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「どうやって収拾をつけましょうか」
もはや自分が『降臨』するかどうかでは何も解決しない領域に踏み込んだ子供たちを前に、流石のフレイベル・ベニーロですら頭を抱えたくなってしまった時だ。
ジリリリ!! というけたたましいアラームが魔針盤から鳴りはためいた。
「魔物だ!」
子供たちの誰かが叫び、釣られて他のみんなも一斉に色めき立った。どよめきに魔物が現れたことに対する恐怖感のようなものはなく、どちらかと言えばこれから戦いが始まるのだという高揚感があった。まあみんなギルドを目指してここに通っているような集まりだから、魔物の出現でいちいち動揺もしていられないか。
上着のポケットから取り出した魔針盤の盤面に浮かぶ矢印を見て、フレイベルはパラズマの出現した方角を確かめる。
トトゥーナもお腹のベルトに視線を落とし(ちょっと見づらそう)、バックルに装着された魔針盤で同じように方角を見定めてからフレイベルとアイコンタクトをとって頷いた。
急いでギルドスクールを飛び出すフレイベルたち。中庭から建物を経由し玄関を抜けたすぐ先でその戦いは繰り広げられていた。
戦っているのはパラズマと二人の男だった。パラズマは全身から白い柵と赤い煉瓦を生やした巨大な土人形、といった見た目をしているが、たくさんのカラフルな花に覆われた頭部を見る限り呼称はフラワーパラズマでいいのだろうか。宿主の精神が少なからず反映されているにしても毎度毎度おかしな姿をしてるものだ。
二人組には見覚えがある。フレイベルはとりあえず知っている方の名前を呼んだ。
「リュード!」
「力は借りないと言ったはずだ!」
深緑色の髪の少年が両手の短剣を投げながら言った。二本の短剣はフラワーパラズマの顔を狙って一直線に飛ぶものの、パラズマが咄嗟にかざした左腕によって防がれてしまう。太い腕を甲殻のように覆う煉瓦の隙間に二本の刃が突き刺さり、「ととんっ」という軽めの音が連続した。
大きなダメージは与えられていないように見える。まるで虫が近づいてきたくらいの軽さで、煩わしそうに腕に刺さった短剣を引き抜こうとしたその時だった。二本の刃が瞬く間に緑の閃光を放ち、フラワーパラズマの左腕で小さな爆発を起こした。
「ぐうっ!?」
破壊音と共に火花が炸裂し、爆発の衝撃ですっぽ抜けた短剣が空中をするりと泳いで持ち主の両手に帰っていく。リュードの扱う『霊操術』は特殊な金属で作られた武器に霊気を送り自在に操る技術らしいが、ただ飛ばす以外にもそんな使い道があったとは。
感心している間にも戦いは進行していく。
ダメージを受けた左腕をだらりと垂らしつつ、フラワーパラズマは残った右腕を伸ばして掌をリュードに向けた。
ぼんっ、という空気の抜けるような音と共に魔人の掌から球根が発射された。
ほとんど大砲のような弾速の球根をリュードが避ける。
そのせいでこっちに飛んできた。
「わ」
忘れてもらっては困るがフレイベル・ベニーロは天使である。彼女は彼女で首を軽く曲げる程度の動作でそれを躱した。球根がフレイベルの肩を通り抜けて背後にあるギルドスクールの壁に着弾すると、その一点から大量の草やら花やらがゾワワッと生え広がった。
その近くに群がっていた、いつの間にか外に出ていた子供たちから「きゃあ」という甲高い悲鳴があがる。
「危ないっ!」
教官のマッツが一拍遅れて子供たちを庇った。生徒を守ろうとする姿勢は立派だと思う。
リュードともう一人、確かモーリスといった青年は大きな盾を構えてフラワーパラズマを惹きつけつつその攻撃を受け止めていた。煉瓦に覆われた拳の一撃が、雄鹿のレリーフが彫られた盾にぶつかって鐘のような音が鳴る。
青年は体格も大きく難なく攻撃を防いでいるように見えた。だが防御の瞬間、伝わった衝撃に「くっ」と声を洩らしているのも聞こえる。
「力をお貸ししましょうか?」
フレイベルはモーリスの背中にそう問いかける。
「余計なお世話だ!」
答えたのは彼ではなかった。フラワーパラズマがモーリスに注意を惹かれている隙に、その懐に潜り込んで短剣で切りつける。
「だってさ」
隣で腕を組んで観戦モードになっているトトゥーナが言った。本当にこのまま戦いが終わるまで眺めているつもりらしい。
とはいえ。
「……」
フレイベルは背後でマッツに守られている子供たちに視線を向ける。実際のところ目だけ動かしたって見えやしないがとにかく見た気にはなる。
ギルドスクールに『講師』としてやってきた手前、いざ出現したパラズマを前にして戦わないというのは格好がつかない。
というか放っておけない。
「いいのいいの、自分で助けんなって言ってるんだからさ。『助けてください天使様』とか今更言ったって無駄なワケよ」
フレイベルが加勢したくてうずうずしているのを察したトトゥーナが釘を刺してきた。
その直後である。
「うわっ!」
モーリスの足元にフラワーパラズマの球根が着弾する。一瞬で生え広がったカラフルな植物が青年の足から頭にかけて蔦のように巻き付いて絡めとった。
持っていた盾ごと全身をグルグル巻きにされたモーリスが地面に倒れて叫んだ。
「ああ助けてください天使様~!」
トトゥーナが最初に言ってからおよそ五秒くらいの間に起きた出来事である。
何やってんだ! と呆れたようにリュードが叫ぶのと、待ってましたとばかりにフレイベルが駆けだすのはほとんど同時だった。
「仕方ありませんわね」
言いながら、フレイベルは地面のモーリスを庇う形でフラワーパラズマの前に躍り出る。
ゴオッ、と空気が燃焼し、彼女の目の前に真っ赤な炎の球体が出現した。フレイベルはその『鞘』に躊躇なく右手を突っ込むと、素早く己の剣を引き抜いた。剣を振るった勢いで『鞘』の炎が霧散して、火の粉は足元で倒れるモーリスに引火する。
正確には、彼に巻き付くフラワーパラズマの植物にだ。フレイベルの炎はモーリスに絡みついた草花だけを燃やし尽くし彼を解放する。
モーリスが自由になった身体を不思議そうに眺めている間にもフレイベルは次の行動に移っている。
左手には鍵。小さな羽根にも見えるそれをフレイベルは剣の鍔部分に開いた鍵穴に差し込んで捻る。
静かに宣言する。
「『降臨』」
爆炎と共に現れたのは、真紅の鎧を纏った天使。
フレイミングフレイベルは剣を手に、静かに一歩前へ出る。
「天使って君のことだったんだな」
ようやく立ち上がったモーリス・ゴドラクが盾を構え直して彼女の右隣に並び立った。
「あっ、なんだよも~結局戦う流れ?」
今の今まで観戦していたトトゥーナ・エホマールもバトンを取り出し、適当にくるくる回しながらフレイベルの左に立つ。
「言っておくけど僕が助けを求めたわけじゃない」
リュード・ジャーガルはフラワーパラズマの攻撃を避けて後ずさり、彼女たちの前に着地する。
こんな時でも彼はいつも通りのようだ。
フレイベルは鎧と同色の兜と一体となった、翼を模した漆黒の仮面の下で静かに微笑む。
そして銀剣の切先を目の前の魔人に向けて言った。
「それではみなさん、いきましょうか」
「勝手に仕切るな」




