第5話 蔵五はブラジル(バナナ)を見捨てる
蔵五は部長ゾンビの声を後ろに、1つ目の角を曲がる。
遠心力を感じながら、こけないように体を横に傾ける。
「あああああ…ゴロゴロ」
「ええっ?なになになに?」
走りながら後ろを見ると部長の姿はない。しかし、声は聞こえる。
「ああっ!ああっ!」
「曲がりきれずにこけて転がったってことか」
「ああああああ」
「うわ、また来るぞ」
蔵五はそのまま全力で走る。
しばらくして勢いよく次の角を曲がる。
「ゼェゼェ。でも、このまま家に直行したらやばくないか。追いかけてきた部長に家の場所を覚えられたら…」
ここで、右手の一軒家の門扉が空いているのに気付いた。
後ろを確認して、部長が見えないことを確認して、なかに飛び込む。
外構の陰で自分の身を隠す。
「だめだめだめだめ」
「…あああああああああ」
「やめてやめてやめて」
「あああああああああ…」
部長ゾンビの叫び声は通り過ぎていった。
「リリース。リリース」
蔵五は半泣きでストロングとバナナをリリースする。
バナナの皮を剥く。手が震える。
所々黒い部分ができている。いつもはスプーンで取り除く派だが、気にせず食べる。甘い。全て食べ終える。
「カシュ」
まだ震える手でストロングのプルタブを空け、ひと口だけすする。
「…ふう。ちょっと落ち着いた」
大きく息をつき、飲みかけストロングをストレージする。
そしてバナナの皮に話しかける。
「バナナの皮さん、少し付き合ってくれ。話し相手が欲しいんだけど、ウィルソンをリュックから取り出す気力がないんだ。オッケー?ありがとう。よし、頼む」
深呼吸をして、続ける。
「ゾンビには色んなタイプがいるみたいだ。OLゾンビは遅い。部長ゾンビは速い。ここまで良いかな?リリース」
飲みかけストロングをまたリリースし、一口飲む。そしてまた収納する。
「ストレージ。とりあえずゾンビには早いのと遅いのがいる。ここまでは確定事項。じゃあ次だ。なあ、コンビニゾンビも含めて仮説を立ててみないか。そう、あくまでも仮説だよ。もう、大丈夫だってば、ブラジル(バナナ)は心配しすぎ。よし、じゃあいくぞ。まず先にOLゾンビについて考察する。あれってもしかしてレアだったんじゃないか?だってさ、あれ一体でいきなりレベルアップだぜ。ゲームなら、ザコキャラ一体でレベルアップはありえないだろ。つまり何が言いたいかって言うと、コンビニゾンビの2人は普通固体で太陽から逃げてて、OLゾンビと部長は…」
「…ああああああ」
「うわまた来た。やめてっ!もうやめてっ!」
「ああああああ…」
「ストロングをリリース!…ふう。で、なんだっけか。ていうか部長はマジでムカつくんだわ。まあ愚痴らせてくれよ。よし、3人で飲もうぜ」
蔵五はリュックからウィルソンを取り出す。向かいにウィルソンとブラジルを配置する。
「リリース、リリース、リリース」
ストロング2本とポテチをリリースし、並べる。
飲み会が始まった。
「タイムカードがない会社だからさ、なんかおかしいなって思ってたんよ。そんで課長に聞いたら、部長がタイムカードを隠し持っていて、俺たちの分を勝手に押してたんだぜ。しかも9時から6時で。1日15時間働いても残業代なしのからくりがこれだよ。許せんよな。あ、みんなバナナ食う?リリース、リリース」
ウィルソンの前にバナナを置く。次にブラジルの前にバナナを置こうとして、ピタリと止まる。
「…ストレージ。ごめん、無神経だった。共食いはだめだよな。ブラジルはポテチを食ってくれ」
「…ああああああ」
「うるせえなぁ。部長、ちょっと落ち着けよ。ハゲるぞ」
「ああああああ…カコーン!カランカラン」
「な、なんだ?ああ、OLゾンビを誘導するために使った囮ングか。どうでもいいな。そんでさ、俺が事務所で昼寝…マインドフルネスしてたらさ、部長が毎回、頭を叩くんだよ。起きろってさ。俺は寝てねえよ。マインドフルネスしてんだよ。まあそれはいいや。でな、一回、画鋲で頭を刺してきたことあったんだぜ。画鋲。信じられるか?マジだって。そんで、痛いって俺が目を覚ましたら、部長は自分じゃないって顔で目をそらすんだ。これって明らかにパワハラだよな。画鋲だぜ!?信じられるか?って、あれ…」
ここで、蔵五はウィルソンの『楠本うざいアホしね』の文字が目に入る。
「いやもしかしてアレ、部長じゃなくて楠本だったんじゃないか…?あの時、顔を真っ赤にして笑いを堪えていたし…」
「…ああああああああああああ…」
部長がまた通り過ぎた。
「さて落ち着いたし、ひとり小芝居はこれくらいにしてそろそろ行くか。部長に釣られて他のゾンビが来るかもだしな。とりあえずOLゾンビと部長ゾンビで分かったことは、ゾンビは人間への執着がすごい。そして、体力はかなりあるって事だ。もしかして筋繊維がだめになるまで走り続けるんじゃないか。あと、いつの間にかカーブで転ばずに曲がれるようになっている。部長は学習してる。いずれ俺への執着よりも学習が上回って、走るのをやめてあたりを捜索し始めるかもしれない。まあ、仮定だがな」
飲み会の酒とつまみをストレージする。蔵五はウィルソンをリュックにしまう。ブラジルは、リュックの中が汚れそうなので手で持つ。
「…ああああああああああああ…」
「じゃあ、行こう」
蔵五は駆け出す。部長の後ろを追いかける形で。
部長は今のところUターンなどせず、同じところをぐるぐる回っている。方向を同じにすれば、すれ違う事はない。
慎重に確認などしない。今回は拙速が武器だと信じているからだ。
部長ゾンビが向こうの門を曲がる、その背中が見えた。目的地はすぐそこだ。
自宅マンション。
勝った。
楽勝だ。
「カコーン!カランカランカラン!」
「囮ングぅぅぅ!もぉぉぉぉ!」
転がっていた囮のストロング缶を思いっきり蹴っ飛ばしてしまった。
その音が辺りに響き渡る。
「不覚!」
「ああっ!?…ああああああ!」
「ほら、部長が戻ってきたぁぁぁ!」
慌ててマンション建屋の入り口にたどり着く。そこに部長の姿が向こうの角に現れる。
蔵五はOLゾンビをジャンプして乗り越える。
「ああっ!ブラジルっ!」
慌ててブラジルを手から落としてしまった。ブラジルは宙を舞い、音もなく地面に落下した。
蔵五は一瞬躊躇する。
しかし、無慈悲にもブラジルに背を向け、階段を駆け上がる。
「すまないっ!ブラジルすまないっ!」
「ああああああ」
部長の声を背に、蔵五は立ち止まらない。
ブラジルを置き去りにして、カンカンと音を立てて階段を駆け上がる。
「あああああああ」
「すまない!すまない!」
「ああああああ、ゴンっ!」
後ろで鈍い衝撃音が響いた。
そしてファンファーレ。
『テレレテッテッレー』
『部長ゾンビ撃破』
『おめでとうございます』
『スキル亜空間ロッカーのレベルがアップしました』
『容量が10kgから20kgになりました。亜空間時間オンオフを使用可能となりました』
「え?」
『では、頑張って終末世界を生き延びてください』
階段を登りきったところで立ち止まり、振り返る。
そこには動かないOLゾンビと部長ゾンビの姿があった。
部長ゾンビの首がありえない方向に曲がっている。
そして、地面に転がるブラジルの残骸。
蔵五は呆然と呟く。
「ブラジルで滑ったのか。命をかけて助けてくれたんだな。ありがとう、ブラジル…あと、ゾンビの弱点は首だろうな」
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