第16話 楠本は挑発される
「嘘だよ。ストレージとかしないよ。だからこっちにおいで」
「絶対にいやっ!」
「仕方ないなぁ」
蔵五は女子高生ゾンビに近づき、しゃがむ。
「じゃあこの隙に。リリース」
301号室でストレージしていたティッシュをリリースする。そして、女子高生ゾンビのこめかみに当てて血をつける。
「ストレージ」
ティッシュをストレージする。
次に女子高生ゾンビの体に人差し指の爪先を当てる。
「ストレージ」
何も起きない。
「何してんの?」
不審がりながら楠本が近寄ってきて、のぞき込む。
「いやさ、ゾンビをストレージできるかどうか。無理だった」
「そっか。村田さんは実験が好きだよね」
「まあな。じゃあ、これからどうする?予定通り100均とかに行こうか」
「行っときましょう」
楠本は少しモジモジしながら答える。
2人は先ほどと違う入り口に行く。そして自動ドアを空け、モール内に入る。ドアは空けておく。
「じゃあ、まずは百均だな」
「何をとるの?」
「ビー玉」
入口近くということで、百円均一の店舗内は明るい。
まずおもちゃコーナーへ向かう。そしてビー玉を見つけ、開封して大量にストレージする。
「ゾンビを転ばせる用?」
「そう。これでバナナを無駄に消費せずに済む」
「村田さんがどんどん人間兵器になっていくわね」
「男のロマンだな。けっこう楽しい。あとこれも良いな」
音の鳴るニワトリのおもちゃ、シャウティングチキンを手に取る。
「楠本いらずと名づけよう」
「あんたねぇ。言い方…」
「楠本いらずは軽いし、5個全部でいいか、後で、音がなる状態にしてストレージし直す」
「…死ね」
その後2人で店内をうろつく。液体洗剤、ビニール袋、歯ブラシをストレージする。
「洗剤って、やっぱり滑らせるの?」
「もちろん。さっきの戦闘で、絡め手の重要さが分かったからな。おっ。マジックハンド発見」
「遠くのものを座ったまま取れる、って書いてる。どんだけものぐさ太郎なのよ」
「いやいや、男心をくすぐるすてきなアイテムだろ。ひとつもらっておくか」
「ふーん。ねえ村田さん、早く次に行きましょうよ」
「うん?分かった。先に2階に行くか」
楠本が懐中電灯を点ける。奥の階段を登り、2階へ。階段を登りきってすぐ右にトイレがある。
「ねえ、村田さん」
「うん?何?」
「ちょっとお花を摘みに行きたいんだけど」
「ああ、そういうことね」
楠本が懐中電灯片手に身障者用トイレに消える。
蔵五も男子トイレに入り、ゾンビがいないことを確認して、小用を足す。
蔵五が外に出ても、楠本はまだ出てきていない。
蔵五はゴルフクラブ片手に辺りを警戒しながら待つ。
ここでふと気づく。天井からぶら下がっている防犯カメラの、その赤いランプが付いている。
「作動中⋯?」
蔵五はカメラの奥に何かの存在を感じ、背筋が凍る気がした。
トイレの前に移動し、中に話しかける。
「おい、楠本。変だ」
「なに?村田さんの頭の話?」
「防犯カメラが作動してる」
「…どういうこと?人がいるってこと?」
次の瞬間、モール内の電気が復旧する。ライトが点く。まぶしさに目がくらむ。そして、入り口と天井の光を取り込む窓のシャッターがゆっくりと下がる。モール内に金属が軋む音が響く。
「なに?村田さん?なにが起きてるの?」
「とりあえず、早く出てきてくれ」
「わ、分かった!カラカラカラ、ガツッ!ああっ!芯が外れてトイレットペーパーが転がっていくぅ!」
「何やってんだよ!」
少しして楠本が出てくると同時に店内アナウンスが始まる。
『あーあー。これで合ってるのかな』
声変わり前の、少年の声だった。
『トイレにいる人間ふたり。ここは僕の城だ。盗んだ物を置いて、すぐに出ていけ』
蔵五と楠本は顔を見合わせる。
「村田さん、少年のレアキャラゾンビ?」
「それっぽいな。俺たちを人間呼ばわりしたし。頭脳タイプじゃないか」
少し考えてから楠本が言う。
「…よし、捕獲しよう」
「え?」
「会話が成り立つなら、情報を絞りとれる」
「なるほど拷問か…やっぱ発想がクズ本さんだな」
「はあ?村田さん、今なんて言った?」
『おい。僕からはお前たちの行動は全て見えているんだぞ。今すぐ盗んだ荷物を置いて、玄関に向かえ。命だけは助けてやる』
アナウンスの中、蔵五が言う。
「楠本の腹話術を、ちょっと実験させてくれ」
「なに?」
「このアナウンスのゾンビに静かに話しかけてくれ」
「うん?分かった。おーい、聞こえますかー?これでいい?」
「よし、これで一度でも話した相手に腹話術できるか、検証してみよう」
「え?でも、会話はしてないじゃない」
「でも、話をしただろ?会話と言っても許されるだろう」
「なにそれ?とんち?まあ、やってみる」
『10数えるうちに出ていか【村田さんのアホー】うわぁぁ、なんだなんだ』
楠本と蔵五は顔を見合わせる。
「本当だ…村田さん尊敬」
「いや…本当にうまくいくとは思わなかったんだけど。あと、さらっと俺の悪口言うなよ」
『お前たちの仕業か!なにしやがった。くそ、殺してやる、覚悟しておけ』
少年の怒り声がモール内に響く。
「…村田さん、検証には成功したけど、なんか失敗してない?」
「…だよな」
『ええと、ライトオフ』
店内のライトが消える。
店内は暗闇に包まれた。
暗闇の中、防犯カメラの赤いライトだけが光っている。
「うう…ああ」
バックヤードからゾンビが出てくる。店員、客親子、警備員など種々雑多だ。うろうろと辺りをさまよい歩く。
蔵五と楠本は目立たないようにしゃがむ。
「うわ、村田さん、どうしよう」
「大丈夫だ。所詮はノーマルゾンビだ。ビー玉とショッピングカートで蹂躙できる。息を潜めて、見つからないように…」
『ちくしょう、人間ども…早く出ていけよ…もう、やめてくれよ』
少年の小さな声が聞こえる。
楠本がニヤリと笑う。
「村田さん、これって…」
「ああ、アナウンスを切るのに失敗してる」
「少年ゾンビはおびえている?」
「そうだな。追い詰められているように見えるが、狩っているのは俺たちだ」
「…なんか楽しい」
楠本が必死に笑いをこらえる。
ゾンビの声が響いた。
『階段の一階に置いたあれを見られたら…僕は終わりだ』
「うひっ。おっと、メンゴメンゴ」
楠本が笑い出しそうになり、慌てて堪える。蔵五が気味悪そうにする。
「ねえ村田さん、私は今すごく楽しい。僕ちゃんは階段に何を置いたんでしょうかねー(笑)」
「そ、そうだな」
「さあ村田さん、階段へ行くわよ」
「ええ?何のために?」
「だって、気になるじゃないー」
『バレたら恥ずかしい…あんなのを、こんな可愛いお姉さんに見られたら、僕は終わりだよ』
楠本が腕を振り回す。
「ぬはー。ききき聴いたっ!?バレたら恥ずかしいだって(笑)。可愛いお姉さんが見ちゃおっかなー、僕ちゃんのヒ・ミ・ツ」
「うわぁ。いい顔してるなぁ。まあ、いいか、行こう。あと、よだれが垂れてるぞ。拭け」
2人は暗闇の中、ゆっくりと足音を消して階段を降りる。
一番下の段に、紙が落ちているのに気付いた。
「村田さん、紙が落ちてる」
「うん。でも、一階のシャッターが閉まってるよな。なんかやばくないか?」
「かわいい僕ちゃんがスイッチを押し間違えたんでしょ。それより、ほら…この紙、几帳面に折りたたんじゃってー。懐中電灯つけるわね。フフフ、じゃあ開いて見ちゃおっかなー、僕ちゃんのヒミツー…はあ?」
「何て書いている?」
「…【アホ】って書いてる」
その時、2階のシャッターが下がり始める音が聞こえた。
「くそっ!罠だ!閉じ込められる」
「え!?え!?」
「俺たちを閉じ込める作戦だったんだよ。ほら急げ!アホ」
「なに?なに!?痛っ!」
楠本が転び、懐中電灯を放り出す。階段を転がり落ち、懐中電灯のスイッチが切れる。階段は暗闇になる。
「アホ楠本、大丈夫か?」
「いたた。大丈夫だけどシャッターが…」
ガチャンと音が鳴り、2階のシャッターが下がりきる音がする。
「…お前がアホなのは仕方ない。周知の事実だ。とりあえず落ち着こうアホ」
「ア、アホでごめんなさい。人の弱みを握れると思うと、つい楽しくなっちゃって」
「お、おう⋯ごめん、言い過ぎた」
懐中電灯のスイッチを入れ直す。踊り場に移動し、蔵五は辺りを見回す。何もない、ただの階段でしかない。
「村田さん」
「どうした?」
「実は私、人生で一番ムカついております。高校生の時に、カーストトップの男子に罰ゲームで告白された時よりよりもムカついております。かつてない程にムカついております」
「…そ、そうか」
アナウンスでボソボソとした少年の声が聞こえる。
『くそっ…3階のシャッターが閉まらない。あれがバレる前になんとかしないと…』
楠本の目がカッと見開く。
「村田さんッ!3階っ!急げ!」
『ママに怒られちゃうよぉ』
「ウッヒョー!」
「こら楠本、ちょっと落ち着け。懲りないヤツだな」
「急げぇぇ!」
懐中電灯を持って楠本が走り出す。数秒後、楠本の叫び声が階段に響く。
「キィィィっ!」
蔵五がやってきて、呆れて言う。
「どうせシャッターが閉まってたんだろ」
「キィィィィィィっ!」
楠本がプルプルと震える手で1枚の紙を蔵五に渡す。
紙には【無能】と書いてあった。
「くっ(笑)」
「キィィィィィィィっ!」




