表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冴えないUXデザイナーが異世界転生して、『ペルソナ設計』で滅びかけの王国と姫様を救うことになりました  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/22

第五章 王女アリーシャの召喚

「ベルカ、この者は」


銀髪の女性は、馬から下りた。


背は俺よりやや低く、年は十代後半に見えた。


銀の縫い取りの入った白いドレスに、緑のマント。


帯刀していたが、それは儀礼用らしく、装飾の方が目立った。


ベルカ翁が深々と一礼した。


「第三王女、アリーシャ様。この者は儂が今朝、井戸のそばで見つけた、設計師でございます」


第三王女。


俺は自分の置かれた状況をようやく、半分くらい飲み込んだ。


ここは王国で、目の前にいるのは、その王族らしい。


そして、その王族がわざわざ村まで来ている。


アリーシャと呼ばれた王女は村人たちにねぎらいの言葉をかけて回った。


傷ついた者を抱きしめ、子供の頭を撫で、鍛冶屋に肩を貸して立ち上がらせた。


その所作には、装飾も派手さもなかった。


ただ、目の前の一人ひとりを、しっかり見ていた。


王女がようやく俺の前に立った。


銀の睫毛の下の瞳は、深い灰色だった。


夢の中の声と、本物の声が重なった。


「あなたは夢の中で会いましたね」


俺の方が、ぎょっとした。


向こうも、覚えていた。


「俺も、見ました。あなたが俺を呼んでいる夢を」


俺の言葉に、王女の眉がぴくりと動いた。


「やはり、そうだったのですか」


そばで、ベルカ翁が白い眉を上げた。


「王女様、まさか」


「ええ、ベルカ。私は、毎晩のように、見知らぬ世界に立つこの方の夢を見ていました。古代設計師の儀式を、私が無意識に行っていたのかもしれない」


王女は馬の鞍に手を置いて、しばらく考え込んでいた。


そして、こちらに向き直って、ゆっくりと言った。


「お願いがあります。私の馬車で、王都までお越しいただきたい」


俺ははっきり言って、戸惑った。


昨日まで東京で残業していた人間が、いきなり異世界の王女に「王都へ」と誘われている。


普通の感覚で言えば、現実逃避にもほどがあった。


だが、ここはもう、普通の世界ではなかった。


「行ってもよいが」


俺はベルカ翁を振り返った。


「私はまだ、この世界のことを何も知らない」


「儂も同行する」


ベルカ翁は即答した。


「儂は、王女様の侍医でもある。儂が、お前を導こう」


ミラが俺の袖を引いた。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」


寂しそうな声だった。


俺は、しゃがんで少女の目を見た。


「行くけど、戻ってくるよ。約束する」


「絶対?」


「絶対」


ミラはぐっと唇を結んで頷いた。


赤いリボンが、夕日に揺れた。




王女の馬車は、村を出て、街道を西へ走った。


馬車の中は、思ったよりも揺れた。


革張りの座席に、ベルカ翁と俺が並んで座り、向かいに王女が座っている。


窓の外を、見たこともない景色が、流れていた。


広い麦畑、その奥に低い山並み。


ところどころに、石造りの村が点在している。


日本では決して見られない、奥行きのある風景だった。


道の両脇には、丈の高い赤い花が、群生していた。


名前を、知らない花だった。


風が吹くと、花の頭がいっせいに、こちらにお辞儀するように、揺れた。


御者の鞭の音が、ぴしりと、街道に響いた。


馬の蹄の音が、四つ、規則正しく、土を叩いた。


車輪が、車軸で、軋む音も聞こえた。


その音の隙間で、王女が、控えめに、咳を、ひとつ、した。


「司殿」


王女がこちらに身を乗り出した。


「司、と呼んで構いません」


「では、司」


彼女は少し笑った。


頬に、薄くえくぼができた。


「単刀直入に申し上げます。私は、この国の腐敗を、なんとかしたいのです」


俺は姿勢を正した。


「腐敗、と言いますと」


「父は、年老いてから、派手なものばかりを好むようになりました。宮殿には飾りが増え、儀式は長くなり、税は重くなりました。民の声は、誰にも聞かれていません」


王女の声は、淡々としていた。


怒りはなく、ただ、現実を述べていた。


「兄の王太子は、武勇には長けますが、政治には興味がありません。私の上の姉二人は、すでに他国へ嫁いでいます。残った私は政略結婚の駒として、扱われそうになっている」


俺は息を呑んだ。


王女の灰色の瞳は、まっすぐ俺を見ていた。


「夢に、あなたが現れるようになったのは、ちょうど三月前です」


彼女は続けた。


「夢の中であなたはいつも何かを書いていました。誰かのために、ひたすら、何かを書いていた」


「……それはたぶん、ペルソナです」


俺は自分のノートを膝の上に置いた。


そして、ペルソナとは何か、自分の世界での仕事について、ぽつり、ぽつりと話した。


利用者を一人の人物として設計すること。


その人の困りごとを汲み取って、サービスを組み立てること。


誰にも褒められない、地味な仕事だということ。


話し終えたとき、王女は両手で口を覆っていた。


その目が、潤んでいた。


「それです、司」


彼女の声が、震えていた。


「それが、古代設計師の魔法そのものです」


王女は自分の首から、銀の鎖を引き出した。


そこには、小さな羊皮紙の切れ端が、ペンダントのように下がっていた。


「これは私が幼い頃、宮殿の地下で見つけたものです」


切れ端には、知らない文字で、何かが書かれていた。


その下に、小さな図解があった。


それは紛れもなく、ペルソナのフォーマットだった。


「名前、年齢、職業、悩み、願い……これらの欄を埋める者が、人を救う」


王女は声を低くした。


「私は、ずっと、これを書ける人を、待っていたのです」


馬車の中の空気が、しんと張り詰めた。


ベルカ翁は目を閉じて頷いていた。


俺は震える指先で、王女の差し出した切れ端を、受け取った。


日本のオフィスで、誰にも見られずに作っていたペルソナ。


それがここでは、王女の探し求めていた魔法だった。


「司」


王女は、俺の手を両手で包み込んだ。


彼女の手は、思ったよりも冷たかった。


「私のために、私のペルソナを、書いてくださいませんか」


馬車の窓の外で、夕日が麦畑を金色に染めていた。


俺は自分の心臓の音を、はっきりと聞いた。


「……書かせてください」


俺は頷いた。


ノートのページを、新しく一枚、開いた。


そして、王女の灰色の瞳を、まっすぐ見つめ返した。



「教えてください。あなたは、いつ、いちばん心が落ち着きますか」


王女はしばらく考えてから、答えた。


「……雨の日の、宮殿の裏庭です。誰も来ません。雨音だけが、私を私のままにしてくれます」


俺は書き留めた。


「逆に、いちばん辛いのは、いつですか」


王女の眉が、わずかに曇った。


「父の傍に立つときです。父は、私を姫としてではなく、駒として見ます。私の言葉は、いつも、聞き流されます」


「あなたが本当はやりたいことは」


彼女は目を伏せた。


睫毛が、薄く震えた。


「……国を、変えたい。けれど、女の身では、できることが少ない。だから、人を見つけたかった。設計師を、見つけたかった」


俺はペンを止めなかった。


書き続けた。


「アリーシャ・フォン・グランエル・十八歳・第三王女・銀髪灰の瞳・雨の裏庭で安らぐ・父への怒りと諦め・国を変えたい・誰かに認められたい・本当は自分の名前で呼ばれたい」


書き終わると、ノートが、ふわりと淡い光に包まれた。


今度は、誰の身体にも降りなかった。


代わりに、王女の胸の前で、光がぽつりと結ばれた。


小さな、青い光だった。


王女は、自分の胸の光に、手をあてた。


そして、長い長い息をゆっくり、吐き出した。


「……息が、軽い」


彼女はぽつりと言った。


「私を、初めて、私として見てくれた人が、いた」


ベルカ翁が目元を拭った。


ぽつりと、白い髭の下から、涙の粒が落ちた。


「儂は、五百年ぶりに、ペルソナ魔法の発動を、見た」


俺はノートを抱えて、何も言えなかった。


ただ、王女の灰色の瞳が、夕日の中で淡く濡れているのを、見ていた。


その瞳を、忘れないでおこうと、俺はなぜか、思った。


それが後にどんな意味を持つのか、そのときの俺はまだ、知らなかった。


馬車は、坂を上り始めた。


窓の外に、白い城壁が見えてきた。


夕日に染まった石壁の上に、銀色の旗がはためいていた。


「あれが、リエンガルド王国の王都、エルダンです」


王女は窓の外を見つめながら、つぶやいた。


「あなたを、私の故郷に、迎えます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ