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冴えないUXデザイナーが異世界転生して、『ペルソナ設計』で滅びかけの王国と姫様を救うことになりました  作者: もしものべりすと


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第十二章 センス対ペルソナ

翌朝、俺はガレウス団長と、ニナを伴って、王都の市場へ向かった。


雨上がりの街路は、湿った石畳がまだ、艶やかに光っていた。


人通りはいつもより、まばらだった。


店の軒先に並んでいたはずの色とりどりの布が、減っていた。


俺たちは、ニナのギルド事務所に、入った。


事務所の中は、騒がしかった。


卸売の商人たちが、机を囲んで言い争っていた。


机の上には、絹の見本布が、何枚も広げられていた。


「ニナ殿、聞いてください!」


若い商人が、ニナに駆け寄ってきた。


「絹だけじゃありません。金の細工も、宝石も、宮廷魔術師団の発注で、全部、買い占められました」


「南方からの香辛料の便も、宮廷の祭典で消費されるそうです」


ニナは唇を結んでいた。


彼女の頬が、怒りで紅潮していた。


「これでは、ギルドが、機能しない」


俺は、店の前を見ていた。


窓の外を、通り過ぎる人々が、空っぽの財布を抱えて、ため息をついていた。


子供を連れた母親が、布屋の前で立ち止まっていた。


冬物の布の値段を、つぶやいて、それから、首を振って、立ち去っていった。


「ニナさん」


俺は振り返った。


「この、絹の値段の急騰、布が買えない母親、こういう日常の困りごとを、私のノートに、写し取らせてください」


「えっ」


「数字の比較表だけでは、王には届きません。でも、人の顔と、人の言葉なら、届くはずです」


ニナは、ぴしっと背筋を伸ばした。


「お手伝いします」




その日から、俺は、王都中を歩き回った。


ニナの紹介で、商人たちから話を聞いた。


ガレウスの伝で、騎士団の家族と話した。


ベルカ翁の弟子たちに、薬師の患者の話を、書き取らせた。


ペルソナを、一日に十人、書いた。


それを、二週間、続けた。


ノートは、新しく三冊、消費された。


表紙に、町の名前を書いて、棚に並べた。


それぞれのノートには、横田の改革で生活が苦しくなった人々の声が、びっしりと書き込まれていた。


「七歳の娘・絹の上着が買えず、去年の麻の上着で冬を越す


五十代の女性・夫を流行病で亡くしたばかり・薬の値段が三倍に


二十代の傭兵・騎士団の予算削減で、辺境警備の手当てが半額に・幼い妻に送金できない


老いた職人・宮廷の発注に応えるために、無償の徹夜が続く・腰を痛めた」


書きながら、俺は何度も奥歯を、噛んだ。


東京の電車の中で、ペルソナを書いていた、あの感覚と、ここでの感覚は、まったく違った。


東京では、想像の中の利用者だった。


こちらでは、目の前に、生身の人間が、いた。


俺の隣に座って、彼らは、自分の名前を自分で語った。




二週間後、宮廷会議の朝。


王女アリーシャは、自室から、ようやく解放されて、宮廷に戻ってきた。


彼女の頬は、二週間前よりも、少しやつれていた。


だが、目だけは、燃えるように力強かった。


俺は彼女の隣に立って、玉座の前へ進んだ。


腕には、三冊の重いノートを、抱えていた。


「父上」


王女が口を開いた。


「司大臣のペルソナ・ノートを、ご覧くださいませ」


王は、玉座の上でしかめ面をしていた。


最近の宮廷は、横田の派手な提案で、賑わいすぎていた。


王はもう、表面的な賑わいだけでは、満たされない、何かを感じ始めているようだった。


俺はノートを、王の前の机に積み上げた。


「これはヨコタ殿の改革によって、生活が変わった、三百人の民の声でございます」


「三百人?」


「ええ。お一人ずつ、お話を伺いました」


王は、最初のノートを、手に取って、開いた。


そして、ゆっくりと、ページをめくった。


ページの一枚、一枚に、ひとりの名前と、ひとりの困りごとが、書かれていた。


王の眉間に、深い皺が寄った。


彼の指が、止まる。


彼が目を上げる。


そしてまた、ページをめくる。


宮廷の静けさが、深まっていった。


横田が玉座の脇から、声を上げた。


「陛下、設計師殿は、地味な民の声を、針小棒大にお見せしているだけです。我々の祭典は、王国全体に、活気をもたらしましょう」


王は、横田の方を見なかった。


彼の指は、ノートのページの上で、止まったままだった。


「七歳の娘、絹の上着が、買えず」


王は声に出して、読んだ。


「五十代の女性、夫を流行病で亡くしたばかり、薬の値段が、三倍に」


王の声が、わずかに震えた。


宮廷の貴族たちが、一斉に頭を垂れていた。


誰も、口を開かなかった。


横田の額にも、汗が滲み始めていた。


「司大臣」


王はノートをゆっくり閉じた。


「貴殿はいつから、これを書いていた」


「二週間前から、毎日でございます」


「毎日……」


王は深い、深いため息をついた。


「儂は、知らなかった。これほどの、声を知らなかった」


王の隣で、王太子が青ざめていた。


彼は武勇には長けるが、政治に無関心だった、と王女は言っていた。


だが、いまの彼は明らかに、何かにショックを受けていた。


「父上」


王女が進み出た。


「ヨコタ殿のご提案も、否定はいたしません。ですが、まず、民の声を、聞く制度を、整えるべきと、存じます」


王は頷きかけた。


だがその時、横田が、玉座の前へ進み出た。


「陛下、お待ちください」


横田の声が、震えていた。


だが、それは悲しみの震えではなかった。


怒りの震えだった。


「私は、わざわざ、別の世界から、陛下のために、参りました」


「ヨコタ殿、それは」


「私には、設計師殿が、地味なノートでしか、戦えないのに対して、もっと、もっと、派手な、王国を、変える、力があります」


横田は、両手を空に向かって、開いた。


彼の手のひらから、ぽつぽつと、金色の光の粒が、こぼれた。


粒は、空中で、ふわりと膨らんで、宮廷の天井に咲き散った。


広間が、一瞬、黄金の光に満たされた。


宮廷の貴族たちが、息を呑んだ。


王の目が、見開かれた。


派手好きの王の、いちばん弱い、ところを横田は突いた。


「これが、私の魔法でございます」


横田が勝ち誇った。


「私の感性が、王国を、輝かせます」


俺は、隣の王女と目を合わせた。


王女は、唇を噛んでいた。


これはまずい流れだった。



王の口角が、わずかに上がった。


それは横田の派手な見せ物に、心を引き戻されかけている、徴だった。


俺の胃が、きゅっと絞られた。


東京で何度も、見たあの瞬間だった。


横田が派手な見せ物で、クライアントの心を、奪う、あの瞬間。


「陛下」


俺は思い切って、進み出た。


「ヨコタ殿の魔法は、美しゅうございます。ですが、それと、民の声を聞くことは、両立できます」


「ほう」


王の視線がまた、こちらに戻った。


「もし、宮廷魔術師団を、新設なされるならば、その魔術師たちにも、ペルソナを書く訓練を、お受けいただきたく存じます」


「ペルソナを、魔術師に?」


「ええ。彼らが派手な魔法を披露するときに、誰のために、何のために、披露するのか。それを、明確にすれば、見せ物が、本物の魔法に、変わります」


横田が、ぴくりと眉を動かした。


「設計師殿、お言葉ですが、感性に、説明は不要です」


俺は、横田の方を、見た。


東京の俺ならば、ここで、目を伏せた。


こちらの俺はもう、伏せなかった。


「ヨコタ殿。説明は、不要かもしれません」


俺はゆっくり言った。


「ですが、聞く相手のことを、知らないと、感性も、空回りします」


横田が、ぐっと顎を引いた。


彼の目に、明らかな、苛立ちが走った。


「儂は」


王がぽつりと口を開いた。


「両方の話を、興味深く、聞いた」


彼は、ノートの山を、ちらりと、見た。


それから、横田が散らした金色の光の、すでに消えかけた残り火を、見た。


「次の宮廷会議までに、両者は、それぞれの実証を、見せよ」


王は立ち上がった。


「儂は、ひと月後に、判断する」


宮廷会議が、終わった。


横田は貴族たちにまた、囲まれて、笑いながら退場していった。


王女と俺はノートを抱えて、廊下をゆっくり、戻った。


「司、強くなったわね」


王女がささやいた。


俺は苦笑した。


「強くなった、というよりはもう、引けないだけです」


王女は、俺の腕に軽く手を添えた。


雨上がりの廊下の窓から、薄い光が差し込んできていた。


彼女の銀の髪が、その光の中で淡く揺れていた。

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