109話「クリスタルアタック」
空に浮かぶ蕾が花開く時、その場の全ての生命は呼吸を止めたように硬直した。神、またはそれに近しい上位存在の到来が生命本能を刺激し、それが恐怖へと転換されるのは遅くはなかった。
ベルギクルゼ──そう名付けられた生命体が産声を上げ、周囲に耳をつんざくような叫び声を上げた時場はすぐさま混乱に陥った。私たち獣人族、そして人間、エルフ、ドワーフなどの混戦部隊だけにも関わらず敵側の魔暴ですら、同士討ちを始めた。
「っ!」
特殊な精神操作の類だとすぐに気づいた私は防御魔術を纏い、難なくこれを防ぎ切ることはできるが、そうでないものは生身の体に全身針が刺さったような痛みと耳の奥が金属の針で繰り返し捻られるような衝撃に精神が侵されてしまう。
これはまずいとすぐに判断することはできた。だが体がそれをすぐに許すとは限らなかった、全身が麻痺したように痺れ、私の体は思った通りには動かずにただただ防御魔術によるガードだけに専念せざる終えなかった。
目の前の味方が血の涙を流しながらバタバタと悲惨に死んでいく姿は今体に突き刺さる鋭い痛み以上に苦しいものがあった。
「っ………!!」
なんとか体を起こしはしたが、それでも打開策には程遠い。あの嘆きの声から遠ざからなければ防御魔術を取り消すことはできない、バリバリバチバチと鋭い音を立ててまるで電動ノコギリを受け止めるように削れる防御魔術、魔術師でもないこの身の魔術神経はあっという間にオーバーヒートに向かっていく。
(ダ、メ────すぐに!)
熱を帯びた体が灼熱に変わる瞬間だった。ドォンっという爆発のような衝撃が体を揺らし地面に跪かせた。一瞬再びあの巨大生物が何か攻撃を起こしたのかと思ったが自由になる体を感じてそれがようやくありがたいものだというのを理解する。
「ナリタテンマっ!?」
暗黒の世界に似つかわしくない神々しい光が私の体を背後から照らす、それに首を自然と動かした時、混乱するその場の全ての生命の中でもっとも理性を保ちもっとも力強い光の柱が天へと伸びていた。もしかしたら天の光が勇王ナリタテンマが掲げる剣に祝福を与えているのではないかと思った。
「神光力剣ァッッ!!!!!」
猛々しい声、光を纏った剣が一方こうへ投げられるように放たれる。巨大な神聖なる一撃が大地を震撼させ、真っ直ぐどんな障害をも吹き飛ばしながら空を駆け一体の巨大生物、ベルギクルゼへと向けられる。
ドォゴォォォォン!!!
金属音のような光の衝撃が広がる。光を一身に浴びた巨体はそれに包まれながらただただ影を光の中に残すのみ。
「す、ご。い、」
片言しか出なかった。目に映る風景全てが神話や誰かの言い伝え、誇張表現の上でしか聞かされなかった世界だった。けれども勇王ナリタテンマの一撃は紛れもなく本物であり、神の力をその五体に受け継ぎ放たれた一撃は奇跡としか形容できないものであった。私のようにとにかく武器や技を極めたものからしてもそれは絶技とも形容できるものだった。
そして光はなった張本人の周りにはこんなに遠くからでも感じるほどの暖かな光がこの不毛な大地を照らし続けていた。そして混乱と混沌、肉体を蝕む声と呪に包まれていた私たちは解き放たれていたのだった。
「───これならッ!」
そう思った時だった。また肉体がドトっと重くなった気がした、耐えられないほどではない重圧、しかし確実に体が何かを抱えているような感触だってた。最初それはまた新手の何かの妨害工作かと一瞬警戒したが次の瞬間、この体にかかる負荷は肉体の問題ではなく精神の問題であることに気がついた。
私は特殊な感覚を身につけており特に危機察知能力に関してはほぼ未来視に近い形で当たる、その違和感がどう言ったものかを言語化して仕舞えば敵からの攻撃も可能な限り回避することができるのだ。
だがこの直感の悪いところは自分に都合のいいように書き換えられない点、それこそ次の瞬間自分が確実に死ぬとわかっていて、どう回避するべきなどとわかるはずもないのだ。
そして今回のこれはもっと最悪だった。
「な、ぁ!」
ベルギクルゼ。光に包まれたはずのその巨体は身体中から焼け付くような蒸気を放ちながらいまだに健在していた、おそらく完全体ではない。だがそれ以前にナリタテンマのあの一撃を喰らってもなお原型を留めて健在なのは私やこの戦場に広がる戦友たちも予期せぬ出来事だったはずだ。
そしてベルギクルゼは少し体を落としたように見えたかと思ったら、次の瞬間。
体全身から緑色の光を放ちはじめた、それは神秘的で実に神々しい色にも思えた、発光的な緑色は回復魔術の色にも良く似ていたし、何より肉塊とはいえ花のような姿をしたその巨体が開くように光れば、一瞬でも気が抜けるはずなのだ。しかしそれこそが命取りだった。
光はより広大になり、私はその瞬間から身にかかる災厄の言語化に成功した。
(無惨な、死────。)
そう、終わった時だった。
光の先から、ベルギクルゼにもっとも近い場所から無機物、生物、大地に緑色の発光結晶体が広がりはじめた、それは剣のように鋭く氷が弾けて落ちたような鋭さを誇りながらまるで生物のように脈動する奇妙な結晶だった。
それがまるで感染していくように、大地を根絶やしにしていく、不毛な大地は寄生されベルギクルゼが放つ結晶の舞台として利用され、かの巨大生物の周りにいた魔暴たちの肉体にも同様の緑色の結晶がまとわりつき一気に生命活動を枯らした、それどころか肉体を突き破り生物的な血液を周りに撒き散らす。
全て君が悪いほどの緑色だった。1は2となり、2は5となり、5は50となり、50は500となり。
目にも止まらぬスピードでそれは広がりをはじめた。
「あああああああっっっ!?!!!?」
周囲に戦友たちの悲鳴が渡った。結晶に触れた仲間が、体がどんどんと石化していくように体の内側から柔らかい皮膚を突き破って硬い緑色の塊が身を侵していた。そして目にも止まらぬ速度で二度目の被害を上げる前にはその体は全身ハリネズミのように尖らせ、体と外を通じる穴という穴は結晶の入り口として飛び出ていた。まさに悍ましい死に方だった。
「総員撤退!!」
誰もが止まって言葉を失う中、私は無意識にそう叫んでいた。そして次の瞬間には移りゆく結晶に向かって身を走らせ、恐怖のまま体を止まらせていた戦友を侵される一歩手前で引っ張りはるか後方へと吹き飛ばした。
「っプラノード─────」
「撃てシルバード!!!」
打ち返そうと刀を構えた時、空から青白い光まとった槍が何本も飛来し、緑の結晶を打ち砕き私を守るように囲った。その槍の持ち主が誰かはすぐに見当がついた、そして首を任せ点を仰ぎ見た時、その人物は私に手を差し伸べていた。
「ラナ!」
「お父様!?」
「来いッ」
私は脚力だけで跳躍し、空中浮遊し撤退行動に移っている父の手を掴んで離さなかった。地面を見ると仲間たちが必死に涙を流し走り逃げている姿が見えたが次の瞬間には結晶の中へと埋もれていった。
「っく!!」
「ここでお前を無くすわけにはいかない!」
私の悔しい言葉の先を知っている父は総合理的な意思のもとに行動したと嘘をつきながら私の手を引っ張って、クリスタル迫るか中からさらに加速して離れた。遠くを見れば大勢の戦友たちがのまれていきながらもなんとか逃げ切る姿が確認できた。
それに安堵しつつも、後ろに佇む巨大な花生物には殺意と悔しさ、そして自身の不甲斐なさしか浮かばなかった。




