104話「大作戦開始」
作戦決行時刻数分前。
私は勇王ナリタテンマの側近的な立ち位置で少し後ろに立ち、多くの兵士たちをその背後に連れて進軍を開始していた。エリアC3からエリアD3への侵攻は容易である、ただまっすぐ直線に行けばいいだけ。しかしそれゆえに広がる魔暴の大群をこちらで抑え切らなければいけないという負担が湧いてくる。戦力差は大きくかけ離れておりこちらの兵士たちが何人犠牲が出るかわからない、けれども無策で行くわけほど私たちは無謀ではない。
「あの、本当にやるんですか?クリス副隊長」
「はい。少なくとも貴方の練度なら操れなくはないでしょう?」
どことなく不安な表情を浮かべて話しかけてきたのは真っ黒な装いをしたアングラス・ベドートだった。彼も私たちと同じく魔術秘宝を手にする一人でありその能力をナリタテンマに認められた人物ということになる、だというのに不安な表情は戦場に出てから彼のデフォルトになっている。
「操れなくはないんですけどさ、でも流石に未知数であって、簡単にはいかないですから〜。」
「そこを何とかするのが貴方の仕事でしょう。」
「ぅ、はい。」
いつもは軽口を叩く彼も、私に対して苦手意識があるのかそれともただ上官としてのスタンスを崩さない私を察してか敬語である。
それとも自信のなさが口調にも出ていると言ってもいいのだろうか。
「死霊魔術はそんなに便利なものじゃないんですよ。」
「それはもちろん、山から降りてきた貴方の一族だけが使う固有魔術ですから、本来は死者を弔うために使うもの、ですが場合によっては黒魔術のような悪どいこともできる。」
「だから嫌だって。」
「ですが、ことそれを大人に向けるならまだしも無垢な生物に向けるならマシでしょう?」
「そりゃあんな化け物どもに世界をメチャクチャにされるくらいなら、って俺が気にしてんのは、一面に広がる魔暴を全員操れやしないってことですよ!!」
「ご安心ください、貴方は少なくとも自分の能力を過小評価してもいいです。魔暴という生物なのかそれともただのゴーレムに近いものなのか、生態が根本的にわからないものを死体にできた時点で一方的に操れるのは貴方だけです。」
「…………。」
「気に入らない顔をしたって無駄ですよ。自分で決めましたでしょう。」
「そうですけど!でもこんな大勢の命背負うなんて効いてないっすよ!俺はもう後ろで大人しくしていたいのに!!」
「もう遅いので、頑張ってくださいね!」
「あぁ……。」
のしかかった責任という文字がかなり彼を傷つけるらしい。それもまぁ仕方がないと思う、私も責任を背負う立場なんてごめんだという精神性があるから単独行動やラナさんとのタッグが好きなだけであって、本来は王族としてあーたらこーたらしなければならない。
でも本当に面倒臭いのは演じることではなく、誰かがミスを起こした時にその尻拭いをすることなのだ、個人的にいつまで経っても責任という言葉とは仲良くなれる気がしない。
「クリス、」
私を呼ぶ声は正面だ。王風を漂わせながら名前を呼ぶ声の主はナリタテンマ、正装と鎧を身に纏って今や兵士たちのお飾り気分。きっとすごく気持ち悪いと本人も思っているでしょうが私からすればその姿はいつも下手に自由なことをしている父を縛らせるいい格好だと思った。
そんな父が私を呼ぶというのはもう一つしかない。魔術探知を使えば戦場がいかに近い場所にあるかがわかる、気づけば魔暴の大軍がもう目の前でありもう少し先の方を考えればその中で大きな反応が一つ、二つ、三つとどんどん見えてくる。私たちを待ち構える体制が万全であることはもうよくわかっている。にしても物量作戦がこうもあからさまに出ていると本当に呆れて仕方がない。
「はい。」
「……初撃は任せる。」
「承りました。」
ナリタテンマは正面衝突の少し前に私に言葉をかけた。それは私に先に言って一発ドカンと大きなものをぶつけてこいという命令である。私としては願ったり叶ったりだ、誰かに自分の姿を見られるというよりも自分がこの不衛生極まりない世界で抱えたフラストレーションを魔術の力で合法的に発散することができるのだから。
そうと決まったら私はすぐに飛び立ち、空中を突き抜けるかのように移動する。真下の大地が上から下へと巡るように変わっていくのを確認して、魔暴大軍がいる場所へと到達する。相手はすぐに気づくであろう、だからその前に一撃を加える。
(……油断してくれて待ってくれているのならまだいいのですけどね。ですが相手は狡猾。)
そう思いながら瞬時に魔術を起動。体全身に張り巡らされている魔術神経が一気に目を覚まし私の手のひらに一つの赤熱球を作り出す。見た目はそこまで派手ではないものの当たれば基本的に消滅するレベルの温度だ。私の服や自身は近づいても溶けないような工夫があるからいいものを、魔暴であってもこれが真っ先に近づけば肉体から溶けて跡形もなく消えることだろう。
「必要なのは耐えうる生態と、空っぽな体ですものね!!」
魔暴が私に気付いたのかほとんどが顔を上げてこちらを見る。その瞬間タイミングだと思った私は魔術名を口にしてそれをその大軍正面へと投げ入れる。
「イフリーズバーストッッ!!!」
投げられた赤熱球は大軍真ん中に直撃すると、そこを中心に真っ赤な炎を壁のような衝撃波として迸らせ、周囲一体の1万を超える魔暴を一網打尽にする。またそこから大爆発が起き茫然とする魔暴と魔人族達を一瞬にして灰へと変える。
「撤退。」
私は敵からの追撃を警戒しながらナリタテンマが率いる部隊の方へとすぐに戻る。魔人族が初撃を受け止めてくれたのは少し意外でもあったがだからこそ油断できない事項が増えた証でもあった。
「よく戻った。」
「はい、ですが少し効きが悪いです。おそらくこちらの魔術を少し掻き乱すものがあったと思われます。」
「直感か?」
「えぇ。」
「では、それごとたたき伏せるとするか。」
ナリタテンマは私の報告を気に求めずに剣を引き抜き、天に向けて刃先を掲げた。いつものわかりやすい合図である
「進軍!!!」
それと同時にナリタテンマを先頭に大勢の兵士たちが一斉に走り出した。エリアC2と呼ばれた大規模戦場の攻防戦が幕を開けたのである。




