第1章 異世界転移の時代――まだ「転生」が当たり前ではなかった頃
今回は、現在の「なろう系」につながる作品が目立ち始めた2008~2011年頃を振り返ってみます。
今では「異世界もの」と聞けば転生を思い浮かべる方も多いと思いますが、この頃に目立っていたのは、どちらかというと「転移」や「召喚」でした。
まだ「死んだら神様に会ってチートを貰って転生」という流れが標準装備ではなかった時代です。
この頃の主な作品
|年 |作品名 |主な分類 |特徴 |
|----|-----------------------|-------------|-------------|
|2009|黒い剣の異世界譚 |異世界召喚 |勇者召喚、魔王、異世界冒険|
|2010|ログ・ホライズン |ゲーム世界的異世界への転移|MMORPG、集団転移 |
|2010|宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する|地球⇔異世界往還 |現代物資、現代知識、内政 |
|2010|Knight’s & Magic |異世界転生 |前世知識、技術、ロボット |
|2011|理想のヒモ生活 |異世界召喚 |結婚、政治、内政、現代知識|
※ここに挙げた作品は「このジャンルの元祖」という意味ではなく、当時を振り返るうえで分かりやすい代表例として取り上げています。
ちなみに、この時期の「小説家になろう」全体が異世界もの一色だったわけではありません。
代表的なのが『魔法科高校の劣等生』です。
同作は2010年から2011年にかけて「小説家になろう」の累計ランキング1位となっていた時期があり、当時のサイトを代表する非常に大きな人気作でした。
舞台は異世界ではなく、魔法が技術として体系化された近未来の日本。
つまり、この頃すでに異世界転移・召喚ものが存在感を増していた一方で、なろう全体では現代・学園・魔法ものの大ヒット作も同時に読まれていたわけです。
この読み物では異世界ものを中心に追っていきますが、
「当時のなろう=異世界ものしかなかった」
というわけではないことは、ここでも改めて付け加えておきたいと思います。
さて、異世界ものの歴史を振り返っていて、最初に自分でも少し驚いたことがあります。
「あれ? 最初の頃って、思っていた以上に転移が多かったんだな」
ということです。
現在では、
交通事故に遭う。
病気で死ぬ。
神様の手違いで死ぬ。
そして異世界に生まれ変わる。
という「異世界転生」がすっかりお馴染みですが、私が読み始めた頃の記憶を掘り起こしてみると、
「ある日突然、異世界へ行ってしまった」
という作品の印象がかなり強いのです。
学校から帰る途中だったり、
突然召喚されたり、
ゲームをしていたら世界そのものが変わっていたり。
つまり当時は、
「どうやって異世界へ行くか」
という部分そのものが、まだ作品の大きな仕掛けだったのだと思います。
勇者召喚という、すでに存在していた「お約束」
2009年に投稿が始まった『黒い剣の異世界譚』は、主人公たちが異世界へ召喚される作品です。
そして面白いのが、この時点ですでに、
「勇者として召喚され、魔王を倒してくれと頼まれる」
という展開が成立していること。
つまり2009年の段階ですでに、
「異世界召喚」
「勇者」
「魔王討伐」
という組み合わせは、読者に通じる“お約束”になりつつあったようです。
考えてみれば当然で、異世界召喚という発想自体は「小説家になろう」が生み出したものではありません。
昔から漫画、アニメ、ゲーム、ライトノベルなどで、
現代人が異世界へ召喚される
という物語は存在していました。
なろう初期は、それまでのオタク文化の中にあった異世界召喚という題材が、Web小説という場所で大量に作られ、独自の進化を始めた時代だったのではないでしょうか。
『ログ・ホライズン』――ゲームの世界に「行ってしまった」
そして2010年。
『ログ・ホライズン』が登場します。
MMORPGをプレイしていた約三万人の日本人プレイヤーが、ゲームによく似た異世界へ集団で転移してしまう。
今見ると、
「ゲーム世界への転移」
という、いかにも“なろう系”らしい設定に見えます。
ですが、この頃はまだそれ自体がかなり新鮮でした。
しかも『ログ・ホライズン』では、単純にゲームの能力を使って無双するだけではなく、
「この世界でどう社会を作るのか」
「NPCと思っていた人々は何者なのか」
「経済はどうするのか」
「法律や自治はどうするのか」
といった話へ発展していきます。
ゲームの中に入るという設定から、
「ゲームのルールを持った異世界で暮らす」
という方向へ踏み込んでいった作品だったと思います。
そして、この「ゲームのルールを異世界へ持ち込む」という発想は、後のなろう系に非常に大きな影響を与えていくことになります。
レベル。
ステータス。
スキル。
職業。
アイテム。
インベントリ。
後には当たり前のように登場するこれらの要素が、少しずつ異世界ファンタジーと融合していきます。
ただ、この話は次章以降でじっくり触れることにしましょう。
『宝くじで40億』――異世界に行ったら、戻ってきてもいい
同じ2010年には、
『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』
も始まっています。
この作品は、今振り返ってみてもかなり面白い立ち位置にあります。
主人公は異世界へ行きっぱなしになるのではありません。
地球と異世界を行き来できる。
だから、地球から異世界へ様々な物資や技術を持ち込むことができます。
これは後に増えていく、
「現代知識チート」
「現代物資チート」
「異世界通販」
「異世界と地球の交易」
といった作品につながる系譜として考えると、とても興味深い。
異世界へ行った主人公が、
「現代日本人だからこれを知っている」
だけではなく、
「必要なら地球から持ってくればいい」
という発想です。
後年になると、これがさらに進んで、
「ネットスーパーが使える」
「異世界からネット検索できる」
「地球の商品を通販できる」
「異世界と地球で個人貿易する」
というところまで発展していきます。
こう考えると、2010年の時点ですでに、十年以上後まで続く一つの流れの種があったことになります。
そして、すでに「転生」も始まっていた
もちろん、
「この時代は全部転移で、後になって転生が生まれた」
というわけではありません。
ここは今回調べ直して、自分の記憶を修正した部分でもあります。
2010年には『Knight’s & Magic』が始まっています。
メカ好きの社会人が死亡し、異世界の子供として生まれ変わる。
つまり、現在でもお馴染みの、
「現代人が死んで、前世の記憶を持ったまま異世界の赤ん坊として転生する」
という形が、すでにこの時期にあります。
2011年には『地味な青年の異世界転生記』なども登場しています。
ですから、
転移の時代が終わって、ある日突然転生の時代になった
わけではありません。
転移、召喚、転生。
それぞれが同時に存在しながら、徐々に人気の比重が変わっていった。
そう考える方が正確なのでしょう。
『理想のヒモ生活』――異世界へ行っても魔王を倒さなくていい
2011年には『理想のヒモ生活』が始まります。
異世界へ召喚された主人公に待っていたのは、
「魔王を倒してください」
ではなく、
「私と結婚してください」
でした。
これも今振り返ると、かなり象徴的です。
異世界召喚という仕組みを使っているのに、
物語の中心は単純な冒険や魔王討伐ではない。
政治。
結婚。
王家。
内政。
現代から持ち込んだ知識や物資。
つまり、この頃にはもう、
「異世界へ行くこと」は物語の入口でしかなくなり始めている
わけです。
異世界に行った後、
「何をするのか?」
という部分に作品ごとの個性が現れ始めている。
これは後の、
料理。
農業。
生産。
商売。
街づくり。
スローライフ。
といった大量の派生ジャンルにつながっていくように思います。
まだ「便利スキル全部入り」ではなかった
そして、この頃の作品を現在の作品と比べて感じる大きな違いがあります。
それが、
異世界転移者の初期装備です。
現在なら、
「鑑定」
「アイテムボックス」
「自動翻訳」
「ステータス画面」
「マップ」
「経験値」
「スキルポイント」
などが、説明なしに出てきてもほとんど違和感がありません。
読者側も、
「ああ、そういう世界ね」
と理解できます。
しかし、これは長い年月をかけて作られた共通認識です。
便利な能力が標準装備されていなければ、
異世界へ突然放り出された人間は、
言葉が通じない。
食べ物がない。
身分証明がない。
荷物を持ち歩かなければならない。
この世界の常識が分からない。
魔物に出会えば普通に死ぬ。
本来なら、それだけでかなり大変です。
ところが作品が増えていくにつれて、こうした部分を毎回一から描く必要がなくなっていきます。
「言葉の問題?」
自動翻訳で解決。
「荷物は?」
アイテムボックスに入れます。
「これは何?」
鑑定します。
「自分の能力が分からない?」
ステータスオープン。
非常に便利です。
作者にとっても便利。
主人公にとっても便利。
読者にとっても話が早い。
そして、この便利さが積み重なった結果、
異世界ものはどんどん物語を始めやすくなっていったのではないでしょうか。
ただし――。
便利すぎる能力は、逆に物語の難易度まで下げてしまいます。
これは後ほど、
「チート能力は物語を助けるのか、それとも壊すのか?」
という話で改めて考えてみたいと思います。
この時代を振り返って思うこと
改めて当時の作品を調べてみると、自分の中にあった、
「昔は転移ものが多かった気がする」
という感覚は、それほど間違っていなかったようです。
ただ、同時に面白かったのが、
後になって流行する要素の多くが、すでにこの頃から存在していた
ということでした。
ゲーム世界への転移。
異世界転生。
現代知識。
現代物資の持ち込み。
内政。
主人公最強。
ハーレム。
後の時代に巨大なジャンルへ成長していく要素の種は、かなり早い段階ですでに蒔かれていたのです。
では、ここから何が起きたのか。
2012年頃から、
ゲーム的な世界観
が一気に存在感を増してきます。
そしてほぼ同時に、
「転生」
「チート」
「レベル」
「ステータス」
「スキル」
といった、現在の「なろう系」を象徴する要素が次々と組み合わされていきます。
次回は、
「ゲーム世界・転生・チートの爆発――2012~2014年頃」
この辺りを振り返ってみたいと思います。
この頃の作品を調べていると、
「こんなのもあった!」
「これ読んでた!」
というタイトルがまだまだ出てきます。
もし2008~2011年頃に読んでいた異世界ものや、
「この作品は当時すごく人気だった」
という作品がありましたら、ぜひ感想欄で教えてください。
私もタイトルを見れば、
「ああ! それも読んでた!」
となるかもしれません。
次回は、いよいよゲーム的な世界観、転生、チートが一気に増えていく2012~2014年頃へ進みます。




