07 失言
「手伝ってもらって悪いな」
つばの広い帽子にサロペットの男は近くの店から買ってきたパンをベンチに座るモーリスに手渡した。彼は自分用に買ったもう一つを手に隣のベンチに同様に腰を下ろして一口かじる。花壇を直すのを手伝ったお礼にと奢ってもらった形だ。
「僕の分はなしか」
「君は何もしてないだろ」
隣で腕も脚も組んでふんぞり返っているリュードを適当に受け流すモーリス。実際にこちらが花壇を直し終えるまで見ていただけだが、罪悪感とかないのだろうか。
「構わないさ、誰も進んでやろうとはしない」男は溜息混じりにそう言った。
「いつも花の手入れを?」モーリスが訊ねる。
「自分がやるしかないと思ってな」
男は答える。視界の反対側でぼそりと「仕事でもないのに?」と言うリュードをモーリスは目線で咎めておく。
「自分には関係ない、どうせ誰かがやってくれる……そんな風に見て見ぬふりをするくせに完璧じゃないと文句を言う。この街はそんな奴らばかりだ」
「…………」
モーリスは黙り込んだ。誰かがやっているんだから自分は別に、というのはモーリス自身にも当てはまる考えだからで、容易に共感や同調を示すのが憚られてしまう。
「あいつらはいつもそうだ。そのくせ花壇を直している俺をまるで邪魔者を見るような目で見てきやがる……」
男の言葉により強い感情が乗り、次第にビリビリとした空気が彼の周りを漂い始める。
これはまずい、と思った。
明らかにこの男はストレスをため込んでいる。このまま彼がマイナスな感情を募らせていけば間違いなくパラズマを引き寄せてしまうだろう。
リュードも組んでいた脚を解いて前かがみになり、男がぶつぶつと恨み節のようなものを口から洩らすのをじっと観察している。
この男をパラズマにしてしまうわけにはいかない。モーリスは慌ててフォローに入って男を宥めようとする。
「そ、そんな気に病むことないですよ! あなたはとてもいいことをしている! それにほら……俺、すごいなって思いますよ、男の人で花が好きなのってあんまりいないじゃないですか」
だが。
「なんだと……」
空気が悪化した。
ぐしゃり、と男は手に持っていた食べかけのパンを握りつぶして俯いたままモーリスを睨みつける。
「あれっ……?」
俺、なんかよくないこと言ったか……? と助けを求めるようにリュードの方を振り向くモーリスだったが、何かを察した雰囲気のリュードはしかし何も言わずにただ視線を逸らすのみ。
「男が花を好きで何が悪い……」
ビリビリ、という空気が一層強くなる。
というか本当に『それ』は発生していた。
「俺が花を愛でることの何が悪いと言うのだ!!」
一瞬だった。そんなこと言われても困る、とか心の中で突っ込む暇さえないほどに。
バヂィッ!! と引き裂くような音が炸裂した。青白い閃光がモーリスの目の前で発生し、激しい光に目をやられないよう咄嗟に腕を使って顔面を庇う。光が止んでモーリスが再び視界を確保した時、最早そこにつばの広い帽子にサロペットの中年男性は立っていない。
あるのは魔物に心を支配され、パラズマへとなり果てた誰かの姿。
土人形めいた茶色い巨躯のあちこちから、真っ白い柵や赤い煉瓦のようなものが突き出している。カラフルな花が頭部全体に咲き乱れており、目や鼻と言ったパーツを完全に覆い隠していた。
突如現れた魔人に周囲の人々が悲鳴をあげて一目散に逃げ出した。魔人……フラワーパラズマは呆気に取られるモーリスには目もくれず、逃げ惑う彼らの背中目がけて何か小さく丸っこい物体を掌から発射した。
それは球根だった。背中に球根を受けた人々は全身の力を失ってがくりと崩れ落ち、地面にうつぶせになって倒れてしまう。次の瞬間、球根の直撃した背中を中心に夥しい量の草が生え花が咲いた。
人間プランターの完成である。
死屍累々。まさか本当に死んではいないと思うが、植物に肉体を乗っ取られて意識を失った人間が辺り一面に転がっている光景を前にモーリスは青ざめるのだった。
「まさかこうなるとは……」
自分の言葉がきっかけで目の前の男をパラズマに変えてしまった。ギルドに所属するバスターとしてあるまじき行為である。
その時、自責の念に駆られているモーリスの背中をリュードが軽く叩いた。
彼は優しく微笑んで言った。
「でかしたモーリス! 君には才能がある」
「励ましの言葉をどうも」
言うだけ言って、リュードはフラワーパラズマに向かっていく。モーリスの皮肉めいた返事なんて聞いちゃいない。
彼の戦い方はシンプルだった。腰から抜いた二本の短剣をそれぞれ構えて切りつける。俊敏に、それでいて乱暴に、まるでリズムを刻むように縦横斜めと刃を振るってフラワーパラズマを攻めていく。
一撃の威力自体は小さめなのか、攻撃を受けるごとのフラワーパラズマのよろめきも大きくはなく、反撃を狙うだけの余裕はある。しかしリュードはフラワーパラズマの突き出した拳を身体を捻って容易く躱し、回避の勢いを殺さぬまま次なる斬撃に転用した。腕を伸ばしてがら空きになった脇腹に両の短剣を添えて一気に振り抜く。
瞬間、眩い緑の閃光が二重の弧を描く。それが少年の持つ双剣に宿る光だと気づいた時には、弧の根元、すなわちフラワーパラズマの脇腹から青白い火花が一層派手に噴き出した。
パラズマは魔物の一種だ。力も体格も人間のそれをはるかに凌駕する。
しかし彼はその差をいとも簡単に埋めてしまう。身体能力、武器の扱い、相手の攻撃を瞬時に避け反撃に転じる判断能力……それらすべてを総動員する戦闘センスでもって、その少年は生身の人間でありながら異形の怪物を圧倒してしまう。
これがリュード・ジャーガル。
ただのルームメイトだと思っていた少年の実力か。
とはいえ見入っている場合じゃないので、モーリスは背中に手を伸ばしたが、そこで改めて自分が盾を背負っていないことに気が付いた。
「しまった……」
今日はオフだった。盾だけでなく服も普段着で身を守るためのプロテクターもない。
だからってぼんやり眺めているわけにもいかないだろう。モーリスは周囲を見渡して、すぐ近くのレストランの丸テーブルに目を付ける。みんなが避難してほったらかしになっているそれをモーリスは拝借することにした。
「とりあえずこれで……」
真ん中の支柱を両腕で掴み勢いよく持ち上げ、盾のようにして構えてそのままフラワーパラズマへと突撃する。
ちょうどリュードがフラワーパラズマの攻撃を避けて後ろに飛び退いたところだった。フラワーパラズマが次こそは当てんとばかりに殴り掛かってくる。モーリスはリュードの前に躍り出てその煉瓦と土に覆われた拳を丸テーブルで待ち構えた。
「危ないッ」
だが。
ばきゃっ! と丸テーブルはあっけなく破壊されてしまった。
「えっ!?」
驚くのも束の間、フラワーパラズマが再び拳を放つ。モーリスは天板を失った丸テーブルの残った支柱部分を使って咄嗟にそれをガードするが、魔人の拳は支柱を真っ二つにへし折りながらそのままモーリスの胸の中心に直撃した。
金属製の支柱にぶつかることで、わずかながら威力が落ちていたのが幸いしたか、モーリスはリュードよりもさらに後方へ吹っ飛び地面に転がっても致命傷には至らなかった。
それでもダメージはダメージ。モーリスは仰向けになったまま中々起き上がれずに咳き込んでしまう。
そんなモーリスを一瞥だけして、リュードはフラワーパラズマに切りかかる。しかしフラワーパラズマは無数の種を今度は地面に向かって発射した。リュードの足元に打ち込まれた種は一瞬のうちに成長し、大量の草花でできた緑の壁を彼の眼前に発生させる。
リュードが両手の短剣を使って手っ取り早く壁を切り裂いた時、既にフラワーパラズマの姿は消えていた。目くらましだ。
「逃がしたか……」
短剣を腰の鞘に戻しつつ溜息を吐くリュード。魔針盤の反応も消えていた。パラズマの変身を解いてしまえば当然天気塔のセンサーにも引っ掛からなくなる。
「別のエリアに逃げてなきゃいいけど」
このパターンもある。魔針盤は今いるエリアの天気塔からしかパラズマの出現情報を受信できないので、向こうが他のエリアに移動してしまうと捜索するのは困難になる。
リュードはフラワーパラズマの男が逃げていったであろう方角に見当をつけて、
「まあ、そこまで遠くには行ってないだろう」
「待った!」
走り出そうとしたところをモーリスが呼び止めた。
モーリスは軋む身体に鞭打ってゆっくりとした動作で立ち上がる。振り返って無言のままじっと視線を投げかけてくるリュードが何を考えているか分からなくて怖い。
まともな装備もなく、その辺のテーブル一つで戦いに割り込んだ挙句、あっけなくやられてフラワーパラズマを見逃す一因になってしまった。
正直情けない。足を引っ張っている自覚はある。
でも(だからこそ)言った。
「俺、一旦装備を整えてくるよ」
リュードは感情の無い表情のまま、もう一度溜息を吐いた。
「急いでくれ」




