第6章 配信・掲示板・VTuber・芸能――「評価される快感」の大規模化 改稿
現代を舞台にすると、異世界にはなかった非常に便利なものがあります。インターネットです。
主人公がすごいことをする。それを一人の仲間が見る、十人の冒険者が見る、街の人々が見る。ここまでは従来の物語でもできます。しかし配信なら、一度の出来事を何万人、何十万人が同時に見ることができます。
私は最近のWeb小説を読んでいて、「主人公がすごい」だけではなく、**「主人公がすごいと知られる」こと自体が、一つの大きな快感になっている**と感じるようになりました。
## 掲示板回は「物語の中の観客席」
Web小説で私がかなり好きなのが、掲示板回です。
主人公が何かとんでもないことをした後、「今の見た?」「いや、あれ普通じゃないだろ」「本人だけ分かってないの草」と、匿名の人たちが一斉に騒ぐ。
主人公本人が自分の凄さを語る必要はありません。第三者が勝手に評価してくれます。しかも一人ではなく、大勢です。
私は掲示板回を、**物語の中にある観客席**のようなものだと思っています。読者が主人公を見て「こいつヤバいな」と思った直後に、作中の人たちまで同じ反応をする。読者の感想を、物語の中でもう一度見せてもらえるわけです。
これが結構気持ちいい。
もちろん、その掲示板の住人も全部作者が書いているんですけどね。そこは考えないことにします。
## 主人公が変わるのではなく、「発見される」
2020年開始の『VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた』は、この構造が非常に分かりやすい作品です。
配信を切り忘れたことで、それまで表へ出していなかった主人公の素の部分が視聴者に知られてしまう。面白いのは、主人公が新しい能力を手に入れたわけではないことです。もともと持っていた個性を、視聴者が発見した。
これを追放ものと比べると、少し似ています。追放ものでは「主人公は最初から有能だった。でも元の仲間が気づかなかった」。配信ものでは「主人公は最初から面白かった。でも視聴者がまだ知らなかった」。
つまり、主人公自身の価値が増えたのではなく、**価値を認識する人が増えた**わけです。
この構造は、今回なろう系を振り返っていてかなり重要だと思うようになりました。
## 「強くなる」から「実は強かった」、さらに「まだ見つかっていなかった」へ
昔ながらの成長物語では、主人公が努力して強くなります。追放ものでは、主人公はすでに強い、あるいは有能です。そして配信・芸能ものでは、その能力や個性を「世間がいつ発見するのか」までが物語になります。
言ってみれば、「強くなる」から「実は強かった」、さらに「まだ見つかっていなかった」へ。
もちろん、この三つが時代ごとに綺麗に入れ替わったわけではありません。ただ、主人公が評価されるまでの過程を比べると、カタルシスの形が少しずつ変わってきたように見えます。
## 一晩で人生が変わる
2022年開始の『幼馴染のVTuber配信に出たら超神回で人生変わった』というタイトルは、そのままこの構造を表しています。
一度配信に出て、それが神回になり、人生が変わる。
昔ながらの芸能ものなら、オーディションを受け、下積みをし、少しずつ人気が出ていくという長い道のりを描けます。しかしインターネットには「バズ」があります。一晩で何万人に知られ、一つの動画で人生が変わることも、現実の仕組みとして存在する。
そのため、物語の中で急激に評価が上がっても成立させやすい。これはカタルシスまでの距離を一気に短くできる、非常に便利な装置です。
## 反応まで含めてご褒美になる
配信ものでは、主人公の活躍そのものだけでなく、その後の反応まで楽しめます。コメント欄、SNS、掲示板、切り抜き動画、他の配信者の反応など、「世間がどんな反応をするのか」という二段目のご褒美があります。
これは、本人が自分の凄さに気づいていないタイプの主人公とも非常に相性がいい。主人公は普通にやったつもりなのに、視聴者だけが大騒ぎする。
私はこのパターン、かなり好きです。
追放ものなら、主人公を正しく評価するのは新しい仲間や周囲の人たちです。配信ものなら、その役割を何万人もの視聴者が一度にやってくれる。主人公の価値を証明する人数が、桁違いに増えたとも言えます。
## 数字そのものが「ステータス」になる
Web小説では、ゲーム的なステータス画面が主人公の成長を数字で見せてきました。レベル10、レベル50、攻撃力1000と、数字が上がれば強くなったことが一目で分かります。
配信ものでは、その役割を登録者数、同時接続者数、再生回数、フォロワー数、ランキングといった別の数字が果たします。数字が増えれば、主人公の人気や知名度が上がったことが一目で分かる。
ある意味、現代版のステータス画面です。
ゲーム的な強さではなく、社会的な評価を数値化できる。ここにも、昔からなろう系で使われてきた「成長を見える形にする」気持ちよさが残っているように思います。
## 『推しにささげるダンジョングルメ』は、いろいろ混ざっている
2022年開始の『推しにささげるダンジョングルメ ~最強探索者VTuberになる~』は、ここまでの流れを考えるとかなり面白い作品です。
現代ダンジョン、最強探索者、VTuber、配信、グルメ、推し活。かなりいろいろ入っています。
一つ一つは、すでに読者が知っている要素です。でも、それを組み合わせることで一つの作品になる。
この辺りから私は、「今のWeb小説って、新しいテンプレを一個作るというより、既存のテンプレを組み合わせる方向も強くなってないか?」と思うようになりました。
もちろん、複数ジャンルを混ぜる作品自体は昔からあります。2020年代に突然始まったわけではありません。ただ、読者が知っている「部品」が増えたことで、複数の部品を組み合わせても説明なしで通じやすくなった。
この話は、第8章でもう少し詳しく考えます。
## 芸能ものも、構造は似ている
主人公が歌う、演技する、ゲームをする、配信する、ダンジョンを攻略する。表面的にはかなり違います。
でも、主人公が特別な能力を持ち、それを周囲が見つけて「こいつすごくない?」と評価する。この構造は、俺TUEEE系とかなり似ています。
敵を倒す代わりに、歌や演技で圧倒する。戦闘力ではなく才能で無双する。そして、その才能が多くの人へ知られていく。
「評価される快感」という点では、同じ方向から考えることができる気がします。
## 評価する人数が増えていく
こうして考えると、主人公を評価する範囲は、一人のヒロインから冒険者パーティー、村や国、主人公を追放した元仲間、掲示板の住人、何万人もの視聴者、そして世界中へと、どこまでも広げることができます。
もちろん作品ごとに狙いは違います。ただ私には、主人公の価値を「誰が」「何人」認識するのかという部分が、以前より目立つようになったように感じます。
そして、ここまで主人公を評価させる仕組みが洗練されると、次の疑問が出てきます。
何かすごいことをしてから評価される必要すらないのではないか?
例えば、男性が極端に少ない世界。その世界なら、男であるというだけで最初から希少価値があります。
次の横道では少し時間をさかのぼりながら、ハーレムものから男女比・貞操観念逆転ものまで、「モテる主人公」の変化を考えてみます。




