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人間変数 ― MADE BY HUMAN ―  作者: 花房清澄


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第7話 高瀬データ

 修一がテレビ局へ入って最初に渡されたのは、台本ではなく質問一覧だった。


 控室の壁面に、番組名が出ている。


 AI時代、人間の復権


 修一はしばらく見た。


「大きくない?」


 隣にいた番組スタッフが顔を上げた。


「何がですか」


「復権」


「ああ」


「俺、そんな大きい話しに来たんだっけ」


 スタッフは笑った。


「高瀬さんには、普段のお仕事について話していただければ大丈夫です」


「じゃあ人間の復権は誰がするの」


「そこは司会が」


「司会がするんだ」


 質問一覧を送った。


 Human Variable Projectへ参加した経緯。


 〇・〇七パーセントという数字について。


 商品選択。


 HUMAN VARIABLE SELECTED。


 人間の判断に市場価値が付き始めたこと。


 広告に出てから、修一自身の名前も以前より知られるようになっていた。


 会社の受付で声をかけられたことが二度ある。


 一度目は社員だった。


 二度目も社員だった。


 社外ではまだない。


 その程度だった。


 スタッフが聞いた。


「緊張します?」


「ちょっと」


「広告撮影は経験されてますよね」


「あれは決まった言葉を言うだけだったから」


「今日は普通に話していただければ」


「普通に話した結果、復権するんでしょ」


 スタッフがまた笑った。


 修一も笑った。


 嫌な気はしていなかった。


 会社へ入って二十年以上になるが、仕事についてテレビで聞かれる日が来るとは思わなかった。


 しかも、昔担当した大型商品でも、何年も関わった企画でもない。


 選んだからだった。


 それも、ほかの人やAIが選ばなかったものを、ときどき選ぶから。


 変な話だとは思う。


 面白くもあった。


*


 収録は思ったより普通に始まった。


 司会の横に修一が座り、反対側には経済分野の解説者がいる。


 後ろの大きな表示には、


 AI時代、人間の復権


 の文字。


 やはり大きい。


「今日お越しいただいた高瀬修一さんは、東央生活システムでHuman Variable Projectに参加されています」


 司会が修一へ向いた。


「高瀬さん、簡単に言うと、AIが予測しにくい選択をされる方、ということでいいんでしょうか」


「簡単に言えば、たぶん」


「〇・〇七パーセントという数字も話題になりました」


「うちの会社のモデルで、ですけどね」


「そこ、大事なんですよね」


「森崎さんには毎回そこ言われます」


「森崎さん?」


「研究室長です。モデルが変われば数字も変わるって」


「なるほど。とはいえ、実際に高瀬さんが選んだ商品が予測以上に売れた例もある」


「あります」


「AIにはない人間の感覚が」


 修一は少しだけ間を置いた。


「いや、だいたいAIの方が当たってますけど」


 司会が笑った。


 解説者も笑った。


「そこは否定されるんですね」


「だって普通はそうですよ。俺も外してますし」


「かなり?」


「普通に」


「それでも高瀬さんの選択が必要になることがある」


「そこは、そうみたいです」


 司会の後ろに卓上調理器の映像が出た。


 途中までは自動。


 最後の加熱だけ人間が操作する。


「こちらですね」


「そうです」


「高瀬さんは、AI評価の低かったこの案を選んだ」


「選びました」


「なぜです?」


「触りたかったから」


「それだけ?」


「その時は」


「結果として売れた」


「売れました」


「ご自身ではどう思われました?」


 修一は少し考えた。


「嬉しかったですよ」


「やっぱり」


「そりゃそうでしょう」


 会場に小さな笑いが起きた。


「俺、作ってないですけどね。選んだだけです」


「でも、その選択に価値が付いた」


「会社はそう言ってます」


「高瀬さん自身は?」


「報酬出てるんで、価値あるんじゃないですか」


 今度はさっきより大きく笑いが起きた。


 修一も笑った。


 司会は話を続けた。


「AIの精度が上がった結果として、逆に人間の判断が必要になる。面白い現象ですよね」


「俺は専門家じゃないんで、そこは森崎さんに聞いた方がいいです」


「でも高瀬さん自身は、その中心にいる」


「そう言われると大げさだな」


「テレビなので」


 司会が笑った。


「それ言っていいんですか」


「ここも使われます」


「じゃあ黙っとけばよかった」


 収録はそのまま進んだ。


 修一の仕事の話。


 広告の話。


 人間が選んだ商品に高い値段が付くこと。


 AIを使わないのかと聞かれれば、使うと答えた。


 家でも使う。


 会社でも使う。


 修一にとって、それは別に矛盾ではなかった。


 収録が終わった時には、最初の緊張もなくなっていた。


「ありがとうございました」


 司会と握手した。


「思ったより楽しかったです」


「またぜひ」


「復権したら?」


「その前でも」


 修一は笑ってスタジオを出た。


*


 放送の翌日。


 修一は朝食を食べながら、自分が出ている短い動画を見つけた。


 見つけたというより、端末が関連動画として出してきた。


 再生数は本編よりかなり多い。


 題名を見た。


 人間の勘がAIを超えた!


「言ってねえ」


 向かいで食べていた悠真が顔を上げた。


「何」


「これ」


 動画を送った。


 悠真が題名を読む。


「言ってそう」


「言ってない」


「テレビ出た人、みんなそう言うじゃん」


「本当に言ってない。むしろ逆のこと言った」


 美咲も画面を見た。


「『だいたいAIの方が当たってますけど』のところ?」


「そう」


「入ってるよ」


「どこ」


「後半」


 修一が再生した。


 冒頭。


 司会の声。


 AIにはない人間の感覚が。


 卓上調理器。


 HUMAN VARIABLE SELECTED。


 そして修一が、


「いや、だいたいAIの方が当たってますけど」


 と言う。


 ちゃんと入っていた。


「入ってるじゃん」


 悠真が言った。


「じゃあなんで題名がこれなんだよ」


「そっちの方が押されるからじゃない?」


「まあ、そうだろうけど」


 修一はもう一度題名を見た。


 人間の勘がAIを超えた!


「超えてないんだよ」


 美咲が味噌汁を飲んだ。


「でも昨日、一回超えた例の話はしたでしょ」


「一回じゃないけど」


「じゃあ少し合ってる」


「そういう問題?」


 ハルが台所から言った。


「映像内では、修一さん自身がAIの平均的な予測精度を上回っているとは発言していません」


「ほら」


「一方、題名は動画内容の一部を強調した表現として成立しています」


 悠真が笑った。


「どっちの味方だよ」


「味方という区分では回答していません」


「知ってる」


 修一は動画を閉じた。


 腹が立つほどではない。


 自分でも、番組名が「AI時代、人間の復権」なら、そのくらいの見出しになるとは思う。


 会社へ着くまでに同じ動画が三度出てきた。


 三度目は閉じた。


*


 Human Variable関連の仕事は、その後さらに増えた。


 といっても、修一が忙しくなったわけではない。


 一回十五分。


 二十二分。


 九分。


 長いものでも四十分に届かない。


 商品案だけではなく、サービス画面の候補を選ぶ依頼も混じり始めた。


 結果が出るものもあった。


 何も起きないものもあった。


 外すこともある。


 それでも依頼は減らなかった。


 月末、修一は報酬明細を開いた。


 しばらく見た。


「増えたな」


 美咲が隣からのぞいた。


「どれ」


 表示を向ける。


「増えたね」


「だろ」


「調子乗ってる?」


「少し」


「自覚あるならいい」


 数日後、高瀬家の浴室設備が新しくなった。


 前のものも壊れてはいなかった。


 給湯も問題ない。


 浴槽も使える。


 ただ、保温と洗浄の効率が新しい機種より悪く、以前から更新案は出ていた。


 これまでは、


 まだ使える。


 で延ばしていた。


 今回は修一が見積もりを見て言った。


「替えるか」


 美咲が聞いた。


「急に?」


「今月出たし」


「人間変数で?」


「そう」


「じゃあ人間変数風呂ね」


「嫌な名前付けるなよ」


 工事は半日で終わった。


 その夜、修一が風呂から出ると、ハルが使用結果を表示した。


「旧設備と比較して、本日の給湯電力使用量は二十一パーセント低下しました」


「いいじゃん」


「快適性評価を入力しますか」


「しない」


「次回入浴後に確認します」


「今しないって言ったよな」


「今回の確認を終了しました」


「次回もいらない」


「設定を変更しますか」


「それはあとで」


 結局、風呂は普通に良かった。


 その週末には、美咲が旅行候補を開いた。


「ここ空いてる」


「どこ」


「伊豆」


 二泊。


 海の見える宿。


 いつもなら部屋の条件を一段下げるところだったが、今回はそのままの部屋が表示されていた。


 修一が料金を見た。


「これでいいんじゃない?」


 美咲が修一を見る。


「いいの?」


「いいよ」


「高いよ」


「出たから」


「またそれ」


「こういう時に使うんだろ」


 悠真が横から画面を見た。


「俺、その日行けるかな」


「先にそこ確認しろよ」


「父さんがもう取る感じだったから」


「行けないなら部屋変わるだろ」


「確認する」


 悠真が自分の予定を開いた。


 数秒後。


「行ける」


「じゃあ取るぞ」


「うん」


 修一が予約を押した。


 三人分。


 少し良い部屋。


 予約完了。


 修一は画面を見た。


 悪くない。


 かなり悪くない。


 翌週には、横浜中心部で食事をした。


 家族三人で行くには、普段より少し高い店だった。


 コースの途中で、修一は皿を見て言った。


「これ何だっけ」


「説明聞いてなかったの?」


 美咲が聞いた。


「聞いたけど忘れた」


 悠真が料理の表示を出した。


「鴨」


「鴨か」


「食べてから聞くの?」


「うまければ何でもいい」


 もう一口食べた。


「うまい」


「じゃあいいじゃん」


「いい」


 修一はグラスを置いた。


 会計は安くなかった。


 でも、払ったあとに後悔するほどでもなかった。


 八分や十五分で選んだものが、風呂と旅行と鴨になっている。


 そう考えると少し笑えた。


「何笑ってるの」


 美咲が聞いた。


「別に」


「気持ち悪い」


「自分の金で飯食って喜んでるだけだよ」


「元から自分の金でしょ」


「今月は特に俺の判断の金」


「蓋とか選んだ金?」


「蓋だけじゃない」


 悠真が言った。


「父さん、最近そこ結構誇るよね」


「誇ってない」


「今の言い方は誇ってた」


「働いた分だから」


「十五分」


「お前まで母さんみたいなこと言うな」


 美咲が笑った。


 修一も笑った。


 別に大金持ちになったわけではない。


 家も同じ。


 車も同じ。


 翌朝になればハルが電気代を見て家事の時間をずらす。


 ただ、今まで少し考えてから選んでいたものを、以前より迷わず選べるようにはなった。


 それで十分だった。


*


 森崎から追加契約の連絡が来たのは、その翌週だった。


 修一は会議室へ入って、表示された題名を見る。


 Human Variable データ利用範囲変更。


「また増やすの?」


「増やしたいと考えています」


「今でも結構使ってるよね」


「使っています」


「何が違う?」


 森崎が概要を出した。


 利用分野。


 広告。


 都市設計。


 教育。


 投資。


 修一は上から読んだ。


 もう一度読んだ。


「広いな」


「商品開発と関連研究が中心だった現在の契約から、利用領域を広げます」


「広告は分かる」


「はい」


「都市設計って、俺に道路選ばせるの?」


「そのままでは使いません」


「教育は?」


「同じです」


「投資も?」


「同じです」


 修一は森崎を見た。


「じゃあ何に使うの」


「選択モデルの偏りを検証する材料の一つです」


「俺の選択を混ぜる?」


「高瀬さん一人を答えにするわけではありません」


「そりゃそうか」


 一人の五十二歳の男が選んだ結果で都市を作られても困る。


 修一は次の項目を送った。


 外部提供。


 許諾範囲。


 再利用条件。


「名前は?」


「外部提供時は匿名化」


「会社の中では?」


「契約管理上、高瀬さんのデータとして扱います」


「そこは今までと同じ?」


「はい」


 報酬条件も出た。


 修一の指が止まった。


 前回より高い。


「これ、利用先増える分?」


「そうです」


「結構増えるね」


「利用範囲が広がりますから」


 修一は金額を見たまま、少し笑った。


「テレビ出たから上がったとか?」


「関係ありません」


「少しくらいあるかと思った」


「ありません」


「即答だな」


 森崎は次の項目へ進めた。


 修一は表示を追った。


 派生モデル生成。


 見覚えのある言葉だった。


 以前署名した契約にも入っていた。


 将来、本人の判断傾向を再現する派生モデル生成へ利用される可能性があります。


 あの時は、商品を選ぶモデルの延長くらいに考えていた。


 今回は利用先が違う。


 広告。


 都市設計。


 教育。


 投資。


「これも広がる?」


「はい」


 修一は少し止まった。


 そこまで使うのか。


 契約そのものが急に怖くなったわけではない。


 前にも聞いている。


 派生モデルを作る可能性も承知して署名した。


 ただ、商品を選ぶ話だったものが、いつの間にかずいぶん遠くまで来た気はした。


「今日決めなくていい?」


「構いません」


 前にも聞いた質問だった。


 森崎も前と同じように答えた。


「家で見ます?」


「いや」


 修一は契約を美咲へ共有した。


「ちょっとつないでいい?」


「どうぞ」


 美咲は勤務を終えていた。


 呼び出すと、画面が開いた。


「何?」


「追加契約」


「また?」


「また」


 修一が利用範囲を送った。


 美咲は少し黙って読んだ。


「広がったね」


「俺もそう思った」


「広告、都市設計、教育、投資」


「そう」


「匿名?」


「外は」


 美咲が契約概要を送った。


「派生モデルは?」


「生成します」


 森崎が答えた。


 美咲は森崎の方を見た。


「前の契約で可能性があったやつですよね」


「はい。今回の契約では、拡大後の利用範囲でも生成・利用できる条件になります」


「分かりました」


 美咲はそれ以上聞かなかった。


 修一へ視線を戻す。


「どうするの」


「今見てる」


「なら見て」


「それだけ?」


「私の契約じゃないし」


「前もそれだったな」


「前もあなたの契約だったから」


 美咲との接続が切れた。


 修一はもう一度、利用分野を見た。


 広告。


 都市設計。


 教育。


 投資。


 商品を選ぶ仕事から考えれば、ずいぶん広い。


 報酬も大きい。


 もちろん、それも嬉しい。


 風呂を替えた。


 旅行も取った。


 少し高い飯も食った。


 金が増えて困る理由はない。


 でも、それだけではなかった。


 商品を選ぶだけだった自分の判断を、今度は別の分野でも使いたいと言われている。


 以前なら、仕事で届くのは確認と承認ばかりだった。


 今は会社の方から、もっと使わせてほしいと言ってくる。


 広告だけではない。


 都市設計にも。


 教育にも。


 投資にも。


「俺のデータ、そんなに使える?」


「使えるかを検証します」


「使えるって決まったわけじゃない?」


「決まっていません」


「そこは正直だね」


「決まっていないので」


 修一は笑った。


 その答えも嫌いではなかった。


 全部うまくいくとは言われていない。


 自分一人が答えになるわけでもない。


 名前は外へ出ない。


 派生モデルも作る。


 分からないところは聞いた。


 利用範囲も見た。


 報酬も見た。


 修一は署名画面を開いた。


 重要条項確認。


 利用目的。


 外部提供条件。


 派生モデル生成。


 再利用範囲。


 一つずつ確認済みに変わる。


 最後に本人認証が出た。


 修一は指を置いた。


 認証完了。


 署名しますか。


 一度だけ止まった。


 悪くない。


 自分の判断を、まだ欲しいと言っている。


 しかも前より広く。


 修一は押した。


 署名完了。


 表示が閉じた。


 森崎が契約処理を確認する。


「完了しました」


「早いな」


「契約は即時反映です」


「これで広告も都市も教育も投資も?」


「許諾範囲には入ります」


「急に俺が広くなった感じするな」


「高瀬さん自身の範囲が広がったわけではありません」


「分かってるよ」


 森崎は次の予定を確認していた。


 修一は椅子から立ちかけて、壁に残っていた番組の記事を思い出した。


 AI時代、人間の復権。


「一個聞いていい?」


「どうぞ」


「これって本当に人間の復権ですか?」


「私は一度もそう言ってません」


「じゃあ何?」


「今まで使えなかったデータが使えるようになっただけです」


 修一は少し黙った。


「テレビより地味だな」


「研究なので」


「まあ、そうか」


 修一は会議室を出た。


*


HV-TAKASE / MODEL TRAINING STARTED


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