第十九章 ペルソナ魔法の真価開示
広場の中央で、俺は、王に、もう一つ、提案をした。
「陛下、お聞きください」
俺は、ジャーニーマップの巻物を、片手で押さえた。
「この、感情の地図はただ見るだけのものではありません」
「と、申すと」
「これはペルソナ魔法の、最大の、発動形でございます」
王が、眉を上げた。
広場の人々が、興味深そうに、こちらを見ていた。
「五百年前、設計師たちは、王国全体の、人々の願いを、一枚の図に、まとめ上げ、それを、発動させる、最終魔法を、持っていました」
ベルカ翁が進み出て補足した。
「儂が、宮殿の地下書庫で、見つけた最後の長リエンの遺書に、その記述がございます」
「その最終魔法は、何をもたらすのだ」
王が訊いた。
俺は答えた。
「王国全体の民の感情の、流れを、変えます。下に沈んでいた感情を、上に、引き上げます」
「具体的には」
「希望を、もたらします」
俺は、巻物を地面に広げた。
広場の石畳の上に、巨大な、ジャーニーマップが、広げられた。
ガレウスたちの騎士たちが、巻物の四隅を押さえてくれた。
「皆様」
俺は、広場の地方代表団と、民衆に呼びかけた。
「いまから、ペルソナ魔法を、発動します。お一人、お一人、自分の名前を、声に出してください。自分の願いを、心に、思い浮かべてください」
人々が、戸惑いながら、しかし頷いた。
俺は、巻物の中央に立った。
ノートを開いた。
そしてペンを握った。
「俺のペルソナ。書くことを、止めない男。書くことで、人と、繋がる男」
俺は、声に出した。
書き終えた瞬間ノートが白い光を、放った。
巻物の地図がそれに、応えて淡く、光り始めた。
地図の上の、点の一つ一つが、ぽつぽつと、光を放った。
「私の、ペルソナ。第三王女、アリーシャ。父の隣で、民の声を、聞ける王族に、なりたい」
王女が声を上げた。
彼女のペルソナのページが、強い、青い光を放った。
「儂、薬師ベルカ。最後の設計師として五百年の時を、ここに、結ぶ」
ベルカ翁の言葉とともに、彼のページが、白く、輝いた。
「儂、騎士団長ガレウス。剣ではなく、設計に、忠誠を、誓う」
ガレウスの紋章が、銀色に光った。
「私、ニナ。商人として人と、人を、繋ぐ橋になる」
ニナのページが、緑色に光った。
地方代表団の、千五百人が続いた。
それぞれが、自分の名前を自分の願いを、声に出した。
クルム町のヤサオ。
シリン町のハリス。
デクル町のモルバ。
リスタ町のスコリオ。
ロザ町のガロウ。
ノートの中の、すべてのペルソナのページが、一斉に、光を放った。
広場の巨大なジャーニーマップが、虹色の光に包まれた。
地図の上の、すべての点が地面から、ふわりと浮き上がった。
それらは、空中で輝きながら、踊った。
光は、広場から、王都の街全体に、広がった。
路地の家々の窓に。
店の軒先に。
学校の鐘楼に。
すべての場所に、光が届いた。
民衆の一人ひとりが、自分の名前を自分の願いを、口にし始めた。
誰かが、自分のことを書いてもらった、と語った。
別の誰かが、自分も書かれたと続いた。
王がその光景を見ていた。
彼は両手を、合わせて頭を垂れていた。
「これが、設計師の、真の魔法か」
王の声は、震えていた。
「儂は知らなかった。書く、ということが、これほどの力を、持つとは」
王女が、俺の隣に立っていた。
彼女の頬は光に、照らされて白く、輝いていた。
「司、見て」
彼女は、空を指差した。
広場の上空に、光の文字が浮かんでいた。
それはリエンの遺書の、一文だった。
「我ら、人を見る者はまず、自らを、見るべし」
俺は、それを見上げた。
胸の奥が温かく、満たされていた。
東京の、誰にも見られなかった俺と。
氷の村のたった一人で、書き続けた俺と。
いまの、王都の中央で、皆と一緒に、光に包まれた俺。
全部、同じ、俺だった。
ただ俺はようやく、自分のことを信じることができるようになっていた。
光が徐々に、収まっていった。
巻物の地図の上の、点はもう、下に沈んでいなかった。
すべての点が、横軸の上、ポジティブな感情の領域に、戻っていた。
王がゆっくり立ち上がった。
「設計師、高梨司」
彼の声は、よく、響いた。
「貴殿の追放を、取り消す。改めてペルソナ大臣として王国に、お仕えしてもらいたい」
「光栄でございます」
俺は頭を下げた。
「しかし、陛下。私は、いずれ、元の世界に、戻ります」
王が目を見開いた。
「戻る、と」
「はい。私の、本来の世界に、戻る必要がございます」
王女は、何も言わなかった。
ただ、俺の隣に静かに立っていた。
王はしばらく、俺を見ていた。
そして、深く頷いた。
「貴殿の意思を、尊重する」
彼は、王衣を引き上げて、答えた。
「だがその日まで、貴殿はここで、書き続けてほしい」
「はい」
民衆から、わっと歓声が上がった。
広場の人々が、口々に、設計師の名を呼んだ。
ガレウスがニナが、ベルカ翁が、笑顔で、こちらを見ていた。
俺はノートを抱きしめた。
それは東京の、誰にも見られなかった、地味な仕事の結晶だった。
そして、いまは、王国全体を変えた、光の源だった。
しかし、その光景の、片隅でひとつだけ、光らないものがあった。
それは俺のノートの横田のページだった。
このページだけはまだ、暗く、白紙のままだった。
俺の書いた文字さえも、光を宿せずにただ沈んでいた。
「司」
ベルカ翁が近づいてきた。
「あの男のことを、忘れてはおらぬか」
「ええ」
俺はそのページを、見ていた。
「彼はまだ、自分を認めていません」
「お前のペルソナ魔法も、相手が自分自身を、見ようとしないと、効かぬ」
翁は頷いた。
「だが、それはまだ、終わっていない、ということだ」
俺は頷いた。
「俺と、彼の決着はまだ、ついていません」
王女がこちらを振り返った。
彼女の銀の睫毛が、淡い夕日に揺れた。
「明日、お会いに、なるのですか」
「明日」
俺は答えた。
「ヨコタさんに、会いに、行きます」
夜、宮廷に戻った俺は再び、ペルソナ大臣の客間に、案内された。
机の上には就任を祝う、地方からの祝辞がまた山と、積まれていた。
俺は、一通ずつ、開けた。
クルム町のヤサオから。
リスタ町の伯爵スコリオから。
氷の村のクライド村長から。
そして、ロザ町のガロウから。
皆、自分の言葉で書いてくれていた。
俺はその手紙を丁寧に、束ねて、引き出しにしまった。
そしてノートを開いた。
明日、横田と向き合う。
それまでに、俺はもう一度、彼のペルソナを、書き直す必要があった。
彼の本当のページを、書く必要があった。
俺は、東京の記憶を辿った。
横田が初めて会社に、現れた、二十年前。
彼が若い頃、本気で、自分のデザインを、信じていたはずの瞬間。
だが、業界の流れが、彼を追い越していった。
彼は、自分の感性を、磨くことを、忘れ、見せ物だけに走った。
気がついた時には、彼の周りに奪える誰かしか、いなくなっていた。
俺は新しい一ページに、書いた。
「ヨコタ・タケシ・五十二歳・元クリエイティブディレクター・若き日、本気で自分の絵を描こうとした男・業界の流れに、置いていかれた・取り残される恐怖から、他人の成果を奪い続けた・本当に、欲しかったのは誰かに、評価されることではなく、誰かと、一緒に、何かを作ることだった」
書き終えた瞬間ノートがほんのり、淡い、灰色の光を放った。
それはまだ、横田自身のページの光ではなかった。
俺が、彼を見ようとしている、その努力の光だった。
明日、俺はその光を、横田に見せる。
窓の外で、月が満ちていた。
俺はノートをに机に置いた。
寝間着に、着替えて、寝台に横になった。
横田と、向き合うのは、初めてだった。
東京の俺なら、ぜったいに自分から、彼に会いに行くことはなかった。
だが、こちらの俺はもう、逃げていなかった。
「明日、書く」
俺は、暗闇の中でささやいた。
「あの人の、本当のペルソナを」
枕元のノートが、淡い、灰色の光を放っていた。
それは横田のページのようやく、灯った、小さな、希望の光だった。




