09 天使のウワサ
で。
本気を出した(それでも抑えた方ではある)フレイべルにギルドスクールの生徒たちは手も足も出なかった。四方をスクールの建物に囲まれた訓練場の中心に背筋を伸ばしてしゃんと立つ彼女の足元には、未来ある少年少女が三十一人と砕かれた木剣の破片がたくさん、そして褐色魔法少女トトゥーナが一人無様に転がっていた。
「どうしてあたしまで……」
掠れた声でぼやくトトゥーナ。ちなみにどうしてかと言うと、子供相手に大人げなく無双するフレイベルをどうにか負かそうと、怖気づく生徒たちを次々に送り込んでいたら彼らに「自分で行け!」と巻き込まれたからである。結果は惨敗。
惨劇の一部始終を目の当たりにした教官のマッツも呆然と立ち尽くしていた。そりゃあ子供たちが敵いそうにないことくらい分かっていたがまさかここまでとは、といった風である。
むしろ彼女の圧倒的な強さを前に挫折を味わった彼らがギルドに入る夢を諦めてしまわないか。生徒想いのマッツならそっちを気にしそうだが、その心配はいらなかったようだ。
「ちくしょう! 勝てねえ」
仰向けに寝っ転がったままそう叫んだのはついさっき不意打ちをかまし速攻で返り討ちに遭っていた少年だ。仲間にゴウと呼ばれていたのでそれが名前だろう。リーダー格のダンより背は低いが、彼よりも喧嘩っ早そうというか血の気が多そうに見える。実際、木剣を破壊されたあとも他の生徒からぶんどったそれでフレイベルに果敢に立ち向かっていた。
諦めることなく挑み続ける心意気は良いが、そういう勝ちにこだわるタイプは『できない』仲間に厳しかったりする。
例えばこんな感じに。
「お前らももっと真面目にやれよ!」
「チームにいてほしくないタイプだ」
素朴な感想を漏らすトトゥーナ。
ゴウの性格は他の生徒からも若干不評らしく、
「自分だって負けたくせに」「武器奪っといてそれかよ」「一人でがんばれ」
などと言われたい放題である。まあ、反論を許さないほど威張っている訳じゃないのは健全な空間だと言える。
「だって勝てるわけないじゃない。まるで天使様のような強さなんだもの」
不意に一人の女子生徒の口から出てきた単語にフレイベルが反応を示した。
「天使、ですか?」
「ああ、そのくらい強い!」男子リーダーのダンが言った。
「天使を知ってるの?」トトゥーナが訊く。
「みんな知ってるよ。めちゃくちゃ強いって有名なんだ」
「なんか剣が燃えてるらしい」
「真っ赤な鎧を着てるんだって」
「空も飛べるらしいよ」
口々に語りだす子供たち。ぶっちゃけ誰が言ってんのか分からない。
「へえ、結構有名人なんだね」
ねえ? とトトゥーナはからかい混じりにフレイベルに視線を投げてみる。当の天使様は戸惑ったように眉をひそめていた。
「けど誰も実際に戦ってるとこを見たことがないんだ」
「そうなんだ」
「強すぎるからすぐに倒してすぐに帰っちゃうんだよ」
「そりゃそうか」
実際に目の当たりにしたのでよく分かる。
「あっ、でも確かジュンくんが天使様見たって話してたかも!」
とある少女の突然の告げ口に「マジか!」と子供たちが色めき立つ。
急に話を振られたジュンという少年は「えっ!?」とびっくりしていた。天使を見たことと、それを一人の女の子にこっそり打ち明けていたことを同時にバラされた少年は他の生徒たちに言い寄られて、「ヨリちゃん……」とジュンは弱々しく咎めるように告げ口をした少女の名前を呼んでいた。
そういえば、ついさっきフレイベルの講義を誰も聞いてなかった時に立ち上がって注意したのも彼だったか。
質問攻めに遭うジュンにトトゥーナも訊いてみた。
「ちなみに鎧の下はどんなだった? 男? 女?」
「訊いてどうするのですか」
呆れて溜息をつくフレイベル。
ジュンは露骨に目を泳がせて、
「ええっ!? さすがにそこまでは……」
「決まってる、男だろ!」自信満々にゴウが言う。
「なんでそうなるのよ」突っかかったのは女子のリーダー的存在のハンナという少女。長い髪を前髪も含めてすべて後ろに纏めており、見るからに気の強そうな雰囲気だ。「鎧を着てるんでしょ? 女の人かもしれないじゃない」
「いいや、強くてかっこいいなら絶対に男だ。だいたい、話に出てくる天使だってみんな男じゃんか、女の天使なんてナンパの時にしか出てこねえよ」
「なによ! いたって良いじゃない!」
男! 女! とこの世の終わりみたいな水掛け論が繰り広げられる。流石に見てられなくなったのか、教官のマッツがこちらに近づいてきて、
「どうにかできないか?」
と助けを求めてきた。というよりこっちに投げてないか?
「まあ任せなさいって」
トトゥーナは不敵に笑い自分の胸を叩く。そして言い争いを続けるゴウとハンナの間に割り込むと右手の人差し指を天に掲げ、高らかに宣言する。
「よし! じゃあ多数決で決めよう!!」
中庭が静まり返った。呆れたマッツが「任せるんじゃなった……」と眉間を押さえている。
「じゃあ噂の天使様が男だと思うならこっち、女だと思うならこっちに集まってね。ほら早く!」
仕切るトトゥーナ。隣のフレイベルが不満げに「人の性別を多数決で決めないでください」と囁いていた。そんなのこの場で『降臨』すれば済む話だ。
子供たちは素直に言われた通りにぞろぞろ動いて二つのグループに分かれていった。
「見事に割れたね。そして分かりやすい」
結果は半々。男派に男子が十五人、女派に女子が十五人である。どちらも天使に自分と同じ性別であってほしいという願望を抱いているのだ。
だがしかし。
「おいジュン、お前はどっちなんだよ」
男子リーダーのダンが言った。
そう、この場にいる生徒の総数は三十一人。男子が一人多くて十六人である。天使を見たと話す少年はどちらにもつかず一人で突っ立っていた。
彼が票を入れた方に天使の性別は決まる。いや本当に決まる訳じゃないけど。
なので両派閥からのプレッシャーは大きい。
「見たなら分かるよな? やっぱり男だったって」
「いいえ天使様は絶対に女の人に決まってるわ、そうでしょ?」
さあどっち!? とゴウとハンナの二人にぐいっと迫られたジュン。
「そ、そんなの答えられないよっ!」
圧に耐え切れなくなった彼はとうとうその場から逃げ出してしまった。中庭を抜けだしてそのまま建物の外に向かってしまう。
「あっ、おいジュン!」
マッツも慌てて止めようとするが間に合わない。彼は困ったように頭の後ろを掻きながら、
「どうしちゃったんだ、あいつ」
と言った。
「何かありそうですわね」
「かもね」
訝しむフレイベルに賛同し、トトゥーナも頷くと二人でジュンの逃げた方に向かった。
「とにかく追いかけなきゃ。マッちゃん、子供たち見といて!」
「ああ」
教官のマッツは返事をして、それから昔呼ばれていたあだ名に一拍遅れて戸惑った。




