。
「よかった、よかった。無事で!!」
「はい。私も、お父様も無事です!」
母との再会に喜びながら私もまた心に残っていた懸念が一つ剥がれ落ちとても安らかな気持ちになっていった。
父が言っていた、守るべきものを守る。そしてそれが守れていたと知った時の喜び、もしくは安堵感というのを私は少し知ることができた。




