横道④ 便利スキルは物語をどこまで楽にしたか――チートは物語を壊すのか? 改稿
# 横道④ 便利スキルは物語をどこまで楽にしたか――チートは物語を壊すのか?
ここまで、異世界転生、チート、現代知識、ネット通販、現代ダンジョンなど、なろう系が長い時間をかけてどんどん便利になっていく様子を振り返ってきました。
そこで最後の横道として、ずっと気になっていたことを考えてみたいと思います。
鑑定、アイテムボックス、自動翻訳、地図、回復、転移、ネット通販。
今では「ああ、便利なやつね」で済ませてしまう能力もたくさんあります。
しかし、よく考えるとこれらの能力は、主人公を強くするだけではありません。異世界で生活するうえで本来発生するはずだった、かなり多くの問題を消してしまいます。
それは物語を読みやすくしている一方で、便利すぎる能力が物語そのものを壊すことはないのでしょうか。
今回は、その辺りを考えてみます。
## 異世界転移って、本来ものすごいハードモードでは?
何の能力も持たず、突然知らない世界へ放り出されたとします。
言葉が通じない。文字も読めない。地図もなく、自分がどこにいるのか分からない。お金も身分証も仕事も家もない。食べ物があっても、それが食べられるものなのか分からない。
さらに魔物までいる。
冷静に考えれば、かなりのハードモードです。
初期の異世界ものなら、そうした「未知の世界で生き延びること」自体を物語にできます。
言葉を覚え、仕事を探し、その土地の文化を知り、少しずつ人間関係を作っていく。知らない土地だからこそ、主人公と読者が一緒に世界を覚えていく面白さがあります。
ただ、なろう系の作品が大量に作られていく中で、作者も読者も必ずしも毎回そこを読みたいわけではなくなっていきます。
料理ものなら、早く料理をしてほしい。ダンジョンものなら、早く攻略してほしい。スローライフものなら、早く家を建てて畑を作ってほしい。
そこで便利なのが、各種の便利スキルです。
## 自動翻訳――「言葉を覚える」を省略する
異世界へ行って最初に困りそうなのが、言葉です。
会話ができなければ、助けを求めることも、宿へ泊まることも、買い物することも難しい。文字まで違えば、看板や地図も読めません。
本来なら、言語を覚えるだけでかなりの時間がかかるでしょう。
でも自動翻訳能力があれば、その問題は一瞬で消えます。
「異世界なのに、なんで日本語が通じるんだ?」
という疑問を何十話もかけて処理する必要はありません。
主人公には翻訳能力があります。
はい、次。
これは非常に合理的です。
もちろん、言葉の違いそのものを描きたい作品なら、自動翻訳を与えてしまっては困ります。
しかし、その作品が描きたいのが冒険や料理や商売なら、言語習得に大量の話数を使う必要はありません。
便利スキルは、ここでは「物語の本題ではない問題を消す装置」として機能しています。
## 鑑定――「分からない」を省略する
次は鑑定です。
知らない植物を見つけた。鑑定すれば、名前や用途が分かる。
知らない魔物に遭遇した。鑑定すれば、強さや弱点が分かる。
見たことのない道具を手に入れた。鑑定すれば、何に使うものなのか分かる。
かなり便利です。
本来なら、経験者に聞いたり、本を読んだり、実際に使ってみたり、ときには失敗しながら覚えていく必要があります。
でも高性能な鑑定があれば、その過程を一気に飛ばせます。
つまり鑑定は、「情報不足」という問題を消す能力です。
ただし、ここは便利さと物語がぶつかりやすいところでもあります。
例えば「この謎のアイテムは一体何なのか?」を調べることが物語の中心なのに、主人公が完全鑑定を持っていたらどうなるでしょう。
鑑定すれば終わりです。
便利能力が、作品の本題そのものを消してしまいます。
## アイテムボックス――「運ぶ」を省略する
異世界ものではお馴染みのアイテムボックスも、よく考えるとすごい能力です。
荷物が重くない。馬車も倉庫もいらない。食材や素材を大量に持ち運べる。作品によっては中で時間が止まり、食料まで腐りません。
現実にあったら、おそらく戦闘能力よりよほど世界を変える能力です。
物流が根本から変わります。
でもWeb小説で使われるときは、そこまで大げさな話にならないことも多い。
主人公が魔物を倒した。素材を全部収納する。
旅に出る。必要な物は全部収納してある。
それで話が進みます。
読者も毎回、「この荷物をどうやって運ぶんだ?」とは考えません。
アイテムボックスという言葉だけで、
「荷物問題は考えなくていい作品なんだな」
と理解できます。
これも前に書いた「共有文法」です。
## 地図と転移――「移動」を省略する
地図やマップ能力があれば、迷うことを省略できます。
転移能力があれば、さらに移動そのものを省略できます。
本来なら、旅はそれだけで物語になります。
目的地まで何日も歩き、途中で野営し、街へ立ち寄り、事件に巻き込まれる。遠くへ行くだけで大仕事です。
ところが転移が使えるなら、
「王都へ行こう」
と言った次の場面には、もう王都にいてもいい。
非常に便利です。
ただし、これも作品次第です。
旅そのものを楽しむ作品なら、無制限転移を与えてしまうと困ります。途中の街や風景、人との出会いを描きたいのに、全部飛ばせてしまうからです。
逆に、王都と領地を行き来しながら内政をする作品なら、毎回十日間の移動を書かれても困ります。
だったら転移で飛ばしてくれた方が、読者としても話が早い。
便利かどうかではなく、その作品が何を見せたいのかによって価値が変わります。
## 回復――「怪我で止まる」を省略する
回復能力も同じです。
本来、怪我をすれば治るまで時間がかかります。
骨折すれば何か月も動けない。重傷なら後遺症が残るかもしれないし、感染症になる可能性もあります。
現実的に考えれば、冒険者という仕事は一度大怪我しただけで終わりかねません。
でも回復魔法やポーションがあれば、翌日にはまた冒険できます。
これによって戦闘もののテンポは大きく変わります。
一方で、「主人公の怪我によって仲間たちが窮地に陥る」という展開を作りたいなら、万能回復能力は邪魔になります。
そこで回復には制限をつける。重傷は治せない、欠損は戻らない、回数制限がある、貴重な薬が必要になる。
便利スキルが存在しても、作品が必要とする問題まで消えないように調整するわけです。
## ネット通販――「作る」を省略する
現代知識チートのところでも触れましたが、ネット通販はさらに強力です。
主人公が現代の商品を一から再現する必要がありません。
醤油が欲しければ買う。調味料が欲しければ買う。調理器具も、衣類も、日用品も購入できる。
「現代文明を異世界で再現する」という部分を大幅に省略できます。
でも『とんでもスキルで異世界放浪メシ』のように、その作品で読みたいのが「異世界で現代料理を作り、それを仲間たちが美味しく食べること」なら、それで全く問題ありません。
読者は、主人公が塩田を作り、製油所を建て、醤油を発酵させるところを見たいわけではない。
早く料理をしてほしい。
だったら買えばいい。
非常に分かりやすい話です。
## 便利スキルは「興味のない苦労」を消す装置
ここまで考えて、私は便利スキルについて一つの答えにたどり着きました。
便利スキルは、単に主人公を強くするための能力ではなく、
**作者と読者が興味を持っていない苦労を省略するための装置**
でもあるのではないでしょうか。
料理ものなら、荷物運びより料理が見たい。
農業ものなら、言語習得より畑づくりが見たい。
ダンジョンものなら、食料調達より攻略が見たい。
配信ものなら、機材を買うところより配信してバズるところが見たい。
だったら、その手前にある問題は便利能力で飛ばしてしまえばいい。
これは、作品の焦点をはっきりさせる方法でもあります。
## では、便利すぎると何が問題なのか
ここまでなら、「便利なほどいい」という話になりそうです。
でも、当然そう簡単でもありません。
問題になるのは、便利能力によって**その作品が本来描きたかった問題まで消えてしまったとき**です。
本格的なサバイバル作品なのに、無限に食料を出せる。
未知の遺跡を調査する話なのに、完全鑑定ですべて答えが出る。
長い旅そのものがテーマなのに、どこへでも無制限に転移できる。
強敵との死闘を描きたいのに、主人公がどんな敵でも一撃で倒せる。
その能力を普通に使えば問題が終わるのに、なぜか主人公が使わず延々と苦戦する。
こうなると、私はかなり気になります。
便利能力そのものが悪いのではありません。
**能力と、作品が作ろうとしている問題が噛み合っていない。**
そこが気になるのだと思います。
## チートは「問題解決装置」であり「問題消滅装置」でもある
便利スキルには、二つの使い方があります。
一つは、問題解決装置。
主人公が困り、自分の能力を工夫して問題を解決する。これは普通に気持ちいい。
もう一つは、問題消滅装置。
問題が起きたように見えても、その能力があるなら最初から問題ではない。
こちらは扱いが難しい。
例えば収納能力しか持っていない主人公が、その収納を工夫して危機を乗り切るなら、能力が物語を作っています。
でも万能能力が何でも解決できるのに、その存在を作者が忘れたように主人公だけが困っていると、「いや、それ使えば終わるよね?」となります。
これは俺TUEEE主人公にも同じことが言えます。
主人公が強すぎること自体が悪いわけではありません。
『オーバーロード』のように、主人公本人が強すぎても、未知の世界の情報、人間関係、国家間の動き、部下との認識のズレなど、戦闘以外に問題を置けば物語は成立します。
戦闘の勝敗が問題にならないなら、別のところを物語にすればいい。
## 強すぎる能力には、別の問題を用意すればいい
例えば主人公が絶対に戦闘では負けないとします。
だったら、「敵に勝てるかどうか」を物語の中心にしなければいい。
敵を倒すことで政治問題が起きるかもしれない。強すぎる力を誰に見せるかが問題になるかもしれない。仲間を守れても、人間関係は力だけでは解決できないかもしれない。
同じように、転移が使える主人公なら、移動時間そのものは問題になりません。
その代わり、「どこへ行くべきか」「誰を助けるべきか」「何を優先するのか」を問題にできます。
完全回復できるなら、怪我では緊張感を作れない。
でも時間制限や人間関係、社会的な問題なら別です。
つまり、強力な便利スキルは物語を壊すのではなく、
**物語で使える問題の種類を変える。**
そう考える方が分かりやすそうです。
## 「制限をつける」だけが答えではない
便利すぎる能力を扱うとき、分かりやすい方法は制限をつけることです。
転移は一日一回。鑑定できるのは自分より弱いものだけ。収納には容量制限がある。回復には大量の魔力が必要。通販にはお金がかかる。
ゲーム的で分かりやすい。
ただ、必ずしも制限をつける必要はありません。
無制限に使えても、その能力では解決できない問題を物語にすればいい。
私はむしろ、こちらの方が好きな場合もあります。
せっかくチートを与えたのに、「一日三回まで」「強敵には効かない」「必要なときだけ突然使えなくなる」と制限ばかり増えると、
「だったら最初からその能力いらなくない?」
と思ってしまうこともあるからです。
もちろん、ここは完全に作品次第です。
能力へ制限をつけてもいいし、能力が万能でも別の問題を置けばいい。
大事なのは、作品の中で決めたルールと、起きている出来事がちゃんと噛み合っていることなのだと思います。
## ストレスを消すこと自体が、一つの価値になった
もう一つ、便利スキルを考えるうえで外せないのが「ストレス」です。
言葉が通じない。食料がない。荷物が重い。移動が長い。怪我が治らない。主人公がいつまでも弱い。
こうしたものは、物語上の困難になります。
でも困難が多いほど作品が面白くなる、とは限りません。
今日は疲れているから、主人公が延々苦しむ話は読みたくない。安心して読める主人公最強ものが読みたい。異世界で美味しい物を食べたり、のんびり暮らしたりする話が読みたい。
そういう読書需要も当然あります。
だったら、自動翻訳も鑑定も収納もあっていい。主人公が最初から強くてもいい。
読者が求めているのが「困難を乗り越える緊張感」ではなく、「安心して主人公の活躍を見ること」なら、便利能力は欠点ではなく作品の魅力になります。
ストレスを減らすこと自体が、一つの価値になったわけです。
## 異世界にも「難易度設定」があるのかもしれない
ゲームには難易度があります。
HARD、NORMAL、EASY。
異世界ものにも、似たような違いがあるのかもしれません。
言葉も通じず、食料もなく、病気になり、魔物も強く、頼れる人もいない。主人公には特別な能力もない。
かなりのHARD MODEです。
一方、自動翻訳があり、鑑定があり、アイテムボックスがあり、主人公は最初から強く、必要な物は通販で買える。
かなりのEASY MODEです。
でも、ゲームだってEASY MODEが悪いわけではありません。
ストーリーを楽しみたい人もいれば、難しい戦闘を楽しみたい人もいる。
Web小説も同じで、その作品がどんな読み味を目指しているかによって、必要な難易度は違うのでしょう。
私は最近、かなりEASY寄りでも普通に楽しめます。
むしろ主人公が苦戦し続けると、
「そろそろ気持ちよく勝ってくれないかな」
と思うことすらあります。
長年読んで、私自身の難易度設定まで変わってしまったのかもしれません。
## 便利スキルは「物語を壊す」のではなく「物語の形を変える」
結局、今回いろいろ考えてみて、私はこういうところへ落ち着きました。
鑑定があるから物語が壊れるわけではありません。
アイテムボックスがあるから壊れるわけでも、転移があるから壊れるわけでもない。
その能力がある世界なら、その能力があることを前提に物語を作ればいい。
移動が一瞬なら、移動時間を物語の中心にしない。
戦闘で絶対に負けないなら、戦闘の勝敗以外を問題にする。
鑑定で物の正体がすぐ分かるなら、アイテムの正体当てを謎にしない。
逆に、その部分を描きたいなら、便利能力を与えないか、必要な制限をつける。
便利スキルは物語の可能性を減らしているように見えて、実際には「どこを省略し、どこを描くか」を決める装置なのだと思います。
## そして、これも「距離を短くする」流れだった
ここまで考えて、またこの連載で何度も出てきた話へ戻ってきました。
自動翻訳は、言葉を覚えるまでの距離を短くする。
鑑定は、情報を得るまでの距離を短くする。
アイテムボックスは、荷物を運ぶ苦労を消す。
転移は、目的地までの距離そのものを消す。
回復は、怪我から復帰するまでの時間を短くする。
ネット通販は、現代の商品を一から再現するまでの距離を短くする。
追放ものでは、主人公が評価されるまでの距離が短くなった。
配信ものでは、大勢から知られるまでの距離が短くなった。
男女比ものでは、モテるまでの距離すら短くなった。
こうして並べてみると、便利スキルだけの話ではないのかもしれません。
十数年のなろう系を振り返ると、
**読者が見たいところまで、どうやって早く到達するか。**
そこに向かって、いろいろな仕組みが洗練されてきたようにも見えます。
もちろん、すべての作品がそうだと言うつもりはありません。時間をかけて世界を描く作品も、修行や苦労をじっくり描く作品もありますし、私が知らない別の流れもたくさんあるでしょう。
ただ、今回この連載を書き直しながら、私の中では「距離を短くする」という言葉が、かなりいろいろな変化を説明してくれるようになりました。
異世界へ行くまでの距離。
強くなるまでの距離。
評価されるまでの距離。
本題へ入るまでの距離。
そして、読者が「これが見たかった」と思う場面までの距離。
便利スキルは、その中の一つだったのだと思います。
## あとは、最後に一本につないでみよう
ここまで、異世界転移、転生、ゲーム文法、チート、料理、生産、農業、スローライフ、追放、ざまぁ、現代ダンジョン、帰還者、配信、VTuber、ハーレム、男女比、現代知識、テンプレ、テンプレの合体、そして便利スキルまで振り返ってきました。
長かった。
最初にこの連載を書き始めたときには、ここまで一つの話としてつながるとは思っていませんでした。
異世界へどう行くのか、というところから始まったWeb小説が、十数年の間にどんなふうに変わっていったのか。
そして私自身が、なぜ「はいはい異世界転生ね」と言えるほど同じジャンルを読み続け、それでも今なお新しい作品を探しているのか。
次はいよいよ最終章です。
ここまで出てきたものを、最後に一本につないでみたいと思います。
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