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第4章 追放・ざまぁ――主人公が評価されるまでの距離が短くなっていく 改稿

前回まで、異世界へ行き、転生し、チートを得て、その世界で戦ったり、料理したり、物を作ったり、農業したり、のんびり暮らしたりと、なろう系の遊び方がどんどん増えていった流れを振り返ってきました。


今回は、その少し先。


2017~2018年頃から目立つようになっていった「追放」「不遇職」「ハズレスキル」「ざまぁ」、そして2020年頃に大きく流行した「もう遅い」について考えてみたいと思います。


この辺りから、単純に「主人公が強くなる物語」だけではなく、「主人公の価値を理解できなかった側が間違っていたと証明される物語」が、非常に分かりやすい形で増えていったように感じます。


## この頃の主な作品


【2017年】


『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』

勇者パーティーからの追放/第二の人生/スローライフ


『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』

ハズレスキル/廃棄/復讐/実は強力


【2018年】


『勇者パーティーを追放されたビーストテイマー、最強種の猫耳少女と出会う』

勇者パーティー追放/実は有能/新しい仲間/再評価


『役立たずスキルに人生を注ぎ込み25年、今さら最強の冒険譚』

不遇スキル/長期努力/能力開花


そして2018年頃になると、「追放」をタイトルに掲げる作品そのものがかなり目立つようになっていきます。


さらに2020年になると、「戻ってきてくれと言われても、もう遅い」といった言葉までタイトルに入り始め、一つの流行として非常に分かりやすい形になりました。


もちろん、ここに挙げた作品が「追放ものの元祖」「ハズレスキルの元祖」という意味ではありません。今回も、私が流れを振り返るうえで分かりやすい作品を並べています。


## 不遇からの逆転なんて、昔からある


まず最初に整理しておきたいのは、虐げられていた主人公が成功し、自分を馬鹿にしていた人間を見返す物語そのものは、当然ながら新しいものではないということです。


昔話にも漫画にもドラマにもスポーツものにも、ずっと存在してきました。


弱い主人公が馬鹿にされ、それでも努力し、少しずつ成長して、最後には周囲から認められる。とても分かりやすい物語ですし、やっぱり気持ちいい。


なろう系でも、この構造はかなり早い段階から存在しています。


例えば前に取り上げた『ありふれた職業で世界最強』。主人公のハジメはクラスメイトの中で、戦闘向きとは言い難い「錬成師」という職業を得ます。そこから奈落へ落とされ、本当に死にかけながら、それでも生き残るために戦い続け、強くなって這い上がっていきます。


つまり「不遇な立場に置かれる→苦難を経験する→主人公自身が変化する→強くなる→逆転する」という形です。


ところが追放ものでは、ここが少し変わっていきます。


## 「弱かった」のではなく「評価されていなかった」


典型的な追放ものでは、主人公は「役立たず」「弱い」「足手まとい」と判断され、パーティーから追い出されます。


ところが、主人公がいなくなった途端に状況がおかしくなる。今まで簡単に倒せていた敵に苦戦する、装備の維持ができなくなる、補助魔法がなくなり戦えなくなる、仕事が回らなくなる。


そこで初めて元の仲間たちが、「あいつ、実はものすごく重要だったんじゃないか?」と気づきます。


ここで主人公は、必ずしもゼロから強くなる必要がありません。最初から強かった。最初から有能だった。ただ、周囲がその価値を正しく理解していなかった。


昔ながらの成長物語が「努力して、認められるべき人間になる物語」だとすれば、追放ものは「最初から認められるべき人間だったことが証明される物語」と言えるのかもしれません。


この違いは、かなり大きいように思います。


## 追放ものは「評価」の物語なのではないか


改めて考えてみると、追放ものの中心にあるのは、実は戦闘やレベルアップではなく「評価」なのではないでしょうか。


旧パーティーでは「お前はいらない」と言われた主人公が、別の場所へ行く。そこで新しい仲間から「あなたはすごい」と評価される。そして主人公を手放した旧パーティーは、遅れて「あいつが必要だった」と気づく。


主人公の能力そのもの以上に、「誰が主人公を正しく評価するのか」が物語の大きな気持ちよさになっています。


従来の俺TUEEEなら、強敵を倒すことで主人公の強さを証明できます。しかし追放ものなら、主人公がいなくなった旧パーティーが困るだけでも、その価値を証明できる。


しかも主人公本人が「俺はすごいんだ!」と主張しなくてもいい。元仲間や新しい仲間が、勝手にその価値を証明してくれます。


考えてみると、かなり効率のいい構造です。


## カタルシスまでの距離が短くなった


ここで、これまでの流れを比べてみます。


昔ながらの成長ものなら、弱い主人公が努力を重ね、長い時間をかけて強くなり、最後に認められる。


『ありふれ』のような作品では、主人公は不遇な立場から極限状態へ落とされ、そこで急激に強くなり逆転する。


そして追放ものになると、主人公は追放された時点ですでに有能で、別の場所へ行けばすぐに評価され、追放した側も早い段階で困り始める。


つまり、読者が「主人公すげえ!」「見る目がなかった奴らざまぁ!」という気持ちよさへ到達するまでの時間が、だんだん短くなっているように見えるのです。


私はこれを、「カタルシスまでの距離が短くなった」と考えています。


もちろん、すべての作品がこの方向へ進んだわけではありません。じっくり成長する作品も、不遇な時代を長く描く作品もたくさんあります。


ただ、Web小説全体を長く読んでいると、「読者が期待している気持ちよさを、できるだけ早く提示する」という方向が強くなってきたようには感じます。


## Web小説だから、話が早くなった?


これはあくまで私の想像ですが、Web小説の読み方とも関係があるのかもしれません。


Web小説は一話読んで、面白ければ次へ進み、合わなければその場ですぐ別の作品へ移れます。しかも、代わりに読む作品はいくらでもあります。


そういう環境で、「この先50話くらい読んでもらえれば面白くなります」と言うのは、なかなか難しい。


だったら早い段階で主人公を追放し、すぐに実力を見せ、新しい場所で評価され、元パーティーにも「あれ?」と思わせる。その方が、この作品でどんな気持ちよさが得られるのかを早く読者へ伝えられます。


もちろん、作者が全員そんな計算をしていると言いたいわけではありません。ただ、読者が簡単に次の作品へ移れるWeb連載という環境と、「早い段階で作品の魅力を提示する」構造は、かなり相性がよさそうに思えます。


## 「ハズレスキル」も同じ構造


追放ものと非常に相性がいいのが、「ハズレスキル」「不遇職」です。


周囲は能力名や職業名を見ただけで、「弱い」「役立たず」と判断する。ところが主人公が実際に使ってみると、とんでもなく強かった。


ここでも重要なのは、「主人公が努力して価値のある存在になった」というより、「最初から価値があったのに、周囲がそれを理解できなかった」という構造です。


これなら、不遇な主人公への共感、強い主人公を読む爽快感、自分を馬鹿にした相手を見返すカタルシスを、一つの設定にまとめられます。


ただ、『役立たずスキルに人生を注ぎ込み25年、今さら最強の冒険譚』のように、本当に長い時間をかけて不遇スキルを育てた作品もあります。


同じ「役立たずスキル」でも、「実は最初から最強だった」のか、「本当に弱かったものを努力して強くした」のかで、かなり読後感は違います。


この辺りも、同じテンプレの中にいろいろな使い方がある面白いところです。


## 「追放」と「ざまぁ」は別のもの


ここで一度、「追放」と「ざまぁ」を分けて考えておきたいと思います。


追放は、主人公が集団から排除されるという物語の発端です。


それに対して「ざまぁ」は、主人公を不当に扱った相手が後になって失敗したり、評価を落としたり、主人公の価値を思い知ったりする、その後のカタルシスです。


ですから、主人公が追放されたからといって、必ず「ざまぁ」になるとは限りません。元パーティーが主人公なしでも普通に成功する話だって作れます。


逆に明確な追放がなくても、主人公を馬鹿にしていた相手が後で評価をひっくり返されれば、十分「ざまぁ」的な気持ちよさは作れます。


この二つが強く結びついた結果、「主人公を不当に扱う→主人公が別の場所で成功する→捨てた側が失敗する」という非常に分かりやすい型が定着していったのだと思います。


## 主人公自身が復讐しなくてもいい


この構造でもう一つ面白いのが、主人公自身が積極的に復讐しなくても成立することです。


主人公は「もう関係ないから」と新天地で幸せに暮らしている。一方、旧パーティーは主人公を失ったことで勝手に転落していく。


主人公は何もしていない。それでも読者から見れば十分に「ざまぁ」になります。


これは結構重要だと思います。


主人公自身に陰湿な復讐をさせずに済むので、読者は主人公に好感を持ったまま、自分を不当に扱った側が後悔するカタルシスだけを受け取ることができます。


言ってみれば、主人公を善人のままにして、復讐の快感だけを切り離せるわけです。


個人的には、この辺りも追放ざまぁが広く使われた理由の一つではないかと思っています。


## ただし「なんで誰も調べなかったの?」問題がある


私は追放ものもハズレスキルものもかなり好きなのですが、一つだけ引っかかりやすいところがあります。


未知の能力や、世界に一つしかないスキルなのに、名前だけを見て「ハズレ」と決めつけ、誰もまともに検証しない場合です。


能力鑑定が絶対視されている社会であるとか、過去に同名の弱い能力が存在したとか、身分制度のせいで調べる価値すらないと思われているとか、何か理由があれば納得できます。


でも、主人公を追放するというイベントを起こすためだけに、王様も神官もギルドも仲間も誰一人まともに調べないとなると、「主人公が有能なのではなく、主人公以外が全員ものすごく雑なのでは?」と思ってしまう。


これは前章で触れた、現代知識チートの問題とも似ています。


主人公をすごく見せるために、世界側の知能を必要以上に下げてしまう。


話は作りやすくなりますが、やりすぎると「この世界、主人公が来るまでどうやって成立していたんだ?」という別の疑問が出てきます。


## 私がどうしても飲み込めなかった例


ここは完全に個人の感想です。


また、私はこの作品を最後まで読んでいないため、後半で明確な理由が説明されている可能性があります。


以前、『水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~』という作品を途中まで読んだことがあります。


タイトル通り、「水魔法を馬鹿にされて追放される→実は水は非常に便利だった→主人公が活躍する」という、私自身はかなり好きな構造です。


ただ、どうしても引っかかったのが、この世界では「水に重さがある」ということすらほとんど知られておらず、川の中で感じる抵抗なども水の性質ではなく精霊の仕業として理解されている、という設定でした。


それだけなら「そういう特殊な世界なのだ」で納得できたかもしれません。


ところが、この世界には水道設備が存在し、町へ水が供給され、噴水まであります。


私はここで、「水道を作って維持できる文明が、大量の水は重いという経験則すら持っていないのは、さすがに無理がないか?」と引っかかってしまいました。


別に「質量」「密度」「水圧」といった科学用語を知っている必要はありません。桶いっぱいに水を入れれば重いし、大量に流れれば物を押す。高い場所へ水を上げるには力が必要です。


水道設備を作る過程で、そうした現象には嫌でも遭遇するはずです。


私の場合、この一点が気になって物語に入り込めなくなってしまいました。


## ご都合主義は嫌いじゃない。むしろ好き


ただ、ここは誤解されたくないところです。


私はご都合主義が嫌いなわけではありません。むしろ好きです。


主人公がチート能力をもらう。偶然いい仲間に出会う。都合よく必要な素材が手に入る。美少女に好かれる。強敵がいいタイミングで現れる。


全然いい。


そういう気持ちよさを楽しみたくて読んでいる作品もたくさんあります。


ただ私の中では、「気持ちよく受け入れられるご都合主義」と、「世界そのものが成立しているのか気になってしまうご都合主義」の間に、どうやら境界線があるようです。


この読み物を書きながら、自分は何なら許せて、何だと引っかかるのかが少しずつ言葉になってきたのは、個人的にも面白い発見でした。


もちろん私が気になった部分を、他の人も同じように気にするとは限りません。世界設定を全く気にせず勢いで読んだ方が楽しい作品もありますし、私が知らないところで上手く理由付けしている作品もあるでしょう。


あくまで、私の場合はここが引っかかりやすい、という話です。


## そして2020年、「もう遅い」へ


追放ざまぁの型がさらに分かりやすくなると、2020年頃にある言葉が非常に目立つようになります。


「もう遅い」です。


主人公を追放した側は、しばらくして主人公の価値に気づく。一方、主人公は新天地ですでに成功している。そこで元パーティーが「戻ってきてくれ」と頼み、主人公が「もう遅い」と拒否する。


ここまで来ると、タイトルやあらすじを見た段階で、最後にどんなカタルシスが待っているのかまで分かります。


でも私は、それ自体が悪いとは思いません。


「今日は追放ざまぁが読みたい」と思った読者に、きちんと追放ざまぁを提供してくれる。ラーメン屋へ行ったら、ちゃんとラーメンが出てくるような安心感です。


何が出てくるか分からないことだけが、面白さではありません。


「これが読みたい」と分かっているものを、期待通りに気持ちよく読めることも、一つの娯楽です。


## 「もう遅い」はカタルシスの最短距離だった?


少し乱暴な言い方をすれば、私は「もう遅い」系を、追放ざまぁのカタルシスを非常に短い距離で提示できる形だと思っています。


主人公の価値を理解しなかった側が、「自分たちが間違っていた」と明確に認める。そして主人公が、「今さら戻らない」と明確に拒否する。


読者が「ああ、それが見たかった」と思う場面が、最初から約束されています。


追放ものが増え、その中で何が気持ちいいのかが作者にも読者にも共有され、その部分がタイトルにまで前面に出てきた。


そう考えると、「もう遅い」は突然現れた変な流行語というより、追放ざまぁというテンプレがかなり煮詰まった結果だったのかもしれません。


## 「評価される快感」は、その後さらに大きくなる


そして、この「主人公の価値を他人に認識させる」という気持ちよさは、この後のWeb小説にも続いていくように思います。


追放ものなら、数人の元仲間が「あいつ、すごかったんだ」と気づく。


ところが配信ものになると、主人公の活躍を何千、何万人という視聴者が同時に目撃し、コメント欄が「何だこいつ!?」「強すぎる!」で埋まる。


芸能ものなら世間全体が主人公の才能に気づく。現代ダンジョンものなら、主人公の戦闘が配信され、一夜にして有名になる。


もちろん、これらのジャンルが追放ものから直接生まれた、と言いたいわけではありません。


ただ、「主人公の価値を他人が発見し、その評価が一気に広がる」という気持ちよさだけを取り出して考えると、かなり似たものがあります。


追放ものでは数人だった観客が、配信ものでは何万人になる。


そう考えると、この後の流行も少し違った見え方をしてきます。


## 不遇からの逆転は、どんどん高速化した


ここまでをまとめると、私にはこんな流れに見えます。


初期の成長ものでは、弱い主人公が長い時間をかけて強くなる。


次に、不遇な主人公が極限状態から一気に覚醒する作品が出てくる。


追放ものでは、主人公は最初から有能なのに、それを周囲が理解していない。そして主人公がいなくなれば、すぐにその価値が証明される。


さらに「もう遅い」まで行くと、主人公の価値を理解しなかった側が後悔し、頭を下げ、主人公が拒否するところまで最初からセットになります。


主人公が評価されるまでの距離は、確かにかなり短くなっています。


そして私は、この「カタルシスまでの距離を縮める」という流れが、その後の勘違いもの、男女比もの、配信もの、芸能ものなどを考える時にも、一つのヒントになるのではないかと思っています。


例えば男女比が極端な世界なら、主人公は「男である」というだけで最初から希少価値を持っています。モテるために何十話も努力する必要すらない。


カタルシスまでの距離は、ほとんどゼロです。


この辺りについては、また後で触れてみたいと思います。


## テンプレが見えるようになると、その次が始まる


追放、ざまぁ、ハズレスキル、もう遅い。


ここまで型が共有されると、当然ながら読者も先の展開を予想できるようになります。


勇者パーティーから追放された。たぶん主人公は実は有能だろう。


ハズレスキルをもらった。どうせ、とんでもなく強い使い方があるんだろう。


ギルドで嫌な冒険者が絡んできた。たぶん数ページ後には主人公に負ける。


それを作者側も分かっている。


すると今度は、テンプレを逆手に取ったり、わざと外したり、主人公自身に「こういう異世界ものではよくあるやつだ」と語らせたりする作品も作れるようになります。


読者がテンプレを知っていること自体を、物語の材料にできる。


いよいよ、この連載の副題にした「はいはい異世界転生ね」というところへ近づいてきました。


ただ、その前にもう少し、Web小説で起きた大きな変化を追ってみたいと思います。


次は、異世界へ行くのではなく、現代そのものがファンタジーになっていく流れ。


現代ダンジョンや異世界帰還者について振り返ってみたいと思います。


追放ざまぁについては、「大好きだった」という人もいれば、「さすがに多すぎて食傷気味だった」という人もいるでしょう。


私は、この構造そのものは今でもかなり好きです。


主人公を馬鹿にしていた人間が後になって「あいつ、実はすごかったんじゃ……」となる。やっぱり気持ちいいものは気持ちいい。


ただし、そのために周囲の人間があまりにも馬鹿になってしまうと、「いや、それはさすがに……」となる。


この辺りの匙加減も、私が作品を楽しめるかどうかを分けるポイントなのだと思います。


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