第27話 楠本はアンドリューにデレる
鬼に遭遇することもなく、やがて三人は久坂高校にたどり着く。
校舎の大時計が10時を指していた。
「ええと、3年3組の黒板が1つ目のチェックポイントだよな」
「そう。急ぎましょう」
周囲を警戒しながら三人は校門を通り抜ける。玄関前で自転車を降りる。
ドアの開いた車が横付けされていた。中をのぞくとキーがささっている。
「ちょっとみんな、待っていてくれ」
蔵五は乗り込み、キーを回す。無反応。エンジンは全く何も反応しない。
大鳥が車内を覗き込んで言う。
「駄目か?」
「全然だめ」
「このまま自転車移動となると、時間よりも体力が心配になってくるな」
「課長は大丈夫だろうけど、俺と楠本がなぁ。最悪、課長ひとりで攻略するしか…おい、どうした?」
蔵五がふと見ると、楠本が驚愕の表情で何かを凝視している。
「やべ!」
慌てて車から降りて、楠本の視線の先を見る。
おかしなものは何もない。カーテンひらめく教室の窓しかない。
「アンドリューが…」
楠本が興奮して言う。
「アンドリューがいたの!リアルアンドリュー!」
大鳥が眉をひそめる。
「アンドリュー?誰だ?」
「2次元彼氏のアンドリュー!私の婚約者のアンドリュー!」
「なんだ楠本、婚約者がいたのか?それとも例のフラグって奴か?」
蔵五が呆れて言う。
「楠本さーん、こんな時に何ふざけてるんスか?笑えませんよ」
「本当!あそこで私に向けて笑顔でウィンクしてくれたの!ウソじゃないのよ!本当なのよ!おっといけねヨダレ出てたわ」
「いや待てよ…これ、鬼じゃねえか。幻覚を見せてるんじゃないか」
「…え?」
「いやな、幻覚系のスキル持ちの鬼がやってんじゃないか?」
「なるほど…神のサービス?」
「アホ!そんな訳があるか。とりあえず突入するぞ」
3人は警戒しつつ校舎に突入する。
とりあえず2階へ。
階段を登ると、教室が並んでいる。
「あった!3-3だ」
教室に入り、黒板にタッチする。
「…なにも起きないな。」
「アンドリュー!」
突然楠本が叫び、外に駆け出そうとする。それを蔵五が羽交い締めにしてとめる。
「アンドリューが廊下を走っていったの!私に投げキッスしながらっ!ウヒョー!」
「馬鹿野郎!二次元と三次元を混同するな!いて、蹴るな」
「…ふう、ごめん。取り乱しちゃった」
「…いや、いいんだけどさ。もう大人なんだから」
大鳥が言う。
「とりあえず、次のチェックポイントに向かうか?」
「でも次のチェックポイントがどこか分からないし…て、あれ?」
蔵五が壁に張られた掲示物に気付く。
「これ、1年3組ニュースって書いてある」
「なに?本当だ。でも表札は3-3だっただろ」
「幻覚じゃないか!?」
三人は廊下に出る。
蔵五が言う。
「課長、表札に看破してみて」
「うん?看破…なにも起きんが」
「てことは…本物の3-3の表札だ。つまり、鬼が手作業でひとつひとつ表札を入れ替えたんだな。幻覚だけでなくマメな性格の持ち主とは…恐ろしい敵だ」
「なあ蔵五、楠本はどこに行った?」
「え…?」
蔵五が辺りを見回す。楠本はいない。
「あのバカ!アンドリューを追いかけてどっかに行きやがったのか!課長!こうなったら二手に分かれよう。楠本を探しながらチェックポイントを探す。楠本を拾ったら腹話術で連絡を取ればいい。俺は2階、課長は3階を頼む」
「分かった!」
2人は駆け出す。
そして蔵五は3-4の表札がある教室を覗き込む。
教卓の上に見慣れた物が置いてある。
「…ウィルソン?」
蔵五はティッシュ箱に近付く。楠本うざいアホ死ね、と書いている。
「間違いないな。偽ウィルソンだ。ニセルソンと名付けよう」
リュックからウィルソンを取り出し、教卓に2つ並べる。
「うーむ、ニセルソンとマジルソンはまったく一緒だ。文字の筆跡やへこみ具合もまったく同じ。つまりは、俺の記憶情報をもとに幻覚を作っているんだろう。俺が催眠状態ってことなのか…やべ、どっちがマジルソンだったか分からなくなっちまった。おい、マジルソン、返事をしろっ…」
【なんだい、蔵五。僕が本物だよ。ずっと君と話したかったんだ。うれしいよ】
蔵五がニヤリと笑う。
「やっぱりな。ニセルソンがしゃべった。催眠状態で欲望が表にあらわれたって事だろな。つまりは、楠本はアンドリューにウィンクや投げキッスをされたかったんか…なんか悲しくなるな」
蔵五はマジルソンをリュックに入れて、念の為、黒板に手を触れる。やはり何も起きない。
「じゃあなニセルソン」
蔵五は教室を飛び出す。
大鳥が校舎3階を走る。
校長室の扉が開いていた。
中をのぞくと、そこには窓から外を見ている白髪の自衛官の背中があった。
大鳥は校長室に入りその背中に話しかける。
「一佐、こんな所でなにを?」
「うむ。君に話がある」
大鳥がうろたえる。
「君は今、何をしている」
「何を?鬼ごっこです」
「そうではなく、仕事の話だ」
「じ、実は失業中でして」
「なるほど。では、再入隊してみないか?」
「…ありがたい提案ですね。しかし、蔵五と楠本が心配です」
「彼らも面倒を見よう。私ならよい就職先を紹介できる。どうだ、いい話だろう」
「はい、とても有難い話です…でも、一佐がそんな話を突然するわけがないでしょう。幻覚なのは分かりきっています」
大鳥は校長室にある木刀を手に取る。
「私は今、蔵五と楠本を守らねばなりません。では失礼します」
大鳥は迷いなく校長室を飛び出る。
そして、扉が開いた理科室を覗き、ため息をつく。
そこには楠本がいた。
「アンドリュー、私のどこが好き?全部?いや~ん」
人体解剖模型の胸にしなだれる楠本がいた。
大鳥が言う。
「楠本⋯何をしているんだ?」
「え?あれ、人体模型?きも。アンドリューはどこに行ったの?」
我に返る楠本に大鳥は冷静に話しかける。
「そんなんじゃ再就職できないぞ」
「え?え?」
「俺はお前の将来が心配だ。男がいるならまだ安心だが、よりによってアンドリューとか訳の分からない事を言って。今後の人生設計は持っているのか?」
楠本の膝がガクガクと震える。
「や、やめて…昭和なガチ説教はやめて。効くから」
「アンドリューよりも資格を取るなり恋人を作るなりしたらどうだ」
「痛い!心が痛い!」
「楠本!答えなさい」
「ヒィィィィィ!」




