04 地元のホープ
「ギルドスクール?」
エミリーの言葉を繰り返すフレイベルの横で、トトゥーナは「うわっ……」と心底嫌そうに顔を歪ませた。
「そう、言わばギルドの養成所的なところなんだけどね、二人にはそこに行って特別講師をやってほしいわけよ」
「え~なんであたしたちが」
「本当は別の人に頼んでたんだけどさ、なんか連絡つかなくなっちゃったんだよね。適当に講義とかすればいいから代わりに出てくれないかな?」
「はい! お任せください」
フレイベルが元気よく頷いた。
「勝手に任されないでよ。そもそもあれって『現地生まれ』向けの場所でしょ? 外から来てあっさりギルドに入れたようなベルが行ってもしょうがないと思うんだけど」
「だから卒業生のあなたが一緒なんでしょうが。それとも一人で行く?」
エミリーにあっけなく返されるトトゥーナ。それだけは嫌なのか「うぐ」と言葉を詰まらせてしまう。
フレイベルは結構乗り気なようで、
「いいではありませんか。子供たちに人々を護る意思を説く、なんて素晴らしい取り組みなのでしょうか」
「みんなそんな真剣じゃないって」
トトゥーナが小声でぼやいた。あまりいい思い出がなさそうである。
エミリーは彼女の態度を気にせず、小さく手を掲げてみせる。
「じゃあそういうことで、よろしく」
「はいはい」
「それにしても、元々頼んでいた人たちはどうしてしまったのでしょうね」
「さあね、魔物に襲われて死んだんじゃない? ほら、推薦だのなんだので外から来たのに比べるとウチらって弱っちいし」
あっけらかんと言うトトゥーナ。しかしエミリーが何も言わず、神妙な顔つきになってじっと見つめてきたので少し青ざめた。
「……えっ、マジじゃないよね?」
○
で。
「結局来てしまったか……」
トトゥーナは見覚えのある扉の前で腕を組みつつ立ち尽くしていた。二階建ての、ちょっとした砦のような建物が構えているが、訓練用の中庭が存在するので見た目よりも『建物』の面積は小さい。
ギルドスクール。バスターを目指す子供たちが通う養成所のようなもの。
ギルドに入るには推薦状が必要、というのは街の外からやってきた者だけの話で(ちなみに、こっちから別のギルドに入る場合にも求められたりする)、トトゥーナのようなレグナンテスで生まれ育った人間がそのままギルドへと所属するにはここを卒業して資格を得なければならない。
トトゥーナがここを卒業したのはつい去年のこと。たった一年だが、既に遠い過去のような気がしてしまう。
ティーンエイジャーの一年は長いのだ。
「開きませんわね」
思い出に浸るトトゥーナに先んじてフレイベルがドアノブに手を伸ばしていた。鍵がかかっているためか、彼女が押したり引いたりしても扉が開く気配はない。
「誰もいないのでしょうか?」
「もしかして今日じゃないとか。だったらラッキー、このまますっぽかしちゃおう!」
そう言ってトトゥーナはくるりと方向転換した。やらなくていいならやらないに越したことはない。どうせ暇なら店の手伝いでもした方が有意義だ。
別にスクールに対して何か深刻なトラウマを抱えているとかではない。バスターを夢見て入ってくるのは大抵同じ街の同じ年頃の顔なじみだから人付き合いに不自由はなく卒業した今だって交流がある。成績もトップで(実は優等生なのだ)しっかりギルドに入ることもできたから感謝だってしている。
ただ一つ、この建物に近づきたくない理由があるとしたら……、
「そのツインテールはもしや、トトゥーナ・エホマールじゃないか?」
聞き覚えのある声が背中に突き刺さり、トトゥーナの肩がビクッと跳ね上がる。歩みが止まり、逃げ場を失った彼女はその身を縮こませたまま恐る恐る振り返った。
声の主と目が合った。開いた扉から顔を覗かせる四十代のその男は、後ろ姿だけでこちらを認識したくせに顔を見た段階で初めて存在に気付いたかのようににっこりと笑って建物から飛び出してきた。
「やっぱりそうだ!」
「げっ、教官……」
早歩きでどしどしと迫ってくるギルドスクールの教官マッツにトトゥーナは逃げる間もなく捕まってしまう。大きな手で両肩をホールドされ、ぐわんぐわんと容赦なく揺さぶられた。
「久しぶりだなあトトゥーナ! 元気そうで何よりだ。まさか今日の講義に来てくれるのが君だとは思わなかったよ!」
「ま、まぁただの代役っていうか……」
マッツの圧に顔面を引き攣らせつつもトトゥーナは軽く受け流した。周りから見ればおよそ人に向けるべきでない表情をしていることだろう。
「ところで彼女は?」マッツがフレイベルを見て尋ねた。
「ルームメイト。一人で喋りたくないから道連れにしたの」
答えて、トトゥーナはハッとした。
フレイベルは天使だ。
特別講義はスクールの卒業生が行うのが通例である。卒業生じゃない、なんだったらこの街の出身ですらない者を連れてきていいものだろうか。
現地生まれと『外』の人間の間には見えない溝がある。
見るからに街の出身じゃないと分かる彼女が上から目線で講釈を垂れることで、子供たちのコンプレックスを刺激しなければいいが……。
「……そうか。俺はここで教官を務めているマッツだ、今日はよろしく頼むよ」
だが、マッツは何も問題はないと言った様子でフレイベルに微笑みかけると扉を開けてギルドスクールに招き入れた。
気にしすぎだろうか。トトゥーナも後に続いて建物に入った。
建物は戦いを学ぶ訓練場を中庭として、四隅の部屋とそれらを繋ぐ通路で四角形に囲う構造になっている。通路の窓から中庭の様子が見えたが、今は誰もいないようだ。
「ところで講義というのは具体的には何をすれば?」
歩きながら隣でフレイベルがそんなことを口走った。
トトゥーナはちょっと呆れた。
「えっ今更聞く? ……まぁ、自分がどんな思いでギルドに入ろうと思ったとか、適当にそういう話をしとけばいいよ。あとは戦闘の訓練をちょっと見てあげるくらいかな」
特別講義は戦闘指南も兼ねている。トトゥーナは主に魔法で戦っているので魔法を教えるくらいしかやることはない。
「そうだ、ベルはみんなの前で天使の姿に」
「なりません」
はっきり断られてしまった。
上手いこと利用できると思ったのに。狙いが見透かされている。
通路を渡り切り、一つ隣の部屋に着いた。教会のように長椅子がいくつか並ぶその空間では十歳くらいの少年少女が退屈しのぎに何かを話し合っていたが、マッツが戻ってきたと分かると途端に大人しくなった。
「待たせてすまない、」
元気の有り余ったマッツの声に反応して生徒たちの視線が一斉にこちらを向く。
生徒の数は三十人ほどで男女の割合は半々。肌も髪も瞳の色もそれぞれ違っている。みんな同じ街で生まれて育っていても、背負ったルーツはバラバラだ。
彼らを見てフレイベルがぽつりと呟く。
「カラフルですわ」
「どこ見て言ったのかで変わってくるよ」
子供たちからの視線にはあまり羨望のようなものは感じられない。たかが卒業生。無感情にこちらをじっと見つめる彼らの目は『こんな奴らの話を?』とでも言いたげだ。
だが、その中に一つだけ異なる感情が乗った視線がある。
長椅子でできた列の一番最後。誰とも隣合わずに一人でひっそり座るオレンジ色の髪の少年とフレイベルは目が合った。
驚きと不思議。まさかここにいるなんて、といった風に目を丸くする少年は、しかしフレイベル本人に見つめ返されていることに気付いた瞬間サッとその目を逸らしてしまった。
首を傾げるフレイベルにトトゥーナが訊ねる。
「どうしたの?」
「……いいえ、なんでもありません」




