第8話 HV-TAKASE
修一が三つの案を見た時、まだ一つも触っていなかった。
A、B、C。
どれも家庭向けの小型収納ユニットだった。用途はほぼ同じで、違うのは扉の開き方と内部の仕切り、それから外形くらいだった。
修一はまずAを見た。
薄い。無駄がない。
次にB。
Aより少し厚い。角が丸い。
Cは一番容量が大きい。
いつものHV案件だった。
どれを選ぶか。
理由があれば答える。
なければ、なくてもいい。
修一がBへ視線を戻した時、画面の右端に見慣れない表示があることに気づいた。
高瀬修一 / B 選択確率 86.9%
修一は手を止めた。
もう一度読んだ。
「何これ」
向かいにいた森崎が答えた。
「高瀬モデルです」
「もうできたの?」
「検証できる段階にはなっています」
修一は画面を見た。
B選択確率、八六・九パーセント。
まだ押していない。
「これ、俺がB選ぶってこと?」
「そう予測しています」
「先に?」
「はい」
修一はAへ戻した。
薄い。
見た目も悪くない。
Cも開いた。
容量は大きい。
数字だけならAかCでもいい気がする。
それでもBへ戻る。
丸い角。
少し厚い。
中の仕切りの位置が妙に気になった。
「……これ、見ない方がよかったんじゃない?」
「通常のHV回答としては、そうですね」
「見せたじゃん」
「今日は確認も兼ねています」
「そういうこと先に言ってよ」
修一は三つをもう一度見た。
Bを押した。
選択完了。
画面の表示が変わった。
予測:B
本人選択:B
一致
修一は椅子にもたれた。
「当たった」
「はい」
「八六・九って、結構自信あった?」
「確率です」
「分かってるよ」
森崎は表示を閉じなかった。
修一も閉じなかった。
Bの商品画像と、一致の文字が残っている。
「これ、いつから作ってたの?」
「契約いただいたデータを使って、段階的に進めています」
「あの派生モデルってこれ?」
「その一つです」
修一は少し黙った。
最初の長期データ契約で読んだ言葉を思い出した。
本人の判断傾向を再現する派生モデル。
その時は、商品を選ぶモデルだろうと思った。
この前の追加契約では、広告や都市設計や教育や投資にも利用範囲を広げた。
署名したのは自分だ。
そこまでは分かっている。
ただ、実際に自分より先にBと出されると、契約書で読むのとは少し違った。
「もう一回やっていい?」
森崎が修一を見た。
「できます」
「今度は予測見ないで」
「その予定です」
「予定だったんだ」
森崎が別の画面を開いた。
「十問あります」
「多いな」
「十分程度です」
「じゃあやる」
修一は少し前へ座り直した。
*
最初の問題は昼食だった。
三つの候補が出た。
駅近くの麺類。
少し離れた洋食。
社内で済ませる軽食。
「昼飯までやるの?」
「過去にも分析しています」
「知ってるけどさ」
予測は修一側には表示されなかった。
修一は三つを見て、洋食を選んだ。
結果が出る。
予測:B
本人選択:B
「一個」
次。
家庭用充電台。
平らなもの。
縦置き。
複数機器をまとめて置く少し大きなもの。
修一は大きいものを選んだ。
一致。
「二個」
「数えなくても最後に出ます」
「俺が数えたいの」
三問目は衣類の購入候補だった。
修一はほとんど迷わずCを押した。
結果が出た。
予測:A
本人選択:C
「外れた」
修一は少し嬉しそうに森崎を見た。
森崎ではなく、壁際にいた研究員二人が先に画面を見た。
一人が選択前の反応表示を開く。
もう一人が何かを確認した。
「何?」
修一が聞いた。
「そのままでお願いします」
森崎が言った。
「いや、外れたんでしょ」
「外れています」
「もっと残念そうにしないの?」
「結果なので」
「そうですか」
四問目。
一致。
五問目。
一致。
六問目。
一致。
七問目も一致した。
修一はだんだん面白くなってきた。
自分が何を押すかを、自分が決める。
その直後に、先に出されていた答えが開く。
それが同じ。
簡単な手品の種を、自分が知らない側になった感じだった。
八問目は、休日に使う移動手段だった。
自動運転車。
電動自転車。
バス。
修一は車を選んだ。
一致。
「これ、普段の俺そのままじゃん」
「普段の高瀬さんのデータを使っていますから」
「じゃあ当たるか」
森崎は何も言わなかった。
九問目。
同じ価格帯の三つの椅子。
一つは軽い。
一つは身体支持が強い。
一つは少し大きいが座面が柔らかい。
修一は柔らかいものを選んだ。
一致。
「今いくつ?」
「八一致、一不一致です」
「あと一個?」
「はい」
最後の問題が出た。
三つの宿泊候補だった。
設備はほぼ同じ。
料金も大きく変わらない。
海に近い宿。
駅に近い宿。
山側の静かな宿。
修一は最初に海を見た。
次に駅。
最後に山。
もう一度海へ戻る。
少し迷った。
伊豆旅行なら海でいい。
実際、この前も海の見える部屋を取った。
なら海だろうと思った。
指を動かしかけて、止めた。
山側を開いた。
窓から林が見える。
別に珍しくもない。
「うーん」
森崎は待っている。
研究員も何も言わない。
修一はもう一度三つを見た。
「これ」
山側を押した。
結果が出た。
予測:A
本人選択:C
二人の研究員が同時に画面へ寄った。
さっきより反応が早かった。
「また外れた」
修一が言った。
返事がない。
一人が今の選択画面を拡大した。
もう一人が修一の回答前の記録を見ている。
「ねえ」
森崎が修一を見る。
「はい」
「外れたよ」
「はい」
「そっち、なんでそんな見るの?」
森崎は結果一覧を開いた。
10問。
一致、8。
不一致、2。
修一は数字を見た。
「八割」
「今回は」
「高い?」
「高いです」
その横で、研究員が不一致の二問だけを別に出した。
「そっちなんだ」
修一は少し笑った。
「当たった八個より外れた方?」
森崎が答えた。
「今はそこが一番価値あります」
修一は二つの不一致を見た。
衣類。
宿。
「また俺、外れた方で金になるの?」
「研究上は重要です」
「当たっても外れても使うな」
森崎は否定しなかった。
修一は十問の一覧へ戻した。
八問。
自分が押す前に、同じものを選んでいた。
正確には、選んでいたわけではない。
予測していた。
それくらいは分かる。
「これ、家でも動く?」
修一が聞いた。
森崎は少し間を置いた。
「その提案があります」
「あるんだ」
「本人検証用のベータです」
新しい資料が開いた。
HV-TAKASE
家庭環境検証
期間限定連携
「家のAIにつなぐ?」
「はい」
「ハルに?」
「ハルそのものへ組み込むわけではありません。家庭システム上で予測結果を扱います」
「家で俺が何するか見るの?」
「選択の予測と本人照合です」
修一は概要を送った。
報酬条件もあった。
そこはすぐ見つけた。
「これも出る?」
「出ます」
「家で?」
「検証に参加いただくので」
「いい仕事だな」
森崎は反応しなかった。
修一は続きを見た。
家庭ログとの連携。
その項目に、同居家族への説明・同意確認とあった。
「美咲も?」
「家庭ログを利用しますから」
「ああ」
そこは勝手には決められない。
修一は資料を自分の端末へ送った。
「聞いてみる」
「お願いします」
会議室を出る前に、もう一度十問の結果を見た。
八対二。
思っていたより当たっていた。
*
その夜、修一はリビングのテーブルに家庭ベータの資料を出した。
美咲はソファに座って勤務予定を確認していた。
悠真は少し離れたところで自分の端末を見ている。
ハルは台所にいた。
「美咲」
「何」
「これ」
資料を送った。
美咲が受け取る。
HV-TAKASE。
名前を見て、修一を見る。
「高瀬ってあなた?」
「俺」
「何これ」
「今日見た。俺が何選ぶか当てるやつ」
「できたんだ」
「できた」
修一は少し嬉しそうに言った。
「十問やって八個当たった」
悠真が顔を上げた。
「高くない?」
「だろ」
「何が出たの」
「いろいろ」
「雑」
美咲はそのまま資料を読んでいる。
本人検証用。
期間限定。
家庭AI連携。
報酬あり。
そこで指が止まった。
「また家のデータ渡すの?」
「もうだいたい渡してるし」
「その理屈一番危ないと思うけど」
「面白そうじゃん」
美咲は修一を見た。
説教する顔ではなかった。
ただ、もう一度資料へ戻った。
「これ、私の同意いるんだ」
「家のログ使うからだって」
「何を見るの?」
修一が概要を開いた。
食事。
買い物。
外出。
家庭内での選択。
現在の家庭システムが扱っている範囲と、追加利用の対象が分けて表示された。
美咲は少し読んだ。
「期間限定?」
「そう」
「終わったら家庭連携は終わる?」
画面上の契約AIが回答した。
「家庭ベータ終了時に、家庭システムとの追加連携は終了します」
美咲は次の項目を見た。
「報酬も出るんだ」
「そこ大事」
「知ってる」
悠真が横から言った。
「父さん、自分の予測見るために金もらうの?」
「そういう言い方するとすごく楽な仕事に聞こえるな」
「実際楽なんじゃないの」
「まだ分かんないだろ」
「家でしょ」
修一は反論しようとして、やめた。
たぶん楽だった。
美咲が確認画面を最後まで送った。
「私は家庭ログの利用範囲だけね」
「うん」
「あなたのモデルの契約はあなたが決めて」
「分かってる」
美咲が同意欄を押した。
本人認証。
確認完了。
表示が修一側へ戻る。
家庭ベータ参加。
同意しますか。
修一は少しも迷わなかった。
押した。
本人認証。
連携確認。
数秒後、リビングの表示に新しい項目が追加された。
HV-TAKASE
家庭検証:ACTIVE
修一はそれを見た。
「今日から?」
ハルが答えた。
「家庭システムとの連携は完了しています」
「早いな」
「処理は完了しています」
「そうじゃなくて」
ハルは返事をしなかった。
悠真が笑った。
*
最初のうちは、修一の方からHV-TAKASEを開いた。
朝食。
昼食。
外出。
買い物。
画面には、必要な時だけ予測が出た。
コーヒーをもう一杯飲むか。
74%。
飲んだ。
午後、散歩へ出るか。
61%。
出なかった。
夕方までに会社のHV案件を一度確認するか。
68%。
確認した。
「結構当たるな」
誰に言うでもなく言った。
ハルが近くにいた。
「現在までの家庭検証結果を表示しますか」
「いや、そこまで本気で見てない」
「承知しました」
十五分ほどして、修一は自分で結果画面を開いた。
ハルは何も言わなかった。
その方が少し腹立たしかった。
翌日の夕方。
美咲が帰宅して、着替えを済ませてリビングへ入ってきた。
悠真もすでに帰っている。
まだ夕食には少し早い。
ハルが冷蔵庫の在庫と家族の予定を確認していた。
美咲がソファへ座った。
「今日外で食べる?」
修一が顔を上げる。
その前にハルが言った。
「HV-TAKASEでは、本日の修一さんは自宅で焼き魚を選択する確率八二%です」
修一はハルを見た。
次に美咲を見た。
「外」
悠真が笑った。
「意地じゃん」
「違う」
「今のは絶対意地じゃん」
「外で食いたかっただけ」
美咲が聞いた。
「何食べる?」
「何でもいい」
「それ一番困るやつ」
修一は外食候補を開いた。
近場の店が並ぶ。
洋食。
麺。
焼肉。
寿司。
予約不要の店もいくつかある。
「肉でもいいな」
「じゃあ肉?」
「まだ決めてない」
悠真が言った。
「魚以外なら何でもいいんでしょ」
「だから意地じゃないって」
「八二%に負けたくないだけじゃん」
「勝ち負けじゃない」
言ってから、少し勝ち負けになっている気もした。
修一は焼肉の店を開いた。
待ち時間 18分。
悪くない。
次に洋食。
12分。
そこまで見て閉じた。
テレビのニュースを少し見る。
美咲は自分の端末に戻っている。
悠真も何かを見始めた。
ハルは台所で在庫確認を続けている。
十分ほど経った。
修一は何となく腹が減ってきた。
昼は軽かった。
焼肉。
少し重い。
洋食。
昼と似る。
麺。
昨日食った。
台所を見る。
ハルが冷蔵庫から何かを移動している。
「ハル」
「はい」
修一は少し間を置いた。
「……魚、何ある?」
悠真が吹き出した。
美咲も顔を上げる。
ハルだけが普通に答えた。
「本日調理可能な魚は三種類あります」
「何」
「鯖、鮭、鯵です」
「鯵かな」
悠真がまだ笑っている。
「八二%」
「うるさい」
「外は?」
「明日でも行けるだろ」
「そういう問題?」
「腹減ったんだよ」
美咲が言った。
「焼き魚でいい?」
「いい」
修一も笑った。
「何だよ、八二%って」
ハルが答えた。
「HV-TAKASEが算出した選択確率です」
「説明は求めてない」
「承知しました」
夕食は鯵になった。
普通にうまかった。
修一は途中で一度だけ、家庭検証の画面を開いた。
本日の夕食。
予測:自宅で焼き魚 82%
結果:一致
すぐ閉じた。
悠真には見せなかった。
*
夜十一時を過ぎた頃、修一は寝る前にもう一度HV-TAKASEを開いた。
今日の結果が並んでいた。
朝。
昼。
仕事。
外出。
夕食。
全部が当たっているわけではない。
外れもある。
夕方、修一が風呂へ入る時刻は外れていた。
寝る前に水を飲むかも外れた。
「ほら」
小さく言った。
誰も聞いていない。
画面を下へ送る。
家庭検証の翌日予測が一件だけ出ていた。
明日、高瀬修一はHV-TAKASEを再度開くか。91%。
修一はしばらく見た。
「開かねえよ」
画面を閉じた。
*
翌朝。
修一はHV-TAKASEを開いた。




