05 悪霊ウォッチ♪
マーケットエリアで朝食を済ませたモーリスは適当に街を彷徨っていた。やることもないので寮に帰ってもいいのだが、あっちにはまだゼイデンたちがいるかもしれない。ほとんど逃げるようにいなくなってしまった手前、戻るにも戻れずにいた。
正直気まずい。チームメイトのはずなのに、顔を合わせるのが億劫だった。先日の任務での出来事が尾を引いているのもあるが、それよりも前からだ。
ゼイデンとアーチーはいわゆる幼馴染である。バールバニという、ギルドの前身組織にあたる『戦士団』が設立された国で生まれ育った三人は、戦士に憧れ、ギルドに入ることを共に夢見てきた。
三人は子供の頃からいつだって一緒だった。ゼイデンがリーダーで、アーチーとモーリスが彼についていくような感じ。ギルドに入ろうと言い出したのも彼だ。モーリスは体格に恵まれていたので魔物との戦いはさほど苦ではなかった。
無事ギルドへの所属を許されてこのレグナンテスの街に移ったのが三年前。
その頃はまだ仲が良かったと思う。船を降り異国の地に足を踏み入れた時、一面に広がる向日葵畑を馬車に乗って駆け抜けた時、旧市街の門をくぐる時、協力して魔物を討伐した時の感動と興奮を共に分かち合ったことを今だって覚えている。
いつからだろうか。彼らとは距離があるような気がしてしまっていた。
とはいえ、今から他のチームに移ることなどできるはずもない。ゼイデンに連れられる形でこっちに来たモーリスは自分から交友関係を広げることをしてこなかったし、モーリス自身それを良しとしてしまっていたのだ。
「……あれって?」
活気に満ちた昼前の街路。多種多様だが知らない顔の人々が行き交う中に、モーリスのよく知る少年の姿があった。少年はカフェの店先にある二人用のテラス席を一人で陣取り、テーブルに頬杖をつきながら街のどこかを睨むように見つめている。
歳は十八だが顔立ちはそれよりも少しだけ若く見える。後ろに流した髪は深緑色。体格は細身だが筋肉質で、戦いの中で身に付いた無駄のない筋肉であることが袖の無い服から露出した肩と腕からだけでも窺えた。
レグナンテスの人種の割合で言うと彼は少ない側の人間だが、元々の肌の色が日に焼けて分からなくなっているおかげか浮いているような印象はない。馴染んでいる、というよりは目立っていないだけ、という感じがする。
モーリスは話しかけるべきか一瞬迷ったが、このまま素通りするのも気が引けたのと寮に戻る以外の選択肢をとにかく選びたい心境から勇気を出して彼に声をかけてみた。
「ようリュード、何してるの?」
リュードはモーリスが近づいてきたことに気付くと頬杖を解いて椅子の背もたれに気だるげに寄りかかった。それからモーリスをちらりと見やってすぐに視線を戻して言った。
「悪霊ウォッチだ」
「あく……え?」
聞きなれない単語である。
「悪霊に取り憑かれそうな人を探してるんだ」
たとえばほら、とリュードは道路を挟んだ向かいにある少し遠くの店を軽く指さした。そこでは店員と客と思しき二人が何やら言い合っている。声が届かないので会話の内容は分からないが、客がクレームをつけて店員がそれに反論しているのだろう。
リュードはその様子を遠巻きに眺めながら、
「あれ、どっちがなると思う?」
といたずらっぽく笑った。
言われたとおりにモーリスは少し考えてみる。
「客の方、かなぁ……」
「というと?」
「やっぱり見るからに機嫌が悪い。ああいう人はきっと普段から何にでもイライラしてるからその分悪霊にも狙われやすいと思うんだよ」
パラズマはマイナスな感情を抱えた人間に引き寄せられやすいという特性も持っている。
リュードは「言うね」と不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ僕は店員の方だ」
「じゃあ、って」
「これまでに同じような客に当たっていないとも限らないし、そうでなくとも日ごろから少しずつ溜め込んでいたストレスが些細なきっかけで爆発するなんてこともあるわけだ」
なるほどそういう視点もあるのか……とモーリスが感心しかけているとリュードは「まあパラズマになってしまえばどっちも同じだけどね」と付け足した。
しばらく二人で喧嘩を眺めていた。彼らの表情の変化や身振り手振りが次第にヒートアップしていき、リュードがひとり「いいぞいいぞ」と盛り上がってニヤニヤしていた。パラズマと戦っていると避難せず面白がって観戦しに来る市民がいるらしいと聞いたことがあるが、たぶんこういうタイプなんだろうなとモーリスは思った。
いよいよ客の方が店員の肩を手で強く押した。少しよろめいてしまった店員はそこで我慢の限界が来たらしくその顔を一瞬のうちに歪ませて客の胸ぐらを掴み反撃する。
どっちかがあげた怒鳴り声が道路に響く。誰がどう見ても喧嘩と分かるくらいだが周りの人たちが止めに入ろうとする様子はない。自分は関係ないとばかりに視線をそらすか不愉快そうに眉をしかめるくらいだ。
まあ巻き込まれたくないと思うのは当然か。このまま放っておけばどちらかがパラズマになって暴れ出すかもしれないところにわざわざ首を突っ込みにいくこともない。
ちなみにリュードはカフェのテーブルに前のめりになって二人の喧嘩に釘付けになっていた。悪霊から人々を守るはずの少年がまるで獲物を狙う獣のように、どちらかがパラズマになってしまうタイミングを今か今かと無邪気に待ち構えている。
ところでモーリスは朝食をとるためだけに寮を出てきたので盾やプロテクター等の装備を身につけていない。このままパラズマに出てこられても完全オフの彼は戦いに参加することはできないだろう。
喧嘩から事件に発展されても困る。
だから。
「ああっ、もう見てられない!」
我慢できなくなったモーリスは道路に飛び出した。リュードの制止も無視し、遠くでどつきあう二人の間に割って入ると手早く喧嘩を仲裁する。喧嘩の内容は些細なものできっかけはちょっとした行き違いだった。それよりも二十歳とはいえ身長百九十センチ近い大男に猛スピードで近づいてこられて縮み上がった方が彼らがすぐさま喧嘩を止めた理由としては大きいのだが、当のモーリスは満足げである。
すっかり冷静さを取り戻した二人が気まずそうに顔を見合わせて別れていくのを見てモーリスがうんうんと頷いていると、
「なんだ、いいところだったのに」
いつの間にかこっちに来ていたリュードが呆れたように言った。腕を組んでわざとらしく肩を落としている。
「あれじゃあパラズマにはならないだろうな」
「君はいつもこんなことを?」
「まあね。昼前から同時に二人っていうのは中々いい滑り出しと思ったんだけどなぁ、単純に当たりを引きやすくなるし。せっかくのチャンスを逃してしまったわけだ」リュードは本当に残念そうだった。「まあいい、場所を変えるとしよう」
そう言ってリュードはさっさとこの通りに見切りをつけて歩き出してしまった。軽やかな足取りで体を揺らして歩いていく彼の背中を見てモーリスは、
「いいよなぁ、君は悩みとかなさそうで」
相手に聞かせるでもなく呟いてから追いかけるのだった。
リュードと一緒に街を歩いている間に、モーリスは頭を悩ませていそうな人を見かけてはその問題の解決に手を貸した。重い物を持ち上げてやり、花屋の店先の植木鉢の並べ方に意見し、魔法を唱える際の杖の振るい方にもちょっとしたアドバイスをしてあげた。
悩みの種が消えた者たちに感謝され、明るくなった表情を向けられるたびにモーリスも釣られていい気持ちになった。
「人助けっていいよなぁ」
「まったく何をやっているんだ」
清々しい気分で呟くモーリスにリュードがツッコミを入れた。
「モーリス、僕たちの目的を忘れたのか?」
「悪霊に取り憑かれそうな人を探すことだろ?」
「そうだ。それで君は何をした?」
「取り憑かれる前に助ける……」
「そうじゃない!」
そうじゃない……と小さくエコーのように繰り返すリュード。
「いいか、魔物と戦うことが僕たちの役目だ。人間がパラズマになって、それを倒して始めて僕たちは仕事をしたことになる。取り憑かれる前に助けに入ってパラズマ化を未然に防いでしまったら仕事にならないじゃないか」
「それはそうかもしれないけど……」
確かにパラズマを倒さなければそれは何もしていないのと一緒だ。ギルドに属するバスターの姿勢としては間違ってはいないのかもしれない。
だが道理として受け入れたくはない。
「でもパラズマにならないのが一番いいんじゃないかな。誰だって、なりたくてなってるわけじゃないと思うんだ。俺だって戦わなくていいならそれがいいと思う」
「モーリス……」
優しく微笑んだモーリスの諭すような言い方に、リュードは少しだけ沈黙した。
「この仕事向いてないんじゃないか?」
本当に少しだけだった。
「ああ、なんということだ!」
その時だった。彼らの近くを通りがかった男が嘆くのが聞こえてきた。つばの広い帽子を被り、紺のサロペットを着た五十代くらいの男は彼の視線の先にある花壇を見てがっくりと膝から崩れ落ちた。
花壇が荒らされていたのだ。戦闘の余波か誰かのイタズラかは定かではないが、綺麗に咲いていたはずの小さな花たちが踏みつけられたようにぺしゃんこになっており、煉瓦の囲いも崩れてしまっている。
心の痛む有様だ。
「誰がこんなことをしたんだ……!」
声を震わせつつも男は花壇を直し始めた。小さいスコップで花を掬い一輪ずつ丁重に整えていく。
「…………」
リュードはその様子を黙って見ていた。放っておけばパラズマになるとでも思っているのだろう。同時に、こちらがどう動くのかも窺っている気配がする。
モーリスは彼の顔と男の背中を交互に見やり、迷わず男の方に駆け寄った。
「俺、手伝いますよ」




