10
モーリスはひとまず寮に戻って装備を整えることにした。丸腰に半袖ではヤギにも勝てない。
自室で地味な色の戦闘服に着替え、その上に金属製のプロテクターを胸や肘、膝といった部位に装着していく。どのみち盾を使って防げばいいのでこれは最小限でも構わない。重厚な鎧でどっしり構えるよりも盾を持ちつつ身軽さをある程度確保していた方が自身のスタイルに合うものだ。
自室を後にし、一階の装備保管庫に向かう。ここは大きさや重さの問題で部屋まで運べないような武器や防具の類を置いておくための共同スペースで、モーリスの盾もこの部屋に置いている。
「よし、と」
保管庫から自分の盾を取り出して背負う。モーリスの上半身をすっぽり覆う面積の逆三角形の盾の表側には戦士団の象徴である雄鹿の頭部がデザインされている。地元アールバニにいた頃から愛用している盾だ。
保管庫から出てそのまま寮を後にしようとしたが、出口に行ったところで見知った顔に捕まった。
「ようモーリス、何してんだ?」
癖のある黒髪をしたその青年は、モーリスの顔を見るなりいたずらっぽく笑ってみせた。
「アーチー……」
モーリスは立ち止まって彼の名を呟く。チームメイトで旧知の仲だが、あまりこのタイミングで出くわしたくはない相手だ。
アーチーは腕を組みながら、モーリスの背中を覗き込むようにして身体を傾ける。
「どうしたんだよフル装備で。まさか魔物と戦いに行くんじゃないだろうな?」
「これは……」
モーリスは言い訳を考える。
モーリスとアーチーはゼイデンのチームに所属しており、その活動の主導権はリーダーのゼイデンが握っている。彼に秘密でパラズマ退治に行ったなんてアーチーを経由して知られたら何を言われるか分かったものじゃない。
とにかく誤魔化そう。
「あれだよ、特訓だ。任務中と同じ格好のまま動き回るんだ」
「へぇ」アーチーはまだ訝しげだ。
「こないだの任務だってヘマしただろ? だから二人に後れを取らないように俺一人で鍛えなきゃと思ってさ」
必死にそれっぽい理屈を紡いでいく。
アーチーはしばらく疑い深く目を細めてモーリスの顔を見ていたが、やがて目を開いて表情を元に戻した。
「ま、いいや。じゃあ頑張ってこいよ!」
そう言って彼はモーリスの肩を叩くと寮の中に入っていった。ひどく疲れた気がしてモーリスは深いため息を吐いた。
フラワーパラズマを逃がした場所に戻るとリュードが待っていた。一人で行ってしまいたそうに同じところを行ったり来たりしてた彼は装備を整えてきたモーリスに開口一番、
「今頃他の連中に倒されてるかもしれないな」
「悪かったよ。まさかパラズマが出るなんて思わないだろ?」
「普段からパラズマの出現に備えていたらいいんだ」
「俺は外の魔物退治専門だし、チームだから君ほどフリーダムじゃないんだよ」
モーリスの言い訳にリュードは「なるほど」とだけ返事をした。そして二人でパラズマの逃げた方角へ出発する。
チームメイトに捕まっていたことは何となく黙っておいた。
○
「あの小僧どこまで逃げやがった」
トトゥーナとフレイベルの二人はジュンを追ってスクールの外まで来てしまった。建物の中にはいない。
天使が男か女かなんて適当に答えりゃいいのに(とか言ったら当の天使本人は嫌な顔をしそうだけど)、あそこまで拒むのは相応の理由がありそうなものだ。
彼を放置したままじゃ中庭には戻れない。こっちだって一応ギルドの仕事で来ているのだ。講義中に生徒の一人に逃げられましたなんて報告したらこっちの評価に響く。
とにかくジュンを探さなきゃ。
オレンジ色の髪をした少年がいないか二人してスクールの周囲を見回っていると、彼の姿は見当たらなかったが代わりにフレイベルが何やら見知った顔を発見したらしい。
「リュード!」
「君か」
深緑色の髪を後ろに流した少年がこちらに近寄ってくる。リュード・ジャーガル。この前の連続行方不明事件を一緒に解決したくらいの間柄だが、トトゥーナの中での彼に対するイメージは今なお「げっ、出た」という気持ちが顔に出るくらいである。
その隣には彼よりも一回り大柄な青年が盾を背負って立っていた。確か前に『センパスチル』に魔法道具の修理を頼みに来た客だ。穏やかな顔のくせしてとにかくデカかったので妙に印象に残っていた。
「あれ? 君は確か……」
青年は青年でフレイベルと面識があるらしく、彼女を見て少し驚いていた。
「またお会いしましたわね」フレイベルが微笑む。
「なんだ、知ってたのか」
「そうなんだよ」青年が言った。「前に教会で会ったことがあるんだ。知ってる? 彼女のお父さんの絵が教会に飾られているんだってさ、凄くない?」
「それは…………ああそういうことか」
リュードは何かを察したように頷く。
フレイベルが天使なら父親も当然天使。『父親の絵』が教会に飾られているとはつまりそういうことなのだが、おそらくこの場で青年だけが誤解している。
「そんなことより」リュードが話を切り出す。「この辺りで花を弄ってそうな男を見てないか?」
「見てないよ、鼻をほじってそうな子供ならたくさん見たけどね」
人差し指を立ててちょいちょいと曲げながら答えるトトゥーナ。
「その人がどうかしたのですか?」
「いや、見てないならいい。君たちには関係ないし、そもそも教えたくない」
「なんじゃそりゃ」
ちょっとむっとする。人探しならこっちだって探してほしい奴いるっての。
だが青年があっさり白状した。
「悪霊に憑かれているんだ」
「言うなって」
「それは大変ですわね……」
それを聞いたフレイベルの反応は意外にも淡白なものだった。
「なんだ、『協力しますわ~』とか言い出すものかと」
うんうん頷くトトゥーナ。天使の解釈が一致している。
「してもいいですが、今はもっと大事な役目があるので」
「あたしはパラズマの方行ってもいいと思うけどね。ベルが戦うとこ見れるし」
「トトゥーナちゃん」
「あーはいはい」お説教の予感がしたので適当に受け流す。「まあそういうことで、残念だったね」
「別に初めから力を借りようだなんて思ってない。僕が君たちを頼る訳ないだろ?」
「なっ……!」
「行こう、モーリス」
言うだけ言ってリュードは身を翻して立ち去ってしまった。モーリスと呼ばれた青年も若干戸惑いつつも彼の後を追う。
「なにおう……」
力を貸してやろうなんて思わないが、ハナから願い下げと言われてしまうとそれはそれで腹が立つ。
「言ったな! 助けてください天使様とか後から言っても助けてやらないからな~!!」
立ち去る二人の背中にトトゥーナは精一杯叫んでやった。
「降臨するところが見たかったのではないですか?」
「いいんだよっ。ベル、あいつ助けなくていいからね」
「それはわたくしが決めることですわ」
ごもっともである。
だが、ごもっともだけで成り立つ世界は窮屈なのだ。
それはそれとして。
今は脱走した生徒を探す作業に戻る。建物の外まで範囲を広げなきゃいけないのは骨が折れるよなあ、と思っていると……、
「やっぱり、お姉ちゃんが天使だったんだね」
なんか建物の陰から逃げ出した少年がひょっこりと顔を出して戻ってきた。
「いたぞ!」
オレンジ色の髪の少年はトトゥーナに指をさされ肩をびくりと跳ね上げた。それから観念したようにおずおずと歩いてくる。
「やっぱり、ということはわたくしが天使だと知っていたのですね」
「実はこの前戦っているところを見たんだ。敵を倒した後に元の姿に戻るのも」
「バレバレじゃん」とトトゥーナ。
「ごめんなさい! で、でも本当に格好良かったんだ。剣を振るたびに炎がぶわっと舞って、あっという間に悪霊をやっつけちゃうなんて!」
なぜ謝るのかはともかく、天使について率直に語るジュンはさっきまでの気弱そうな彼とは打って変わって明るくハキハキとしていた。
すっかり彼女のファンらしい。
対するフレイベルの反応はと言うと。
「はあ、ありがとうございます」
「マジかこいつ」
「それはともかく、知っていたならどうして彼らに話さなかったのですか? あなたが話してしまえばあのような議論も起こらなかったはずですわ」
フレイベルが訊ねた。
確かに本人に秘密にしておいてくれと頼まれたわけでもないのだし、わざわざ他の子どもたちに黙っておく意味もないかもしれない。
しかし彼には理由があった。
「だって……」
ジュンは言い淀む。
「だって男の僕が女の人の天使をかっこいいなんて言ってたら絶対みんなにバカにされるから……」
切実な物言いだった。
そしてその切実な彼の理由を聞いたフレイベルは神妙な顔つきのままゆっくりトトゥーナの方に振り返って、
「どういうことですか?」
「子供ってそういうもんなの」
一応答えておく。
「男の子が『女の子のもの』を好きだと、ダサいの」
フレイベルはまだ理解できないといった感じで眉をひそめたが、
「よく分かりませんが、しかしあなたはギルドに入りたいと思っているのでしょう。自分の意見一つ言えないでどうしますか。とにかくあなたは正直に話すべきです、自分が見た天使は女性だったと」
「でも僕は……」
「みんなのところに戻りましょう。安心してください、わたくしは味方です」
「それって自分の性別で騒がれんの嫌なだけじゃない? てかベルがみんなの前で降臨すれば解決する話じゃん!」
「行きましょうか」
「無視かよ」




