第8章 2020年代――テンプレは「発明」から「合体」へ 改稿
前回は、長年Web小説を読んできた結果、読者の側にも大量の「お約束」が蓄積され、作者と読者の間でテンプレそのものを使った読み合いまで成立するようになった、という話をしました。
異世界転生、チート、冒険者ギルド、追放、ざまぁ、現代ダンジョン、配信、VTuber、悪役令嬢、クラフト、スローライフ。ここまで来ると、一つ一つはもう説明しなくても大体分かります。
では、そんな「使える部品」が大量に揃った後、Web小説はどうなったのでしょうか。最近の作品を読んでいて私がよく感じるのが、「一作品に何個入ってるんだ?」ということです。
現代ダンジョンに最強主人公、VTuber、グルメ、推し活を入れる。追放された令嬢が、クラフトしながらキャンピングカーで異世界を旅する。魔法少女なのにゾンビで、中身は大人だったりする。一つ一つはどこかで見たことがあるのに、組み合わせると妙に新しく見えます。
今回はそんな2020年代のWeb小説を、「新しいテンプレを一つ発明する」だけでなく、「すでにあるテンプレを組み合わせる」という方向から考えてみたいと思います。
ただし、「2010年代は発明、2020年代は合体」と綺麗に時代が切り替わった、と言いたいわけではありません。昔からジャンルの混合はありましたし、今でも新しい設定や新しい流行は生まれています。今回もあくまで、十数年読んできた私から見ると、最近はこういう作品が以前より目につくようになった、という話です。
## 使える「部品」が、とにかく増えた
この連載の最初の方で取り上げた作品を思い出してみます。
異世界へ転移する。異世界へ転生する。ゲームのような世界へ行く。人間以外のものへ転生する。今ではどれも珍しくありませんが、当時は「どうやって異世界へ行くのか」「何に転生するのか」だけでも、かなり大きな作品の特徴になりました。
『転生したらスライムだった件』ならスライム、『蜘蛛ですが、なにか?』なら蜘蛛、『転生したら剣でした』なら剣。タイトルを見た時点で、「人間じゃないのか」と興味を引かれます。
チート能力も同じでした。スマートフォンが使える。ネットスーパーが使える。状態異常が強い。生産能力がとんでもなく高い。収納能力が特殊。一つの特徴的な能力を思いつけば、そこから一本の物語を作ることができます。
ところが十年以上、ものすごい数の作品が書かれ続ければ、読者の側も相当なものを見ています。人間、魔物、スライム、蜘蛛、剣、ドラゴン、貴族、悪役令嬢、勇者、魔王、現代ダンジョン、帰還者、配信者、VTuber。さすがに「そんなの初めて見た!」だけで勝負するのは難しくなってきます。
そこで、すでにあるもの同士を組み合わせる。これが最近のWeb小説を見ていて、かなり面白いところだと思っています。
## 『推しにささげるダンジョングルメ』――全部入れても普通に読める
この流れを考えるうえで、『推しにささげるダンジョングルメ ~最強探索者VTuberになる~』は非常に分かりやすい作品です。
主人公は現代に存在するダンジョンの最強クラスの探索者です。ここだけなら「現代ダンジョン+俺TUEEE」ですが、主人公の目的は世界最強になることでも、ダンジョンを完全攻略することでもありません。
推しのVTuberに、美味しいダンジョン料理を食べてもらいたい。そのために、自分もVTuberになる。
現代ダンジョン、最強主人公、VTuber、配信、グルメ、推し活。かなり入っています。でも、不思議なことに普通に読めます。
おそらく読者が、それぞれの部品をすでに知っているからです。ダンジョンとは何か、VTuberとは何か、最強探索者とは何か、推し活とは何か。それぞれを一から説明する必要がなく、読者は既知の部品を頭の中で組み立てて、「なるほど、そういう作品ね」とすぐ理解できます。
前の章まで何度も出てきた「共有文法」が、ここでも効いているわけです。
## 一度分かれた枝が、もう一度つながる
以前は、「異世界もの」という大きな括りの中から、料理、生産、農業、スローライフなどが細かく枝分かれしていった、と考えました。現代ダンジョンからも、攻略、配信、掲示板、グルメなど、さまざまな方向へ枝が伸びています。
ところが最近の作品を見ると、一度分かれたその枝同士が、もう一度横につながっているようにも見えます。ダンジョン+配信、ダンジョン+グルメ、令嬢+追放、令嬢+クラフト、令嬢+旅行。作品を一つのジャンルへ綺麗に分類するより、「どの部品を組み合わせた作品なのか」と考えた方が分かりやすい場合すらあります。
『追放令嬢、クラフトしながらキャンピングカーで異世界を旅します』なんて、そのタイトルだけでかなりの情報量です。主人公は令嬢で、追放される。クラフトをする。キャンピングカーがあり、異世界を旅する。まだあらすじを読んでいないのに、何が楽しめる作品なのかがかなり分かります。
Web小説では大量の作品が同じ画面に並ぶので、タイトルやタグは単なる設定説明ではなく、「この作品はこういう味ですよ」と読者へ伝えるラベルにもなります。「追放」「ざまぁ」「最強」「スローライフ」「配信」「VTuber」「悪役令嬢」「クラフト」といった言葉だけで、読者はかなり細かく自分の好みを選べるようになりました。
長く読んでいるうちに、作品だけではなく、読者の好みまで細分化していったのでしょう。
## 「全部盛り」だけではなく、「一個だけ違う」
ここは今回、改めて考えて少し修正したところです。
元々私は、2020年代の特徴を「テンプレの合体」と考えていました。これは今でもかなり当たっていると思いますが、最近の作品をいろいろ読んでいると、必ずしも何でも大量に詰め込む必要はありません。
むしろ、**よく知っている型に、一個だけ強い違いを足す。**
こちらも非常に多い気がします。
読者がすでに「異世界転生ものとはこういうもの」「現代ダンジョンものとはこういうもの」と知っているなら、土台の部分で無理に新しさを出す必要はありません。その上へ一つだけ「今回はこれです」という特徴を載せればいい。
作品の大部分は知っている味でも、一個だけ「それは見たことないな」があれば、読んでみる理由になります。これも共有文法が十分に成熟したからこそできる作り方なのだと思います。
## 『異世界に放置ゲー理論を持ち込んだら~』――変えるのは一部分だけでいい
その分かりやすい例が、『異世界に放置ゲー理論を持ち込んだら世界最強になれる説』です。
土台だけを見れば、かなり馴染みがあります。現代人が異世界へ転生し、魔法を使い、強くなり、最強を目指す。ここだけなら、今では珍しくありません。
ところが、この作品には「放置ゲーム」という一個の強い特徴があります。
ゲームで放置している間にキャラクターが成長するなら、異世界でも同じようなことができないか。そう考える主人公が、自動で敵を倒し、効率よく経験値や素材を得られる仕組みを作ろうとします。
異世界転生そのものを新しくしたわけではありません。レベルアップそのものを新しくしたわけでもない。「どうやってレベルを上げるのか」という部分を変えただけです。
でも、それだけで一本の作品の顔になる。これはかなり今っぽい作り方だと思います。
さらに面白いのが、持ち込まれるのが単なるゲームのシステムではなく、「ゲームを遊ぶ人間の考え方」だというところです。効率よく育てる、自動化する、放置している時間も無駄にしない。レベルやステータスだけでなく、効率化、最適化、ビルド、周回といった攻略側の発想まで主人公の武器になります。
現代知識チートというと農業、料理、工業などを想像しがちですが、現代人が持っている知識はそれだけではありません。ゲームを何十年も遊んできた人なら、ゲーム的な思考法そのものを持っている。Web小説とゲーム文化が長く一緒に歩いてきた結果、こういう形まで使えるようになったのかと思うと面白いものです。
## 「新しい能力」より「新しい使い方」
これはチート能力にも当てはまります。
昔なら、「この作品の主人公には、今まで見たことのない特殊能力がある」というだけで大きな特徴になりました。しかし能力そのものが大量に使われた後は、既存の能力でも使い方を変えればいい。
生活魔法を戦闘に使う。生産スキルを別の用途へ応用する。収納能力を物流に使う。弱いスキルを複数組み合わせて、とんでもない効果を作る。
重要なのは「何を持っているか」だけではなく、「それを何に使うか」になります。
新しい道具を発明するだけでなく、すでにある道具の使い方を変える。これも、テンプレが成熟した後の遊び方の一つなのでしょう。
## 組み合わせそのものが、読んでみる理由になる
『中二病の魔法少女ゾンビ』も、混ざり方が分かりやすい作品です。
タイトルの時点で、魔法少女とゾンビという普通なら別々に見える要素が並んでいます。そこへ中身は大人、身体は少女、中二病的な魔法、現代ファンタジー、コメディなどが重なる。
ここまで来ると、「これは魔法少女ものなのか、ゾンビものなのか」と厳密に分類する必要もあまりありません。両方でいい。
魔法少女とゾンビ。異世界とキャンピングカー。ダンジョンとVTuberとグルメ。異世界転生と放置ゲーム。一個ずつなら知っているのに、組み合わせると「その二つを混ぜるの?」とちょっと見たくなる。
大量の共有文法が蓄積されたからこそ、組み合わせそのものを作品のフックにできるのでしょう。
## 「またこれか」と「これこれ!」は、かなり近い
テンプレ作品を読んでいると、不思議な感覚があります。同じ展開が何度も続けば「またこれか」と思うのに、自分が好きなテンプレが気持ちよく出てくると「これこれ!」となる。
この二つは、ものすごく近い。
結局、テンプレそのものが嫌なのではなく、「自分が読みたいテンプレなのか」「そのテンプレをどう使っているのか」の方が大きいのかもしれません。
私自身、主人公最強、ご都合展開、コメディ、ストレス少なめ、配信や掲示板といった要素は、似た構造でも何本も読めます。逆に、どれだけ斬新な設定でも、自分には合わないストレス展開が長く続けば読むのがしんどくなる。
長年読んだ結果、私自身の「好きな部品」と「苦手な部品」が、かなり細かく分かるようになってしまいました。これもジャンルが長く続いた結果なのでしょう。
そして「タイトルを見ただけで展開が分かる」ことも、必ずしも欠点ではありません。「今日は追放ざまぁが読みたい」「のんびりクラフトする話が読みたい」という読者に、最初から欲しいものが入っていると伝えてくれる。
何が出てくるか全く分からないことだけが娯楽ではありません。王道の展開を期待して、本当に期待したものが出てくる。それも十分に気持ちいい。
## これは「ネタ切れ」なのか?
ここまで書くと、「要するに、新しいアイデアがなくなったから昔のテンプレを混ぜているだけじゃないの?」という見方もできます。
そういう面が全くないとは思いません。大量の作品が書かれれば、完全に新しいアイデアを出すことは当然難しくなります。
ただ、それだけで「ジャンルが衰退した」と考えるのも少し違う気がします。音楽でも漫画でもゲームでも、既存の要素を組み合わせて新しいものを作るのは普通です。そもそも物語なんて、昔からその繰り返しなのかもしれません。
Web小説で面白いのは、使われている部品に「追放」「クラフト」「配信」「グルメ」のような名前がついていて、作者も読者もその意味を理解していることです。だから組み合わせやすいし、組み合わせた意味もすぐ伝わります。
私はこの状態を「ネタ切れ」というより、**テンプレが部品として使えるほど成熟した**と考える方がしっくりきます。
## 「発明から合体へ」――ただし、かなり大雑把
ここで、この章のタイトルに戻ります。
「2010年代はテンプレを発明する時代、2020年代はテンプレを合体させる時代」
さすがに、そこまで綺麗には分けられません。2010年代にも複数ジャンルを組み合わせた作品はいくらでもありましたし、2020年代になってから新しい型が生まれなくなったわけでもありません。
今回改めて言い直すなら、2010年代は現在まで使われている大量の「部品」が目立って増えていった時代。そして2020年代は、その蓄積された部品をかなり自由に組み合わせたり、一部分だけ強くひねったりする作品が目につく時代。
私には、そんなふうに見えます。
完全な新発明だけで勝負する必要はない。読者が知っている土台を使い、その上へ一つだけ新しいものを載せてもいいし、複数の好きな要素を全部載せてもいい。
つまり、**「何を発明したか」だけでなく、「何と何を組み合わせたか」「知っているものをどう使ったか」が作品の個性になる。**
これが、今のところ私が2020年代のWeb小説を読んでいて感じている大きな変化です。
## 異世界転生は、もう「主役」ではなく土台なのかもしれない
第0章では、「異世界へ行くこと自体が物語だった頃」の話をしました。主人公が見知らぬ世界へ行く。それだけで大事件でした。
ところが今では、「異世界転生ものです」と言われた読者が、「はいはい。それで今回は何するの?」くらいの感覚で受け止めることがあります。
異世界転生そのものが作品最大の特徴ではなく、物語を始めるための土台になった。その上で料理するのか、農業するのか、クラフトするのか、配信するのか、芸能界へ行くのか。そちらの方が作品の違いになります。
ここまで来ると、「はいはい異世界転生ね」という言葉も、単純に飽きたという意味ではありません。「異世界転生」という一言から、読者が大量の前提条件を補完できるところまで来た。だから、その説明を飛ばして次へ進める。
この十数年で、異世界転生は一つの設定から、物語を始めるための「言語」に近いものへ変わったのかもしれません。
## それでも、次に何が流行るかは分からない
もちろん、この先もずっと「テンプレの組み合わせ」だけが続くとは思っていません。
私が知らないだけで、今この瞬間にも新しい型を作っている作品があるかもしれません。数年後に振り返ったら、「ああ、この頃からもう始まっていたのか」と思うジャンルが出ている可能性もあります。
そもそも私は、この連載を書き始めるまで、料理ものや配信ものがいつ頃から増えたのかすらかなり曖昧に覚えていました。後から振り返って初めて流れに見えるものも多いのでしょう。
だから「2020年代はこういう時代だ」と決めつけるつもりはありません。今の私には、「使えるテンプレが大量に蓄積され、その組み合わせや一部分のひねり方そのものが面白さになっている」ように見える。
現時点では、そのくらいにしておくのがちょうどいい気がします。
ここまで来ると、次に気になるのが、こうした共有文法を使って物語をどこまで便利にしていいのか、という問題です。
鑑定、アイテムボックス、自動翻訳、回復、転移、ネット通販。こうした能力は、本題へ入るまでの距離を大幅に短くしてくれました。
でも、便利すぎる能力は、主人公が困る理由まで消してしまわないのでしょうか。
次回は最後の横道として、
「便利スキルは物語をどこまで楽にしたか――チートは物語を壊すのか?」
について考えてみたいと思います。




