第23話 楠本は錯乱する
食堂には大鳥と楠本がいた。
蔵五が楠本に話しかける。
「楠本、どうだ?順調?」
「ああ村田さんか。うーん…まあぶっちゃけ、できることなんて限られてるわね。公園の地面にラッカースプレーで丸をつけておく。そこにインカムを置く。ウサギにインカムを装着させて、会話をする。情報を搾り取って、捕獲せずに他の場所に誘導してサヨナラするもよし」
「いいな。それから?」
「早めにヘッドショットして倒すのもあり」
大鳥が眉をひそめる。
楠本が気付かず続ける。
「ヘッドショットで死ぬもよし、死なないもよし。死なないなら、ハチの巣にして、安全を確認して村田さんに捕縛してもらう。その後で尋問をして、最後に経験値になってもらうなり。なんなり役に立ってもらう」
大鳥が言う。
「楠本、無理してないか?」
「なに、課長?なんの話?」
「いや、疲れていないか?」
「ちょっと何いってるか分からない」
「ううむ…」
楠本が大鳥ににっこり笑う。
「感動のエンディングのためよ。みんなで元の世界に戻って運送会社を作らないとね。今は私に従って」
「…分かった。しかし、いつでも俺を頼れ」
「うん」
蔵五が言う。
「俺も隊長の命令に従うよ」
「オッケー。じゃあ大鳥三等兵、インカムの使い方を我々に説明しなさい」
「はいはい」
その後、レーションで軽く食事を済ます。
「じゃあいきますか」
楠本と大鳥は公園近くの高層マンションへ向かう。
蔵五は指示された公園のトイレに入る。
トイレ個室で便器に座る。
蔵五はリュックからウィルソンを取り出す。
手持ち無沙汰だ。お気に入りのエロい本をリリースしてぼんやり眺める。
【村田さん、聴こえる?】
蔵五は答える。
「聴こえるよ」
【ちゃんと配置場所にいる?】
「大丈夫だ、ちょっと暇だけどな」
【今回は危険な役をやらせてしまってごめん。元の世界に戻ったら埋め合わせをするから】
「わかった。ギブアンドリューテイクで頼む」
【そうね、ギブアンドリ…くっ】
蔵五は一旦、自分のマイクのスイッチを切る。楠本の声は聞こえるが、自分の話し声が向こうに聞こえない状態になる。
蔵五はエロい本に飽きて、トイレの中を見る。色々と壁に落書きが書いてある。
「ウィルソン、これ見てみろよ。【佐藤を許さない祝ってやる】って書いてあるな。祝うなよ。つうか、ネタなんだろか」
小さく笑う。そこに楠本の声。
【村田さん、来た。うさぎ】
蔵五は一つ深呼吸をして、エロい本をストレージする。そして、ウィルソンをリュックにしまう。
【ちょっと、やめてよ…】
蔵五がマイクのスイッチを入れる。
「楠本、どうした?」
【うさぎちゃんがタキシードを着て爆走してる】
「タキシードって、礼服の?」
【そう。化け物の分際で人間みたいな恰好しやがって。蝶ネクタイまでしてるし。課長、看破できる?】
【無理だ。距離が離れすぎているみたいだ】
【オッケー…公園に入った。村田さんは息を潜めてね】
「わかった」
【奴が今、インカムに気が付いた。使い方を腹話術で指導する。村田さんは自分のマイクを切って。今から奴も回線に参加するから、音声だけ聞いててね。分かった?】
「オッケー」
蔵五はインカムを操作する。
蔵五はひとつ深呼吸をする。ふと壁に【佐藤参上!夜露死苦!】と書いているのに気がつく。
「アンドリュー、これってなんでロシアの露なんだろうな。前から気になってたんだ。あと佐藤率が高いな。さっきの祝ってやられる佐藤と同一人物なのか?」
ここで、インカムの向こうで楠本とウサギゾンビの会話が始まった。
【…うさぎちゃん、聴こえる?】
【うん、聴こえる】
【こっちもうさぎちゃんの声が聞こえるよ。たぶん長い話し合いになると思う。疲れたらダメだし、そこのベンチにでも座ってよ】
【分かった、座る】
蔵五がアンドリューに話しかける。
「さて、楠本の見せ場だ。生バナナトークが聞けるかもしれんな。聞きたくないけど」
【…座ったよ】
【うさぎちゃん、素直じゃない。あんまり動かないでね。動くと色々こまるのよ】
【え?なに?困る?】
【こっちの話だよー。気にしないで大丈夫】
【うん?あ、そうだ、忘れてた。ちょっと待ってね】
【…なにしてるの?】
【目隠し】
【目隠し?何のために?】
【人間を襲わないように】
蔵五は息を呑む。慌ててウィルソンに話しかける。
「ちょっと待て、なんかおかしいぞ。想定外だ」
やがて楠本の困惑した声が聞こえる。
【…ええと、どういうこと?】
【弟からのアドバイスなんだ。人間を見たら殺したくなるから。目隠しをしていれば大丈夫だって】
【へえ、なんていうかその、あれ?弟ってうさぎなの?】
【人間だよ。いや、ゾンビか】
【よ、よく分からない】
【だよね。私も何が何だか分からない】
しばらくの沈黙。
やがてうさぎが話し出す。
【私は一体何者なのかな。人間なのかウサギなのか。ペットショップの店員なのか、コンビニの店員なのか、たけしの婚約者なのか、部長なのか。姉なのか娘なのか。そして…男なのか女なのか】
「いや、男だろ」
蔵五がツッコミを入れる。
【あなた達と話をしたら何かが分かりそうで、ここまで来たんだ】
【…】
【自分勝手でごめんなさい】
【…】
【私はなんでこんなわけの分からない世界にいるんだろう。正直、怖いんだ。誰かに助けてもらえないか、って思ってる】
楠本は何も言わない。
蔵五がオロオロする。
「楠本、大丈夫か?想定外すぎてフリーズしてんのかな。まあ、あの陰険カス楠本だからすぐに復活してバナナトークとか始めるんだろうけど」
しばらくの沈黙。そして、楠本の声。
【…はあ?】
【え?】
【はあ?はあ?はあ?あんた、何言ってんの!?ハアァァァ!?】
【え?え?】
【訳が分からない。こっちはね、もううんざりしてんのよ。なんなのよこのクソゲー。私は早く元の世界に戻って、普通に生きたいのよ二次元彼氏をしたいのよお店のおいしいパンを食べたいのよ】
【え?なに?】
【怖い?助けて?ハァ!?それはこっちのセリフだっつーの!この化け物、あああやめてよ、もう助けてよ!お願い、戻してよ。お母さん助けに来てよ。もううんざり。いい加減にしてよ!あああっ】
「ヤバい、ウィルソン。楠本が壊れた。どうしよう」
【撃ってよ撃って!ヘッドショットしてよ!ハチの巣っ!早く!なによ課長、なんで撃たないの!?ああ、もううんざりっ、じゃあ私が撃つから銃を貸してよ】
蔵五が立ち上がる。
「だめだ。楠本を助けなきゃ。課長が正しかった。無理をさせすぎたみたいだ。くそっ、オレのせいだ」




