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人間変数 ― MADE BY HUMAN ―  作者: 花房清澄


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第3話 勘で金をもらう


 最初の仕事は、十一分で終わった。


 修一は画面の表示を見直した。


 完了。


 本当に終わっている。


「これで?」


 向かいに座っていた森崎が言った。


「はい」


「十一分ですよ」


「高瀬さんが十一分で回答したので」


「いや、そうじゃなくて」


 修一はもう一度、終了した画面を見た。


 Human Variable Projectに参加して最初の週だった。


 森崎から事前に聞いていた通り、やることは簡単だった。


 商品案を見る。


 必要なら触る。


 気になるものを選ぶ。


 あるいは、買うか、買わないかを答える。


 理由を聞かれることもあるが、立派な説明は要求されなかった。


 今日出されたのは、家庭用品の候補が四件。


 一件目は迷わなかった。


 二件目は二つまで絞って少し悩んだ。


 三件目はどれも欲しくないと答えた。


 四件目だけ、最初に目へ入ったものと、実際に選んだものが違った。


 それで十一分。


「資料は?」


 修一が聞いた。


「必要なら確認できます」


「市場分析とか」


「見たいですか」


 修一は考えた。


「いや」


「では不要です」


 市場規模。


 競合。


 価格感応度。


 購買履歴。


 販売予測。


 普段の仕事なら、AIがすでにまとめたものを確認してから選ぶ。


 HVでは、それを先に見せない場合が多かった。


 見せれば、それ自体が修一の判断へ入るからだ。


「なんか、楽ですね」


「負荷を増やすのが目的ではありません」


「これ仕事って言っていいの?」


「業務として依頼しています」


「じゃあ言うけど」


 森崎は画面を閉じた。


「報酬も発生します」


「それは知ってる」


 そこは忘れていなかった。


 修一は席を立った。


 十一分。


 午前中には本来の仕事もあったが、そちらも一時間ほどで終わっている。


 今日はよく働いた。


 そういうことにしておいた。


*


 HVの依頼は、だいたい週に二回入った。


 短ければ五分。


 長い時でも三十分ほどだった。


 勤務先で回答する日もあれば、自宅の仕事室で済ませる日もある。


 最初のうち、修一は少し構えていた。


 予測残差上位〇・〇七パーセント。


 非常に高価なノイズ。


 そんな説明を受けたあとだったので、何か特別な判断を求められるような気がした。


 実際には違った。


 画面に三つの商品が出る。


「どれを選びますか」


「これ」


「理由は?」


「こっちの方がいい」


「どの点が?」


「知らない。見た感じ」


 それで終わることもある。


 一度、修一は自分でも少し気になって森崎へ聞いた。


「こんなんでいいんですか」


「高瀬さんが実際にそう選ぶなら」


「もっと考えた方がいいとかない?」


「考えたいですか」


「いや」


「では、そのままで」


 何となく、得をした気がした。


 本業では、結論そのものより確認の方が仕事になっていることが多い。


 HVは逆だった。


 理由がきれいに説明できなくても、修一が何を選んだか自体が欲しいと言われる。


 しかも短い。


 面倒な報告書もない。


 会議もほとんどない。


 それで金が出る。


 こんなのでいいのかとは思う。


 だが、会社がいいと言っている。


 なら、こちらから難しくしてやる必要もなかった。


 もちろん、全部当たるわけではなかった。


 卓上調理器の件まで含め、最初の十件がまとまった時、結果はきれいには並ばなかった。


 三件は、修一が選んだ側が事前予測を上回った。


 五件は、特に大きな差が出なかった。


 二件は外した。


 そのうち一件は、修一が手触りを気に入って選んだ保存容器だった。


 少し厚く、蓋を閉じる時に手応えがある。


 修一はそちらを選んだが、限定テストでは軽い方が普通に売れた。


 結果を見た時、修一は森崎へ言った。


「全然ダメじゃん」


「はい」


「もうちょっと言い方ない?」


「高瀬さんが選んだ案は、比較案を下回りました」


「長くなっただけで同じだよ」


 森崎は結果をそのまま次へ送った。


 修一自身も、それほど気にしなかった。


 外れたら外れたで終わりだった。


 次の依頼が来れば、また選ぶ。


 その次は普通。


 その次も普通。


 そして、ときどき当たった。


 そのくらいが、むしろ面白かった。


 自分でも何が当たるか分からない。


 会社も分かっていない。


 分かっていないものに金を払っている。


 そう考えると少し変だったが、悪い気はしなかった。


*


 その三件の成功のうち、いちばん印象に残ったのが卓上調理器だった。


 参加してしばらくした頃の案件だった。


 候補は三つあった。


 どれも一人か二人分の料理を卓上で仕上げる小型機だった。


 最初の二つは、材料を入れればほとんど自動で終わる。


 加熱。


 温度調整。


 仕上げ時間。


 食材の状態を見ながら、機械側が勝手に変える。


 修一の家ならハルがやっていることを、卓上だけで完結させる感じだった。


 三つ目だけ違った。


 途中までは自動。


 最後の加熱だけ、使う人間が調節する。


 修一は説明を読み返した。


「これ、最後だけ自分でやるの?」


 商品担当者が答えた。


「そうです」


「なんで?」


「試作案の一つです」


「便利にするなら最後までやればいいじゃん」


「AI評価も同じです」


 横に評価が出ていた。


 自動化度が中途半端。


 手動工程による失敗率上昇。


 完成品質のばらつき。


 総合評価は低い。


 修一は三つ目をもう一度見た。


 卓上に置いた状態の映像が流れる。


 材料を入れる。


 加熱が進む。


 最後だけ、使う人間がつまみを動かす。


 火加減が変わる。


 大した操作ではない。


 むしろ、そこまで自動でやったなら最後もやれよ、と思う。


「高瀬さんは?」


 商品担当者が聞いた。


 修一は三つ目を押した。


「これ」


「三番ですか」


「うん」


「理由は?」


 修一はしばらく映像を見た。


「触りたい」


「操作部分を?」


「たぶん」


 商品担当者が表示を確認した。


「一番の方が失敗しません」


「だろうね」


「完成も安定します」


「だろうね」


「三番を?」


「俺ならね」


 自信はなかった。


 マーケティング上の何かが見えたわけでもない。


 ただ、もし三台並んでいたら、三番を触る気がした。


 最後の火加減くらい、自分でやってみたい。


 理由はその程度だった。


 その商品が限定販売を経て正式に出たあと、予想より売れた。


 修一が結果を知ったのは、いつものHV回答を終えた直後だった。


 商品担当者が森崎と一緒に入ってきた。


「卓上調理器、覚えてます?」


「最後だけ面倒なやつ?」


「その言い方は初めて聞きましたけど、そうです」


「売れた?」


「売れてます」


 修一は椅子にもたれた。


「へえ」


 やはり少し嬉しい。


 担当者が購入者の反応をいくつか出した。


 操作が分かりやすい。


 仕上がりを調節できる。


 家族ごとに焼き加減を変えられる。


 その中に、似た内容が何件もあった。


 ――自分で料理した感じがする。


 修一はそこを指した。


「これ?」


「多いですね」


「最後ちょっと触っただけで?」


「その少しが評価されています」


「それなら鍋でいいだろ」


 商品担当者はすぐに答えた。


「鍋では売れません」


 修一は画面と担当者を交互に見た。


「難しいな、人間」


 森崎が横から言った。


「高瀬さんも選んでいます」


「俺も人間だからね」


「そこは確認できています」


「そこ確認いる?」


 担当者が笑った。


 修一も笑った。


 商品が売れたからといって、自分が作ったわけではない。


 設計していない。


 価格も決めていない。


 広告もしていない。


 最後の火加減を自分でやる方を選んだだけだ。


 それでも、自分が選んだものが市場に出て、実際に売れている。


 その感覚は、本業で承認ボタンを押すのとは少し違った。


 翌週もHVの依頼が来た。


 修一はすぐに開いた。


*


 月の報酬明細を見たのは、夕食後だった。


 修一はリビングで端末を開き、本業の給与欄を流してから、その下で指を止めた。


 Human Variable Project。


 追加報酬。


 修一は実施時間を確認した。


 間違っていない。


 今月HVに使った時間を全部合わせても、本業の一日分にもならない。


 もう一度金額を見る。


「美咲」


 ソファの反対側で翌日の予定を見ていた美咲が顔を上げた。


「何」


「これ」


 端末を向けた。


 美咲は金額を見た。


 次に、実施時間を見た。


 もう一度金額へ戻った。


「これだけ?」


「時間?」


「うん」


「これだけ」


 美咲はしばらく黙った。


「私今日七時間病院いたんだけど」


 修一は少し胸を張った。


「才能だから」


 台所で片付けをしていたハルが言った。


「統計上、その表現には根拠がありません」


「聞いてない」


「承知しました」


 美咲が笑った。


「当たったの?」


「今月?」


「うん」


「当たったのもある。外したのもある」


「それでこれ?」


「それでこれ」


 美咲は自分の端末へ戻った。


「いい仕事ね」


「だろ」


 言ってから、修一ももう一度明細を見た。


 いい仕事だった。


 時間は短い。


 やることは面白い。


 全部当てろとも言われない。


 自分が普通に選ぶだけで会社が欲しがる。


 しかも、たまに本当に売れる。


 会社に来て二十年以上経つが、これほど短時間で自分の判断そのものに金が付いたことはなかった。


 修一は明細を閉じた。


「明日もある?」


 ハルが答えた。


「Human Variable Projectの予定は十四時からです」


「何分?」


「予定枠は二十分です」


「働くか」


 美咲が端末から目を上げた。


「頑張って」


 その言い方に少し腹が立った。


*


 その翌週、森崎から面談が入った。


 今度は用件が書いてあった。


 長期データ利用契約。


 修一は会議室へ入ってすぐ聞いた。


「今の契約と違うの?」


「違います」


 森崎はすでに資料を開いていた。


「現在は、個別のHV業務で取得した回答を中心に利用しています。次の段階では継続的な分析をしたいと考えています」


「俺を?」


「高瀬さんの判断傾向をです」


「また面倒な言い方するな」


 森崎は反応せず、契約概要を表示した。


 項目は思ったより多くなかった。


 選択履歴。


 視線。


 反応時間。


 心拍。


 購買。


 嗜好変化。


 修一は上から読んだ。


「心拍までいる?」


「必須ではない案件もあります。ただ、選択時の反応との差を見る場合があります」


「俺が商品見てドキドキしたか?」


「簡単に言えば」


「そんなことある?」


「高瀬さん自身が意識していなくても変化する場合はあります」


 修一は自分の胸を見た。


 見ても分からない。


「視線って、どこ見てたか?」


「はい」


「今まで取ってなかった?」


「個別の実験で同意をいただいた場合だけです。今回の契約では継続利用の範囲を広げます」


 森崎は次の画面を出した。


 利用目的。


 利用範囲。


 再利用条件。


 停止条件。


 修一は流し読みしかけて、やめた。


 金が絡む契約だった。


 しかも、自分のデータだ。


「これ、売るってこと?」


「データそのものを譲渡する契約ではありません」


「じゃあ何」


「契約範囲での利用許諾です」


「会社が使っていいですよ、ってこと?」


「概ねそうです。ただし目的と再利用範囲があります」


 森崎は重要項目だけを残して表示を縮めた。


「契約AIでも確認できます。ご自宅で読んでから判断してください」


「今日決めなくていい?」


「構いません」


「森崎さん的には、やってほしい?」


「研究上は」


「俺としては?」


「それを私が決める契約ではありません」


 いつもの答えだった。


 修一は最後のページまで進めた。


 報酬条件があった。


 指が止まった。


「これも出るんだ」


「出ます」


「HVの報酬とは別?」


「別です」


 修一は少し長くそこを見た。


「持って帰ります」


「そうしてください」


 森崎はそれ以上勧めなかった。


*


 その夜。


 修一はリビングのテーブルに契約を開いた。


 美咲は向かい側に座っていた。


 悠真は自室にいる。


 ハルは台所で翌朝の準備をしていた。


「契約内容を要約しますか」


 画面上の契約AIが表示した。


 修一は「重要項目のみ」を選んだ。


 契約本文が消え、影響の大きい項目だけが残る。


 利用されるデータ。


 選択履歴。


 視線。


 反応時間。


 心拍。


 購買。


 嗜好変化。


 美咲が画面をのぞいた。


「結構取るね」


「俺も思った」


「心拍いる?」


「俺も聞いた」


「なんて?」


「使うことがあるって」


「へえ」


 美咲はそれ以上言わず、続きを送った。


 契約AIが読み上げた。


「取得データは、契約で定める商品開発および関連研究の目的に利用されます。再利用は許諾範囲内に限定されます」


 修一はうなずいた。


 次。


「本人への影響が大きい可能性のある条項があります」


 表示が一か所だけ拡大された。


「将来、本人の判断傾向を再現する派生モデル生成へ利用される可能性があります」


 美咲が指を止めた。


「そこ、結構大事じゃない?」


 修一も読んだ。


 もう一度読む。


 判断傾向を再現する派生モデル。


「商品選ぶモデルだろ」


「でも自分の癖を売るってことでしょ」


「売るっていうか、使わせる」


「それは分かるけど」


 美咲は画面を修一側へ戻した。


 止めろとは言わなかった。


 修一もすぐには進めなかった。


 自分の選択を会社が使う。


 それはもうやっている。


 今度は量が増える。


 見る場所。


 迷う時間。


 心拍。


 買ったもの。


 好みがどう変わったか。


 そこまで集めて、自分が何を選びやすいかを再現する。


 考えてみれば、ずいぶん細かい。


「気になる?」


 美咲が聞いた。


「少しは」


「じゃあやめる?」


 修一は画面を下へ送った。


 最後に報酬条件が出た。


 先週会社で見た数字と同じだった。


 やはり高い。


 HVの仕事は面白かった。


 実際、結果も出ている。


 自分が選んだ卓上調理器も売れた。


 会社はもっとデータが欲しいと言っている。


 派生モデルといっても、今の修一には商品を選ぶための延長にしか見えなかった。


 何より、データを使われたところで、自分が何かできなくなるわけではない。


 修一は金額をもう一度見た。


 美咲がその視線に気づいた。


「そこ見るよね」


「大事だろ」


「大事だけど」


 修一は少し笑った。


「俺が減るわけじゃないし」


 美咲は何も言わなかった。


 反対している顔でも、賛成している顔でもない。


 修一は契約AIへ確認を出した。


「この契約で、俺が商品を自分で選べなくなるとかないよね」


「ありません」


「契約を終了したら?」


「終了後の新規取得は停止されます。すでに許諾範囲内で利用されたデータおよび生成物については、契約条件に従います」


「そこは残るのか」


「はい」


 美咲が言った。


「ちゃんと聞いたね」


「俺だって契約くらい読むよ」


「報酬のところだけじゃなくて?」


「全部見てる」


 契約AIが表示した。


 重要条項の確認は完了しました。


 署名しますか。


 修一は一度、美咲を見た。


 美咲は肩をすくめた。


 決めるのは自分だ。


 修一は署名欄へ指を置いた。


 本人認証。


 契約内容確認。


 利用許諾。


 三つの表示が順に切り替わる。


 最後の確認が出た。


 修一は押した。


 署名完了。


 すぐに新しい表示が開いた。


HUMAN VARIABLE DATA COLLECTION / STATUS:ACTIVE


 修一がその文字を読んでいる間に、画面の端で小さな項目が一つ追加された。


 視線ログ記録開始。


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