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冴えないUXデザイナーが異世界転生して、『ペルソナ設計』で滅びかけの王国と姫様を救うことになりました  作者: もしものべりすと


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第四章 初めての魔法、村を救う

南門のあたりは、火の手と土埃が舞っていた。


魔物は、四足の獣のようだった。


背中に、緑色の鱗。


口からは赤い液をしたたらせ、村人の家畜小屋を、ばりばりと食い破っていた。


おそらく三頭、いや、四頭はいる。


走り出た俺の足は、すぐに止まった。


こんな化け物、見たこともなかった。


日本でなら、すぐにスマホで動画を撮って、警察に通報するところだ。


だがここでは、誰も、誰もそんなことをしない。


剣を持った男たちが、必死に魔物を押し戻そうとしていた。


だが、一人がもう、地面に倒れていた。


肩から血が、にじみ出ている。


近づこうとした女性が、別の魔物に追われ、逃げ惑っていた。


「お兄ちゃん!あれ、リザードンっていう魔物だよ!」


ミラが俺の袖を引いた。


「下がってろ、ミラ」


そう言いながら、俺の方が足が震えていた。


情けない話だった。


だが、ここで動かなければ、人が死ぬ。


それだけは、見ていてわかった。


倒れている男のそばに、走り寄った。


ぜいぜいと息をしていた。


肩の傷から、骨が見えていた。


そばで、彼の妻らしい女性が、しゃがみ込んで泣いていた。


「ご主人、まだ意識ありますね。動けますか」


俺はいつもの調子で、つい、訊いてしまった。


それはユーザーリサーチで困っている人に話を聞くときのいつもの口調だった。


男は、目だけでこちらを見た。


「だめだ。足が、痺れて……毒だ」


「毒、ですか」


「あの魔物の、爪に……」


俺の頭の中で、何かのスイッチが、かちりと入った。


これはよく知っている感覚だった。


困っている利用者を前にして、解決策を組み立てるときの、あの感覚。


何が問題で、何がいま必要で、何が足りないか。


足の痺れ、出血、肩の傷。


妻は、夫をどこかへ運びたいが、力が足りない。


俺一人でも、足りない。


だが、もう一人いれば。


妻の隣で、足をさすってあげれば。


「奥さん、ご主人の頭をこちらへ。足は、ぼくが持ち上げます」


「あ、はい」


「妻は、ご主人の足を、心臓より高く。毒は血の巡りで広がります」


「えっ、あ、はい!」


そう指示しながら、俺はノートを開いた。


ベルカ翁が言った、紙に書いたものに力が宿る、という言葉。


信じてはいない。


だが、藁にもすがる思いだった。


俺は震える指でペンを取った。


ノートが消えていなかったように、胸ポケットの細いペンも、無事だった。


ページの新しい一枚を開いて、走り書きした。


「四十代・男性・リザードンの毒・足の痺れ・出血・愛する妻と幼い娘がいる・絶対に死なせない」


書き終わった瞬間。


ノートのページが、白く、輝いた。


書いた文字が、空中に浮かび上がった。


そして、それが、男の身体にふわりと降りていった。


男の肩から滲んでいた血が、ぴたりと止まった。


苦しげに歪んでいた顔から、痛みがすっと引いた。


痺れていたはずの足が、ぴくり、と動いた。


「な、何が……」


妻が、口を半開きにしていた。


「お兄ちゃん!」


ミラが目を真ん丸にして駆け寄った。


「いまの、設計師の魔法だ!」


俺自身が、いちばん信じられなかった。


俺はただ、ノートに、いつもどおり、その人のことを書いただけだった。


ペルソナを設計しただけだった。


それが効いた。


「もう、一頭、あっちにも倒れてる人がいる!」


ミラがまた走り出した。


俺は握りしめたノートを抱えたまま、慌てて後を追った。


南門のあたりまで来ると、商人らしい老人が、地面に倒れていた。


腕を抱え、痛みに呻いている。


彼の隣には、潰れた荷馬車があった。


荷物が、道に散らばっていた。


俺はしゃがみ込んだ。


「お名前を、教えてください」


「な、なにを……」


「あなたのことを、知りたいんです」


「グ、グレン……商人だ」


「奥さん、お子さんは」


「妻と、息子が、街道の向こうで待っている」


「いまいちばん怖いことは」


「もう、商売ができないことだ。家族を、養えない……」


俺はペンを走らせた。


「グレン・五十六歳・行商人・三十年の経験・妻と二十歳の息子・腕を骨折・恐れているのは家族を養えないこと・誇りは父から継いだ秤」


老人の目が、見開かれた。


「お前、なんで、それを」


書き終わった瞬間また、ノートが光った。


グレンの腕の腫れが、見る間に引いていく。


彼は、自分の腕をゆっくり動かしてみせた。


動いた。


痛みもないようだった。


「……信じられん」


グレンは、俺の顔をまじまじと見た。


「あんた、設計師か」


「……たぶん、そう、らしいです」


魔物の咆哮が、また聞こえた。


村の中央広場の方から、悲鳴が上がっている。


俺は震える足で立ち上がった。


ここまで来たらもう、引き返せなかった。


東京で、誰にも見えない仕事をしていたあのときと、いまは、何が違うのだろう。


やっていることは、同じだった。


ただ、目の前の人がこちらを見てくれていた。


それだけのことがこんなに力をくれるなんて。


俺はノートを抱え直して、走り出した。


ミラが笑った。


「お兄ちゃん、すごい!」


その声が、初めて、俺の胸の真ん中に、まっすぐ届いた。



中央広場では、最後の魔物が暴れていた。


他のものよりひと回り大きく、額には赤い角が一本生えていた。


村の自警団らしい男たちが、剣で囲んでいた。


だがその輪が、一歩、また一歩と後退していた。


俺は息を切らせながら、群衆の隅に立った。


戦っているのは、若い男たちだった。


皆、顔が青ざめていた。


剣を持つ手は震え、腰が引けている者もいた。


「下がれ!ガレウス様の援軍が来るまで持たせろ!」


誰かが、必死に叫んでいた。


俺は、彼ら一人ひとりを、目で追った。


左端の青年は、まだ十五、六歳ほどの少年だ。


中央の太い男はたぶん村の鍛冶屋だろう、腕の太さでわかる。


右にいる細身の男は、後方の家をちらちらと気にしていた。


たぶん、家族を守りたいのだろう。


ノートを開いた。


今度は、一人ではなく、皆を書くつもりだった。


「左の少年・初陣・剣の重さに腕が震える・しかし家を守りたい一心


中央の鍛冶屋・腕の力は村一番・だが恐怖で歯が鳴っている・娘のために倒れたくない


右の青年・家族を守るために前に立った・あの家には病の母がいる」


書き終わった瞬間、ノートがまた、光を放った。


今度は、文字が三つに分かれて、それぞれの男たちの背に降りていった。


少年の腕の震えが、止まった。


鍛冶屋の歯の音が消え、口元が引き結ばれた。


細身の青年の背筋が、まっすぐ伸びた。


「行くぞ!」


鍛冶屋が、低く吠えた。


三人は、ほとんど同時に、魔物に向かって踏み込んだ。


剣が、魔物の前足を払う。


別の剣が、肩の鱗を割る。


最後の一撃が、額の角の付け根に、深々と刺さった。


魔物が、地響きを立てて、横に倒れた。


広場が、しん、と静まり返った。


村人たちは、息をすることも忘れて、その光景を見つめていた。


「やった……勝った、ぞ」


鍛冶屋が、剣を握ったまま、その場にへたり込んだ。


ほかの二人も、放心したように、立ち尽くしていた。


群衆の中から、誰かが、ぱちぱちと控えめに手を叩き始めた。


それが一人、二人、五人、十人と広がり、やがて、広場全体が歓声で割れた。


俺はその隅で、ノートを胸に抱えていた。


手のひらが、汗でじっとり濡れていた。


身体が、震えていた。


ミラが駆け寄ってきて、俺の腕にしがみついた。


「すごい、すごいよお兄ちゃん!みんな、助かった!」


少女の頬は、紅潮していた。


俺はその顔を見てようやく、自分が何をしたのかを、理解した。


地味な仕事だった。


誰かを観察して、その人の困りごとと、願いと、誇りを書き出すだけ。


日本でなら、誰にも気づかれない作業だった。


でも、ここでは。


ここでは、それが人を救えた。


「あんたは、何者だ」


鍛冶屋が、ふらつきながら立ち上がって、俺の前に来た。


立ち上がっていた青年たちも、近づいてきた。


「俺は……」


俺は口ごもった。


ここで、何と答えたらいいのか、わからなかった。


そのとき、ベルカ翁が杖を突きながら現れた。


「儂が連れて来た、設計師だ」


翁の声には、誇らしさのようなものが滲んでいた。


「五百年ぶりに、この大陸へ呼び戻された者だ」


群衆の中から、低いざわめきが広がった。


設計師、という言葉が、口から口へ漣のように伝わっていく。


そのとき、村の門の方角から、馬蹄の音が聞こえてきた。


銀色の鎧をまとった騎士たちが、十騎ほど、駆け込んでくるのが見えた。


先頭の白い馬には、深い緑のマントを翻した、若い女性が乗っていた。


その髪は、銀色だった。


夢の中で見た、あの少女と同じ色だった。


「ベルカ、無事か!」


女性の声が、村の空気を切り裂いた。


そして、俺と目が合った瞬間。


彼女は、馬を止め、息を呑んだ。


俺もまた、息ができなかった。


夢で会った、あの人だった。

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