第12話 MADE BY HUMAN 51%
会議室には、五つの試作品が並んでいた。
玄関で靴を履く時に使う、小型の収納ベンチだった。
AからE。
どれも座面の下に靴を置ける。大きさもそれほど変わらない。
修一は入口に近いAから見た。
「今日はこれ?」
森崎が答えた。
「この五案です」
「少ないな」
「選択には十分です」
「そういうもん?」
「高瀬さんが決めてください」
いつものHuman Variable 案件と大して変わらなかった。
いくつか出される。
見る。
触る。
どれか選ぶ。
理由があれば言う。
なければ、なくてもいい。
修一はAに座った。
座面は硬めだった。幅は狭いが、玄関へ置くなら邪魔にはならない。
立つ。
次にB。
Aより座面が少し広い。前側の角が緩く落ちていて、座った時に太腿へ当たりにくかった。
「これ楽だな」
商品担当者が言った。
「座面幅はAより四センチ広いです」
「四センチで変わる?」
「高瀬さんは変わりました?」
「今のところ」
Cは収納量が一番多かった。
座面を上げると、中にも物を入れられる。
「これは便利そう」
修一は一度座って、立った。
悪くない。
Dは最も軽い。移動しやすく、掃除の時も邪魔になりにくそうだった。
Eは五つの中で一番小さい。
価格も最も低い。
修一はAへ戻った。
次にB。
また座る。
「高瀬さん」
商品担当者が言った。
「はい」
「もう二回目ですよ」
「座っちゃいけないの?」
「いえ。どうぞ」
「なら言うなよ」
森崎は黙っていた。
修一はBから立った。
もう一度五つを見る。
Cの方が物は入る。
Dの方が軽い。
Eの方が安い。
Aも悪くない。
「うーん」
Bを見た。
もう座るのはやめた。
「これかな」
「B?」
「うん」
商品担当者が確認画面を出した。
「理由はありますか」
「座りやすかった」
「ほかには?」
「それじゃ足りない?」
「十分です」
「じゃあB」
修一が押した。
選択完了。
商品担当者が結果を確定した。
「ありがとうございます。これで量産候補をBへ進めます」
「はい」
修一は椅子へ戻った。
今日はこれで終わりかと思った。
五つ見て、一つ選んだ。
十分もかかっていない。
ところが壁面の表示が閉じなかった。
Bだけが中央へ残り、その後ろに選定工程が開いた。
修一は何となく見た。
企画条件。
設計生成。
候補評価。
その下で目が止まった。
原案数 400
提示候補 5
修一は数字を見直した。
「四百?」
商品担当者が顔を上げた。
「はい」
「何が?」
「元の候補です」
「これの?」
「はい」
修一は五つのベンチを見た。
「四百個あったの?」
「設計案としては」
「じゃあ、残り三百九十五個どこ行ったの」
森崎が表示を一段送った。
候補抽出。
HV-TAKASE。
高瀬修一選択傾向モデル。
修一はしばらく見た。
「これが選んだの?」
「候補を絞りました」
「四百から?」
「五案へ」
修一はBを見た。
A。
C。
D。
E。
さっきまで五つ全部を見ていたはずなのに、少しだけ見え方が変わった。
「最初から?」
「はい」
「俺、知らなかったけど」
「選択前には表示していません」
「なんで?」
「HV-TAKASE による候補抽出を意識すると、本人選択へ影響する可能性があるためです」
修一は森崎を見た。
「それ、いつものやつ?」
「通常のHV 選択でも、事前情報を制限することがあります」
それはそうだった。
市場予測を見せない。
順位を見せない。
他人の評価を見せない。
先に見せれば、それを含めて選んでしまうからだ。
そこまでは知っている。
修一はもう一度表示を見た。
「で、こいつが四百から、俺が選びそうなのを五つ持ってきた?」
「はい」
「Bを選ぶって分かってた?」
「そこまでは確定していません」
「確率は?」
「五案それぞれにあります」
「見せて」
「今なら見せられます」
数値が出た。
修一は眺めた。
Bが突出しているわけではなかった。
Aも高い。
Cもそれなりにある。
DもEも、十分選択範囲に入っている。
「B一択じゃないんだ」
「はい」
「外れることも?」
「あります」
「じゃあ、俺がBを選んだのは俺?」
「高瀬さんが選びました」
修一は少し黙った。
それなら話は簡単な気もした。
自分で五つ見た。
自分で二回Bに座った。
自分で押した。
誰かにBを押せと言われたわけでもない。
修一は画面を一段戻した。
四百。
五。
B。
「でもさ」
「はい」
「四百の中に、俺がもっと気に入るやつがあったかもしれないよね」
「可能性はあります」
「じゃあ俺、それ見てないじゃん」
「見ていません」
修一は椅子にもたれた。
Bの試作品が目の前にある。
座りやすかった。
それは本当だった。
もう一度座れと言われれば、たぶん座る。
四百全部に座れと言われたら断る。
それも本当だった。
「じゃあ俺、選んでないじゃん」
「五案から選びました」
「俺が選びそうなやつだけだろ」
「はい」
森崎は否定しなかった。
修一は返事を待った。
続きはなかった。
「終わり?」
「何がですか」
「いや、もうちょっと何かないの」
「何についてです?」
「今の話」
「事実関係は以上です」
「そうですか」
「はい」
修一はBを見た。
選んだのは自分だった。
そこだけは変わっていなかった。
*
四日後、Bの量産仕様が上がった。
修一が呼ばれたのは、製品そのものをもう一度選ぶためではなかった。
最終登録の確認だった。
会議室に置かれていたのは一台だけ。
B。
座面の布地と脚部の仕上げが量産用に変わっている。
「また座る?」
商品担当者が聞いた。
「座らないよ」
「前回二回座ったので」
「覚えてなくていいから」
修一は商品情報を開いた。
寸法。
価格。
耐久試験。
保証条件。
発売予定。
特に見るところはなかった。
下へ送る。
認証表示があった。
MADE BY HUMAN
Human Contribution 51%
修一の指が止まった。
「この五一って何?」
森崎が横から表示を見た。
「MADE BY HUMAN の認証値です」
「それは分かる」
前に買ったパンを思い出した。
九百八十円。
九四%。
あの時は、数字の意味を調べようとして、途中で読むのをやめた。
「これ、五一%なの?」
「はい」
「何で?」
修一が表示を開いた。
人間起源認証協議会。
工程記録。
企画。
設計。
候補抽出。
試作監修。
最終仕様選択。
製造。
項目の横に、人間工程と自動工程の区分が付いていた。
修一は下へ送った。
設計生成。
自動工程。
製造。
自動工程。
その間に、
候補抽出HV-TAKASE
とある。
そこにも自動工程。
「これ、俺のモデルだよね」
「はい」
「人間に入らないんだ」
「入りません」
「俺から作ったのに?」
「HV-TAKASE は高瀬さん本人ではありません」
「ああ」
分かる。
そこを人間扱いされた方が困る。
さらに下へ送る。
最終仕様選択。
高瀬修一。
人間工程。
「こっちは入る」
「はい」
「俺が押したから五一?」
「それだけではありません」
「違うの?」
「企画条件の人間監修、試作確認、最終仕様選択など、認証対象となる人間工程を加重しています」
「時間じゃないんだっけ」
「単純な作業時間比率ではありません」
「そうだった」
あのパンでも聞いた気がする。
詳しく見たら長すぎて閉じた。
「じゃあ設計AI が何時間動いたとか、俺が何分座ったとかじゃない?」
「時間も工程記録にはありますが、五一%をその比率だけで出しているわけではありません」
「俺、十分も働いてないよ」
「認証値は労働時間の評価ではありません」
「便利だな、それ」
「何がです?」
「十分で五一%に参加できる」
「高瀬さん単独で五一%ではありません」
「分かってるよ」
修一は表示を戻した。
MADE BY HUMAN 51%。
数字だけ見ると、真ん中を少し超えている。
だからといって、半分人間の商品という意味でもない。
少なくとも、あの九四%のパンを食べた時、そのパンが九四%人間だと思って食べたわけではなかった。
「これ、認証としては合ってるの?」
「合っています」
「四百から五つにしたの、AI なのに?」
「その工程は自動工程として記録されています」
「で、俺が最後に選んだのは人間」
「はい」
「ほかにも人間の監修が入ってる」
「はい」
「全部計算すると五一」
「この商品の認証規格では」
間違ってはいない。
HV-TAKASE を人間扱いして数字を上げたわけでもない。
修一が何時間も設計したことにもなっていない。
作っていないものを作ったと書いているわけでもない。
表示されている工程を見れば、全部その通りだった。
修一はBのベンチを見た。
「でもこれさ」
「はい」
「俺が選んだ商品ってことにはなる?」
「最終仕様を選択したのは高瀬さんです」
「それはそうなんだけど」
五案。
その前に四百案。
四百の中から五つを選んだのはHV-TAKASE。
五つの中からBを選んだのは自分。
修一は認証画面を閉じなかった。
「自由に選んだって言える?」
森崎は少しだけ間を置いた。
「自由の定義次第です」
「その答え嫌い」
「スーパーの商品棚も昔から誰かが選んでいました」
修一は森崎を見た。
「それと同じ?」
「同じ部分と違う部分があります」
そこで森崎は止めた。
修一もすぐには聞き返さなかった。
スーパーへ行けば、置いてある物から選ぶ。
店にない物は選ばない。
そんなことは昔から当たり前だった。
修一はBの座面を手で押した。
少し沈んだ。
「これ、発売いつ?」
商品担当者が答えた。
「来月です」
「売れそう?」
「販売予測は悪くありません」
「俺が選んだから?」
「それも評価要素には入っています」
「じゃあ売れなかったら?」
「通常の商品評価になります」
「俺のせい?」
「高瀬さん一人の責任にはなりません」
「そこだけ安心した」
商品担当者が笑った。
森崎は認証画面を閉じた。
最後まで残っていた数字が消えた。
五一%。
*
その日の夕方、修一が家へ戻ると、美咲は先に帰っていた。
悠真もリビングにいる。
修一が上着を脱いでソファへ座ると、美咲が聞いた。
「今日何食べる?」
修一が答える前に、ハルが言った。
「HV-TAKASE では、本日の修一さんが焼き魚を選択する確率八一%です」
修一はハルを見た。
「お前に聞いてない」
「美咲さんの質問に対する関連情報として提示しました」
「出さなくていいよ」
「次回から非表示にしますか」
「そこまでは言ってない」
悠真が顔を上げた。
「じゃあ何」
「今日は違う」
「何が?」
「魚じゃない」
美咲が聞いた。
「じゃあ何食べる?」
修一はほとんど考えずに言った。
「カレー」
悠真が少し身を乗り出した。
「おお」
「何だよ」
「別に」
「絶対何かあるだろ」
「八一%外したなって」
「まだ食ってないから」
「でもカレーなんでしょ」
「カレー」
美咲がハルへ向いた。
「材料ある?」
「あります」
「じゃあそれでいい?」
「いい」
修一はソファにもたれた。
悠真は自分の画面へ戻っている。
美咲も翌日の勤務予定を確認し始めた。
ハルは台所へ移動した。
数分たった。
修一は何となく台所を見た。
冷蔵庫が開き、ハルが中身を確認している。
「ハル」
「はい」
修一は少しだけ間を置いた。
「魚、何ある?」
悠真が吹き出した。
すぐ笑い始めた。
「何だよ」
悠真は返事ができない。
笑っている。
「そんな笑う?」
「カレー」
「まだ作ってないだろ」
「八一%」
「数字で笑うなよ」
美咲が端末から顔を上げた。
「早かったね」
「何が」
「変更」
「変更って決めてないよ」
ハルが答えた。
「本日調理可能なのは鯖と鮭です」
「鮭?」
「あります」
「じゃあ鮭でもいいな」
悠真がまた笑った。
「何なんだよ」
「いや、別に」
「絶対別にじゃないだろ」
美咲が立ち上がった。
「魚でいいの?」
「カレーでもいいけど」
「どっち」
修一は少し考えた。
「魚」
「はい」
美咲はそれ以上何も言わなかった。
ハルが夕食準備を始めた。
悠真だけがまだ笑っていた。
「お前、覚えてろよ」
「何を?」
「知らん」
夕食は鮭になった。
普通にうまかった。
*
食後、修一はリビングでHV-TAKASE を開いた。
今日の選択履歴が出ている。
仕事。
移動。
買い物。
夕食。
全部が当たっているわけではない。
予測から外れたものもある。
修一は夕食を開いた。
焼き魚81%
結果一致
「一致って」
小さく言った。
カレーと言った記録も残っている。
最終的に魚を選んだから一致。
そこは仕方ない。
修一は入力欄を開いた。
「なんで俺魚選ぶの?」
数秒もかからなかった。
HV-TAKASE が回答した。
「主な予測要因は、本日の気温、前日の食事、直近の健康状態、幼少期からの食事習慣、美咲さんの帰宅時間です」
修一は表示を見た。
「美咲の帰宅時間まで?」
「夕食選択との相関があります」
「前の日の飯は分かるよ。家に記録あるし」
表示はそのままだった。
「幼少期って何だよ」
「長期選択履歴と提供済みデータから推定しています」
「そんなこと考えてない」
「意識的理由と意思決定要因は一致しない場合があります」
「うるさい」
「この回答に不快感を覚える確率七六%」
「本当にうるさい」




