第十三章 華やかさに眩む宮廷
ひと月の実証期間が、始まった。
横田は、宮廷魔術師団を、急ピッチで編成していった。
全国から、見栄えのする若い魔術師たちを集め、宮廷で大規模な式典を立て続けに、開催した。
王の生誕記念の大祭典。
夏至の光の祝祭。
新月の星空の宴。
毎週のように、王城前広場は、賑わった。
広場の中央には、まだ建設中の黄金の噴水が、すでに半分ほど、姿を見せていた。
夜には、宮廷魔術師団の派手な光の魔法が、空を絢爛に染めた。
民の中にも、それを喜ぶ者たちが、いた。
彼らは、広場で、踊り、笑い、酒を飲んだ。
横田は、その姿を王に見せ続けた。
「陛下、民は、王の栄光を、喜んでおります」
彼は、王の隣で誇らしげに頷いた。
王は、満足げに頷き返した。
王の頬は、少しずつ、緩んでいった。
ノートのページに、書かれていた七歳の娘や、流行病の女性の顔が、彼の記憶から、薄れ始めていた。
俺はその間、地味な仕事を続けていた。
王女と一緒に、地方の村を巡った。
ベルカ翁の薬の手配を、整えた。
ガレウス団長の騎士団の予算を密かに、別の名目で確保した。
ニナの商人ギルドを通じて、買い占められた絹の代わりに、新しい織物の流通網を、組み立てた。
成果は、地味だった。
だが確実に、民の生活が、少しずつ、立ち直っていった。
ある日、視察先の村で、俺は、一人の老婆に声をかけられた。
彼女は、しわくちゃの手で、俺の手を両手で握った。
「設計師殿、ありがとうございます」
「いえ、何も」
「孫の薬がまた買えるようになりました」
老婆の目に、涙が滲んでいた。
俺は何も言えなかった。
ただ、彼女の手の、温かさを感じていた。
東京で、誰にも見られなかったあの時間と、ここでの仕事は、根本的に何が違うのだろう。
それは目の前で、誰かが、自分の名前を呼んでくれる、そのことだった。
宮廷では、横田の派手な見せ物が、続いていた。
だがその裏では、宮廷の予算が確実に、目減りしていた。
派手な魔法は、莫大な魔力を消費した。
その魔力源は、国庫の魔石だった。
魔石の在庫が、底をつき始めていた。
王女が密かに、俺に警告した。
「司、宮廷の財政が、危ない」
「データを、見せてもらえますか」
「明日の朝、執務室で」
俺は頷いた。
そして、王女の私室を出る前に、彼女の顔色を、見た。
「アリーシャ様、お疲れですね」
「ええ。父は、私の言葉を、最近、聞かなくなっています」
「お辛いですね」
「司、あなたがいてくれて、助かります」
彼女の声が、わずかに震えた。
その夜、俺は宮廷の執務室に、自分のノートを、預けた。
明日、王女と一緒に、財政データを整理するためだった。
ノートは、机の上に、三冊、積まれていた。
扉に鍵をかけて、自室へ戻った。
翌朝。
執務室の扉を開けると、ノートの山が消えていた。
俺は息を止めた。
机の上には、何も置かれていなかった。
ノートが、消えていた。
すべて、三冊とも。
「ベルカ翁!ニナさん!」
俺は廊下に飛び出して、叫んだ。
ベルカ翁が慌てて、駆けつけてきた。
ニナも、ガレウス団長も、ほぼ同時に執務室に集まった。
「司殿、何があった」
ガレウスが訊いた。
「ノートが……消えています」
ベルカ翁が執務室を見渡した。
扉の鍵は、無事だった。
窓も、閉まっていた。
誰かが、合鍵を持っていたか、もしくは、特殊な手段で入ったのだ。
「設計師殿、これをご覧ください」
ニナが机の引き出しを開けた。
そこに、薄い羊皮紙が、一枚、置かれていた。
そこには、見覚えのある、横田の字で、こう、書かれていた。
「先に、もらった」
宮廷会議が、その日の昼に招集された。
緊急の議題と、伝令が走った。
俺たちが謁見の間に入ると、玉座の前に横田が立っていた。
彼の足元には、見覚えのある、三冊のノートが、積まれていた。
横田は、満面の笑みで、王に頭を下げていた。
「陛下、私、ヨコタ・タケシは、設計師殿の素晴らしいノートを、拝読する機会を、いただきました」
彼の声は、よく、響いた。
「設計師殿は、地味なノート、と仰いますが、実は、これこそが、宮廷魔術師団が、民の声を汲み取るための、優れた資料でございました」
「ほう」
王が、興味を示した。
「私は、これを、宮廷魔術師団の活動方針に、組み込みたく存じます。設計師殿の集めた民の声を、活用して、より、心に響く祭典を、開催いたします」
俺は、玉座の前に進み出ようとした。
だが、横田が、先に続けた。
「設計師殿、貴殿の地味な努力、私が引き継ぎます。これからは、私が、民の声を、王に、お伝えいたしましょう」
宮廷の貴族たちが、ぱちぱちと、拍手をした。
王は満足げに頷いた。
俺は口を、開きかけた。
だが、何を言えばよいのか、わからなかった。
東京の会議室で何度も何度も味わった、あの感覚だった。
俺の言葉はまた横田の口から、彼の言葉として、語られていた。
王女が青ざめて、俺の腕を握った。
「司、引き取りなさい!ノートは、あなたのものよ!」
彼女は小声で強く言った。
俺は頷いて、進み出ようとした。
だがその時、王が、こちらを見た。
王の目にはもう、俺への信頼は、薄れていた。
「司大臣」
王はゆっくり、口を開いた。
「貴殿はヨコタ殿にノートを託したのか」
俺は、頭を横に振った。
「いえ、託しておりません」
「では、ヨコタ殿は、勝手に、貴殿のノートを、持ち出したと?」
「はい」
王の眉間に、皺が寄った。
横田が慌てて、口を挟んだ。
「陛下、誤解です!私は、設計師殿の許可を、得たつもりでおりました!」
「許可は、しておりません!」
俺は声を上げた。
珍しいことだった。
宮廷の中で俺が声を上げたのは。
王はしばらく、俺と、横田を交互に見ていた。
そしてぽつりと言った。
「司大臣、貴殿はノートをヨコタ殿に渡したくない理由を、説明できるか」
俺は息を呑んだ。
それは王が、すでに横田の側に傾いていることの、徴だった。
俺は深く息を、吸った。
落ち着けと、自分に言い聞かせた。
ここで、感情的に、なれば、横田の思うつぼだった。
「陛下」
俺は、玉座の前に進み出た。
「ノートに書かれた民の声は、私が、お一人ずつ、信頼関係を、築いた上で、書き留めたものでございます」
「ふむ」
「彼らは、私に、自分の名前を、自分の困りごとを、預けてくださいました。それを、第三者に、無断で、渡すことは、彼らを、裏切ることになります」
王の眉が、わずかに動いた。
だが、横田がまた口を、挟んだ。
「陛下、設計師殿は、地味な情報を、独占しているだけでございます。広く、王国のために、活用すべきです」
王はしばらく、黙っていた。
玉座の肘掛を、指で軽く叩いていた。
それからゆっくり口を開いた。
「司大臣。貴殿の主張は、わかった。だが、ヨコタ殿の主張も、わからぬではない」
彼は、視線を、横田の足元の、ノートに移した。
「これは王国にとって、貴重な資料だ。司大臣ひとりで、抱え込むのは確かにもったいない」
俺の胃がまた絞られた。
東京で見慣れた、あの顔の表情を、王はしていた。
派手な見せ物に、心を奪われた人間の、顔だった。
「ノートは、宮廷魔術師団と、設計師大臣、双方で、共有することとする」
王は、判決を下した。
「ヨコタ殿、節度を、守られよ。司大臣、貴殿も、独占せず、ヨコタ殿に、協力されよ」
横田が、深々と頭を下げた。
俺も、頭を下げた。
だが俺の指は、震えていた。
王女が隣で、息を呑んだ。
彼女の小さな手が、俺の袖をぎゅっと握った。
宮廷会議が、終わった。
俺はノートの山を、横田と、半分ずつ、分け合うことになった。
彼の方が、いいページを選んだ。
七歳の娘のページも、流行病の女性のページも、全部、彼の手に渡った。
廊下を、戻る途中、横田は、わざと、俺の隣をゆっくり、通り過ぎた。
彼は、小声でささやいた。
「ご苦労さん、設計師殿。お前の仕事、有り難く、頂いた」
俺は唇を噛んだ。
心臓が、煩いほど、打っていた。
だが、振り返らなかった。
廊下の窓の外で、宮廷魔術師団の若い魔術師たちが、整列していた。
彼らの胸に、新しい紋章が付けられていた。
俺の作った、ペルソナ大臣の紋章と、似た、しかしもっと派手な装飾が、施された紋章だった。
俺の仕事はまた奪われた。




