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第4章 追放・ざまぁ――主人公が評価されるまでの距離が短くなっていく

前回までで、


異世界へ行く。


転生する。


チートを得る。


そして異世界で、


戦う。


料理する。


物を作る。


農業する。


のんびり暮らす。


と、作品の幅がどんどん広がっていく様子を振り返ってきました。


そして今回は、2017~2020年頃から特に存在感を増していった、


「追放」

「不遇職」

「ハズレスキル」

「ざまぁ」

「もう遅い」


といった流れについて考えてみたいと思います。


この辺りから、


「主人公が強くなる話」


だけではなく、


「主人公の価値を理解しなかった側が間違っていたと証明される話」


が、とても分かりやすい形で増えていったように感じます。

この頃の主な作品・流行


【2017年頃】


『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』


 勇者パーティーからの追放/スローライフ/第二の人生


【2018年頃】


『勇者パーティーを追放されたビーストテイマー、最強種の猫耳少女と出会う』


 勇者パーティー追放/実は有能/新しい仲間/ざまぁ


『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』


 ハズレスキル/不遇/復讐/実は強力


『役立たずスキルに人生を注ぎ込み25年、今さら最強の冒険譚』


 不遇スキル/長期努力/能力開花


【2018~2020年頃】


「追放」


「ハズレスキル」


「不遇職」


「ざまぁ」


「パーティーに戻ってきてくれ」


「もう遅い」


といった言葉が、タイトルやあらすじで目立つようになっていきます。


この頃から、


「主人公が強くなる物語」


だけではなく、


「主人公の価値を理解できなかった側が間違っていたと証明される物語」


が、非常に分かりやすい形で増えていったように思います。


そもそも「不遇からの逆転」は昔からある


まず最初に書いておきたいのは、


虐げられていた主人公が成功して、自分を馬鹿にしていた人間を見返す


という物語そのものは、当然ながら新しいものではありません。


昔話でも、


漫画でも、


ドラマでも、


スポーツものでも、


ずっと使われてきた非常に分かりやすい物語構造です。


弱い主人公が努力する。


馬鹿にされる。


苦労する。


少しずつ成長する。


そして最後には認められる。


気持ちいい。


非常によく分かります。


なろう系でも、かなり早い段階からこの構造はありました。


例えば前に取り上げた『ありふれた職業で世界最強』。


主人公はクラスメイトの中で、戦闘向きとは言い難い「錬成師」。


奈落へ落とされ、


本当に死にかけながら、


そこから強くなって這い上がります。


つまり、


不遇



苦難



努力・変化



強くなる



周囲を見返す


という流れです。


ただ、この先で少し形が変わっていきます。


「主人公が弱かった」のではなく、「周囲が価値を理解していなかった」


追放ものが増えてくると、


主人公は、


役立たず。


弱い。


不要。


足手まとい。


と思われています。


ところが、


実は最初からものすごく重要な仕事をしていた。


主人公が抜けた途端、


パーティーが弱くなる。


仕事が回らなくなる。


今まで倒せていた魔物に勝てなくなる。


装備の維持ができない。


補助魔法がなくなって大苦戦する。


そこで初めて、


「あいつ、実はすごかったんじゃ……?」


となる。


ここでは、


主人公自身がゼロから努力して強くなる必要がありません。


すでに強い。


すでに有能。


ただ、


周囲がそれに気づいていなかっただけ。


ここが、それまでの成長ものとかなり違うところだと思います。


追放ものは「評価」の物語だった?


ここまで考えてみて、


私は一つ感じました。


追放ものの中心にあるのは、


戦闘でも、


魔王討伐でも、


レベルアップでもなく、


実は、


「評価」


なのではないでしょうか。


旧パーティー。


「お前はいらない」



主人公。


別の場所で活躍。



新しい仲間。


「あなたはすごい」



旧パーティー。


「あいつが必要だった」


という流れ。


つまり、


主人公の価値を誰がどう評価するか


そのものが物語になっています。


これまでの俺TUEEEでは、


強敵を倒すことで主人公の強さを証明することが多かった。


追放ものでは、


主人公が抜けたことで旧パーティーが困るだけでも、


主人公の価値を証明できます。


これはかなり効率がいい。


しかも主人公本人が、


「俺はすごいんだ!」


と主張する必要もありません。


周囲が勝手に、


「あいつはすごかった」


と証明してくれるわけです。


「努力して認められる」から「最初から認められるべき人だった」へ


ここで、今までの流れを並べてみます。


昔ながらの成長ものなら、


弱い



努力する



強くなる



認められる


だった。


それが、


『ありふれ』のような作品では、


不遇



極限状態



強くなる



逆転する


になる。


さらに追放ものでは、


無能扱いされる



追放される



実は最初から有能だった



別の場所ですぐ評価される



追放した側が困る


となる。


こうして比べると、


読者が「主人公すげえ!」という気持ちよさを得るまでの時間が、どんどん短くなっている


ように見えるのです。


私はこの変化を、


「カタルシスまでの距離が短くなった」


と考えています。


なぜ短くなったのか


これはあくまで私個人の考察ですが、


Web小説の読み方とも関係があるのではないかと思っています。


Web小説は、


一話読む。


次の話を読む。


面白ければさらに読む。


合わなければ離れる。


という読み方が非常に簡単です。


作品も大量にあります。


つまり作者側からすると、


読者に、


「この先面白くなりますから50話まで読んでください!」


と言うのは難しい。


だったら、


第1話で追放する。


第2話で実は強いと分かる。


第3話で新しい仲間に評価される。


第5話で元パーティーが困り始める。


くらいの方が、


話が早い。


もちろん全作品がそうではありません。


ですが、


読者が求めている気持ちよさを、早い段階で提示する


という方向は、


Web連載との相性が非常にいいように思います。


「ハズレスキル」も同じ構造


そして追放ものと相性がいいのが、


「ハズレスキル」


です。


主人公が得た能力を見て、


周囲が、


「弱い」


「役立たず」


「そんなスキルはいらない」


と判断する。


ところが、


主人公が実際に使ってみると、


とんでもなく強い。


ここでも、


主人公が成長して価値を得た


のではなく、


最初から価値があったのに、周囲が理解していなかった


という構造を使えます。


これが非常に便利です。


主人公には、


不遇スタートによる共感。


最強主人公の爽快感。


周囲を見返すざまぁ。


全部を同時に載せられる。


追放と「ざまぁ」は同じものではない


ここで一度整理しておきたいと思います。


「追放」と「ざまぁ」は、実は別のものです。


追放は、


主人公が集団から排除されるという、


物語の発端。


ざまぁは、


主人公を不当に扱った側が、


後になって失敗したり、


評価を落としたり、


主人公の価値を思い知ったりする、


その後の報酬。


です。


だから、


追放されても、


元のパーティーが普通に成功し続ける作品だって理論上は作れます。


逆に、


明確な追放がなくても、


主人公を馬鹿にしていた相手が後で失墜すれば、


ざまぁ的な快感は作れます。


この二つが強く結びついたことで、


「主人公を不当に扱う」



「主人公が別の場所で成功する」



「主人公を捨てた側が失敗する」


という、とても分かりやすい一つの型が完成していったのだと思います。


主人公自身が復讐しなくても「ざまぁ」になる


ここで面白いのが、


主人公が積極的に復讐しなくても成立することです。


主人公は、


「もう関係ないから」


と新天地で幸せに暮らしている。


一方、


旧パーティーだけが勝手に失敗する。


主人公は何もしない。


でも読者からすると、


ざまぁ。


となる。


これは結構重要だと思います。


主人公自身に、


陰湿な復讐をさせなくていい。


読者は主人公に好感を持ったまま、


旧パーティーが転落する爽快感だけ味わえる。


つまり、


主人公を善人のままにして、復讐の快感だけ提供できる。


非常に効率のいい構造です。


ただし、ここでまた「世界の知能低下問題」が出てくる


ただ、


この構造を使いすぎると、


私が以前から感じていた問題が顔を出してきます。


「いや、なんで誰もその能力をちゃんと調べなかったの?」


問題です。


世界に一つしかないスキル。


見たことのない職業。


未知の能力。


なのに、


名前だけ見て、


「ハズレ!」


で終わる。


主人公を追放するために、


ギルドマスターも、


王様も、


神官も、


仲間も、


誰一人まともに検証しない。


こうなると、


主人公が賢いというより、


主人公以外の人間が全員ものすごく雑


に見えてしまうことがあります。


もちろん、


能力鑑定が絶対視されている社会だった。


過去に同名の弱い能力が存在した。


身分制度が厳しく、弱者の能力など調べる価値がないと思われている。


など、


理由があれば納得できます。


問題なのは、


主人公を追放するというイベントを起こすためだけに、周囲の判断力を下げてしまう場合


です。


ここで以前から私が感じていた、


「主人公を有能にするために、世界側を必要以上に無能にしていないか?」


という問題につながってきます。


個人的に、ここはどうしても飲み込めなかった作品


※ここからは完全に個人の感想です。


また、私はこの作品を最後まで読んでいません。


そのため、後半でこの設定について明確な説明がされている可能性があることは、最初にお断りしておきます。


私が途中で読むのを断念してしまった作品に、


『水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~』


という作品があります。


タイトルだけを見ると、


水魔法を馬鹿にされて追放。



実は水は万能。



主人公が成長。



周囲が後悔する。


という、


かなり分かりやすい追放・ざまぁ系です。


そして私は、


こういう構造そのものはむしろ好きです。


ですが、


序盤でどうしても飲み込めなかった設定がありました。


この世界では、


水に重さがあるということが知られていない。


さらに、


昔存在した井戸の用途まで忘れられている。


そして、


川の中で体が受ける抵抗なども、


水そのものの性質ではなく、


水の精霊の仕業


として理解されている。


ここまでは、


「そういう特殊な世界なのだ」


と考えることもできます。


ですが同時に、


この世界にはすでに水道設備があり、


町には水が供給され、


噴水のような設備まで存在する。


私はここで、


「いや、水道を作れる文明が、水に重さがあることを知らないのはさすがに無理がないか?」


となってしまいました。


水を桶いっぱいに入れて持てば重い。


大量の水が流れれば物を押す。


水を高い場所へ上げるには力が必要。


水道や貯水設備を作れば、


嫌でもそうした現象には遭遇するはずです。


別に、


「質量」


「密度」


「水圧」


といった科学用語を知っている必要はありません。


でも、


「大量の水は重い」


という経験則すらない文明が、


どうやって水道設備を作り維持しているのか。


私はどうしてもそこが引っかかってしまい、


物語に入り込めなくなりました。


ご都合主義は嫌いじゃない。むしろ好き


ここは誤解されたくないところです。


私は、


ご都合主義が嫌いなわけではありません。


むしろ好きです。


主人公がチート能力をもらう。


偶然いい仲間に出会う。


都合よく必要な素材が手に入る。


美少女に好かれる。


強敵がいいタイミングで現れる。


全然いい。


むしろ、


そういう気持ちよさを楽しみたくて読んでいる作品もたくさんあります。


ですが、


私の中では、


「気持ちよく受け入れられるご都合主義」


と、


「世界そのものが成立しているのか気になってしまうご都合主義」


の間に、どうやら境界線があるようです。


そして先ほどの作品は、


私にとってその境界線を越えてしまった。


というだけの話です。


他の方が普通に楽しんでいるのであれば、


それを否定するつもりは全くありません。


むしろ今回この読み物を書いていて、


「自分は何なら許せて、何だと引っかかるのか」


が少しずつ言葉になってきたのが面白いところです。


主人公を上げるために、周囲を下げる


これは追放ものだけの問題ではありません。


前章で触れた、


現代知識チートでもよく起こります。


主人公が料理を知っている。


それ自体はいい。


でもそのために、


異世界人が、


煮ることも、


焼き方の工夫も、


保存方法も、


何百年もの歴史があるのに誰も考えなかった。


となると、


少し違和感が出てくる。


主人公が優秀だから活躍するのではなく、


主人公を優秀に見せるために、世界全体の知能を下げてしまう。


この方法は確かに話を作りやすいです。


主人公を簡単に称賛させられる。


ですが、


やりすぎると、


「この世界、主人公が来るまでどうやって文明を維持してきたんだ?」


という別の疑問が出てしまう。


ここも、


なろう系を長く読んできて、


私が時々感じていたモヤモヤの一つでした。


そしてついに「もう遅い」へ


追放ものがさらに煮詰まると、


ある言葉が非常に目立つようになります。


「もう遅い」


です。


主人公を追放した。



主人公は別の場所で成功。



旧パーティーは没落。



「あいつを戻そう!」



主人公。


「もう遅い」


……非常に分かりやすい。


ここまで来ると、


もはやあらすじを読んだ時点で、


最後にどんな気持ちよさが待っているのかが分かる。


これは悪い意味ではありません。


むしろ、


「今日はざまぁが読みたい」


という時に、


読者が欲しいものを確実に提供してくれる。


ラーメン屋に行って、


ちゃんとラーメンが出てくるような安心感です。


「もう遅い」は、カタルシスの完成形だった?


少し乱暴な言い方をすれば、


私は「もう遅い」系を、


追放ざまぁのカタルシスを最短距離で提示する形


だと思っています。


主人公の価値を理解しなかった側が、


明確に、


「間違っていました」


と認める。


主人公は、


明確に、


「戻りません」


と拒否する。


曖昧さがありません。


読者が、


「そうそう、それが見たかった」


と思う場面を、


きっちり用意する。


追放ものが成熟した結果、


何が読者にとって一番気持ちいいのかが整理され、


その部分が前面に出てきた、


と見ることもできるのではないでしょうか。


「評価される快感」がどんどん強くなる


そして、この流れは後の作品にも続いていくように思います。


追放ものでは、


旧パーティーが主人公の価値に気づく。


その後、


掲示板もの。


配信もの。


VTuberもの。


芸能もの。


現代ダンジョンもの。


では、


主人公の活躍を、


大勢の人間が一斉に評価する


ようになります。


追放ものなら、


数人の元仲間が、


「あいつすごかったんだ」


と理解する。


配信ものなら、


コメント欄の何万人が、


「何だこいつ!?」


となる。


つまり、


主人公の価値を他人に認識させる


という快感が、


どんどん大規模になっていく。


今回この連載を書き始めてから、


私はここがかなり腑に落ちました。


不遇からの逆転は、どんどん高速化した


まとめると、


初期の成長ものでは、


弱い主人公が長い時間をかけて強くなる。


次に、


不遇な主人公が極限状態から覚醒する。


そして、


すでに強い主人公が誤解されて追放される。


さらに、


追放した側がすぐに困り始める。


最後には、


「戻ってきてくれ」


「もう遅い」


までがセットになる。


こうして見ると、


主人公が評価されるまでの距離は、


確かにどんどん短くなっています。


そして私は、


この変化が、


後の、


男女比もの。


勘違いもの。


配信もの。


芸能無双。


などにもつながっていくのではないかと思っています。


例えば男女比が極端な世界なら、


主人公は、


男である。


それだけで最初から希少価値がある。


もう、


努力してモテる必要すらない。


カタルシスまでの距離、


ほぼゼロです。


この辺りについては、


後々じっくり触れてみたいと思います。


次はどこへ行くのか


追放。


ざまぁ。


ハズレスキル。


もう遅い。


ここまでテンプレが固まってくると、


当然ながら読者も展開を読めるようになります。


勇者パーティーから追放?


はいはい、主人公が実は有能ね。


ハズレスキル?


はいはい、本当は最強ね。


ギルドで絡んでくる冒険者?


はいはい、主人公に負ける雑魚ね。


……となる。


では、


作者はどうするのか。


テンプレを逆手に取る。


わざと外す。


主人公自身にテンプレを語らせる。


先輩転生者がすでにマヨネーズもオセロも作っている。


異世界転生する日のために、主人公が現代日本で準備している。


「読者が次の展開を知っている」こと自体を、物語の材料にする。


いよいよ、


「はいはい異世界転生ね」


という、この連載の副題にもつながるところへ近づいてきました。


ただ、その前に。


もう少しWeb小説の世界で起きた大きな変化を追ってみたいと思います。


次は、


異世界から現代へ。


現代ダンジョン。


異世界帰還者。


そして、


現代そのものがファンタジーになっていく流れを見ていきたいと思います。

今回は、


「追放」

「ざまぁ」

「ハズレスキル」

「もう遅い」


という、非常に分かりやすいWeb小説の流行について考えてみました。


この辺りは、


「大好きだった」


という方も、


「さすがに多すぎて食傷気味だった」


という方もいるのではないでしょうか。


私自身、


この構造そのものはかなり好きです。


主人公を馬鹿にしていた人間が、


後になって、


「あいつ、実はすごかったんじゃ……」


となる。


やっぱり気持ちいいものは気持ちいい。


ただし、


そのために周囲の人間があまりにも馬鹿になってしまうと、


「いや、それはさすがに……」


となる。


この辺りの匙加減も、作品を楽しめるかどうかの大きなポイントだと思います。


皆さんが印象に残っている追放・ざまぁ作品や、


「これはさすがに追放理由が無理やりすぎた」


という作品がありましたら、ぜひ教えてください。


次回は、


異世界へ行くのではなく、


現代そのものがファンタジーになっていく流れ


を振り返ってみたいと思います。

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