第26話 神様はデスゲームを好む
翌朝。
自衛隊の幹部宿舎の一室。楠本は目を覚ます。
「ホー↓ホー↑ホホー→」
「キジバトね…」
つぶやき、抱き枕のアンドリューに話しかける。
「おはよう、アンドリュー」
『おはよう、稲穂。よく眠れたかい』
「うん、よく眠れた」
『かわいい寝顔だったよ。ずっと見ていたんだ。愛してる』
「ウヒョー!腹話術スキルは最高!」
一人で小芝居をしてから、身なりを整える。化粧もきちんとする。大鳥も蔵五も男だと思っていないが、女としての最低限のたしなみのつもりだった。
そして何が起きても良いように、リュックにアンドリュー抱き枕を詰め込む。
リュック片手に食堂へ行くと、大鳥がすでに待機していた。
「おはよう楠本」
「おはよう課長。村田さんは?」
「まだだ」
「よし、じゃあ腹話術スキルで起こすわ」
楠本と大鳥が朝食をとっていると、やがてリュックを背負った蔵五がやってきた。
「おはよう。俺、赤飯を食べるわ」
「よし、用意してやろう」
やがて三人とも食事を終え、コーヒーを飲み人心地つく。
やがて、楠本が言う。
「さて、それでは今からエンディングおねだり大作戦をします」
「「パチパチ」」
「みんな、何があってもすぐ動けるよう、準備はできてる?」
二人は頷く。
「さて、いまから神様に話しかけます。すんなり帰らせてくれたらいいんだけど…」
蔵五が言う。
「ラストバトルとかあったら嫌だな」
「村田さん、フラグ立てるのやめなさいよ」
「すまんすまん。まあ、あっても子どもの遊びみたいな平和なゲームだったらいいんだけど」
「はいはい、やめてください。ではいきます。ええと神様、聞こえますか?」
楠本は黙る。
沈黙。
やがて楠本が続ける。
「そろそろこのクソゲーに飽きたから、元の世界に戻してくださいな。神様もそろそろ飽きたでしょ。エンディングを早くちょうだい。ボスバトルとかいらないからさ。お願い」
『テレレテッテッレー』
『覚醒スキル、神に届く声、を取得しました』
『おめでとうございます』
「うおっ!」
楠本が叫ぶ。
「どうした!」
「ファンファーレがキター!覚醒スキルをゲットだって。神に話しかけられるみたい」
そして、三人の脳内に声が聞こえる。
『請願を受け付けました』
3人で顔を見合わせる。
「すげえ、楠本やるじゃん」
「村田さん、ちょっと黙ってね」
にこにこと笑いながら楠本が言う。
『では、ラストバトルの説明をします』
『ラストバトルはデスゲーム鬼ごっこです』
「…ほら、こうなった」
楠本が蔵五を睨む。蔵五は目をそらす。
『制限時間は3時間です』
『鬼から逃げながら、3時間以内に4つのチェックポイントに触れてください』
『1つ目のチェックポイントは久坂高校3年3組の黒板です』
『鬼はあなた達の居場所が分かります』
『鬼に捕まらないように注意してください。殺されます』
『鬼は倒せますが、倒すとペナルティが発生し、またさらに強い鬼が投入されます』
『では皆さん用意は良いですか』
蔵五がワチャワチャする。
「え?ちょっと待って!まだ心の準備をしてない。まだ始めないで」
『では、スタート!』
「ああっもう!人の話を聞けよっ」
大鳥が時計を見る。
「今は、ちょうど9 時だ。3時間だから、12時までに3つのチェックポイントを探す必要がある、ということか」
楠本が言う。
「課長、久坂高校は知ってる?」
「知っている。大通りを東に走れば左手に見える。車で10分、というところかな」
蔵五が言う。
「課長、使える車はある?」
「確認済みだ。急ごう」
三人はリュックを背負い、食堂の外に出る。
駐屯所内は生活スペースと仕事スペースが分けられている。食堂を出た先に監視塔があり、その先に駐車場や玄関がある。
監視塔の下まで来たところで、玄関に小人が立っているのに気がつく。
裸の、全身緑色の小人。
包丁を片手に、ニヤニヤと笑いながらこちらを眺めている。
「なんだ、あれは。人間か?」
「あれはゴブリンね。課長はゲームとかしないの?」
「ああ、興味がないな」
「まあとりあえず看破して」
「よし、看破…Rゴブリンキング、スキルスピードキング、って出たぞ」
「オッケー。村田さん、狙撃銃を出して。課長に渡して」
「分かった。リリース」
「ありがと。じゃあ課長、足を狙って。ふふふ。鬼から逃げながらチェックポイントを見つけるのがこのゲーム。なら、先に鬼を倒さずに、行動不能にすればいいのよ。一気にヌルゲーってこと」
「隊長、賢いな。ハメ技じゃん」
蔵五が感心する。
大鳥が片膝をついて銃を構える。
まだニヤニヤと笑っている。
大鳥が引き金に指をかける。
「ちっ!」
その瞬間、ゴブリンキングは舌打ちをし、すさまじい勢いで走り出す。
「ガン!」
銃声が鳴り響き、弾丸がゴブリンキングの足元の芝生をめくり、土が跳ね上がる。ゴブリンキングは建屋のなかに入っていった。
「すまん。動いている敵は当てにくい」
「仕方ないよ。それより、2人とも監視塔に登って。安全な場所で狙撃しよう」
三人で監視塔に登る。動かない一佐ゾンビが転がっている。
大鳥が敬礼をしてから、狙撃銃を構える。
蔵五が楠本に言う。
「で、これからどうする?」
「しびれを切らしてゴブリンが出てくるのを待つ。そして、出てきたら足を撃つ。そのまま一気にゴールまで駆け抜ける」
「うーん」
蔵五が首をひねる。
「でもさ、2つ目以降のチェックポイントの距離が分からないだろ。タイムアップの可能性を考えたら悠長なことをしてられないよな。一気にクルマを拾って、次のチェックポイントに向かったほうがよくないか」
「相手はスピードキングだからね。さっきのスピード見たでしょ。下手に動くと危険。今はとりあえず待ちましょう」
「わかった、隊長に従うよ」
3人で建物入り口を監視する。
数分が過ぎた頃、ゴブリンキングが頭を出してきた。
「…課長、頭を撃っちゃだめ。倒したらペナルティになる」
「分かった」
ゴブリンキングが頭を引っ込める。
「チキンレースよ。向こうがしびれを切らして突っ込んできたら、一気に無力化する」
蔵五が言う。
「捕獲ネットがあるぞ」
「課長が外してゴブリンがここまで来たら、それで捕獲しましょう。そして課長が足を撃ち抜いく」
「了解」
また数分が経つ。少し気が抜けた頃、いきなりゴブリンが飛び出してくる。大鳥が慌てて銃を構え直す。
「ちっ!」
ゴブリンが舌打ちして、Uターンして建物に戻った。
「すまん、撃つ間もなかった」
「うん、次は頑張って」
しばらく沈黙が続く。
蔵五が言う。
「なあ、15分が経過したぞ」
「そうね。今ゴブリンに腹話術で話しかけてるんだけど、動きはない」
「あのさ、楠本」
「なによ」
「もしかして、俺たちは足止めされてないか?」
「…はい?」
そこで大鳥が声を出す。
「おい、あいつがまた頭を出したぞ」
蔵五と楠本が見る。陰から頭だけ出して、ゴブリンキングはこちらの様子を伺う。銃を構えると顔を引っ込める。
「…ねえ。いま目が笑ってなかった?」
「俺もそう見えた」
楠本がため息をつく。
「そうきたかぁ。相手はルールを理解してるのねぇ。賢いなぁ」
「だよな」
「相手は差し違えてもオッケーで、こっちは下手に殺せない。クソ運営め、意地が悪いわー…相手がジリ貧狙いだったら、結局は強行突破しかないでしょ。村田さん、亜空間収納でなんとかしてよ」
「なんとかねぇ。バナナも品切れだし…まあ、いけそうだ。課長、近距離ならライフルよりも拳銃の方がいいよね」
「ああ。持ち替えればいいのか?」
「うん。俺が、相手が近寄らざるを得ない状況をつくって、近づいて来たら身動できなくする」
「しかし、あいつはかなり素早いぞ」
「まあ、ここを乗り越えたら一気にヌルゲーらしいし。ひと踏ん張りするよ」
蔵五は大鳥にリリースした拳銃を渡し、ライフルをストレージする。
「じゃあ、拙速と行きますか」
三人は監視塔のはしごを降りる。そして、走り出す。
ゴブリンキングの姿が見えた。よそ見をしていたようで、一瞬遅れてこちらに気づく。驚きの表情となるが、すぐに包丁を持ち、こちらに駆け出す。
「まとめてリリース!」
モールで取ったニワトリの音が鳴るおもちゃが5つ蔵五の上に現れる。
「ぴー!」
突然の音にゴブリンゾンビと楠本、大鳥の視線が上にむく。
「まとめてリリース!」
次の瞬間、大量のビー玉、ゴルフボール、仕込んでおいたビニール袋に入れた薄めた洗剤が、ゴブリンの足元に現れまき散る。
ゴブリンが滑って倒れた。すぐに体勢を整えようとするが、滑ってまたこける。
そこに、蔵五が投げた捕獲ネットが覆い被さる。
ゴブリンはもがきネットを包丁で切ろうとするが切れない。怒りの眼光で包丁をこちらに投げようとするが、腕も動かない。
「課長!今だ」
「分かった」
「ガン!ガン!」
ゴブリンキングの両膝が撃ち抜かれる。その表情に苦痛と諦めが浮かんだ。
蔵五が言う。
「じゃあな。これでヌルゲーだ。エンディングまでそこで寝転がっておいてくれ」
ゴブリンキングがにやりと笑った。
「なんだ?」
ゴブリンキングは網の中でもがきながら、なんとか包丁を自分の首にあてた。
そして、ためらいなく横に引いた。
自死だった。
青い血が飛び散ると共に、蔵五達の頭のなかに声が響く。
『ゴブリンゾンビが倒されました』
『ペナルティーが発生します』
『エンジンのついた乗り物禁止、です』
『更に強い鬼がスポーンします』
『では皆さん、引き続き頑張ってください』
次の瞬間、ゴブリンゾンビの遺骸は煙となって消えた。
楠本が叫ぶ。
「このクソ運営っ!ハメたつもりがハメられた!こんなやり方ってある!?性格が悪すぎるっ」
蔵五も叫ぶ。
「ああ、もう!ふんだり蹴ったりじゃねえか!このゴブリン、楠本よりも質が悪い!時間稼ぎだけされて終わったよ」
大鳥が言う。
「お前たち、落ち着け。やるべきことをやるぞ。自転車を漕いで学校に行く!駐輪場には鍵のついてない共用自転車がある」
「チクショー!」




