第5章 異世界から現代へ――現代ダンジョン・帰還者・二世界往還
ここまで、
異世界へ転移する。
異世界へ転生する。
チートを得る。
料理する。
農業する。
商売する。
追放される。
そして自分の価値を認めさせる。
と、「なろう系」の変化を追ってきました。
ところが、ある程度まで異世界という舞台を使い尽くしてくると、ちょっと面白いことが起こります。
「これ、別に異世界へ行かなくてもよくない?」
現代日本にダンジョンができてもいい。
異世界から帰ってきてもいい。
異世界と地球を自由に行き来してもいい。
異世界で得た能力を、そのまま現代社会へ持ち込んでもいい。
こうして、
異世界へ向かっていた物語が、今度は現代へ戻ってきます。
今回は、
「現代ダンジョン」
「異世界帰還者」
「地球と異世界の往還」
といった流れについて考えてみたいと思います。
この頃の主な作品
【2017年】
『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する ~レベルアップは人生を変えた~』
異世界⇔現代/異世界でレベルアップ/現実世界でも無双/人生逆転
【2019年】
『Dジェネシス ダンジョンができて3年』
現代ダンジョン/スキル/科学/経済/国家/掲示板
【2022年頃】
『異世界から帰還したら地球もかなりファンタジーでした。あと、負けヒロインどもこっち見んな。』
異世界帰還/現代異能/勇者能力/妖怪・霊能・神々
『異世界⇔地球間で個人貿易してみた』
二世界往還/交易/現代商品/異世界産商品/価格差
ほかにもこの頃から、
現代ダンジョン。
帰還勇者。
覚醒者。
探索者。
ダンジョン配信。
異世界と地球を自由に行き来する作品。
などが、かなり身近になっていったように思います。
※今回も「これらが元祖」という意味ではありません。
私がこの流れを振り返るうえで分かりやすい作品を例として挙げています。
そもそも、なぜ異世界へ行っていたのか
ここで一度、
ものすごく根本的なことを考えてみます。
なぜ主人公は、
異世界へ行かなければならなかったのでしょうか。
もちろん、
ファンタジーだから。
冒険したいから。
魔法を使いたいから。
モンスターと戦いたいから。
という理由もあります。
ただ、なろう系という流れの中では、
もう一つ大きな理由があったように思います。
それは、
現代社会の常識から主人公を切り離せること。
です。
日本では普通の会社員でも、
異世界なら現代知識を持った特別な人間になれる。
日本では何の役にも立たないゲーム知識でも、
ゲーム的な異世界なら大きな武器になる。
魔法。
剣。
ステータス。
スキル。
レベル。
魔物。
そうしたものを登場させるにも、
「異世界です」
と言えば説明しやすい。
つまり異世界は、
現代社会のルールを一度全部リセットできる舞台
でもあったのだと思います。
ところが、その「なろう文法」が読者に定着した
ところが、
前の横道回でも書いたように、
長い年月をかけて、
レベル。
スキル。
ステータス。
ダンジョン。
ドロップアイテム。
アイテムボックス。
といった言葉そのものが、
読者にとって珍しくなくなっていきます。
すると、
作者はもう、
それらを存在させるためだけに主人公を異世界へ送る必要がありません。
「ある日、地球にダンジョンが出現しました」
これだけでいい。
現代日本なのに、
レベルがある。
スキルがある。
モンスターがいる。
魔石がある。
ダンジョンがある。
でも、
スマホもある。
コンビニもある。
会社もある。
政府もある。
SNSもある。
インターネットもある。
こうして、
なろう系のゲーム的ファンタジー文法を、そのまま現代へ持ち込めるようになった。
私はこれが「現代ダンジョンもの」の面白いところだと思っています。
『Dジェネシス』――ダンジョンができたら、社会はどうなる?
私がこのジャンルで特に印象に残っているのが、
『Dジェネシス ダンジョンができて3年』
です。
この作品では、
地球にダンジョンが出現しています。
しかし面白いのは、
「よーし、ダンジョン攻略だ!」
だけではないところです。
ダンジョンから何が採れるのか。
スキルオーブにはどれほどの価値があるのか。
国家はどう扱うのか。
企業はどう動くのか。
科学的に解析できるのか。
経済にどんな影響が出るのか。
ランキングはどう扱われるのか。
つまり、
「もし本当に現代社会にゲームみたいなダンジョンが出現したら?」
を、社会側からも考えている。
昔なら、
ダンジョンは異世界にありました。
冒険者ギルドへ行き、
剣を持って潜る。
ところが現代なら、
行政が来る。
研究者が来る。
企業が来る。
軍事的価値も出る。
国際問題にもなる。
ネットで情報が広がる。
ダンジョンという昔からあるファンタジー装置を、
現代社会へ置いただけで、全く別の物語が作れる。
これは面白い変化だと思います。
異世界では面倒だったものが、現代なら最初から揃っている
そして現代ファンタジーには、
もう一つ大きな利点があります。
生活基盤を一から作らなくていい。
異世界転移なら、
食べ物。
家。
仕事。
言葉。
お金。
身分証明。
服。
移動手段。
といった問題が出てきます。
だから、
自動翻訳。
アイテムボックス。
ネットスーパー。
といった便利能力で、
その辺りを省略する作品が増えていった。
ところが現代日本が舞台なら、
最初から、
コンビニがあります。
通販があります。
電気があります。
水道があります。
スマホがあります。
家があります。
つまり、
スローライフ用の便利チートを用意しなくても、現代文明そのものがすでにチート級に便利。
あとは、
そこへ魔法やダンジョンだけ足せばいい。
考えてみれば、
これはとても合理的です。
『いせれべ』――異世界で得たものを現実へ持ち帰る
そして、
「異世界と現代を両方使えばいい」
という方向も出てきます。
『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する』
タイトルだけで、
何をやる作品なのかほぼ分かります。
主人公は異世界へ行くことができ、
そこでレベルアップする。
そして、
異世界で得た能力や成長が、現実世界にも反映される。
これが重要です。
従来の異世界転移では、
主人公の現代での生活は、
物語開始時点でほぼ終了します。
会社員だった。
学生だった。
引きこもりだった。
交通事故で死んだ。
そして異世界へ。
つまり現代は、
主人公が異世界へ行くための「出発地点」
でした。
でも、
地球と異世界を行き来できるなら、
現代も物語の舞台として残ります。
すると、
異世界で強くなる。
↓
現代へ戻る。
↓
学校や社会でも活躍する。
という二段構えができます。
異世界が「人生逆転装置」になる
ここで第4章の話ともつながります。
追放ものでは、
主人公は、
「お前には価値がない」
と言われる。
しかし、
実は有能だった。
そして別の場所で評価される。
『いせれべ』のような構造では、
現代社会でうまくいっていなかった主人公が、
異世界で力を得る。
そして、
その力を現代へ持ち帰る。
つまり異世界は、
第二の人生そのものではなく、現実の人生を逆転するための装置
にもなります。
これは転生ものとは似ているようで、
かなり違う。
転生なら、
前の人生を捨てて、
新しい人生を始める。
往還ものなら、
今の人生そのものを強くてニューゲームに変える。
この違いは結構大きいと思います。
異世界から「帰ってきた後」の話
さらに、
最初から異世界編をほとんど終わらせてしまう作品もあります。
それが、
異世界帰還者もの
です。
主人公はかつて異世界へ召喚された。
魔王を倒した。
世界を救った。
最強になった。
そして、
日本へ帰ってくる。
普通なら、
ここでエンディングです。
「こうして勇者は故郷へ帰りました。めでたしめでたし」
となるところを、
帰ってきたところから物語を始める。
これも、
長年異世界ものを読んできたからこそ成立しやすくなった発想なのではないでしょうか。
読者は、
主人公が異世界でどんなことをしていたのか、
細かく全部描かれなくても、
「勇者として何年も戦ってきた」
と言われれば、
だいたい想像できます。
これも、
共有文法ができたからこそ省略できる部分
だと思います。
『異世界から帰還したら地球もかなりファンタジーでした。』
このタイトルも、
まさにそのままです。
主人公は異世界で勇者として戦い、
魔王を倒して、
地球へ帰ってきます。
ところが、
帰ってきてみたら、
地球にも霊能力者や妖怪、悪魔、神様などが普通に存在していた。
主人公からすると、
「異世界からやっと帰ってきたのに、地球もファンタジーじゃねえか」
という状態です。
これは、
異世界ものと現代ファンタジーが完全に合流した形だと思います。
異世界で培った勇者能力。
現代日本。
霊能力。
妖怪。
神。
悪魔。
それまで別々のジャンルにいたものを、
全部同じ舞台へ載せられる。
そして何より、
主人公はすでに強い。
修行編もいらない。
レベル1から始める必要もない。
異世界編で完成した主人公を、そのまま別ジャンルへ投入できる。
これも非常にWeb小説らしい組み合わせ方だと思います。
「異世界で何年も戦ってきた」が、新しい主人公設定になる
これも面白いところです。
昔なら主人公の設定として、
元軍人。
格闘家。
天才科学者。
凄腕の傭兵。
などを使うことで、
「なぜこの主人公は強いのか」
を説明していました。
ところが、
「異世界帰りの元勇者」
と言えば、
剣が強い。
魔法が使える。
修羅場慣れしている。
魔物にも驚かない。
精神的にも普通の学生とは違う。
そして作品によっては、
収納。
回復。
転移。
鑑定。
などまで使える。
一言で、
とんでもなく大量の能力と経験を主人公に与えられます。
言ってしまえば、
「異世界帰り」という設定そのものが巨大なチートスキル
になっているわけです。
「地球のものを異世界へ」から「異世界のものを地球へ」
さらに、
二つの世界を行き来する作品では、
もう一つ面白い変化が起こります。
以前取り上げた、
『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』
のような作品では、
現代日本の物資を異世界へ持ち込むことが大きな強みになりました。
食料。
道具。
技術。
知識。
地球側が圧倒的に便利です。
ところが、
『異世界⇔地球間で個人貿易してみた』
では、
この関係が双方向になります。
地球の砂糖。
香辛料。
コーヒー。
衛生用品。
などは異世界で価値がある。
しかし、
異世界には、
ポーションがある。
それを地球へ持ってきたら?
当然、
とんでもない価値があります。
つまり、
地球文明>異世界文明
ではない。
それぞれの世界に、
得意なものがある。
それを、
世界をまたいで売る。
これだけで、
異世界ものが、
貿易もの
になります。
「現代知識チート」から「文明そのものを持ち込む」へ
ここは以前から私が気になっていた、
現代知識チートの変化ともつながります。
昔なら、
主人公本人が、
農業知識を覚えている。
料理法を知っている。
技術を知っている。
必要がありました。
でも、
二世界を行き来できるなら、
もう主人公が何でも知っている必要がありません。
分からなければ、
地球へ戻って調べればいい。
必要なものがあれば、
地球で買えばいい。
逆に、
地球には存在しないものが異世界にあるなら、
こちらへ持ってくればいい。
主人公個人の知識から、
現代文明へのアクセスへ。
さらに、
二つの文明を自由に利用する権利へ。
チートの規模が、
どんどん大きくなっていきます。
この辺りは、
後の横道回で、
「現代知識チートはどう進化したのか」
として改めて取り上げたいと思っています。
現代ダンジョンは、なろう系の「里帰り」なのかもしれない
こうして考えると、
現代ダンジョンものは、
ちょっと面白い位置にあります。
もともと、
現代人が異世界へ行った。
↓
異世界にゲームのルールが入った。
↓
レベル・スキル・ステータスが共通文法になった。
↓
その文法だけを現代へ持ち帰った。
つまり、
異世界へ持っていったゲーム文法が、今度は現代日本へ戻ってきた。
とも見えるのです。
現代日本に、
ダンジョン。
モンスター。
レベル。
スキル。
ドロップアイテム。
が存在する。
でも、
社会そのものは日本。
この組み合わせが普通に受け入れられるのは、
読者が長年、
異世界ものやVRMMOものを通じて、
その文法に慣れてきたからではないでしょうか。
「ファンタジー世界」ではなく「ファンタジー要素」があればいい
ここまで来ると、
舞台そのものが異世界である必要すらなくなります。
欲しいのは、
異世界そのものではなく、
ファンタジーを成立させる装置
なのかもしれません。
魔法が使いたい。
↓
現代に魔法があればいい。
レベルアップしたい。
↓
現代にステータスがあればいい。
モンスターと戦いたい。
↓
街の地下にダンジョンがあればいい。
異世界のアイテムが欲しい。
↓
ゲートでつながっていればいい。
チートを使いたい。
↓
異世界帰還者にすればいい。
そうなると、
異世界は、
必須の舞台ではなく、数ある設定の一つ
になります。
これは、
初期の「異世界へ行くこと自体が物語だった」時代から考えると、
かなり大きな変化です。
そして現代だからこそ「見られる」
さらに、
現代を舞台にすると、
異世界にはなかったものが使えます。
スマートフォン。
SNS。
動画サイト。
掲示板。
ニュース。
そして、
配信。
異世界で主人公がドラゴンを倒した。
それを見ているのは、
その場にいた仲間だけかもしれません。
でも、
現代ダンジョンでドラゴンを倒して、
それが配信されていたら?
数万人。
数十万人。
場合によっては世界中が、
主人公の活躍を見ることができます。
ここで、
第4章で考えた、
「主人公が評価される快感」
が一気に拡大します。
追放ものなら、
元パーティー数人が、
「あいつ実はすごかったんだ」
と知る。
現代ダンジョン配信なら、
コメント欄が、
「誰だこいつ!?」
「強すぎる!」
「これソロで倒せる相手じゃないだろ!」
と埋まる。
主人公のすごさを、何万人もの人間がリアルタイムで目撃する。
これは、
ざまぁとは少し違います。
でも、
「主人公の価値を周囲に認識させる」
という点では、
かなり近い快感があるように思います。
異世界へ行く必要がなくなった先に、「配信」があった
ここまでの流れをまとめてみます。
最初は、
主人公が異世界へ行った。
次に、
異世界と現代を行き来するようになった。
さらに、
異世界から帰ってくるようになった。
そして、
現代そのものにダンジョンができた。
つまり、
異世界がどんどん現代へ近づいてきた。
そして舞台が現代になることで、
SNS。
掲示板。
動画。
VTuber。
配信。
という、
今の社会ならではの要素と結びついていきます。
これは、
今までのなろう系とはまた違う、
かなり大きな変化だったと思います。
次は「強い」だけではなく、「バズる」
そして次の時代。
主人公が、
強い。
美しい。
歌が上手い。
ゲームが上手い。
ダンジョン攻略がすごい。
それだけでは終わりません。
その姿を、
誰かが見る。
コメントする。
掲示板で話題になる。
切り抜かれる。
バズる。
登録者が増える。
ファンが増える。
推される。
主人公が特別であることを、
物語の登場人物だけではなく、
大量の「視聴者」が認識する。
ここまで来ると、
物語の快感そのものが、
また少し変わってきます。
次回は、
「配信・掲示板・VTuber・芸能――“評価される快感”の大規模化」
について考えてみたいと思います。
今回は、
異世界へ行く物語から、
異世界帰還者。
二世界往還。
そして現代ダンジョンへ、
舞台が現代へ戻ってくる流れについて考えてみました。
個人的には、
現代ダンジョンや異世界帰還者ものはかなり好きなジャンルです。
コンビニもスマホもある普通の日本なのに、
その裏側では、
ダンジョンがあり、
魔法があり、
妖怪がいて、
元勇者が普通に学校や会社へ行っている。
この、
「知っている日常の中に、なろう的ファンタジーが混ざっている」
感じが面白いんですよね。
そして現代が舞台になったことで、
次に出てくるのが、
配信。
掲示板。
SNS。
VTuber。
といった、
「大勢の人から見られる」物語です。
皆さんにも、
印象に残っている現代ダンジョンものや、
異世界帰還者もの、
地球と異世界を行き来する作品がありましたら、
ぜひ教えてください。
次回は、
**主人公が活躍するだけでは足りない。
その活躍をみんなに見てもらおう。**
そんな方向へ進んでいったWeb小説について、
振り返ってみたいと思います。




